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自分自身をみつめなおしたの変更点

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!!!南相馬の放射線健康カウンセリング活動で自分自身をみつめなおした
                                  (室月 淳 2013年11月7日)
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!!1. 震災をめぐる個人的な体験

3月11日の震災のあと,わたしの病院では息をもつげないほどの忙しさがしばらくつづきました.最初の10日間は,地震により機能が停止した仙台市内の分娩取扱い医療機関の妊産婦をすべてうけいれ,つぎつぎにおくられてくる分娩開始の産婦や,飛びこんでくる救急車による搬送の対応に必死でした.ライフラインが徐々に回復した10日目をすぎるあたりから,当科の診療もほぼもとの状態に復してきましたが,その後はわたしたちの余力を使って津波で壊滅した沿岸地域の産婦人科医療機関に交代で応援にはいるようになりました.

震災のあとの混乱のなか,産科診療に必死で奔走しているわたしの心にいつも影をさしていたのが福島第一原子力発電所の事故のことでした.くりかえす水素爆発,日々刻々とかわっていく状況に,診療に忙殺されながらも暗い表情で新聞記事やネットニュースをおっていたのを覚えています.原発事故はその圧倒的な衝撃によりわたしのなかではなんとも解釈不能,解決不能のできごととなっていました.巨大地震と津波はおわったけれども,原発事故による放射能汚染がつづくかぎり震災はつづいているのであり,けっして「震災後」とはならない.わたしにとってこの震災は,そういった不条理な感情がもつれあってなんともならない状況にありました.社会人になってからというもの,核兵器や原子力発電にたいする見解をたなあげにして,現実となんとかおりあって生きようとしてきました.なぜきちんと意見表明とアクションをしてこなかったのだろうかという悔恨にさいなまされもしました.

わたしがそのときもっとも心配したのは,福島県をはじめとした東北にすむ妊婦さんたちのことでした.チェルノブイリの原発事故の直後,ヨーロッパ諸国では被曝にかんする風評が蔓延して一種のパニック状態となり,妊娠している女性がいっせいに人工妊娠中絶にはしったことがしられています.たとえばギリシャなどでは30%も分娩数が減少したことが報告されました(1)が,東欧,北欧などのおおくの国々でそういった現象がみられました.わたしがその論文「ギリシャにおけるチェルノブイリの犠牲者−事故後の中絶」(1)を読んだのは,たまたま偶然に東日本大震災の1,2か月前のことでした.チェルノブイリ原発事故後におこなわれたこれらのおおくの中絶はまったく非理性的で無意味なものであり,事故の真の犠牲者はこれら中絶された胎児といえるというのがその論文の主旨でした.いまなにかしないと日本でもおなじような悲劇がおこるのではという危機感につよくつきうごかされました.

だいぶ前に読んだ井上靖の「城砦」のことも思いだしていました.この小説の美しいヒロイン透子は,内心では高津総一郎につよくひかれながらも彼の求愛をかたくなにこばむのですが,ストーリーの進展とともにそのなぞが徐々に解きあかされていきます.ヒロインはこどものときに長崎で被爆し,「自分は一生結婚してはいけない」,「こどもをつくってはいけない」と,ちいさいときからずっと思いつめて生きてきたのです.当時の考えかたではそういうこともあったのかもしれませんが,現在では被曝の遺伝的影響についてはほぼ否定されています.これからの時代におなじような悲劇をくりかえすことはけっしてゆるされないでしょう.

わたしは産婦人科専門医であり,かつ臨床遺伝専門医でもあります.個人の立場として,いくつかの関連学会や団体の責任者に直接,あるいはメールなどで被曝不安にたいする組織的なカウンセリング体制をつくることを提言しました.そのなかで日本遺伝カウンセリング学会ではおなじような危機感を共有されていて,実際にいまC先生に委嘱して,遺伝カウンセラーの立場から放射線被曝について解説したパンフレットをつくってもらっている,ついてはその作製や配布に協力してほしい,とのご返事をいただきました.

