日本ヘルスコミュニケーション学会雑誌
第11巻 第2号

原著論文

著名人の乳がん罹患公表が成人女性の乳がんに対する意識,知識,行動に及ぼす影響

宮脇梨奈1)、柴田愛2)、石井香織3)、岡浩一朗3)

1)明治大学文学部、2)筑波大学体育系、3)早稲田大学スポーツ科学学術院

本研究では,我が国の著名人の乳がん罹患公表が女性の乳がんに対する意識,知識,行動へ与える影響を検討することを目的とした.Web調査による横断調査へ回答が得られた20~69歳の成人女性2,933名を分析対象とし,著名人のがん罹患情報取得者の特徴および情報取得と乳がんに対する意識・知識との関連をロジスティック回帰分析にて検討した.その結果,情報取得者の割合は77.4%で,その主な特徴は,子どもを持つ者(AOR,95%CI:1.50,1.12-1.83),友人・同僚の乳がん罹患歴(1.82, 1.46-2.27)であった.また,情報取得は,乳がんをこわいと思う意識(1.90,1.52-2.38),乳がん検診知識(年齢:1.73,1.31-2.27,間隔:2.29,1.64-3.20)と関連し,情報取得後30.4%の者に行動変化が確認されたことから,我が国でも著名人のがん罹患公表が国民の意識,知識および行動に影響を与える可能性が示唆された.今後は,より国民のがんに対する理解を深め,がん対策を推進するためにも,著名人のがん罹患公表時に意図的なコミュニケーションや情報伝達ができるような体制・戦略の構築が必要である.

電子カルテ使用時における医師の対面方向が与える影響 -ビデオによる疑似診察に対する評価-

相原嘉子

医療法人 健希会 あいはらクリニック皮フ科形成外科

電子カルテ使用時における医師の対面方向が与える影響について検討した。通常、電子カルテを使用した外来診察では、パソコンが机上にあり、医師の体は患者に対して横向きになる。医師はパソコン画面を注視して横の患者を見なくなり、患者満足度の低下を招く。そこで今回、医師と患者が向かい合って座り、その間に電子カルテを置く方法を考案した。この方法だと入力中も視線の移動だけでアイコンタクトが容易になり、第一印象が向上すると考えた。医師が患者役から見て「横向き」および「正面」に座った初診外来診察のビデオを作製し、インターネット上で無作為に選ばれた被験者、各々206人がweb上で視聴、アンケート調査を行った。医師に対する、被験者の「第一印象」、「満足度」、「再診意向」、「家族・友人の紹介意向」、それぞれについて5段階評価を行いt検定にて検証を行った。結果、医師の体の向きが「横向き」より「正面」の方が、全ての項目において高得点であった。ビデオによる疑似診察の限界はあるが、本研究が電子カルテ使用時における医療面接の向上に貢献するものと考える。

WEB上Q&Aサービスへの投稿ログデータにおける認知症者の介護で家族が抱える困難と悩み

小沢彩歌1), 平和也1)2),村山太一3), 藤田澄男4), 伊藤美樹子1), 荒牧英治3)

1) 滋賀医科大学医学部看護学科公衆衛生看護学講座、2) 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻予防看護分野、3) 奈良先端科学技術大学院大学情報科学領域ソーシャル・コンピューティング研究室、4) ヤフー株式会社

WEB上のQ&Aサービスへの投稿ログデータを用いて認知症者の家族にとっての介護上の困難や悩みを明らかにすることを目的とする。2014年1月~2018年4月までに、ヤフー知恵袋の「介護・福祉」カテゴリーに投稿された102,267件の質問から認知症者の家族介護者による質問3,446件を抽出し、“認知症”と介護上の困難を捉える“悩み”“困る”“難しい”について、各語と関連する単語100語を特定し、定性的にカテゴリー化した。“認知症”と相関の強い100語から『認知症の症状』『医療・介護サービスの利用と手続き』『加齢や病気の進行に伴う変化への家庭・地域内における対応』の3つのコアカテゴリーが明らかになった。これらのうち、 先行研究とは異なる本研究の特徴的な悩みや困難として、療養場所の選択や生活 の変化に伴う意思決定による心理的葛藤や医療・介護サービスの未充足感、困りごとや悩みをどこに相談すれば良いかわからないといった、医療・福祉専門職につながる前の相談先に関する悩みを抽出することができた。今後、インターネットを用いた 介護者支援体制の整備に向けて基礎となる知見を明らかにできたと考える。

精神科訪問看護師の看護観の形成に関する探索的質的研究

石富千瑞1)、岩隈美穂2)

1) 医療法人三幸会 第二北山病院、2) 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻医学コミュニケーション学分野

近年、精神保健福祉施策において、入院医療中心から地域生活中心へと移行する改革が進められており、精神科訪問看護への需要は年々高まっている。一方で精神障害者の症状によるコミュニケーションの困難さに対し、看護師は情緒的な関与を技術として求められる。本研究では看護観に着目し、精神科訪問看護師の看護観の形成過程と構成概念について探索することを目的に研究を実施した。2019年7月~11月に、京都市の訪問看護ステーションに勤務する看護師を対象に、合目的的サンプリングにより半構造化式の個人インタビューを20名に行った。逐語録化したインタビューデータをテーマ分析手法に従って分析した結果、40の概念コード、14のサブカテゴリー、7のカテゴリーから最終的には5つのテーマが生成された。本研究では、精神科訪問看護師の看護観の形成に関し、看護観は経験とともに変化していくと認識しており、利用者の「文化」への気付きと適応をしていくことが明らかになった。今後は看護観の形成に影響する社会的背景と一人の人として利用者に向き合う看護観の形成についてのさらなる研究が必要である。

