病院小児科医と労働基準法
Labor Standard Law and Pediatricians Working in Hospitals

江原朗

要旨
 研修医の過労死裁判をとおして、勤務医は労働者であるとの司法判断がなされた。一方、小児救急は受診数の増加から、病院小児科は危機的状態にある。通常勤務、夜間の救急当番、そして、翌日の通常勤務といった連続32時間の勤務をこなす病院小児科医が多数存在することは、この国の医療の貧困を証明している。
 こうした勤務環境のなかでは、聖職者だから過重勤務は当然といった考えは是正していかなければならない。労働基準法をひもといてみると、いかに福祉の向上を訴えるわれわれが、違法状態で勤務しているか認識される。
 小児救急の充実には、医師の勤務時間帯のシフトなど、抜本的な対策が必要である。


 研修医の過労死事件に関する司法判断により、研修医が労働者であると認定された。聖職者として過重勤務は当然とされてきた医療現場にも、労働基準法の適応がなされるようになってきた。一方、昨今小児救急が社会問題化しており、時間外受診の小児に対して小児科医が忙殺されていることが顕著になってきた。田中らの研究1)では、病院勤務の小児科医は時間外診療に追われた後も、翌日通常の勤務が存在するケースが82.1%を占め、彼らは32時間(8+16+8時間)の連続勤務をしていると報告している。こうした労働環境の中、小児科医の59.8%が体調を崩した経験があるという1)。聖職者は疲労をしないのであろうか、そんなわけはない。そこで、労働法的に小児科医はどんな環境にいるのか検討してみた。

1) 研修医が労働者であると司法判断がなされた
関西医大病院において最低賃金を下回る月額6万円の賃金のもとで、研修医が勤務し、過重な労働条件から死亡した。この事件に際し、両親は過労死裁判を起こした。そして、平成13年8月30日大阪地裁堺支部は「研修医は労働者である」との司法判断を示した2)。これまで存在があいまいであった研修医が初めて労働者であると認識されたのである。このことは、勤務医である研修医も労働基準法3)の適応を受けると明示されたことであり、研修医の低賃金労働に支えられた日本の医療体制にとっては大転換点となる。
労働条件に関しては、保健衛生の分野では、1週44時間の法定労働時間(労働基準法32条)が決められており、時間外、深夜労働に関しては2割5分以上、法定休日に労働させた場合には、3割5分以上の割増賃金の支払い義務が生じる(同法37条)。また、使用者は毎週1日の休日か、4週を通じて4日以上の休日を与えなければならない(同法35条)義務が生じる。また、時間外および休日の労働は、1週あたり15時間、1か月あたり43時間、1年あたり、360時間の限度がある(同法33、36条)ため、勤務時間を無視して若手医師を使用することはできなくなった。

2) オンコール当番でも待機時間は労働時間と見なされる

 労働基準法の32から34条において、労働時間、休日、休憩および時間外労働に関する条項がある。この中では、手待時間(待機時間)も労働時間の一部と見なされ、院内当直でなくても、急患に即応が求められる自宅待機(いわゆるオンコール)の時間も法律上労働時間と見なされる。北海道労働局の労働基準部監督課電話相談に問い合わせてみると(平成14年9月18日)、「手待ち時間の定義とは、場所の拘束(ポケベルでの呼び出しがあり、即応できる距離に滞在の義務がある)、行動の制限(酒を飲めない)、ペナルティの存在(ポケベルで呼び出されても、即応できないとき叱責される)があることである」とのことであった。
 中核病院に勤務する若手医師は、当直ないしオンコール当番が月に何回もあれば(夜間16時間の待機が3日以上1か月にあれば、時間外の法定労働時間1か月あたり43時間を超えてしまう)、法律上は違法状態で勤務していることになる。

3) 労働基準法のおける管理職の定義は職階性の中のそれとは異なる
 医師の場合、大学の研修医から地方の中核病院勤務となると、給与上管理職の扱いを受けることが多い。したがって、医師は管理職だから、労働条件の制限はないとの議論が生じる。しかし、「労働基準法でいう管理・監督者とは、一般的には工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意で、役職名にとらわれず職務の内容から実態的に判断される」と労働基準局の見解がある4)。したがって、使用者でない勤務医は自己の勤務形態を決定できないことが多く、労働基準法の適応外であるとはいえない。

4) 小児救急医療の体制整備は必須である
 小児科の不採算性が指摘され、一方で時間外の受診数が激増し、病院小児科医療は危機に瀕している。救急当番の比率は小児科医の少なさから、内科医に比べて5割以上多く5)、日本病院会に加入する施設のうち、内科医が月5回以上救急当番をしている施設が2.2%であるのに対し、小児科医が5回以上救急当番をする施設は25.8%を数える5)。しかし、小児時間外受診者のうち、一次救急で対処できない患者は4.3%に過ぎず5)、実際には救急の名称はなじまず、いわゆるコンビニ医療といわざるをえないのが実情である。こうした環境の中、体調を崩した小児科医が6割近く存在する1)ことは、医療体制の構築、小児科医の健康管理上忌々しきことである。「聖職者だから、眠らずに働いてもかまわない」、あるいは、「医者は儲けているから、過重労働はかまわない」とのコンセンサスが社会で生じているのであろうか。
 8時間勤務のあと、夜間および翌日の連続32時間(8+16+8時間)勤務した研修医について、集中力の低下が著明に見られたことが、報告されている6)。長時間の連続勤務が医療事故を誘発することは科学的にも証明されているのである。したがって、「医者は休息なしに働くべきだ」と市民が思っているとすれば、「医療事故を誘発して患者に生命の危険が差し迫ってもかまわない」と考えることに等しい。
 時間外の勤務の翌日には、半日で勤務を離れられるとか、時間外勤務と日勤との間で医師の勤務時間のシフトをしなければ、小児科医の健康は保てない。救急当番を行った小児科医の8割が、翌日も通常勤務を行っている1)。体制の整備が整わなず、小児科医が疲弊していく現実が放置されるならば、労働基準法に小児科医の健康を守ってもらうほかないのかもしれない。小児科医であれば、時間外であろうとも重症のこどもを診療することに異を唱えるものは少ないであろう。しかし、時間外診療の9割以上が軽症で一刻を争わない状況である5)以上、時間外診療の対象を限定するか、あるいは、全例診療するなら、医師を含めた医療スタッフにおいて勤務時間帯のシフトは不可欠である。そうでなければ、病院小児科医の脱落(開業や異業種への転換)や小児科入局者の減少は避けられない問題となろう。



参考文献

1) 田中哲郎ほか:小児救急医療の現状と問題点の検討.日本醫亊新報 3861:26-31, 1998.
2) 朝日新聞 平成13年8月30日号.
3) 労働基準法.昭和22年4月7日,法律第49号.改正平成11年,法律第160号.
4) 労働基準法の要点.平成14年2月.北海道労働局労働基準部.
5) 田中哲郎:21世紀の小児救急医療.日小誌 106: 721-729, 2002.
6) Leonard C et al:The effect of fatigue, sleep deprivation and onerous working hours on the physical and mental wellbeingof preregistration house officers. Ir J Med Sci 167: 22-25, 1998.