小冊子「放射線の不安を軽減するために」(写真)が完成し,2,000部が印刷されて東北地方を中心に診療施設や援助団体に配布されたのは,原発事故より1ケ月後という比較的はやい時期でした.これは放射線や被曝の専門家ではない遺伝カウンセラーの立場からQ&A形式で平易に解説されたのもので,現場ではとても評判のよかったものでした.改訂された最新版NPO法人「遺伝カウンセリング・ジャパン」のサイト(2)からいまでもダウンロード可能です.

ただパンフレット配布だけでいいのか,というのがわたしの正直な疑問でした.福島では事故直後からおおくの専門家が現地にはいり,聴衆をまえにして講演したり,文書やパンフレットを配布して啓蒙につとめようとしていましたが,結局,行政とともに専門家にたいする現地の住民の不信をつよめただけの結果となったのは周知のとおりです.ひとりひとりの住民とむきあってその不安や心配をくみとり,そしてその心をときほぐしていくという,まさに遺伝カウンセリングの方法論とつかっていくべきではないか,というのがわたしの気持でした.そのためには講演やパンフレット配布といった一方的な啓蒙ではたりないどころか逆効果であり,電話による個別相談でも顔がみえない分だけ効果が期待できないと考えられます.

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!!2. 被曝リスクについての基本的かんがえかた

福島の現場では無責任な風評やいわれのない差別へのいかりがうずまいていました.たとえば福島の女性とは結婚するなとか,女の子は奇形児しか産めないからだになっている,どこどこではこんな赤ん坊がうまれたとか,そういったたぐいの風評です.あるいは実際の婚約破談の話,避難先でのいじめ,将来の就職や結婚にたいする不安,そういった差別の話です.しかし事実はどうなのでしょうか.広島長崎の疫学調査において,平均200mSvの被曝をうけたひとたちへの遺伝学的影響はまったく否定されています.いま,福島のだれがこれだけの影響をうけたというでしょうか.

放射線の人体への影響には,「身体的影響」と「遺伝的影響」があるのは周知のとおりです.身体的影響は被曝した本人にあらわれる障害で,遺伝的影響は被曝したひとの子孫にあらわれる影響です.ただし妊娠中に胎児がうけた被曝は,胎児本人への身体的影響に分類されます.

まず妊娠中の胎児への影響については,ICRPの勧告(3)によると以下のとおりです.妊娠期間をとおして放射線に関連した流産,奇形,発達遅滞,発癌などのリスクが存在し,それは器官形成期と妊娠初期がもっとも顕著です.ただしこれらの影響には,100〜200mGyあるいはそれ以上のしきい線量が存在します.すなわち,100mGy未満の胎児線量は妊娠中絶の理由と考えるべきではないとされています.こういった妊婦の不安や妊娠中絶についての対応は,通常の「出生前診断の遺伝カウンセリング」と同様となると考えられます.
まず妊娠中の胎児への影響については,ICRPの勧告(3)によると以下のとおりです.妊娠期間をとおして放射線に関連した流産,奇形,発達遅滞などのリスクが存在し,それは器官形成期と妊娠初期がもっとも顕著です.ただしこれらの影響には,100〜200mGyあるいはそれ以上のしきい線量が存在します.すなわち,100mGy未満の胎児線量は妊娠中絶の理由と考えるべきではないとされています.こういった妊婦の不安や妊娠中絶についての対応は,通常の「出生前診断の遺伝カウンセリング」と同様となると考えられます.

放射線の遺伝的影響について上記の勧告(3)では,「両親のいずれかの生殖線への受胎前照射によって,こどもにがんあるいは奇形が増加するという結果は示されていない」とされています.これは広島長崎の原爆被爆生存者のこどもおよび孫を対象にした包括的な研究で,両親の放射線被曝に結びつくいかなる遺伝的影響をみとめていないことによります.疫学データによると自然突然変異を2倍にする倍加線量は最低でも2グレイ以上とされていますが,さらに低線量の長期の累積の場合ではその3倍以上の少なくとも6グレイ以上と考えられています.これは福島の住民がうけたと推定される被曝レベルよりも,二桁も三桁もおおいべらぼうな量になります.

