小型球形ウィルスによる食中毒と感染予防における問題点について
Food-borne Outbreaks Caused by Small Round Structured Virus: Problems in Clinical and Laboratory Diagnosis and Governmental Administration.


江原朗(えはらあきら)、柴田睦郎(しばたむつお):市立小樽病院小児科
外岡立人(とのおかたつひと):小樽市保健所

要旨

 小型球形ウィルスの食中毒における臨床診断、検査、行政対応の問題点を検討した。軽微な症状により、医療機関で食中毒と診断されない可能性や、胃腸炎の発症に要するウィルス数が少ないために感染経路を同定できない可能性、また、検査手技および検査キットの普及がこれからであることにより、日本における小型球形ウィルスの実態把握はまだ不十分である。
 さらに、汚染された食品や水を介した食中毒は食品衛生法、二次感染の対策はいわゆる感染症新法が担当するとすれば、担当部局が一元化されない危険があり、現場の混乱を巻き起こすことは必定である。

 食中毒の概念が変化してきている。これまで、飲食に起因する衛生上の危害を防ぐ目的で制定された食品衛生法[1]および食品衛生法施行規則[2]を根拠として、食中毒の調査および対策がなされてきた。しかし、平成8年の病原性大腸菌による食中毒の大量発生を契機として、国は腸管出血性大腸菌による感染症を指定伝染病に定めた[3,4]。こうして、病原性微生物による食中毒は、食品衛生法[1]だけでなく、感染症新法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)[3]においても対策がとられるようになった。この結果、細菌やウィルス等病原性微生物による食中毒は、飲食に起因した衛生上の危害という概念を脱却し、食品等を介した感染症と定義せざるを得なくなった[5,6]。
さらに、平成9年には小型球形ウィルスが食中毒の病因物質と指定され、病原性微生物による食中毒と感染性胃腸炎(感染症新法での4類感染症)との垣根はほぼなくなったと言っても過言ではない。
しかし、小型球形ウィルスによる食中毒は平成10年から統計が取られているだけであり[7]、本ウィルスによる食中毒の実像は、まだ十分には捉えられているとはいえない。そこで、小型球形ウィルスによる食中毒が発生した場合に、どんな問題点が生じるのか、臨床診断、ウィルス検査および行政対応の面から検討した。

1)小型球形ウィルスの名称と本ウィルスによる食中毒の疫学
 1940年台から、細菌以外にも下痢を起こす因子があることが知られ、アメリカ合衆国オハイオ州ノーウォーク等さまざまな地域で下痢症を発症するウィルスが分離された[8]。これらのウィルスは形態上鑑別がつかないため、一般的には小型球形ウィルスと呼ばれていた。しかし、現在では下痢を生じる小型球形ウィルスは、カリシウィルスに属するノーウォーク関連ウィルスとサッポロ関連ウィルスとに分類されている[8]。しかし、厚生労働省の食中毒統計では小型球形ウィルスの名称は現在でも用いられている。
 平成11年の統計[7]では、小型球形ウィルスによる食中毒が、事件数において全食中毒の4.3%、患者数において全食中毒の14.8%を占めている(表1)。

表1 病 因 物 質(平成11年)

事件数 患者数 死者数 患者/件 死者/件
総数 2697 35214 7 13.1 0.0026
 病因物質の判明したもの 2692 33470 7 12.4 0.0026
  細        菌 2356 27741 4 11.8 0.0017
   サルモネラ菌属 825 11888 3 14.4 0.0036
   ぶ ど う 球 菌 67 736 11
   ボツリヌス菌 3 3 1
   腸炎ビブリオ 667 9346 1 14 0.0015
   腸管出血性大腸菌 8 46 5.8
   その他の病原大腸菌 237 2238 9.4
   ウエルシュ菌 22 1517 69
   セ レ ウ ス 菌 11 59 5.4
   エルシニア・エンテロコリチカ 2 2 1
   カンピロバクター 493 1802 3.7
   ナグビブリオ 2 4 2
   その他の細菌 19 50 2.6
  ウ  イ  ル  ス 116 5217 45
   小型球形ウイルス 116 5217 45
   その他のウイルス
  化  学  物  質 8 134 16.8
   メ タ ノ ー ル
   その他の化学物質 8 134 16.8
  自    然    毒 121 377 3 3.1 0.0248
   植物性自然毒 87 310 1 3.6 0.0115
   動物性自然毒 34 67 2 2 0.0588
  そ    の    他 1 1 1
 病因物質の不明のもの 95 1744 18.4

