当直は勤務時間にカウントされないのか

 

江原朗(えはら あきら)

 

要旨

 勤務医が労働基準法によって守られるにもかかわらず、休日夜間の救急対応を行った後も連続勤務が行われ、医療安全上も労働衛生上も問題である。特に、宿日直に関しては、いわゆる「寝当直」が宿日直であり、救急患者を対象とした当直は夜間休日の通常勤務以外の何者でもない。さらに、宅直(自宅オンコール)に関しても、勤務時間として算定せよとの訴訟が提起されている。

医療安全および労働衛生の点から、今後、病院管理者は適切な労務管理を強く求められるであろう。

 

はじめに

 以前、本誌で「法定労働時間で24時間体制を構築するには最低3つの病院小児科を1つに統合する必要がある」との題で論文を発表したところ、当直や宅直(自宅オンコール)に関して労働時間として算定されないのではないかとのご質問を多数頂戴した。そこで、宿日直に関する行政・司法の判断を概観することにした。

 

T.厚生労働省は医療機関における宿日直の業務内容をいわゆる「寝当直」に限定している

 

 厚生労働省は、基発第0319007号(平成14年3月19日)において、医療機関の宿日直の内容を以下のように規定している[1]。

「宿日直勤務とは、所定労働時間外又は休日における勤務の一態様であり、当該労働者の本来業務は処理せず、構内巡視、文書・電話の収受又は非常事態に備えて待機するもの等であって常態としてほとんど労働する必要がない勤務である。医療機関における原則として診療行為を行わない休日及び夜間勤務については、病室の定時巡回、少数の要注意患者の定時検脈など、軽度又は短時間の業務のみが行われている場合には、宿日直勤務として取り扱われてきたところである。」

 つまり、いわゆる「寝当直」以外は、通常勤務と認められるということである。休日夜間の時間外診療は通常勤務と解釈される。

 なお、国税庁のお通達では、宿日直勤務1回の手当てのうち4000円は非課税となる。しかし、勤務中に医療行為を行った場合は、宿日直勤務とみなされず、通常勤務として手当て全額が課税の対象となる。したがって、救急外来を宿日直時に行えば、手当て全額に課税がなされるため、医師の給与をめぐってトラブルが生じる可能性もある、長崎市立の3病院では、宿日直手当てに関して追徴税の徴収がなされたと平成19年5月15日の読売新聞(西部朝刊)は報じている

 

 

U.病院での当直時間は労働時間であるとの判例も存在する

 

 平成14年5月9日、大阪高裁は関西医科大学賃金請求事件(平成13(ネ)3214)において [2]、以下の司法判断をしている。

「副直は、研修医の指導医が当直として病院に泊まり込むときに、これに付き添って病院に泊まり込む業務であり、Aは、副直の担当日は、当日の原則的な勤務終了時刻から引き続き副直勤務に入り、翌日の原則的な勤務の開始時刻までこれに従事したものと認められる。

 なお7月5日については,被控訴人らの主張が、Aが7月4日の副直勤務に引き続き、7月5日の午前7時30分までこれに従事したことを主張する趣旨であるのは明らかであり、Aは、7月5日午前7時30分まで継続して勤務したと認めるのが相当である。」

こうして、副直として認定された2回分の深夜の時間外手当(22時から翌日5時)14時間分(7時間×2日)が宿日直手当てとしてではなく、深夜における通常勤務に対する時間外手当として支払われることになったのである。診療を前提とした当直は労働時間として認定された。

 

V.宅直時間の時間外手当を支払うよう訴訟が起こされている

 

宅直(自宅オンコール)を労働時間として認めるかどうかははっきりしていない。しかし、宅直時間の時間外手当を支払うよう訴訟が起こされている。 平成19年1月17日の関西テレビのホームページ(関西テレビのホームページは消えており、同様のニュースが朝日新聞にあり)では、以下のような報道がなされている[3]。

「県立奈良病院の産婦人科医2人が自宅待機は時間外勤務に当たるとして県を相手取りおよそ9200万円を支払うよう求める裁判がはじまりました。訴えによりますと、県立奈良病院では、救急患者が搬送された場合、病院に呼び出される「自宅待機」が毎日決められ、自由に外出することはできません。原告の医師2人は2004年と5年でそれぞれ120日以上の呼び出しがありましたが、手当てはないことから自宅待機も時間外勤務だとして、2年分の時間外手当およそ9200万円を支払うよう県に求めています。17日、奈良地裁で開かれた初弁論で被告の県側は「労働時間の資料を確認してから争うかどうか決めたい」との姿勢をみせました。」

つまり、宅直オンコールに関しても労働時間として認めるよう訴訟が起こされているのである。

 

W.ホワイトカラーエクゼンプションも医師には適用されない可能性が高い

 