 
!!3. 放射線健康カウンセリングの開始にあたって

産科医として遺伝カウンセリングを日常的におこなっていると,妊娠中にかぜ薬を飲んだ,妊娠中にこどもの水痘がうつった,妊娠と気がつかずにレントゲン写真をとられたがだいじょうぶか? といった相談をうけることがおおくあります.人類遺伝学ではこういった相談を「ナンセンスコール」とよぶことがあります.こういった事象は,遺伝というよりはむしろ妊娠後の環境要因によるものであり,人類遺伝学がとりくむべき正統的な問題とかんがえがたいという考えが「ナンセンス」という語句の背景にあるのだと思います.しかし遺伝学的にはいくら「ナンセンス」であっても,クライアントにとってはすべて切実なのであり,「ナンセンス」な問題などは存在しません.

こういった医療被曝をあつかう遺伝カウンセリングの方法論を応用すれば,福島における放射線カウンセリングも可能となるだろうというのは遺伝カウンセラーのわたしには自然な発想でした.しかしいざ実際の活動の参考にしようと内外の文献にあたってみると,原爆被爆地や原発事故周辺地域でのそういった放射線カウンセリングの方法論や記録というものはまったくみつからないのにはお手上げでした.チェルノブイリ原発事故後のウクライナやベラルーシに,もしかするとそういったとりくみがあったのかもしれませんが,すくなくとも英語の文献上ではそういった記録をみつけることはできませんでした.実はこれまでにそういった思想や方法論がなかったのだろうと考えられます.

そんなときC先生のおさそいもあって,南相馬市立総合病院で放射線健康カウンセリング外来をお手伝いすることになりました.原発事故後1年以上たちながら被曝の不安をかかえながら生活している市民はおおくいました.地域の復興にも影響しているこれらの不安に正面から対応していこうとして,市立病院の医療スタッフや関係者が,外部からの応援を得てつくろうとしたのがこの「放射線健康カウンセリング外来」でした.そのとりくみにあたっては自分たちであらたにノウハウを考えながら手探りですすまなければならないかと覚悟しました.しかしC先生は,それまで原町中央産婦人科医院にておこなっていたカウンセリング活動をもとにして,「放射線被曝への不安を軽減するために」(増補:カウンセリング技術)をすでにまとめられ,ロジャースのクライアント中心療法の理論を下地とした,放射線健康カウンセリングの方法論を示してくださいました.そのときの文章が実はこの本のもとになっています.

そのときにもうひとつのおおきな不安は,放射線や被曝医療の専門家でも自分が,ひとびとの相談にたいして適切な判断とアドバイスをあたえることができるかどうかでした.放射線被曝についての専門的知識がたりているか自信がありませんでした.しかしそれにたいするC先生のおこたえは以下のようなものでした.医療カウンセリングは科学的エビデンスに基づく必要があり,カウンセラー自身の自己一致をめざして学習するのは当然である,しかしクライアントの行動変容に影響を与えるのは専門知識だけではない,そしてクライアントが困難な事態に対応する勇気というものは専門家以外から与えられることがおおいというものでした.極論すればときには放射線にかんする専門的知識があしかせにもなることがあるというわけです.

このように教えられ,そして勇気をもらいながら,放射線健康カウンセリング外来をはじめることになりました.

 
!!4. 妊産婦,授乳婦および子育て中の女性にたいするカウンセリング

医療従事者の立場からクライアント個人や家族の健康に関する不安をすこしでも解決できることをめざすことが目的です,健康相談というかたちでおこなうことが基本です.個人を対象としたカウンセリングのかたちで,「一般的な話」ではなく,「あなたの問題を考える」という態度が基本となります.もちろん被曝の安全性を押し売りするのが目的ではないのは当然のことです.チームのなかの産科医という立場から,わたしの担当は妊産婦,授乳婦および子育て中の女性がおおくあつまりました.

