小児救急医療拠点病院における小児科医の勤務:36協定の規定を上回る勤務の可能性

コアラメディカルリサーチ 江原朗


 平成18年3月、全国27の小児救急医療拠点病院における小児科医の勤務実態について調査が行われた。小児科医の過労が社会問題化している中で、国の調査結果は貴重な資料である。そこで、全国27小児救急医療拠点病院の勤務状況と各病院の36協定(労働基準法第36条1項にもとづく協定)で規定された時間外労働時間を比較し、医療体制提供における課題を探ることにした。

方法

 「小児救急医療を担う小児科医師の勤務状況(小児救急医療拠点病院)に関する緊急調査について」(1)については厚生労働省に行政文書開示請求を行った。
 27拠点病院の所在地(県単位)の同定は、平成17年12月9日の全国小児救急医療関係主管課長会議資料(2)をもとに行った。さらに、北海道および各県にある主な病院のホームページを検索して小児救急医療拠点病院を標榜する医療機関名を確認した。また、確認できない場合には、各県の医療行政担当部局へ電話して拠点病院名を同定した。
 以上のとおり、同定された27病院が平成15年4月1日から同18年3月31日までの間に届け出た労働基準法第36条1項にもとづく協定届(添付文書を含む)のうち最新のものについて、各病院を管轄する労働局(厚生労働省の地方出先機関)に行政文書開示請求を行った。なお、開示文書においては、職種等一部不開示条項があるため、時間外の延長時間については各施設の最長のもので検討をおこなった。

結果
 小児救急医療拠点病院における1か月あたりの勤務時間は、最大370時間、平均229.3時間、最小150.6時間であった(表1)。

表1 小児救急医療拠点病院のおける小児科医師の勤務状況(抜粋、平成18年3月調査)

 平成17年11月分

平均

最大(最高)

最小(最低)

病床数

558.5

1485

100

小児科医師数(常勤)

10

32

2

1晩の平均小児患者数

21.3

99.8

0.7

夜間帯における小児科医師1人あたりの1夜間あたり小児患者数

8.1

26

0.2

深夜帯における小児科医師1人あたりの1深夜あたり小児患者数

5.2

39

0.1

小児科医師1人あたりの1ヶ月あたりの勤務時間数

229.3

370

150.6

医師の宿直時の診療従事時間を把握している病院の割合(%)

8.7(2/23)


 一方、36協定により規定された1か月あたりの時間外勤務時間の上限は、最大110時間、平均38.16時間、最小で0時間となっていた(表2)。さらに、各施設における1日あたりの所定労働時間は7.5から8時間とさまざまであるが、法定の週40時間(30日間で171.42時間)と一律に仮定し、36協定における時間外労働の上限を加えて1か月あたりの勤務時間総計の上限をもとめた。この結果、各施設の勤務時間総計の上限は、1か月あたり最大281.42時間、平均209.58時間、最小で171.42時間となった(表2)。

表2 小児救急拠点病院における36協定

 設置都道府県

(拠点病院数)

所定労働時間

(1日あたり) 

36協定での延長時間(時間)

1日

1週

1月

3ヶ月

1年

北海遣(5)

7.5

4

 

45

 

360

7.9

4

 

45

 

360

7.9

5

 

-

120

360

36協定締結なし

0

0

0

0

0

7.75

5

 

45

 

360

茨城県(2)

7.5

5

 

45

 

360

7.75

8

 

45

 

360

埼玉県(2)

8

6.5

4.5+2)

 

110

(45+65)

 

490

(360+130)

8

6.5

(4.5+2)

 

110

(45+65)

 

490

(360+130)

千葉県(3)

8

3

 

30

 

360

8

5

 

45

 

360

8

3

 

45

 

360

神奈川県(1)

36協定締結なし 

0

0 

0

0

0

岐阜県(2)

8

5

 

40

 

360

7.75

5

 

45

 

360

兵庫県(1)

36協定締結なし 

0

0 

0

0

0

広島県(3)

8

5

 

40

 

360

7.5

2

6

-

 

150

 36協定締結なし

0

0 

0

0

0

山口県(2)

