要約

 二次医療圏における臨床研修マッチング数を新臨床研修制度導入直後の平成1517年平均と平成2123年平均との間で比較した.

マッチング数が10人以上増加した二次医療圏は主に太平洋ベルト地帯に存在し,10人以上減少した地域は北海道,北東北,関東,東海,近畿,九州に存在していた.

マッチング総数に対する大学病院全体の比率に大きな変化はなかったが,マッチングが増加した大学と減少した大学が存在し,平成1517年平均と平成2123年平均との差は−47.7人〜23.0人とばらつきが大きかった.また,増加が見られた大学は,南東北,関東,北陸,東海,関西,山陽,四国,九州に限られていた.

 

はじめに

 平成16年の新臨床研修制度導入を契機に地方の医療現場から医師がいなくなったと報じられている.1)「研修医が生活に利便な都会の生活にあこがれて地方での勤務を嫌っている」と報道されることも多い.たしかに,臨床研修制度の導入前に比べて,導入後には研修1年目の医師数が西日本では減少し,首都圏のある東日本では増加した.2しかし,研修の目的は知識と技術の習得である以上,上級の病院勤務医が多数勤務する都市部に研修医が集まることを利己的な行動と言い切ることはできない.

 一方,病院を主体とする入院医療の提供は,複数の市町村からなる二次医療圏においてなされている.したがって,臨床研修制度導入の地域医療への影響を議論するには,二次医療圏における研修医の増減を検討する必要がある.そこで,臨床研修制度が導入された当初(平成1517年)と最近(平成2123年)における臨床研修マッチング(研修先の決定)数の増減について二次医療圏ごとに検討することにした.

 

対象および方法

 平成15年から23年の臨床研修医のマッチングに関する資料は,医師臨床研修マッチング協議会3のホームページから引用した.1年ごとの変動の影響をさけるため,各二次医療圏における平成1517年の平均値と平成2123年の平均値とを比較することにした.なお,大学病院の中には,平成16年ないしは17年からマッチングに参加した施設も存在する.そこで,大学病院間の比較の場合には,参加した年数分について平均値を算出した.また,平成1517年に参加していなかった大学病院9施設は大学病院間の解析対象外とした.

マッチング参加病院の所在地は,ウェルネス社の2次医療圏データベースシステム4)より引用した.

 また,二次医療圏の名称および圏域は,平成22年医師歯科医師薬剤師調査5)から得た.なお,平成1517年および平成2123年における医療圏の圏域は,平成22年現在の二次医療圏に置き換えて解析を行った.

 また,各二次医療圏において,平成1517年のマッチング数の平均3と平成16年の病院従事医師数5)との相関,平成2123年のマッチング数の平均3と平成22年の病院従事医師数5)との相関を求め,単回帰により回帰曲線を算出した.

 

結果

 表12にマッチングが10人以上増加・減少した二次医療圏名を示す.また,10人以上臨床研修医が増加・減少した二次医療圏を有する都道府県を図1に示す.平成1517年平均に比べて,平成2123年平均が10人以上増加した二次医療圏が20地区存在した(表1).

 

表1 マッチング数の増加が10名を超えた二次医療圏

(平成1517年平均と平成2123年平均との比較)

二次医療圏 都道府県 マッチング    
平成15〜17年平均 平成21〜23年平均
総数 (うち大学) 大学の比率 総数 (うち大学) 大学の比率 総数 (うち大学)
1401 横浜北部 神奈川 46.7 38.0 81% 76.0 47.3 62% 29.3 9.3
1301 区中央部 東京 474.3 382.7 81% 498.7 399.0 80% 24.3 16.3
1104 さいたま 埼玉 25.7 15.7 61% 47.3 22.7 48% 21.7 7.0
1202 東葛南部 千葉 59.3 33.7 57% 81.0 31.3 39% 21.7 -2.3
2802 阪神南 兵庫 83.0 47.3 57% 101.7 57.0 56% 18.7 9.7
1801 福井・坂井 福井 34.7 20.3 59% 53.3 37.0 69% 18.7 16.7
1702 石川中央 石川 89.0 77.3 87% 106.3 90.3 85% 17.3 13.0
3001 和歌山 和歌山 56.7 44.0 78% 73.7 60.0 81% 17.0 16.0
1303 区西南部 東京 87.3 18.7 21% 104.0 23.7 23% 16.7 5.0
0601 村山 山形 41.3 25.3 61% 57.7 33.7 58% 16.3 8.3
2904 中和 奈良 37.7 31.3 83% 52.7 50.0 95% 15.0 18.7
2205 静岡 静岡 26.0 0.0 0% 40.3 0.0 0% 14.3 0.0
4403 中部 大分 42.3 36.0 85% 56.3 39.3 70% 14.0 3.3
3301 県南東部 岡山 65.3 20.7 32% 78.3 34.3 44% 13.0 13.7
3703 高松 香川 34.0 20.0 59% 46.7 39.0 84% 12.7 19.0
2402 中勢伊賀 三重 10.7 6.3 59% 23.0 19.3 84% 12.3 13.0
1305 区西北部 東京 163.7 122.3 75% 175.3 103.0 59% 11.7 -19.3
3506 下関 山口 6.7 0.0 0% 18.3 0.0 0% 11.7 0.0
3401 広島 広島 80.7 42.3 52% 91.3 48.3 53% 10.7 6.0
2009 長野 長野 16.3 0.0 0% 26.7 0.0 0% 10.3 0.0


