小児入院患者数の季節変動-空きベッドのコストを計上しなければ小児病棟は維持できない-

北海道大学大学院医学研究科予防医学講座公衆衛生学分野
客員研究員 江原朗


要旨
 小児入院患者の延べ人数を月ごとに推計し、季節変動を解析した。この結果、全国的に12月が最も入院が多く、8月が最も入院が少ない傾向があった。
 病床・人員体制を平均入院患者数にあわせると仮定した場合、その平均入院患者数を12月分とするか、年間平均とするかで、医師・看護師の人件費は総額約147億円異なる。しかし、最多の入院数にあわせて体制を整備しなければ、入院できない患者が出てしまう。したがって、24時間365日の小児に特化した専門医・看護師による診療体制を行うためには、空きベッドのコストを予算として計上する必要がある。



 小児の疾患は感染症が多く、入院患者数に季節変動が見られる。夏季には空きベッドが目立ち、冬季にはベッドが満床となる。このためか、小児科の収益性は他科に比べて低いのが実情である1)。しかし、24時間365日小児に特化した専門医・看護師による診療体制を実施するには、最大入院数にあわせた病床・人員体制を敷く必要がある。そこで、各月の入院患者数を推計し、その季節変動を検討することにした。

1.小児科診療所における月別医療費は8月が最低で12月が最高である
 医療機関メディアス(平成11、14、17年度)2)における小児科診療所の医療費の月別変動を図1に示す。

図1 小児科診療所における医療費の季節変動(1年度分の医療費に対する各月の比率)


 

8月が最も医療費が少なく、1年度分の医療費の6.0から6.3%を占めるに過ぎなかった。一方、最も医療費が多いのは12月で、1年度分の医療費の9.9%から10.4%を占めていた。
 月あたりの平均医療費(1年度分の医療費の1/12)と比較すると、8月分は24から28%低く、12月分は19から25%高かった。

2.各年9月の入院患者延べ人数は81から106万人・日である
 患者調査3)に示された各年9月の推計退院患者数(病院分)に平均在院日数を乗じて、入院患者延べ人数(病院分)を求めた(表1)。

表1 各年9月の推計退院患者数および平均在院日数から求めた入院患者延べ人数(1000人・日)

患者年齢

平成11年9月

平成14年9月

平成17年9月

   0歳

389.0

311.9

288.6

 1〜 4歳

285.5

254.8

229.5

 5〜 9歳

191.4

177.6

144.2

10〜14歳

195.8

179.5

147.8

合計

1,061.6

923.8

810.1

各年9月における15歳未満の入院患者延べ人数は、平成11年106万人・日、平成14年92万人・日、平成17年81万人・日であった。

3.入院患者延べ人数の季節変動が医療費の変動と一致すると仮定すると、小児科標榜病院1施設あたりの平均入院患者数は、年間平均で10.4から12.5人、12月分で12.5から15.6人となる
 小児に限定した入院患者数の月別変動は公表されていない。そこで、医療機関メディアス2)における小児科診療所の医療費の月別変動を入院患者数の月別変動とみなし、各月の平均入院患者数を求めた(表2)。

表2 医療機関メディアスの月別変動が入院数の変動と一致すると仮定した場合の小児入院患者延べ人数・平均入院患者数の季節変動(15歳未満)

項目

平成11年度

平成14年度

平成17年度

入院患者延べ人数(1,000人・日)

4月

1,317.9

1,067.2

1,010.0

5月

1,286.5

1,117.8

938.6

6月

1,302.2

1,058.8

952.9

7月

1,291.7

1,084.1

942.2

8月(最小値)

962.3

809.9

753.0

9月

1,061.6

923.8

810.1

10月

1,349.3

1,130.5

1,035.0

11月

1,380.7

1,219.1

1,077.8

(A):12月(最大値)

1,673.5

1,349.8

1,181.3

1月

1,500.9

1,265.5

1,042.1

2月

1,532.3

1,236.0

1,081.4

3月

1,459.1

1,257.0

1,138.5

B):合計

16,118.1

13,519.5

11,962.9

C):A*12

20,082.3

16,198.1

14,175.7

(D):C-B

3,964.2

2,678.6

2,212.7

平均入院患者数(1,000人)

E):C/365(12月)

55.0

45.0

39.4

F):B/365

(年間の平均)

44.2

37.0

32.8

(G):E-F

10.9

8.0

6.6

H):小児科標榜病院

3,528

3,359

3,154

平均入院患者数/病院(人/施設)

I):E/H(12月)

15.6

13.4

12.5

J):F/H

(年間の平均)

12.5

11.0

10.4

K):I-J

3.1

2.4

2.1


 12月には平均入院患者数が39,400から55,000人、年間平均入院患者数が32,800から44,200人となっていた。
この値を小児科標榜病院数(精神病院以外)で割り4)、小児科標榜病院1施設あたりの平均入院患者数を求めると、12月分では12.5から15.6人、年間平均では10.4から12.5人となった。