研究報告

AYA世代のがん罹患者におけるがん情報の入手状況と重要度の検討

高橋朋子1)2)、八巻知香子1)、高山智子1)3)

1)国立がん研究センターがん対策情報センター、2)慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科博士課程、3)東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻がんコミュニケーション学

【背景】AYA世代のがん罹患者はがんの罹患と人生のイベントが重なり多様なニーズを持つ。しかし日本では、AYA世代のがんの施策は始まったばかりで、AYA世代への情報提供は十分ではない。【目的】インターネットでの情報提供につなげるため、AYA世代のがん罹患者のがん情報の入手状況と重要度、相談の実態を明らかにする。【方法】15-39歳でがんに罹患した調査時に20歳以上の人を対象に、2017年11月~翌年3月まで無記名のWeb調査を実施した。調査項目は、海外の主要ながん情報提供4サイトを参考に抽出した9領域45項目のがん情報の「現在」および「診断当初」の入手状況と重要度、相談できる人の有無を尋ねた。【結果】31名より回答を得た。がんの基礎知識や治療法等の医学的情報は得られていたが、統計データ、受けられる支援に関する情報等は得られていなかった。また、特に重要な情報として、医学的情報と治療後の生活を想定できるような情報があげられた。【結論】AYA世代が受けられる支援の案内や、治療後の生活に関連した情報を一度に入手できるWebページ等の提供方法の示唆が得られ、これらをもとにAYA世代のがんに関する情報を整備していく必要があると考えられた。

総説

日本国内の生活者を対象とした健康増進・疾病予防に関わる介入の実態―医中誌webを用いたシステマティックレビュー―

佐藤克彦1)、戒田信賢2)3)、大浦智子3)4)、太田はるか2)、中山寛子2)、森岡美帆5)、甲斐千晴3)、小柳仁3)、中山健夫2)

1)アサヒ飲料株式会社、2)京都大学大学院 医学研究科 社会健康医学系専攻 健康情報学分野、3)株式会社電通、4)奈良学園大学保健医療学部、5)和歌山信愛女子短期大学

【目的】健康意識・態度と健康に関する行動変容(健康増進・疾病予防に関わる行動の変容)に係る地域における一般生活者に対する介入の実態把握と、その方略や手段など工夫(以下、工夫)の抽出を目的に、産学連携体制により、国内文献のレビューを行った。【方法】文献検索には医学中央雑誌を用い、41編の論文を採択し研究アプローチと介入アプローチの分析を実施した。また、介入上の工夫の抽出とカテゴリー化、並びに、介入の質の高度化に向けた分析と、今後のさらなる産学官連携の展開余地についての考察を行った。【結果】研究デザインは、一群前後比較の研究が多く(15編)、アウトカムは、意識・態度変容のみが8編、健康に関する行動変容(健康増進・疾病予防に関わる行動の変容)を扱った研究が33編となった。また介入対象者を健康関心層に設定した研究が相対的に多かった(28編)。分析から、意識・態度と健康に関する行動変容(健康増進・疾病予防に関わる行動の変容)に係る工夫を77個抽出し、8のカテゴリーに整理した。【まとめ】意識・態度と健康に関する行動変容(健康増進・疾病予防に関わる行動の変容)を実効的に推進する介入施策の質の向上が必要な中、今後は無関心層や低関心層を対象とした研究の強化、5W1Hを起点とした実効性の高い介入施策のデザインと検証、そして有用なノウハウやアセットを持つ民間セクターとの積極的な連携が期待される。

その他

飼い主への説明文書を読みやすくするための工夫-ある動物病院の取り組み-

宮崎良雄

宮崎動物病院

筆者は、犬・猫を対象とした小さな動物病院を経営している。日々の診療では、説明の要点を「簡単な文書」にまとめ、それを飼い主に渡している。口頭説明を「文字で補う」ことで、診療に対する飼い主の理解が深まることを期待しているからである。さらに筆者は、獣医療と日本語学の雑誌で、「そのような説明文書を読みやすくするための工夫」について論じてきた。飼い主への説明文書を読みやすくするためには、とくに次の7点が大切であると考えている。(1)文字を適度に大きくすること、(2)むずかしい漢字を使わないこと、(3)内容を手短にまとめること、(4)小学生向け国語辞典レベルの説明を目指すこと、(5)キーワードを示すこと、(6)文書の趣旨・内容を口頭できちんと説明すること、(7)項目ごとに見出しをつけること。このような工夫の一部は、口頭説明にも応用できる。今のところ、小動物獣医療領域においては、飼い主(患者)への説明のわかりやすさについての議論が不活発である。診療サービスの質を高めるためには、(獣)医療コミュニケーションについての、ジャンルの垣根を超えた議論が切望される。

Copyright © Japanese Association of Health Communication