!!!「法治国家」と医師の自律性                               (室月淳   2012年7月15日) {{ref_image マイアミビーチ.jpg}} H下知事が乱用している「法治国家」ということばが以前から気になっていたので,ここに簡単にまとめてみます.ある法律家が指摘していたことですが,もともと「法治主義」というのは,「国民の権利を制限し義務を課すような行政活動は,今ある法律に反しないのみならず,法律の根拠がなければならない」ということを意味するだけなのだそうです.それが一般的には,議論は議論としてとにかく今あるルールは守らなければならない,といった言いまわしに使われることが多くなっています. 先日,出張の帰りに山崎豊子「運命の人」を読みました.これは沖縄返還に伴う日米密約を毎日新聞記者がスクープした「外務省機密漏洩事件」あるいは「西山事件」とよばれた有名な事件をモデルに書かれた小説です.簡単にいえば,日本政府は沖縄に返還にあたってアメリカに多額の支払いを約束した,すなわち沖縄を金で買いとったと...もいえる事実を暴いたスクープであり,30年たって機密解除された秘密資料が数年前に米国公文書館で見つかって,まったくの真実であったことが証明されています. この毎日新聞のスクープに対して,国は新聞記者と漏洩した外務事務官を逮捕して起訴しました.さらに一部週刊誌やテレビのワイドショーをつかって「ひそかに情を通じ」ということばで扇情的な報道を行わせ,裁判上では「国家公務員法違反」という形式犯として有罪としました.もっとも本質的で重要な問題だったはずの「国民の知る権利」や「政府が国会で虚偽答弁をくりかえし国民を欺いた責任」などは,結果的にうやむやにされています.この事件の直接的,間接的影響によって毎日新聞は倒産まで追い込まれており,これ以降,大手メディアの政治部が国家機密に関わる事項についてスクープするということがなくなったそうです. しばしばそれと対比して論じられるのが,ニューヨーク・タイムズのベトナム戦争極秘報告書暴露事件,いわゆる「ペンタゴン・ペーパーズ事件」です.ハルバースタムの「「ベスト&ブライテスト」や「メディアの権力」でくわしく書かれていますので,ご存じのかたも多いと思います.ニューヨーク・タイムズが記事を掲載すると,当時のニクソン大統領は記事差し止め命令を求め連邦地方裁判所に提訴するとともに,文書を漏洩した国務省関係者を窃盗,情報漏洩などの罪で起訴しました.しかし日本とは対照的に,連邦最高裁判所では「政府の不正があった」ということで記事差し止め請求を却下,関係者も無罪となっています. 専門的にいえば,法治主義は「形式的法治主義」と「実質的法治主義」に分類されるそうです.「形式的法治主義」は,成文化された法律であればたとえ内容に正当性がない場合でも「従わなければならない」とされるものです.「命令されたならとにかく命令には従うべきで,これは議論の問題でなく組織マネジメントの問題」というH下知事の論理は,明らかにこの考え方に沿っています.戦前の日本やナチスドイツ下ではこの形式的法治主義がとられました. これに対し「実質的法治主義」は,単に法によって統治するというだけでなく,法の内容や適用においても正義や合理性を要求するものです.これは「法の支配」とほぼ同義になります.現代の民主主義国家において「法治国家」,「法治主義」というときはもちろんこの「実質的法治主義」を指しています. 実はこの文章の本題はここからです.前世界大戦中はナチスドイツでも日本でも多くの医師が戦争に協力させられ,「合法的だが,非人道的な行為」が多くなされました.その深刻な反省に基づいて,戦後,世界医師会は「法よりも何よりも患者の人権(権利)を優先する医療」,すなわち「患者の権利を最優先する医療」をめざすことになります.1948年のジュネーブ宣言にで「私は,人の命に対する最大限の敬意を持ちつづける.私は,たとえ脅迫の下であっても,人権や国民の自由を犯すためには,自分の医学の知識を利用することはしない」と採択されました.この内容は大阪中央病院顧問の平岡諦氏の文章から引用させていただいております. すなわちわれわれ医師は,たとえ国から命令されようと,法律で強制されようと,あるいは外部から不当な干渉を受けようと,「治療に関わるどのような決定においても患者一人ひとりの最善の利益を第一に考える」ことが要請されています.これは「個々の医師の権利」でもあり,Clinical independenceあるいはClinical autonomy(2009年採択のマドリッド宣言)ともよばれるひとりひとりの医師の基本的姿勢でもあるのです.   -------------------------------------------------------------------- ご感想ご意見などがありましたらぜひメールでお聞かせください アドレスはmurotsukiにyahoo.co.jpをつけたものです [医学・医療に関するひとりごと|http://plaza.umin.ac.jp/~fskel/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%B0%E5%B3%D8%A1%A6%B0%E5%CE%C5%A4%CB%B4%D8%A4%B9%A4%EB%A4%D2%A4%C8%A4%EA%A4%B4%A4%C8] [室月淳(MUROTSUKI Jun)にもどる|http://plaza.umin.ac.jp/~fskel/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%BC%BC%B7%EE%BD%DF%A1%CAMUROTSUKI+Jun%A1%CB] [フロントページにもどる|http://plaza.umin.ac.jp/~fskel/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=FrontPage] カウンタ {{counter 「法治国家」と医師の自律性}}(2012年7月15日より)