 

表2 マッチング数の減少が10名を超えた二次医療圏

(平成1517年平均と平成2123年平均との比較)

二次医療圏 都道府県 マッチング    
平成15〜17年平均 平成21〜23年平均
総数 (うち大学) 大学の比率 総数 (うち大学) 大学の比率 総数 (うち大学)
0104 札幌 北海道 223.3 151.7 68% 160.0 83.7 52% -63.3 -68.0
2604 京都・乙訓 京都 278.0 171.0 62% 233.3 134.3 58% -44.7 -36.7
4006 久留米 福岡 122.0 94.0 77% 81.7 51.3 63% -40.3 -42.7
4601 鹿児島 鹿児島 104.7 77.3 74% 76.7 33.0 43% -28.0 -44.3
1201 千葉 千葉 87.7 69.3 79% 63.0 38.0 60% -24.7 -31.3
1304 区西部 東京 273.7 202.5 74% 253.0 165.7 65% -20.7 -36.8
2208 西部 静岡 83.0 55.7 67% 62.3 33.0 53% -20.7 -22.7
0904 県南 栃木 108.3 107.3 99% 87.7 86.7 99% -20.7 -20.7
4201 長崎 長崎 77.0 72.0 94% 58.3 53.3 91% -18.7 -18.7
4012 北九州 福岡 87.3 21.3 24% 69.3 7.7 11% -18.0 -13.7
2304 尾張東部 愛知 102.3 83.3 81% 84.7 64.7 76% -17.7 -18.7
1001 前橋 群馬 70.7 52.0 74% 53.3 30.3 57% -17.3 -21.7
1408 湘南西部 神奈川 73.7 66.3 90% 56.7 46.0 81% -17.0 -20.3
4001 福岡・糸島 福岡 254.3 167.3 66% 240.0 138.3 58% -14.3 -29.0
3505 宇部・小野田 山口 51.0 48.7 95% 37.7 31.7 84% -13.3 -17.0
2705 南河内 大阪 58.7 42.7 73% 46.7 33.7 72% -12.0 -9.0
1410 相模原 神奈川 89.0 77.7 87% 77.3 66.0 85% -11.7 -11.7
1106 川越比企 埼玉 71.3 71.0 100% 60.0 58.3 97% -11.3 -12.7
1404 川崎北部 神奈川 84.3 84.3 100% 73.0 73.0 100% -11.3 -11.3
2301 名古屋 愛知 207.3 52.7 25% 197.0 49.0 25% -10.3 -3.7
4101 中部 佐賀 55.0 45.3 82% 44.7 35.3 79% -10.3 -10.0
0505 由利本荘・にかほ 秋田 14.3 0.0 0% 4.3 0.0 0% -10.0 0.0

 

 

図1 マッチング数が10名以上増加(灰色)・減少(黒)した二次医療圏を有する都道府県

(平成1517年平均と平成2123年平均との比較)

 

 

うち,上位5位までの6地域を有する都県は,神奈川(横浜北部,29.3人),東京(区中央部,24.3人),埼玉(さいたま,21.7人),千葉(東葛南部,21.7人),兵庫(阪神南,18.7人),福井(福井・坂井,18.7人)であった.なお,この6医療圏のすべてに大学病院が存在し,研修先に大学病院が占める割合は3980%(平成2123年)であった.とくに,マッチングが多い東京・区中央部では,大学病院の占める割合は80%(平成2123年平均)と高かった.

一方,マッチングが10人以上減少した二次医療圏は22地区存在した(表2).うち,下位5位までの地域を有する都道府県は,北海道(札幌,-63.3人),京都(京都・乙訓,-44.7人),福岡(久留米,-40.3人),鹿児島(鹿児島,-28.0人),千葉(千葉,-24.7人)であった.これら5地域のすべてにおいて,大学病院が存在しており,研修先に大学病院が占める割合は4363%(平成2123年)であった.

