ICFを障害者のための臨床現場にいかに活かすか
職業リハビリテーションの立場から

春名由一郎、松井亮輔

理学療法ジャーナル 36(1), 2002に投稿したもの. All rights reserved.

1 はじめに

職業リハビリテーションの「臨床現場」について、特に、専門家が障害者と直接関わる現場という理解でまとめてみたい。

現在、我が国の職業リハビリテーションの現場は大きな転換期にある。第一に、職業生活の多様性の観点から、通常の日常生活や社会生活とは異なる障害の評価や支援のあり方が強調されていること。第二に、従来の障害者の評価・判定・訓練を中心としたものから、援助付き雇用、ジョブコーチ、ナチュラルサポート1,2)など、実際の職場での問題に即して個人と環境の両面への支援を重視するようになってきていること。第三に、障害者福祉のあり方が、従来の(入所)施設を中心とした支援から、地域での自立生活支援を基礎としたものへと変わりつつあり、福祉・教育・医療等の多職種が多数、職業リハビリテーションに関与し始めたこと。第四に、インターネットを通して最新の職業支援機器・技術情報のグローバルな共有化が進行している3)ことである。

このような職業リハビリテーション現場での最近の動向との関連で、ICFの障害構造枠組と分類体系の生かし方を整理してみたい。

2 ICFの障害構造理解と職業リハビリテーション

ICFの生活機能と障害の枠組みを職業場面にあてはめると、職業上の障害とは、個人の側に近い属性として、心身機能、職務遂行能力、個人因子の3つの区別をし、一方、職業上の実際上の問題についても、個人レベルの実際の職務遂行状況と、社会レベルの就労形態や失業率といった就業機会の問題を区別している(図)。

職業関連活動の分析、プラスの職業評価、職場環境整備の標準化などの職業リハビリテーションの課題に対して、ICFの概念枠組がどう活かせるかみてみたい。

(1)職業関連活動の分析

我が国の「障害者の雇用の促進等に関する法律」では、障害者を「@身体又は精神に障害があるため、長期にわたり、A職業生活に相当の制限を受け、又はB職業生活を営むことが著しく困難な者」と、ICF的には、@機能障害と職業上のA活動制限又はB参加制約によって、定義しているといえる。しかし、わが国では実際の運用上では、職業上の困難を抱えつつ、制度上は障害者と認定されない人が存在したり、制度上の重度判定が職業上の困難性と必ずしも対応していないなど、運用上の障害の捉え方には課題が残されている4)。

障害状況を職業的視点からみる場合、最重要点は職業生活とそれ以外の日常生活や社会生活との機能的要件の違いである。就業要件を分析する伝統的な職務分析手法では、障害者の場合に問題になる心身機能・能力の分析項目が十分ではなかった。一方、ICFの活動&参加分類においては、職業生活の要件となるような様々な活動(例.学習と知識の応用、課題遂行、コミュニケーション、運動・動作、対人活動、等)が包括的にリストアップされ、個々について操作的に定義されている。また、就労・雇用形態についても、様々な段階を踏まえた分類と定義が開発されている。

このようなICFの活動と参加分類を応用して、現在、障害者職業総合センターでは、様々な職業の職務要件の機能的分析を行う手法をドイツ・ジーゲン大学との共同研究で開発中であり、ICFによる障害者の能力評価の結果との比較によって、多様な職業別に特定の活動領域の問題を個別的に評価できるようになることを目指している。

(2)プラスの職業能力評価

障害者の職業能力や職務遂行能力を、障害というマイナスの観点からだけ見る傾向があった。しかし、障害者は機能障害が職務遂行上問題とならない職種に就くことが多く、職務遂行に必要な能力は障害というマイナス面ではなく、能力のプラス面や興味、経歴などが重要な要素である。例えば、最近、重度の肢体不自由者がインターネットを活用して在宅勤務を行う例などでは、肢体不自由の程度は問題ではなく、コンピューターを扱う能力、自己管理力などが重要な要件となる場合が多い。このような、機能障害が労働条件や職種(環境因子)によっては職務遂行(活動)に影響せず、純粋に機能障害以外の個人因子が職務遂行(活動)や採用(参加)に影響する場合も、ICFの枠組みに位置付けることができる。

ICFの概念整理によって、職業能力や職務遂行能力を、生活機能の大きな枠組みで捉え、障害をその一部の問題として捉える相対的視点が得やすくなっている。職業リハビリテーションが単に機能訓練に止まることなく、職業能力という全般的生活機能を向上させるための技術として確立するため、今回分類が見送られた個人因子の役割の検討についても、より体系的に行っていくことが必要と思われる。

(3)職場環境整備の標準化

従来、一般雇用の対象とはならないと考えられてきた重度障害者についても、適切な物的・人的支援を行うことによって、十分な生産性をあげ一般雇用に成功する例が増加しつつあり、これは援助付き雇用と呼ばれる。近年では、さらに、ジョブコーチなど専門支援者が職場で直接支援するだけでなく、職場の物的・人的な環境によるナチュラル・サポートの重要性が強調されるようになっている。ICFの新たな環境因子分類は、職業場面における個人と環境の相互作用の理解を深め、効果的な個人面への支援と職場環境整備のあり方を見出すために用いることができる。

