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「あばれんぼう星人・おこりんぼう星人編」の変更点

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!!!マンガ「GANTZ」の「あばれんぼう星人・おこりんぼう星人編」を考証した件
                                   (室月淳 2014年1月1日)

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「GANTZ」(ガンツ)は奥浩哉氏によるマンガです.ウィキペディアによると「週刊ヤングジャンプ」(集英社)において2000年7月13日発売の31号から連載を開始し,2006年から隔週で連載,2013年6月20日発売の29号で完結,コミックの累計発行部数は2000万部以上という大人気マンガでした.これを原作としたアニメ,ゲーム,小説,実写映画もヒットしています.現代の東京,日本,そして世界の各都市を舞台とし,現実と非現実,生と死,理性と不条理などが表裏一体となったSF的な内容です.

一度現実の世界で死んだ主人公たちは謎の物体「ガンツ」によって生きかえらせられ,一か所に集められて「ミッション」を与えられ転送されて,「星人」といわれる正体不明の生物と強制的に戦うことになります.CGによって制作されたリアルで精緻な絵によって「星人」との戦闘シーンが異様な緊張感をもって描写されます.自分がなにをしているかもわからないうちに「星人」によって次々と殺されていく人々の存在がいかんともしがたい不条理なのです.ミッションのなかで死ぬ人間と生きのびる人間に分かれるのですが,主人公は幾多の戦闘を生きのびながら成長していくという物語です.

ミッションは「ネギ星人編」からはじまって「ラストミッション編」まで10を数えますが,この文章はマンガのストーリーを紹介するわけではなく,あくまでも第3のミッションである「あばれんぼう星人・おこりんぼう星人編」にでてくる仏像をくわしく考証することが主題です.このような人気のあるマンガに関しては,ネットを検索するとマニアによる解説がいくらでも存在しています.しかし,「ガンツ」ファンと「仏像」マニアの層が交差することは皆無のようで,「あばれんぼう星人・おこりんぼう星人編」にたくさんでてくる仏像のひとつひとつが,いったい何寺の何仏をモデルにして描かれたのか,それを追求,解説している文章はほとんどありませんでした.本稿ではそのモデルさがしをおこなういたってまじめな研究論文のつもりです.

論考の対象が奥浩哉氏のマンガの「絵」ですので,論文の常として実際の「絵」の引用が必要となります.このあたり著作権とのかねあいが問題となるかもしれません.絵は必要な部分だけをぬきだし,論証に必要な最小限のおおきさに縮小して引用することにします(ご興味のおありのかたはぜひとも実際のマンガにあたってみることをお勧めいたします).必要に応じて絵のなかに文字をいれます.もし著者,出版社のほうで問題があると判断された場合は,申しわけありませんがいちばん下のアドレスまでご指摘ください.対応させていただきます.

作中の登場人物のセリフによると,場所は文京区羅鼎院とされていますが,もちろん実在する寺院ではありません.このミッションに登場するガンツメンバーは15名です.結論からいうと生きのびたのは主人公ただひとりだけで,あとの14名はすべて「星人」との戦いで死んでいく悲惨なストーリーとなっています.
作中の登場人物のセリフによると,場所は文京区羅鼎院とされていますが,もちろん実在する寺院ではありません.このミッションに登場するガンツメンバーは15名です.結論からいうと生きのびたのは主人公ただひとりだけで,あとの14名はすべて「星人」との戦いで死んでいく凄惨なストーリーとなっています.

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図1

ミッションの開始とともに転送された場所(図1)に描かれているのはあきらかに東大寺の南大門です.この二体の仏像が「あばれんぼう星人」と「おこりんぼう星人」とされますが,これは東大寺南大門の金剛力士像(国宝)ですね.作中によると前者の口癖は「ぬん」,後者のそれは「はっ」なので,「あばれんぼう星人」は吽形像,「おこりんぼう星人」は阿形像と判明します.これは簡単です.

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図2

つぎは8体の仏像が登場します.大きさはふつうの人間とほぼ同じです.スーツや武器のないガンツメンバーに倒される仏像もいて,基本的に人間とかわらずあまり強くはないようです.最初に登場し,ガンツメンバーにむかってゆっくりと歩いてくる仏像(図2)は京都・鞍馬寺の有名な毘沙門天像(国宝)ですが,なぜか宝冠だけは東寺の兜跋毘沙門天像(国宝)とおもわれるものをかぶっています.