 平成1517年と平成2123年の2つの時期にマッチングに参加した大学病院107施設のマッチング数の変化を図2に示す.平成1517年平均と平成2123年平均とを比較すると,1施設あたり平均4.9人の減少が見られた.しかし,マッチングの変化にはばらつきがあり,標準偏差12.7人,最小値−47.7人,最大値23.0人であった.

 さらに,マッチングが増加した大学病院が所在する都府県を図3に示す.これらの施設は,南東北,関東,東海,北陸,関西,山陽,四国,九州に限られていた.

 

2 大学病院のマッチング数の変化(平成1517年平均と平成2123年平均との比較)

(最小値−47.7、最大値23.0、平均値-4.9、標準偏差12.7、両者の差P=0.000

図3 マッチング数が増加した大学病院を有する都府県

(灰色の部分、平成1517年平均と平成2123年平均との比較、大学病院全体では減少している)

 

 

 

 平成16年の病院従事医師数と平成1517年のマッチング数の平均との相関係数,平成22年の病院従事医師数と平成2123年のマッチング数の平均との相関係数を二次医療圏ごとに求めると,それぞれ0.955および0.956となった.また,回帰曲線は以下のとおり求められた.

 

(平成1517年のマッチング数の平均)=0.067*(平成16年病院従事医師数)−8.555

 

(平成2123年のマッチング数の平均)=0.056*(平成22年病院従事医師数)−6.455

 

考察

平成2123年の二次医療圏におけるマッチング数の平均を平成1517年のそれと比較すると,10人以上増加した二次医療圏は主に太平洋ベルト地帯に存在することが判明した.一方,10人以上減少した地域は,主に北海道,北東北,関東,東海,近畿,九州に存在していた.

マッチングが10人以上増加した20地域のうち17地域,10人以上減少した22地域のうち21地域には大学病院が存在していた.たしかに,マッチング総数に対する大学病院全体の比率は,平成151753.2%,平成212348.2%であり,約5%の減少にとどまっている3).しかし,実際にはマッチングが増加した大学と減少した大学に分かれ,変化の幅は−47.7人〜23.0人と大きなばらつきが見られた.また,増加が見られた大学は,南東北,関東,北陸,東海,関西,山陽,四国,九州に限られていた.もともと,大学病院は医師の地方への派遣機能を担ってきた歴史があり,研修医を十分に集められない大学の所在する地域では医師派遣機能が働かず,深刻な医師不足が生じた可能性が高い.

 20代の医師の週当たりの労働時間は90時間近くにもおよび,30代以上の病院勤務医よりも長いと報告されている6).労働法規に抵触する可能性もあるが,臨床研修医が増えることで,夜間診療等が充実することも事実である.一方,平成16年から22年にかけて,349(平成22年現在値)の二次医療圏に相当する地域のうち129地域で病院従事医師数が減少している5).マッチング数と病院従事医師数との相関は強く,病院従事医師数が減少した二次医療圏では,臨床研修医の獲得を増やすことは難しい.

臨床研修医を増やすためには,指導的立場にある上級医が地域の基幹病院において勤務を継続していることが不可欠である.不要不急の夜間・休日の受診等で上級医を疲弊させないよう,地域住民も交えて配慮を行う必要もあろう.

 

おわりに

 臨床研修マッチング数を平成1517年平均と平成2123年平均で比較すると,二次医療圏間で増加した地域と減少した地域に分かれ,その差は-63.329.3人と大きかった.

マッチング総数に占める大学病院全体の比率はわずかに減少したに過ぎなかったが,大学病院間でマッチングを増やしている地域と減らしている地域の格差が広がり,両者の間に大きな差異を認めた.

歴史的に大学病院は派遣機能を有しており,大学病院間で研修医の偏在が進行すれば,地域医療の充実や衰退に大きな影響を与える可能性もある.
 

参考文献

1.キャリアブレイン,20121月23日.若手医師の都市集中,研修義務化後に

加速- 医籍登録36年目

http://www.cabrain.net/news/article/newsId/36439.html

2.平成22年度厚生労働科学研究,行政政策分野厚生労働科学特別研究事業.初期臨床研修制度の評価のあり方に関する研究,平成22年度総括研究報告書(研究代表者 桐野高明).

3.医師臨床研修マッチング協議会.医師臨床研修マッチング資料(プレスリリース)

http://www.jrmp.jp/data.htm

4.ウェルネス.2次医療圏データベースシステム.

http://www.wellness.co.jp/siteoperation/msd/index.php

5.厚生労働省大臣官房統計情報部.医師歯科医師薬剤師調査,平成16年および22年.

6.長谷川敏彦.医師労働環境の現状と課題.第12回医師の需給に関する検討会,2006年3月27日(事務局 厚生労働省医政局医事課).

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/03/s0327-2d.html