郡部の小児科医療は貧弱であるのかー小児人口当たりの小児科医数の検討ー

 

 

要旨

 医師が都市部に偏在しているため、地域医療が瀕死状態であると新聞等で報じられている。しかし、郡部(町村)の小児人口10万当たりの小児科医の数は、市部の7割程度であり、極端に低いわけではない。また、乳児死亡率も、市部と郡部の間でほとんど差はない。

 地域医療の崩壊といわれているが、実際には、小都市、郡部など小児科医の少ない地域で24時間365日の診療体制が維持できないということに過ぎない。こうした問題を解決するには、広域化・集約化を行って医師の絶対数を確保することが必要である。少人数の医師で、24時間365日の診療体制を敷こうとすれば、地域の医療体制は瓦解してしまう。

 

 

 地方の医師不足が連日のように報じられている1)。都市部や県庁所在地に医師が偏在したため、地方の医療が荒廃したとの論調である。郡部(町村)では、医療が貧弱であるのか、小児人口当たりの小児科医数、乳児死亡率、人口密度などから、郡部の小児医療を俯瞰した。

 

 

T.郡部の乳幼児死亡率は市部とほとんど同じレベルである(表)

 

表 市部と郡部(町村)の小児医療に関する指標

全国

市部

郡部

郡部/

市部

郡部の比率

乳児死亡率

(平成11-17年)

 

3.02

3.16

1.05

 

小児人口

15歳未満:平成17年)

 

15,088,983

2,432,251

 

14%

小児科医

(主たる:平成16年)

 

13,529

1,548

 

10%

小児人口10万あたりの

小児科医数

89.7

63.6

0.71

 

 

面積(km2)

 

181,792

 

195,026

 

1.07

 

小児人口密度(/km2)

83.0

12.5

0.15

 

 

小児人口密度の逆数

(km2/人)

0.012

0.080

6.66

 

1. 各市町村の小児科医(主たる診療科が小児科である医師)の数の合計値が全国の小児科医の数と同じ値ではない(全国の市町村計では15077、全国の報告数では14,677)。

2. 市部の値は市および東京特別区の合計の値、郡部の値は町村の合計の値を指す。

 

 各市町村の死亡数、出生数を市部と郡部に分けて乳児死亡率(1000×(1歳未満の死亡数)/(出生数)、平成17年)を算出すると、市部3.02/1000出生、郡部3.16/1000出生となる2)。郡部/市部の比率は1.05である。統計学的には有意差はあるものの(P=0.000)、郡部が市部と比べて極端に乳児死亡率が高いわけではない。

 

U.小児人口と小児科医は市部に集中している。しかし、小児人口10万人あたりの小児科医数は、郡部は市部よりも29%低いにすぎない(表)。

 郡部には、小児科医の10%しか従業していない(平成16年、市部は市と東京特別区の合計、郡部は町村の合計を指し、小児科医とは主たる診療科が小児科である医師を指す)3)。しかし、15歳未満の小児人口も14%しか郡部には住んでいない(平成17年)4)。したがって、医師だけが都市部に集中しているわけではないといえる。     

また、小児人口10万あたりの小児科医数は、市部で89.7に対して郡部63.6である(表)。郡部においても、人口あたりの小児科医の数は市部のそれの71%は存在しており、郡部の人口当たりの医師数が極端に低いわけではない。

 

 

V.郡部の小児の人口密度は市部の15%である。したがって、郡部の1人あたりの面積は市部の6.66倍となる(表)。

 郡部の人口密度は市部の15%である。この逆数(小児1人あたりの面積)を求めると、郡部の面積は市部の面積の6.66倍となる。正方形と考えれば、1辺の長さは面積の平方根となる。面積が6.66倍であるなら、距離は約2.6倍になると仮想的には考えられる。受診に際して、郡部の患者は、市部の患者の約2.6倍の移動距離が必要になることになる。

 

 

W.地域医療の崩壊ではない、広域化を行わない小都市、郡部の24時間体制が維持できないだけである

 地方の医療が崩壊していると言われているが、乳児死亡率、人口あたりの小児科医数については、郡部と市部で大きな差異はないと考えられる。むしろ、郡部の医師は、献身的に働いて地域の健康を維持しているとさえいえる。しかし、人口(全年齢層)が1万人増えるごとに約1名の小児科医がふえるに過ぎない 5)。したがって、10万人の都市でも、10名前後の小児科医しかいない計算になる。勤務医と開業医の比率は、約8:6であるので3)、6名程度しか小児科勤務医はいないことになる。こうした地域で24時間365日の診療体制を敷けば、医師が燃え尽きるのは当然である。

 小児科医が24時間常駐している施設があるかどうかは、人口規模と相関する。もし、人口(全年齢層)が30万人を切ると、24時間いずれかの施設で小児科医の診療が受けられる二次医療圏は30%以下に低下してしまう6)

 狭い地域で24時間365日の診療体制を無理に実施しても、医療は崩壊の速度を速めるだけである。広域化を行い、圏域の人口規模(全年齢層)を30万人から50万人程度に設定して、24時間体制を構築しなければ、医療制度を維持できない7)

 患者の予後と利便性を極端に悪化させずに、医療者の疲弊を防ぐ医療制度設計が切に求められている。

 

文献

1)共同通信、「首相「安心の基盤を」、医師不足で初会合」。2007年05月18日。

http://www.47news.jp/CN/200705/CN2007051801000237.html

2)厚生労働省統計情報部:人口動態統計,平成11年から17年.

3)厚生労働省統計情報部:医師歯科医師薬剤師調査,平成16年.

4)総務省統計局:平成17年国勢調査.

5)堀田哲夫:二次医療圏における小児科医師数と小児救急体制 小児科46:445-449, 2005.

6)堀田哲夫:二次医療圏の人口と小児救急体制 小児科 46:296-298, 2005.

7)日本小児科学会:「わが国の小児医療提供体制の構想ー今後形成するべき小児科の型ー」,平成16年3月初版.

http://jpsmodel.umin.jp/DOC/2007ShoniIryoTaiseinoMokuhyoutoSagyokeikakuBassui.doc