しかし、イギリスでは食中毒事件数の43%[9]、オランダでは87%[10]が本ウィルスによるとの報告もある。食習慣や気候条件が異なるので、単純な比較はできないが、日本においても、実際にはより多くの小型球形ウィルスによる食中毒が発症している可能性もある。
 また、平成11年および10年の食中毒統計調査では、小型球形ウィルスの食中毒による死者の発生はなく[7]、細菌性食中毒に比較して症状は軽微であると思われる。しかし、小型球形ウィルスによる食中毒では、事件あたりの患者数は45.0人と細菌性食中毒の1件あたり11.8人を大きく上回る[7](表1)。このため、社会的な影響力は大きいと考えざるを得ない。
  
2)臨牀診断における問題点

 診療所および病院において食中毒として診断されない可能性が高い。
 小型球形ウィルスによる胃腸炎は、潜伏期間が24から48時間、症状は悪心、嘔吐、腹痛、下痢である。症状は軽微で多くは3日以内に自然軽快する [8,11]。死亡例が発生するわけでもないので、発症患者が集団で同一の医療機関を受診しない限り、社会問題化せず、胃腸炎と診断されてしまうであろう。したがって、食中毒と診断されない可能性が高い。

3)ウィルス学的検査における問題点
 保健所に「食中毒の疑いあり」と報告されても病原体が同定されない可能性もある。
 胃腸炎を発症させることができるウィルス数は10から100個といわれる[6]。したがって、生牡蠣の集団摂取による食中毒というような典型例以外に、さまざまな感染経路が存在しうる。牡蠣以外でも、このウィルスに汚染された食品[12]、飲料水[13]、調理器具を介して食中毒が発生する。さらに、患者が嘔吐した吐物の飛沫を吸引して、二次感染が成立する[14]ことが知られている。しかし、胃腸炎を発症可能な少数のウィルスを検出できるようになったのは最近のことである。
 まず、このウィルスの培養技術が確立されていないため、細菌のように簡便に検出ができない。かつては、便中のウィルスを密度勾配遠心法で濃縮し、電子顕微鏡で検出することが中心であった[15]。しかし、感度が鈍く(検出感度は106/ml程度)、一部の例外を除いては検出が難しかった。しかし、1990年、遺伝子工学的手法により、小型球形ウィルスの一種であるノーウォークウィルスの遺伝子配列が決定され[16]、これをもとにしてRT-PCR法[10]が開発された。本法では、102個程度のウィルスを検出可能である。したがって、検体中のウィルスを濃縮すれば、胃腸炎発症に最低限必要なウィルス数を検出することができる。また、小型球形ウィルスのcDNAを用いてウィルス抗原を昆虫の細胞内で産生することができるようになり[17]、この抗原から小型球形ウィルスに対する抗体を作成し、ELISA法[18]やRIA法が開発された。RT-PCR法に比べると検出感度は落ちるが(反応液に最低105個程度のウィルス数が必要)、検査法は電子顕微鏡法に比べると、極度に簡便である。これらの検査法はこれまで研究室レベルでのみ可能であったが、ELISA法による検出キットが商業ベースで入手できるようになったので[19]、今後一般的に用いられると思われる。

4)法的な問題点
 小型球形ウィルスは食品衛生法[1]および食品衛生法施行規則[2]により、食中毒の病因物質として分類同定されている。しかし、感染症新法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)[3]およびその施行規則[4]においても、感染性胃腸炎は4類感染症として指定されている(表2)。

表2 ウィルス性の食中毒および胃腸炎の法的な取り扱い

食品衛生法 感染症新法           
(ウィルス性食中毒) (感染性胃腸炎)
法律の意義 飲食に起因する衛生上の危害を防止する 感染症の発生の予防およびそのまんえんを防止する
法的取り扱い SRSV等を食中毒病因物質に指定 病原体に関係なく感染性胃腸炎を4類感染症に指定
感染経路 (食品、水、添加物、容器包装を介した場合)              (感染経路には関係なし)
病原体 SRSV、その他(A型肝炎など) SRSV、Rotavirus、Adenovirus等

 小型球形ウィルスによる胃腸炎では、汚染された食品、水および容器包装による感染経路(食中毒)と患者から健常者への吐物等を介した感染経路(人から人への感染)がある [20]。このため、小型球形ウィルスによる食中毒は食品衛生法[1]および食品衛生法施行規則[2]の対象となりうるが、感染した患者から吐物等を介して二次感染が生じた場合には、感染症新法[3]およびその施行規則[4]を根拠に対策をすすめなければならない。しかし、単一暴露による食中毒のように単峰性の発症をきたす際には(図1:当市小学校での食中毒疑い例)、食品衛生法単独による対策でも可能かもしれないが、閉鎖空間による発症では食中毒と二次感染が混在するため(図2:当市乳児院での例)、食品衛生法と感染症新法の2法により行政的な対処が求められる。同じ感染性胃腸炎を2つの法律で別々の部局が担当することは、食中毒事件の現場調査において混乱を来しかねない。

