小児救急担当者の夜間における診療と睡眠について
Sleeping hours of pediatricians who provide a night-and-holiday emergency service

江原朗



論文要旨
平成14年社会医療診療行為報告および平成11年の東京消防庁による救急搬送に関する統計を用いて病院小児科における夜間の診療時間帯に関する検討を行った。年間1013万人の6歳未満の乳幼児が小児救急医療を受けており、一般病院小児科1施設1日あたり8.26人が時間外の受診をしていた。時間外の受診数は準夜帯に多いものの、深夜帯にゼロになるわけではなく、救急外来には1から3時間に少なくても1人は6歳未満の患者が来院している。受診者数は少なく、時間外の診療時間の合計は短いものの、小児救急担当者は睡眠不足から疲弊してしまうことが示唆された。

Key word
小児救急、過重勤務、睡眠不足

1.はじめに

 小児救急の現場では、日中に勤務した医師が夜間の当直ないしは自宅待機でのオンコールを行っている。さらに、夜間に救急診療を行った医師の97%は翌日も通常の勤務が待っている[1]。このため、多くの小児科医が連続32時間を越える勤務についており、病院小児科医は疲弊していると考えられる。小児救急体制の構築および病院小児科医の過重労働が社会問題化しているが、時間外等の受診数や受診時間帯に関する検討は十分であるとは言えない。そこで、健康保険の給付状況[2]から乳幼児(6歳未満)の時間外等の受診数を推計し、救急搬送の時間帯別搬送状況[3]および受療行動調査[4]から夜間の診療時間帯と診療時間の推計を行った。


2.6歳未満の時間外等年間受診数は1013万回と推計される。

表1 6歳未満の時間外等加算
(平成14年9月当時:現在は6歳未満について初診時115点、再診時70点加算)

時間外休日深夜
初診:乳幼児(6歳未満) 乳幼児時間外等加算(102点)
再診:乳幼児(3歳未満) 乳幼児時間外等加算(65点)
再診:幼児(3歳以上6歳未満) 幼児時間外等加算(57点)

表2 9月分の時間外等受診回数から推計された年間時間外受診数(6歳未満、平成14年) 

項目 H14
(ア) 乳幼児受診回数(乳幼児+乳幼児・幼児時間外+小児科外来診療料) 9,421,594
(イ) (乳幼児・幼児時間外等加算)/(乳幼児・幼児加算+乳幼児・幼児時間外等加算) 7.6%
(ウ) 推計時間外乳児・幼児受診数(9月分):(ア)×(イ) 719,450
(エ) 9月分の小児科診療所医療費/1年分の小児科診療所医療費 7.1%
(オ) 6歳未満の1年間の推計時間外等受診数:(ウ)÷(エ) 10,133,098


 社会医療診療行為調査報告[2]によると、平成14年9月には6歳未満の医療機関への受診(初診・再診の乳幼児加算+乳幼児・幼児時間外等加算+小児科外来診療料の給付回数)は942万回であった(表1、2)。
小児科外来診療料の給付がなされた場合には乳幼児・幼児時間外等加算がないために、時間外等(時間外、休日、深夜)の受診回数は不明である。しかし、
(乳幼児・幼児時間外等加算)÷(乳幼児・幼児加算+乳幼児・幼児加算)=7.6%
より、時間外等の受診の占める割合を推計することができる。また、医療費の額が受診回数に比例すると考えれば、9月分の医療費と年間の医療費との比率から年間時間外等受診数が推計できる。病院小児科の月別の医療費の資料はないので、小児科診療所の月別の医療費 [5]を用いて年間の受診回数を推計した。年間の医療費と9月分の医療費の比率は以下のとおりである。
(1年間の小児科の医療費)÷(9月分の小児科の医療費)=14.0。
こうして、
(年間の時間外乳幼児受診数)=9,421,594×7.6%×14.0=10,133,098回と推計される。

3.東京消防庁の救急搬送の時間別件数を用いて時間外受診数を推計すると、一般病院小児科においては、1から3時間ごとに1人の6歳未満の患者が受診している

図1 東京消防庁の時間外(18時から6時を100%とした場合)の搬送比率
(1から6歳、平成11年)

表3 病院小児科1日あたりの時間外等受診患者数(6歳未満)

0から6歳 時間外受診比率 年間の時間別受診(H14) 一般病院小児科(3359)/1日あたり
18時 13.9% 1,405,587 1.15
19時 13.8% 1,395,149 1.14
20時 13.8% 1,401,238 1.14
21時 12.4% 1,256,852 1.03
22時 10.2% 1,030,706 0.84
23時 8.2% 830,653 0.68
0時 6.3% 637,559 0.52
1時 6.0% 604,507 0.49
2時 4.6% 470,558 0.38
3時 4.1% 416,631 0.34
4時 3.5% 356,615 0.29
5時 3.2% 327,042 0.27
合計 100.0% 10,133,098 8.26