ICFの「標準環境(uniform environment)」の概念は、職業リハビリテーションにとって特に大きな意義がある。現在、障害者の法定雇用率を達成している企業が全体の半数に満たないなど、企業の障害者雇用環境整備にはなお多くの困難がある。職場環境にある障壁や整備すべき促進因子のチェックリストができれば、障害者雇用企業の環境整備や公的助成金等の整備が進めやすくなるであろう。また、企業の障害者向け環境整備状況は多様であり、職業リハビリテーション計画は個別的で複雑にならざるを得ないが、標準的職場環境を前提とできれば、障害者の機能訓練や職業訓練の見通しがよくなり効率を高めることが期待できる。

その第一歩として、障害者職業総合センターでは、企業の障害者雇用のための配慮事項5)を、ICFの環境因子と職業上の活動の観点から整理・分類し、2001年春さらに追加的な全国調査を実施した。その成果として、機能障害・職種別に、障害者満足度が高く、企業負担が少ない職場環境の状況が明らかとなりつつある。

3 障害分類体系としてのICFの活用

ICFはICIDHに比較して、分類体系として格段に使いやすく、職業評価の標準化や職業支援技術情報の国際規格として、積極的に活用できると思われる。

(1)職業評価項目と基準の標準化

ICFは、病名や症候群などの診断名の分類ではなく、むしろ様々な心理学的・生理学的・生活機能・社会機能等の評価項目と基準の国際標準として理解すべきものである。職業リハビリテーションの分野ではこれまで職業評価の項目や基準の国際標準がなかった。また、事業所の人事労務担当者等による職業評価の項目や基準は、医療機関による項目や基準とは全く異なり、教育、福祉、工学など、職業リハビリテーションに関わる専門分野間でも異なった項目や基準があった。ICFは、国際的かつ分野横断的なコミュニケーションを促進することにより、多次元的な視点による普遍的な障害理解を可能にするものと期待される。

実際、障害者職業総合センターにおいて、ドイツの職業評価項目と日本の障害者職業センターの職業評価項目との相互比較を試みる際、ICFを両国の共通言語として使用することによって、一致点や相違点の明確化に有効であった。今後、職業リハビリテーションに関係する医療・福祉・教育・労働・工学等の諸分野での評価様式をICFを活用して、互換・相互利用可能なものにし、分野を超えた効果的な連携を図るため検討を進めたいと考えている。

(2)職業支援機器・技術情報の国際的共有化

職業場面での障害者支援技術は世界的に発展が急速で著しい。職業場面での障害状況は、今やこれら優れた支援技術の活用の有無に大きく左右される。前述の標準的職場環境を追及する際、新たな支援技術については、常に最新状況を踏まえたものにする必要がある。現在、米国やドイツでは連邦政府レベルで、障害者就業支援技術のデータベース化を進め、インターネットで検索可能としている3)。しかし、これまで、これらの支援技術を障害との関係で適切にコーディングする国際規格がなかった。また、職業リハビリテーション専門家による職業評価の項目と検索に使われる項目の視点が異なるため、職業評価の結果を直接活用して、支援技術を検索するという使い方もできなかった。

現在、障害者職業総合センターでは、ドイツや米国と共同で障害者の職業支援情報データベースを国際的に共有化するための検討を進めている。その狙いは、第一にICFを国際規格として用いれば障害者の職業支援情報データベースが国際的に共有化でき、各国の負担を少なくより効果を上げられること。第二に、今後、職業リハビリテーションに関連する分野において、標準的な評価項目・基準としてICFが最も有望なものと考えられ、支援情報にもICFを活用することにより評価と支援の一体化を促進するためである。

4 まとめ

ICFが職業リハビリテーションの実践現場で広く活用されることによって、情報の標準化や共有化が進み、ひいては、科学的なベースに基づく職業リハビリテーションにつながっていくであろう。今回、制度や理論面でなく、まず実践現場への活用を取り上げることができたことで、ICIDHとは大きく異なるICFの特徴がより明確になったように思われる。

文献

1) 石渡和実: アメリカにおける援助付き雇用の進展-ナチュラルサポートを中心に-.職業リハビリテーション No.12,39-44 (1999)
2) 小川浩: ジョブコーチとナチュラルサポート.職業リハビリテーション No.13, 25-31 (2000)
3) 春名由一郎: 障害者の就業環境整備の標準化への情報技術の活用. 障害者職業総合センター研究紀要 No.9, 1-18 (2001).
4) 障害者職業総合センター『地域障害者職業センターの業務統計上“その他”に分類されている障害者の就業上の問題 』.障害者職業総合センター調査研究報告書No. 21、(1997)
5) 障害者職業総合センター『障害・職種別「就業上の配慮事項」-企業の経験12,000事例から-』.障害者職業総合センター資料シリーズNo. 19、(1998)

Yuichiro Haruna
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