7.9

4

15 

45

 

360

7.5

4

 

45

 

360

徳島県(1)

 36協定締結なし

0

 

0

0

0

熊本県(3)

5

 

45

 

360

7.9

10

 

45

 

360

7.5

4

 

40

 

360

大分県(1)

36協定締結なし 

0

 

0

0

0

鹿児島県(1)

7.5

4

 

45

 

360

1ヶ月の時間外勤務の上限      

(勤務時間総計の上限)

平均

38.16(209.58)時間

最大

110  (281.42)時間

最小

0    (171.42)時間

(表2の脚注)

1.     36協定の締結がない場合には延長時間を0時間と記載
2.     1ヶ月の勤務時間総計の上限:(40/7時間×30日)+36協定における延長時間の上限
3.     埼玉県の2施設は1ヶ月あたり45時間の通常の時間外延長のほか、特別な業務の際にさらに65時間延長可能としている


 1か月あたりの勤務時間の最大値は370時間であるのに対して、36協定に規定された勤務時間総計の上限は最大値で281.42時間に過ぎなかった。実際の勤務時間が36協定に定めた時間外労働を加えた法定労働時間を88.58時間上回る結果であった(図)。

図 36協定によって規定された勤務時間総計の上限と小児救急拠点病院における勤務状況との比較(1ヶ月あたりの最大値、平均値、最小値)

考察
 小児救急拠点病院における小児科医の勤務実態は、労働基準監督署の権限により調査が行われたわけではない。したがって、表1に示された勤務時間をすべて労働時間として認められたわけではなく、現時点で違法性を指摘することはできない。しかし、自己申告であれ、36協定によって規定された勤務時間の上限を実際の勤務時間が月あたり88.58時間上回っていた事実は問題である。
 研修医が労働基準法に規定された労働者であるとの司法判断が確定したのは、平成17年6月のことであり(3)、医師への労務管理の必要性が認識されだしたのはごく最近のことである。したがって、周知徹底がまだ不十分である今日、各施設に違法性を問うことは非現実的といえる。しかし、勤務時間が長引くことにより、医療事故の頻度が上昇するとの報告もあり(4,5)、使命感だけに頼って長時間の救急医療提供を行わせることには無理がある。
 医療提供者の勤務時間の上限設定は、医療者の労働衛生の点からも、患者に対する医療事故防止の点からも重要である。しかし、実現させるためには、地域に点在している医師を機関病院に集約化し、各医師の負荷を軽減させる必要がある。平成17年12月、厚生労働省、総務省、文部科学省の3省から都道府県知事に対して小児科・産科の集約化についての通達が出されている(6)。もはや、地域の利害をこえて、集約化を推進しなければ、医師は過労によって地域医療から離脱する危険性が高い。医療提供体制の再編成は喫緊の課題である。


文献
1)厚生労働省医政局指導課.小児救急医療を担う小児科医師の勤務状況(小児救急医療拠点病院)に関する緊急調査について.平成18年3月.
2)厚生労働省医政局.全国小児救急医療関係主管課長会議資料.平成17年12月9日.
http://www.wam.go.jp/wamappl/bb13GS40.nsf/vAdmPBigcategory30/54D97E2873B860D4492570D500264850?OpenDocument
3)Ehara A. Japanese residents have been judged to be workers. Pediatrics 116:801, 2005.
4)Landrigan CP, et al. Effect of reducing interns' work hours on serious medical errors in intensive care units. N Engl J Med. 351:1838-48, 2004.
5) 江原朗.医師の長時間労働は医療安全に有害ではないのか.日本医事新報. 4263:73-78,2006.
6)厚生労働省医政局長,厚生労働省雇用均等・児童家庭局長,総務省自治財政局長,文部科学省高等教育局長.小児科・産科における医療資源の重点化・集約化について.医政発第1222007号,雇児発大1222007号,総財経第422号,17文化高第642号.平成17年12月22日.
http://www.wam.go.jp/wamappl/bb13GS40.nsf/0/2987b5147419fa274925711d001e2848/$FILE/2-2-11_1.pdf