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図3

五重塔(これは東寺の五重塔がモデル?)からでてくる7体については以下のようです(図3).Aは岐阜県・乙深寺の韋駄天像(重文),Bは東大寺・三月堂の二力士像(国宝)のうち阿形像,Cは京都・妙法院(三十三間堂)の二十八部衆(国宝)のうちのどれか(おそらく毘楼博叉天像か?),Dは東大寺の竜灯鬼像(国宝),Eは同じく天灯鬼像(国宝),Fは京都・妙法院(三十三間堂)の風神像(国宝)だろうと思います.Gは神奈川・浄楽寺の運慶作といわれる不動明王立像でしょうか.刀をもっていないので確証はありませんが,とても似ているようです.

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図4

次のシーン(図4)で,正面の建物,いわゆる金堂をつきやぶって巨大な仏像が出現します.この大仏は東大寺大仏殿の盧舎那仏(国宝),いわゆる奈良の大仏のようです.鎌倉の大仏とは印相が異なっています.この建物のモデルがわかりません.東大寺大仏殿とはまったくことなります.二段となっているひろい階段が入口につつきますが,多数の人間を収容する武道館や代々木体育館にあるような近代の構造で,寺院建築にはこのような階段は存在しません.

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図5

図5です.千手観音をかこむ4体の仏像は東大寺戒壇院の四天王像(国宝)をモデルとしています.本尊からみて左前から時計まわりに持国天,増長天,広目天,多聞天ですが,これは戒壇院のなかでの位置を正確に再現しています.本物とのちがいは,本物は邪気を足下に踏みつけているのにたいしマンガ中では台座が岩座となっていることと.戒壇院では四天王の中心は多宝塔であることです.

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図6

ラスボスとなる千手観音が問題でした(図6).どこかでみたことがあるようで,マンガのなかの仏像は千手観音としてみるとなかなか破格がおおく,実際に像容があてはまるものが存在しません.ひとつは台上では半跏踏下座であったこと,真手(からだの前にあるふたつの手)が合掌しておらず,左手が水瓶をもち右手を下向きにさげていることです.千手観音であれば真手は合掌印か定印(坐禅のときの手の形)をとるはずですが,この形は十一面観音の印相となります.千手観音は十一面観音から変化したものですから,頭上には十一面をのせています.ですからこの仏像を千手観音ではなく十一面観音としてみると,なんのことはないこれは有名な滋賀県長浜の向源寺十一面観音菩薩立像(国宝)にまちがいありません.それに千手,実際には40本の脇手を加えたもののようです.千手観音のもつ持物としてみると,人のからだを溶かす強力な液体がはいっているのが左の真手のもつ「水瓶」,時間をもどして自分の体を復元する時計のようなものは「法輪」,スーツごとからだを容易に切断する刀は「宝剣」,レーザービームを出しているのは「宮殿」のようです.

このようにマンガの画からモデルとなった仏像が推定できるのは,きわめて正確に写実的な描写がなされているからであり,CGの助けをえたとはいえそれは奥浩哉氏の画力が抜きんでているからといえます.ましておどろくべきことには,われわれにとって永遠の静止であった著明な仏像が自由に動き,激しい戦いをおこなっており,それをマンガによって描きだしたということです.これには仏像マニアとしては驚嘆せざるをえません.もともと戦闘神であった天部像がおおくでてくるのは納得できますが,それ以外にも奈良の大仏が怒って走りだしたり,向源寺十一面観音像がしゃべったり跳ねたりするのは,これはほんとうに一読の価値があります.

ひとつだけ残念に思ったのは,仏像のうしろすがた,とくにその着衣の描写がめちゃくちゃであったことです.おそらく資料として使われた写真はたくさん用意されたのでしょうが,うしろすがたを撮ったものはほとんどなかったのではないでしょうか.氏の描写では,仏一枚の大布に穴をあけたものを,仏像はそこに首をとおしワンピースのように着ているようにみえます.とくに十一面観音像がそうです.下半身に裙というスカートのようなものをまき,条帛という布を肩から腰にかけてななめにかけているという基本を理解していないため,マンガの絵からはどのような着衣なのか混乱をきたします.滋賀・向源寺におかれている十一面観音像は周囲360度から拝観可能なので,いちど実物をよくみれば観音像の着衣がどのようになっているかよく理解できるかと思います.

いずれにしろ「GANTZ」の「あばれんぼう星人・おこりんぼう星人編」は,仏像マニアとしてはいろいろな意味で興味深いマンガです.夜の寺院の境内が舞台であり,背景をこころもち暗くしながら,寺院の建物や仏像を精緻に描き,さらには千年以上もその場で凍りついていた有名な仏像群をうごかし躍動させ,絵のなかで生き生きと描出した奥浩哉氏のすぐれた画力にこころからの崇敬の念を捧げます.


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