4.平成17年度の12月分の平均入院患者数と年間平均入院患者数との差は6,600人である
 平成17年12月分の平均入院患者数と平成17年度の年間平均入院患者数との差(この値が12月分の平均入院者数をもとに病床・人員体制を敷いた場合、平均空きベッド数となる)は、全国で6,600人である。現時点では、年間平均患者数にあわせて医師・看護師の標準人員数が決められている5)。したがって、入院が最多の12月においては、年間平均と比較して医療者が手薄になってしまう。繁忙期にも年間平均と同等の人員体制を維持するためには、医師・看護師の増員が必要である。そこで、増員すべき医師、看護師の標準人員数を医療法および医療法施行規則5)より計算した(表3)。

表3 12月の平均入院患者数と年間平均入院患者数との差に対する医師・看護師の人件費

項目

数値

(A): 12月の平均入院患者数と年間平均入院患者数との差、

(平成17年度)

6,600人

B):(A)/16

A)に対応する医師の標準人員数

413人

C):(A)/3

A)に対応する看護師の標準人員数

2,200人

D)医師平均年間給与

1,101万1,900円/年

E)看護師平均年間給与

465万2,000円/年

(F):(B*D+C*E))

8月と12月の人件費の差の総額

147億7,680万9,000円/年

・ 小児病棟と外来の場合、標準人員数は

医師:(外来数/3+入院数-52/163、看護師:(外来数/30+入院数/3)+3

となるが、今回の解析では入院数だけが増減すると仮定している。

    (平均年間給与)=(平均給与月額)×12+(平均年間賞与その他)

で計算している


 医療法および医療法施行規則では、年間平均入院数(1年度分の入院患者延べ人数/365日)をもとに医師、看護師の標準人員数を計算している。一般小児病棟と外来に必要な標準人員数は、
医師数:(外来数/3+入院数-52)/16+3、
看護師数:(外来数/30+入院数/3)+3
で計算される。今回は、入院患者の変動に対する医師・看護師数のみを検討した。具体的には、12月の年間の平均入院患者数を求め、その差16人に対して医師1名、その差3人に対して看護師1名を要するとして計算を行った。
 この結果、12月に年間平均と同等の病棟・人員体制を敷くために必要な医師数は413(6,600/16)人、看護師数は2,200人(6,600/3)と求められた。

5.6,600の空きベッドに対する標準人員数は医師413人、看護師2,200人であり、その人件費は合計で年間147億円となる
 医師、看護師の人件費を平成18年の賃金構造基本統計調査6)をもとに推計した。計算式は、
(平均年間給与)=(平均給与月額)×12+(平均年間賞与その他)
である。
年間給与は、医師が平均1,101万円、看護師が平均465万円である。したがって、医師413人、看護師2,200人の人件費は147億円(1,101万×413+465万×2,200)と計算される(表3)。

6.平均入院患者数が最も多い12月にあわせて病床・人員体制を敷いた場合には空きベッドが生じるが、それはコストとして計上すべきである
 では、空きベッドに対するコスト147億円を誰が支払うのか。受益者なのか、国民なのか。
平成17年度の平均入院患者数は3.2万人(年間入院患者延べ人数1,196万人・日/365日、表2)である。空きベッドに対する1日あたりの人件費は4,027万円(147億/365日)となる。
もし、受益者負担とするなら、1人1日入院する際に、1,164円(4,027万円/3.2万人)支払う必要が出てくる。
一方、税で負担するなら、国民1人あたり年間約122円(147億円/国民1.2億人)支払う必要がある。
 季節変動を考慮して、空きベッドを確保しなければ小児の通年の入院診療体制は確保できない。支払手段はいずれの形にせよ、小児の空きベッドに対する予算を計上する必要がある。「医は仁術である」とはいえ、算術の裏づけのない医療は持続が困難である。

文献
1)江原朗,棚橋祐典,柴田睦郎. 小児科は本当に不採算か. 日本医事新報.4045: 57-58, 2001.
2)厚生労働省保険局調査課.最近の医療費の動向(月次版),医療機関メディアス.
http://www.mhlw.go.jp/topics/medias/month/index.html
3)厚生労働省統計情報部.患者調査.平成11年,14年,16年.
4)厚生労働省統計情報部.医療施設調査,平成17年.
5)厚生労働省医薬局,医政局.医療法第25条第1項の規定に基づく立入検査要綱,平成13年6月.
http://www.khosp.or.jp/whatsnew/images/01041kensayoukou.pdf
6)厚生労働省統計情報部.賃金構造基本統計調査,平成18年.
http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/kouhyo/data-rou4/data18/30401.xls