図1:当市小学校における小型球形ウィルス食中毒疑い例


図2:当市乳児院における小型球形ウィルス集団発症例


5)まとめ

 小型球形ウィルスの食中毒はイギリスおよびオランダの統計では全食中毒事件の43%[9]、87%[10]を占めるといわれる。日本とは気候および食習慣が異なるため、単純な比較はできないが、全食中毒事件の4.3%、全患者数の14.8%と報告されている平成11年統計値は[7]、実態を大きく下回っている可能性が高い。軽微な症状により、医療機関で食中毒と診断されない可能性や、胃腸炎の発症に要するウィルス数が少ないために感染経路を同定できない可能性、また、検査手技および検査キットの普及がこれからであることにより、日本における小型球形ウィルスの実態把握がまだ不十分である可能性が高い。
 さらに、汚染された食品や水を介した食中毒は食品衛生法[1]、二次感染の対策はいわゆる感染症新法[3]が担当するとすれば、担当部局が一元化されない危険があり、現場の混乱を巻き起こすことは必定である。同一の病原体による疾患が、感染経路により、食中毒と感染症とに区別されることは、不合理といわざるをえない。したがって、病原微生物による食中毒と感染症新法における感染性胃腸炎に関しては、対応する法律を一元化する必要があると思われる。
参考文献
 
1) 食品衛生法.昭和22年12月24日法律第233号.最終改正平成12年法律第91号.
2) 食品衛生法施行規則.昭和23年7月13日厚生省令第23号.最終改正平成14年厚生労働省令第51号.
3) 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律.平成10年10月2日法律第114号.改正平成11年法律第87,160号.
4) 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行規則.平成10年12月28日厚生省令第99号.最終改正平成12年厚生労働省令第127号.
5) 竹田美文:最近の感染性胃腸炎.小児科診療 7: 973-976, 2001.
6) 宮沢文雄:食中毒の疫学と細菌およびウィルス、その他による食中毒. 真野喜洋(編); スタンダード公衆衛生学, 文光堂2002年.
7) 平成11年食中毒統計調査.厚生労働省医薬局食品保健部監視安全課.
8) 牛島廣治:ノーウォークウィルスの分子疫学.日本臨床 60:1143-1147, 2002.
9) Evans HS, Madden P, Douglas C et al: General outbreaks of infectious intestinal disease in England and Wales: 1995 and 1996. Commun Dis Public Health 1: 165-171, 1998.
10) Vinje J, Altena SA, Koopmans MPG: The incidence and genetic variability of small round-structured viruses in outbreaks of gastroenteritis in the Netherlands. J Infect Dis 176: 1374-1378, 1997.
11) Treanor JJ: Clinical features of gastroenteritis due to Norwalk and other small viruses. Uptodate. www.uptodate.com
12) 中村信也,杉枝正明,宮本秀樹:静岡県におけるSRSV食中毒の大規模集団発生事例について.感染症学雑誌 73: 356-360, 1999.
13) Schvoerer E, Bonnet F, Dubois V et al: A hospital outbreak of gastroenteritis possibly related to the contamination of tap water by a small round structured virus. J Hosp Infect 43: 149-154, 1999.
14) Caceres VM, Kim DK, Bresee JS et al: A viral gastroenteriris outbreak associated with person-to-person spread among hospital staff. Infect Control Hosp Epidemiol 19: 162-167, 1998.
15) Kapikian AZ, Wyatt RG, Dolin R et al: Visualization by immune electron microscopy of a 27-nm particle associated with acute infectious nonbacterial gastroenteritis. J Virol 10: 1075-1081, 1972.
16) Jiang X, Graham DY, Wang K et al: Norwalk virus genome cloning and characterization. Science 250: 1580-1583, 1990.
17) Jiang X, Wang M, Graham DY et al: Expression, self-assembly, and antigenicity of the Norwalk virus capsid protein. J Virol 66: 6527-6532, 1992.
18) Graham DY, Jiang X, Tanaka T et al: Norwalk virus infection of volunteers: New insights based on improved assays. J Infect Dis 170: 34-43, 1994.
19) 内野清子,岩上泰男,田中智之:モノクローナル抗体による免疫学的検出法.日本臨牀 60: 1188-1193, 2002.
20) Djuretic T, Wall PG, Ryan MJ et al: General outbreaks of infectious intestinal disease in England and Wales 1992 to 1994. Commun Dis Rep CDR Rev 6: R57-R63, 1996.