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2年後

2年後の「ハッピーバースデイ 3.11」

                                         (2013年3月11日)

2歳のお誕生日,おめでとう!!

「ハッピーバースデイ 3.11」は日本ユニセフが企画したプロジェクトで,2011年3月11日のまさに震災当日に生まれた赤ちゃんたちを訪ねて写真を撮り,その記録を残したものです.そしてこのプロジェクトから感動的な動画がつくられました.Yaeさんのやさしい歌声とともに11人の赤ちゃんが出てきます.

「ハッピーバースデイ3.11 Full Ver.」

東日本大震災からまる2年がすぎた今回,上記プロジェクトでわたしが関係した3人のお母さんにお願いして,2歳の誕生日をおむかえした上のこどもさんがたの写真を送っていただきました.その日に生まれた時刻順に,ここにご紹介いたします.お名前と写真をアップすることにご承諾いただきました松橋さん,木下さん,石田さんにこころからお礼を申し上げます.

 

松橋玲奈ちゃん 2011年3月11日11時04分生まれ

写真展を紹介した週刊文春から写真です.おねえちゃんが玲奈ちゃんをだきしめている写真が個人的にはとても好きです.

おおきくなったね.

いまでもふたりはほんとうになかよしなんですね.

おかあさんといっしょ.以下はおかあさんからのメッセージです.

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3月11日、大震災から2年。大震災の日に生まれた娘(次女)は無事に2歳を迎える事が出来ました。

もともとは里帰り出産をするため、仙台で最後の検診の日、お腹にいた娘の肺に水が溜まっています、と突然言われました。すぐに、こども病院をご紹介いただき数日後、検査を受け説明を聞いたところそれが「胸水」と聞き慣れないお話を受けました。

なぜそうなるのか、生まれた後にも残るのか、羊水検査の結果、もしかしたら障害がある子が生まれるかもしれない、と先生からお話を伺っているうちに泣きそうになったのを覚えています。不安で主人と長女(当時4歳)の前で泣いたこともありました。

数週間後、お腹の娘の肺に針を刺し胸水を抜く処置と、羊水を取る処置が行われ、3年経つ今でも針が刺さった瞬間、グルンと動いた感覚はかすかに残っている気がします。

その後、生まれる前まで若干また胸水が溜まったけど、生まれて水が無くなる可能性があるとのことで、処置後の経過は順調で羊水検査の結果も良く、無事に普通分娩で出産する事が出来ました。

生まれる前日、10日に日付が変わった頃に陣痛らしきものを感じて、病院に行ったけど、なかなか本格的な陣痛にならず、こども病院の看護士の方が陣痛を促す体操、ツボを刺激してくれたりとやってくれたのですが、進まず、私の体力もなくなってしまうと見かねて11日の午前10時頃だったと思います、促進剤を投与して下さり、無事、元気な次女が生まれてきてくれました。

そしてあの大震災。病院は自家発電で停電を免れたものの、個人電気の使用は控えるよう言われ、最後に見たテレビの光景が仙台空港に押し寄せる津波でした。外で何が起きているのか、ナースステーションから聞こえるラジオに耳を傾けていました。

でも病院の先生、看護士の方々は優しく、明るく気遣って下さり、入院中一度、楽器の演奏を聴く機会を設けて下さったこと、その優しさにとても感動しました。

娘は胎児の時にそんな事があった、と言うのを微塵も見せないほど元気に大きく育っています。

長女を妊娠、出産の時は全く何も無く順調で、次女の時に、このような経験をし、いかに人が一人生む事が大変で、すごい事なのかが、次女を出産する事で命の尊さ重さというのを気づかされた気がします。

2013.3.11あの日は、多くの命が失われた日であるとともに、我が子にとってはお誕生日。当初はお祝いして良いのかな、と戸惑った事もありましたが、頂いた命なのかな、とも思い「ハッピーバースデー!」とこれからも毎年家族でお祝いしてあげたいと思います。

最後に、みなさまに出会えたことでユニセフの企画に関わることが出来、それに伴い、メディア出演、雑誌、本の出版など、普通では経験出来ないような経験をさせて頂きました。本当にありがとうございます。

 

木下瑞萌(みずき)ちゃん  2011年3月11日12時4分生まれ

 

2歳のお誕生日です.もうすっかり女の子らしくなりましたね

瑞萌ちゃんのおかあさまよりメッセージをいただいています.

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おかげさまで、瑞萌2歳を迎えることが出来ました。

振り返れば、出産後の十二指腸閉鎖症の手術。

私は何もしてやれず、毎日辛くて辛くて泣いてばかりでしたが、

生まれてまもない、とても小さな体で懸命に手術と治療に励む娘の姿に命の強さを教えられました。

そして、「瑞萌が頑張っているのだから、私も母として強くならなければ!」と思わせられた事が今でも鮮明に蘇ります。

今では、手術をした事も忘れてしまうくらい元気に笑顔を見せ、歌ったり・踊ったり・会話も出来るようになりました。

こんなに元気にすくすく成長出来た事も、今家族3人幸せに暮らせている事も、

こども病院の先生方・看護師・スタッフの皆様方のおかげです。

震災の混乱した中、必死に娘を守って頂き、ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。

本当にありがとうございました。

震災から2年経ちましたが、今も辛い思いをされている方沢山いらっしゃると思います。

たくましく育った瑞萌を見て頂き、少しでも前へ進む元気を分けられたらうれしく思います。

 

石田泰造くん  2011年3月11日15時56分生まれ

東京在住の友人が主催している『東日本大震災チャリティーフットサル大会』に参加されたときの写真とのことです.個人で数カ月に1度集まり,いろいろな趣向をこらしてフットサルをし,募金をし赤十字などに寄付をしているのだそうです.

ご家族4人とチャリティフットサル大会を主催している友人(左端).

泰造くんのおかあさんからの【一言】をいただきました.

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あの日から2年が経ちました。

未だ復興は進んでいないように感じられます。

1日も早く、日本中の皆さんが、泰造をはじめ、2011.3.11産まれの子供たちへ心から「おめでとう!」と言ってくださる日がきますように…

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カウンタ 2570 (2013年3月12日より)