放射線健康カウンセリングは大震災から1年余がすぎたころに開始され,丸2年がたったころに終了しました.住民がすこしずつ落ち着きをとりもどした時期にあたります.カウンセリングでは,クライアントに震災のときからはじまっていまにいたるまでのできごとや,そのときどきの自分の気持について語ってもらいました.わたしはカウンセラーとしても,人間としてもまだまだ未熟であり,津波や原発事故といった極限の体験をしたひとたちに,適確なカウンセリングをできるという自信がまったくありませんでした.それは放射線健康カウンセリングをはじめるときに感じた「放射線被曝の知識が足りない」といった不安や自信のなさとはまったく別なものでした.

しかし実はこのときになにか直接的な解決をもとめようとするのはよくないことに気がつきました.カウンセリングによって問題解決しよう,なにか気のきいたアドバイスをしようと意識して話を聞こうとすると,クライアント自身もそのときの感情や思いを正直にだそうとするよりも,これからどうするかに話の焦点がぶれてしまって,せっかくのカウンセリングがだいなしになってしまいます.基本的には話をそのまま聞くことであり,なにかの結論にむかって道筋をつけることではありません.ただ話に耳をかたむけ,気持や感情をストレートにうけとめることです.

3月11日の大地震と津波,そして翌12日からの原発事故の被災者は,ひとりひとりがまちがいなくさまざまなドラマをもっています.それはだれに聞いても,なんど聞いても,そのたびにわたしの胸をうちました.おなじ体験を共有していないわたしには,正直かけてあげられることばがなにもないのですが,それでも自分だったらこういった気持になっただろうということは想像できます.そういった共感,共有しながら話をきくことになります.それは実は,わたしが「カウンセリング」というなにかをあたえるのではなく,クライアントからわたしが「カウンセリング」をいただくという体験だったのです.

わたしのほうはただ話を聞くだけですから,クライアントの話す内容はまとまりがつかなくなったり,うまく収束しなかったりすることもあります.話の内容もこれまでの避難体験や仮設住宅での現在の生活,こどもの学校での問題,経済的な苦労といったように,あちこちに飛ぶこともまれではありません.しかしクライアントにとっては,なにか結論をみちびきだすことではなく,ただ話すこと自体に意味があるのだろうと思います.その気持に共感しながら話を聞いてくれるカウンセラーがいて,そのまえで話したいことを自由に話すことができるというそれだけで,クライアントにとってはひとつの解放の契機となったのでしょう.

もしかすると,ここでは「ナラティブ・カウンセリング」という技法が本質的な役割をもつのかもしれません.クライアント自身を主人公とした「人生の物語」を完成させることでカウンセリングをおこなっていく方法です.クライアントの自己確立をすすめ,行動変容の力になっていきます.またもっとも困難な状況と考えられる予後不良の疾患やのがれられない災難をクライアントが受けいれ,それに立ち向かう力になるともいわれています.カウンセラーとしてのわたしの力量ではとてもおよばない領域ですが,それでのクライアントに震災後の体験を自由に語っていただくことで,すこしでも前向きになっていただくことができたかもしれません.

 
!!5. 活動をおえて感じること

原発事故から3年ちかくがすぎた今からふりかえってみて,福島における妊娠分娩にたいする被曝の影響はどのように評価されるでしょうか.福島医科大学,福島県産婦人科医会の共同調査(4)によると,妊娠成立数は原発事故のあとに一過性に減少しましたが,1年後から増加し事故前のレベルに徐々に回復しつつあります.また100妊娠あたりの自然流産数,人工妊娠中絶数は事故前後でおおきく変化しませんでした.これは福島県内のすべての産婦人科施設を調査したもので,結果にはたかい信頼性があります.奇形発生数については現在もなお解析中で未発表ですが,これおも有意な変化をみとめなかった由を伝え聞いています.

