第T部: 職業的視点からみた障害

この第T部においては、「職業的視点からみた障害」を扱う。就職や職業生活上の問題そのものに焦点をあてることができる新しい障害概念として、WHO(世界保健機関)による国際生活機能分類(ICF)(2001)に基づく「障害」の概念枠組を用い、個人と社会のそれぞれの課題、個々人の職業的目標や個性に応じた個別性にも対応できる包括的なモデルを提案する。

現行のわが国における「職業的視点からみた障害」の考え方の基本は「障害者の雇用の促進等に関する法律」にあるように、障害者を「@身体又は精神に障害があるため、長期にわたり、A職業生活に相当の制限を受け、又はB職業生活を営むことが著しく困難な者」ととらえるものである。しかしながら、この定義により、就職や職業生活上の問題を具体的に扱ってみると、実際の制度とのギャップに悩むことになる。医療や福祉の分野での障害認定も、「障害者の雇用の促進等に関する法律」の障害認定基準とそのままに同じである。医療や福祉の領域である日常生活での制限と、職業場面での制限には違いがあって然るべきであるのに、何故か?

それは、「障害者」は「障害者」だからという理由しか考え得ない。この定義が解釈されて、制度となっている実態からすると、その意味しているのは、「障害者という社会的弱者は、職業生活上の制限を受け、仕事に就きにくいものである。」ということである。これは、具体的な就職や職業生活上の問題とは全く関係なく、「障害者とはそういうものだ。」という決め付けといってもよいだろう。

これは、決して言い過ぎではなく、問題の本質に関わることである。このように3つのレベルで障害を捉える視点は、WHOによる1980年のICIDHの障害モデルに沿ったものであり、この3つのレベルの考え方はICFにも引き継がれている基本的なものではある。しかし、問題は、この3つのレベルが運命論的に関係しているという偏見である。20年後のICFによってより妥当なモデルに改定されるまで、1980年のICIDHが批判にさらされ続けた重要なポイントは、まさに、この運命論的な3つのレベルの直線的因果関係と明確に決別できていない障害観であった(この経緯は、ICFの付録7:改定の概要や、佐藤、1992を参照)。そして、わが国では今も、この偏見に満ちた古い障害観は克服されていない。

しかし、いつまでも、このような前時代的な障害観につきあっているわけにはいかない。現代は共生社会(内閣府,2002)を目指しており、また、現実に多くの障害のある人が就職して、他の人となんら変わりなく働いている現実がある。また、障害のある人への就労支援の現場では、ジョブコーチなどの活躍で、重度の障害のある人をどんどん一般雇用の対象にすることに成功するようになっている。また、事業所側への技術的な支援や、雇用助成金などの社会的資源の有効活用が重要となっている。さらに、十人十色の個性をもつ障害のある人への個別的支援は、職業リハビリテーションでは以前から認識していたが、最近、福祉や教育のリハビリテーション現場でも、障害状況や支援を個別的に捉えることが当然のこととなってきている。現代の障害の見方は、より現実的で、合理的で、柔軟なものでなくてはならない。そして、それは、2001年にICIDHから大幅に改定され、専門分野や国際社会で横断的に使える障害についての共通言語であり、当事者を含めた社会的コンセンサスを示す概念的モデルを有するICF(国際生活機能分類)に具現化されている。

そこで、この第T部では、「職業的視点からみた障害」の概念の全面リニューアルを行うこととする。現在の法律や制度上の「障害」の定義を一時的に離れ、現在の実際の様々な問題をありのままに捉えることによってのみ、より適切な法律や制度上の課題の検討に資することができると我々は考える。「障害」という言葉のトリックを見破り、職業場面において本当の解決すべき問題をありのままに見るべく、ICFという「真実の鏡」を最大限に活用する。

続く3章は本報告書全体の基礎づくりとなり、就職や職業生活上の問題そのものに焦点をあてることができる新しい障害概念として、ICFに基づく「障害」の概念枠組を用い、個人と社会のそれぞれの課題や、個々人の職業的目標・個性に応じた個別性にも対応できる包括的なモデルを提案する

l     第1章 職業上の解決すべき課題としての障害: 特定の「障害者」がいるのではない。職業に関連する課題そのものを「障害」と捉えることが、全ての検討の出発点である。

l     第2章 社会的課題としての障害: ICFの環境因子という概念を踏まえ、職業場面における実際の問題への効果的な支援のあり方について、個人と社会の両面からの実証的で科学的なアプローチと社会的コンセンサス形成を行うことが必要である。

l     第3章 個別的な課題としての障害: 個性や強みに応じた職業的目標の自己決定をこれまで以上に重視し、それによって、「障害」が個別化、多様化することは今後の必然の流れである。

文献

WHO: International classification of functioning, disability and health: ICF., 2001.(日本語版:ICF 国際生活機能分類−国際障害分類改訂版−、中央法規出版、2002

WHO. International Classification of Impairments, Disabilities, and Handicaps. Geneva, 1980.(日本語訳:厚生省大臣官房統計情報部;WHO国際障害分類試案(仮訳),1985

佐藤久夫『障害構造論入門』、青木書店、1992

内閣府:障害者基本計画、2002.