 「残業代ゼロ制度」との見出しで新聞紙上をにぎわわせていたためか、「ホワイトカラーエクゼンプション」を導入するための労働基準法改正が平成19年1月25日召集の通常国会では見送られるようである。しかし、この制度が医師には適用されるかどうか、厚生労働省に問い合わせた。以下が厚生労働省からの回答[4]である。

「「ホワイトカラー・エグゼンプション」と報道されている「自由度の高い働き方にふさわしい制度」の対象となる労働者の要件としましては、

@労働時間では成果を適切に評価できない業務に従事する者であること

A業務上の重要な権限及び責任を相当程度伴う地位にある者であること

B業務遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする者であること

C年収が相当程度高い者であること

の4つを全て満たすことを想定しています。

 一般的な普通の労働者の方がこの要件を満たすことはできません。現在でも、経営者と同じくらいの権限や待遇を受けている労働者の方は「管理監督者」として、労働時間や休日に関する規制の対象から除外されておりますが、今回の制度は、その一歩手前で上記@〜Cの要件を満たすごく限られた一部の労働者の方を対象とすることを考えております。

 また、健康を確保するための措置としまして週休2日相当程度の休日(年間104日)を必ず確保することやこの制度で働くことについて本人の同意(もちろん、拒否した場合の不利益取扱いは禁止です)が必要となることも盛り込んでおり、過労死等が起こらないように相当な配慮がなされております。

 もちろん、企業側に対しましても、健康確保の観点から労働時間の状況の把握や長時間労働がなされている場合には健康・福祉確保措置を実施することを義務づけることを考えております。

 医師がこの制度の対象となるかですが、上記の要件に照らすと、「患者との関係のために、一定の時間帯を設定して行う診療の業務に従事する医師」については、労働時間と成果との相関があり、時間配分についての自由度もないため、上記の@、Bの要件を満たすことが不可能であり、新制度の対象とならない可能性が高いと思われます。

 一方、「大学における研究の業務に従事する医師」については、労働時間と成果との関連が弱く、時間配分についての自由度もあるため、要件を満たせばこの制度の対象者となる可能性があると思われます。」

 したがって、1月19日時点では、ホワイトカラーエクゼンプション制度が医師の労働環境を悪化させるとはいえないようである。

 

X.24時間体制の医療を構築するには36協定の締結と時間外手当の支払いが不可欠である

 

 36協定を締結すれば、週40時間以上の時間外労働も可能である。基準として時間外労働の上限は年360時間までと決められているが、これを超えた36協定が即労働基準法違反であるわけではない。もしろん、過労死の認定基準[5](発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働)を超える長時間の時間外労働を規定した36協定を締結した場合には、医師の死亡時に病院管理者が安全配慮義務違反により訴訟を起こされる可能性がある。したがって、法定労働時間(週40時間)で医療体制を維持できない場合には、過労死の認定基準を超えない時間外勤務を規定した36協定を締結し、時間外勤務に対しては適切な時間外手当てを支払う必要がある。

 日本小児科学会では、勤務体制のモデルのひとつとして、58時間の勤務形態(月の時間外労働77時間)を提唱している[6]。この提案は実現可能性からも有望であると考えられる。今後、勤務医の退職を防ぎ、地域医療を継続維持するには、医療現場における適切な労務管理の確立が求められる。

 

 

参考文献

 

1)厚生労働省労働基準局長通知。医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について.(原文のコピーは「小児科医と労働基準」に掲載しております。)

http://homepage3.nifty.com/akira_ehara/tsutatsu/Tutatu01.pdf

2)大阪高裁.平成13(ネ)3214 関西医科大学賃金請求事件.平成14年05月09日.

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/2313DCDBF9F7AF3E49256F390018DD06.pdf

3)関西テレビ.産婦人科医が時間外手当の支払いを求める裁判始まる.平成19年1月17日.

http://www.ktv.co.jp/news/date/20070117.html#0248113

(なお、もとのホームページが消去されており、同様の記事は

http://www.asahi.com/special/obstetrician/OSK200612090043.html

閲覧可能)

4)厚生労働省.FW: ご質問(「今後の労働契約法制の在り方について」及び「今後の労働時間法制の在り方について」についての労働政策審議会からの答申について).2007年1月19日.

(原文のコピーは「小児科医と労働基準」に掲載しております)http://homepage3.nifty.com/akira_ehara/MHLW.pdf

5)厚生労働省労働基準局労災補償部補償課.職業病認定対策室.脳・心臓疾患の認定基準の改正について. 平成13年12月12日

http://www.jil.go.jp/mm/siryo/20011214a.html#betten2

6)日本小児科学会.病院小児科医の将来需要について.2005年4月6日

http://jpsmodel.umin.jp/DOC/demandofpediatricianinfuture.doc