福島第一原発事故後に福島県における人工妊娠中絶数が増加しなかったことは,人口動態統計の速報でも確かめることができます.チェルノブイリ原発事故にパニックがおこっておおくの妊婦が人工妊娠中絶にはしったヨーロッパ諸国にくらべ,日本の,いや福島の市民の民度の高さは目にみはるものがあります.ほんとうに感嘆すべきだと思いました.事故直後にわたしがいだいた危惧が杞憂とおわったことにおおきな喜びをおぼえます.

震災後にわたしがこころのなかでずっと感じていたもやもや感,葛藤の正体は,原発事故そのものにたいする不安やいかりといった負の感情と,事態を収束させようと現場でがんばっているひとたちへの感謝と尊敬,原発周辺地域の住民についての心配や共感といった正の感情,のふたつのせめぎあいといえるものでした.そして南相馬にはいって住民のかたがたと接することにより,共感すべき対象のひとたちがはっきりみえてくることにより,自分自身の感情もあきらかになってきて,わたしが今後とるべき方向がなになのかが冷静に判断できるようになったのを感じました.クライアントのお話を傾聴することによりもっともすくわれたのは,実はなによりもわたし自身だったのです.それに気がついときのおどろきと感動はけっしてわすれられません.カウンセリングの奥深さをあらためて感じたのもそのときでした.

先日,福島県郡山市で「第2回放射線の健康影響に関する専門家意見交換会」があり,「放射線被曝への対応−遺伝カウンセリングの立場から」という話をさせていただきました.意見交換会が終了したあと、専門家のひとりのあるお年をめしたかたに話しかけられました.「われわれの世代は戦災で壊滅的打撃をうけたが,だれの手もかりず独力でここまで復興をとげた.福島の人間もほかからの支援をあてにせず、そろそろ自分たちだけで立ちあがり歩きはじめる時期にきているのではないか」とのことでした.たしかにそうかもしれない,いや,ほんとうにそうか? そのときはうまく反論することができませんでしたが,しかしいまはこう考えています.

今回の大震災による死者は2万人ちかくにもなる未曾有の災害でした.しかし現代日本における自殺者はそれをこえる3万人にものぼります.これは国際的にみても異様な数であり,単に文化のちがいというよりは,どう考えても日本社会のシステムに根本的なエラーがあるとしか考えられません.もし今回の震災のつらい経験を契機にして,われわれ日本人が逆にまえむきに進もうとするならば,そういった社会をおおきくかえていくことが重要だろうと思います.それはこまっているひと,くるしんでいるひとをぜったいに最後までみすてない,けっしてすべてを自己責任に帰さない,という社会の支えをつくることです.そこには経済的,物質的な援助のみならず,他者への信頼とか救いへの確信といった目にはみえない支えをもたらすことが望まれていると思います.それは被災者のみならず,すべての弱者へのもっともおおきな救済につながっていくことになるでしょう.

被曝カウンセリングによって被災地の問題にとりくんでいくのは,個人のなやみやくるしみにむきあうのと同時に,社会のすべての成員にたいしてもけっしてみすてないというメッセージを発信することになります.それは福島のためだけではない,社会すべてのためです.二重の意味でのはたらきかけだったといえるかもしれません.
 
 
!!参考文献

1. Trichopoulos D, et al: The victims of chernobyl in Greece: induced abortions after the accident. Br Med J 1987;295:1100

2. NPO法人「遺伝カウンセリング・ジャパン」  http://www.npo-gc.jpn.org

3. ICRP勧告翻訳検討委員会訳:ICRP Publication84 妊娠と医療放射線.2000, 日本アイソトープ協会,2002

4. 野村泰久,藤森敬也,岡村州博:震災後福島県内の妊娠成立状況と初期妊娠の経過.日本周産期新生児会誌 2013;49:705

 
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