 平成11年の東京消防庁による1から6歳の救急搬送の時間帯別の比率(18時から6時までの件数を100%として各時間帯の搬送件数の比率を計算)を図1に示す[3]。救急外来受診の時間帯別全国資料は存在しないので、東京都の1から6歳の救急搬送の比率をもとに、時間帯別の年間時間外受診数および一般病院小児科[6]1日あたりの平均時間外等受診数を推計した(表3)。さらに、受療行動調査[4]において0から14歳の診療時間の78.6%が10分未満であることから、診療時間を10分と仮定した場合の一般病院小児科の時間外等における診療時間を推計した。なお、実際には、一般病院小児科の救急対応は73.7% [7]、休日夜間急患センター503(平成13年4月現在)[8]が存在するので、小児救急応需施設は3359×73.7%+503=2978となるが、数の上で大差がないので一般病院小児科数3359で代用することにした。
 6歳未満に限定した場合、18時から6時までの間に受診人数が平均1人以上となる時間帯は、18-19時、19-20時、20-21時、21-22時、22-0時、0-2時、2-5時である(表3、図2)。6歳未満の患者に限定しても、1晩の小児救急当番医が1人である場合、睡眠を取れる最長時間は0-2時帯と2-5時帯の間であり、最高でも4時間49分に過ぎない(最長となるのは、0時0分に1人受診し10分の診療時間を要し、ついで4時59分に1人の受診があった場合。実際には、0時から2時の中間点1時と2時から5時の中間点3時30分との間の2時間30分程度が睡眠時間になると思われる(図2)。さらに、対象年齢は0から14歳までであり、現実にはこれよりも短い睡眠時間しか当番医は確保できないことになる。


図2 病院小児科において受診が平均1人以上となる時間帯の区分
(矢印は1人の医師が小児救急を行った場合に確保できる睡眠時間)

4.一般病院において小児救急を行っても受診者数は限られている。しかし、小児科医は細切れの睡眠時間しか確保できないため疲弊する。
 6歳未満に限定してみれば、一般病院小児科に1日に受診する時間外等患者は平均8.26人に過ぎない(表3)。6歳から14歳までの患者も受診するが、これらの年齢層は乳幼児に比べて受診は少ない。したがって、夜間の受診者は10人強程度に過ぎず、病院としては決してコストに引き合うものではない。しかし、受診が夜間全般にわたっているため、小児科医は細切れの睡眠しかとることができずに疲弊してしまう。一般病院小児科1施設あたりの小児科医数は、平均2人強に過ぎない[6,9]。彼らが2から3日に1回の割合で夜間に救急外来を行えば、体調を崩すことは明らかである。時間外の実働時間としては、1晩当たり平均82分(表3)に過ぎないが、睡眠をたびたび中断されることは労働安全上も望ましいこととは言えないだろう。
 患者の医療を確保し、なお、医師の疲弊を防止するには、小児科診療施設の集約化は避けられないと思われる。少なくとも1人の小児科医が常駐する体制を敷き、かつ、法定労働時間(週40時間)を遵守するなら、
24時間×7日÷40時間=4.2人の病院小児科医が必要である。したがって、集約化して5人以上(実際には、日中の外来や入院対応に数人必要となるので8人程度は最低でも必要だろう)の小児科医を拠点病院に集約化することは避けられない。地域医療の衰退が懸念されるが、高速道路網の整備により、地方から中核病院へのアクセスは以前に比べて改善している。
では、この改善策を実施するに対して障害は何であろうか。それは、地域における無理解である。利便性を重視してプライマリケアは小児科医でなくても良いと考えるのか、あるいは、利便性の悪化はあるものの小児科専門医の診療を求めるのか。住民の選択肢は2つしかない。どちらかを住民は選ばなければならない。実際には、住民の選択は後者が優位を占めるだろう。したがって、医師の集約化なしでは医療は成り立たないのである。昨今、市町村統合が進められている。住民サービスの統廃合が進められているこの時期であれば、医療サービスを拠点化することは可能であるかもしれない。地域の医療を守るには、医師を疲弊させないことが必須である。住民エゴによって医師のドロップアウトを生じさせ、その結果として無医地区を発生させてはならない。

参考文献
1) 日本小児科学会:病院小児科医の将来需要について.2005年4月6日.http://jpsmodel.umin.jp/DOC/demandofpediatricianinfuture.doc
2) 厚生労働省統計情報部:平成14年社会医療診療行為調査報告.http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/data/650/2002/toukeihyou/0004470/t0093139/ti11_001.html
3) 東京都衛生局医療計画部救急災害医療課:東京都における今後の小児救急医療体制の在り方について.平成12年9月.http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kyukyu/sub3/syounihoukoku/10_08.pdf
4) 厚生労働省統計情報部:平成14年受療行動調査.http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/data/190/2002/toukeihyou/0004760/t0101784/JYU02B0022_001.html
5) 厚生労働省保険局調査課:医療機関メディアス.http://www.mhlw.go.jp/topics/medias/month/index.html
6) 厚生労働省統計情報部:平成14年医療施設調査.http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/data/160/2002/toukeihyou/0004610/t0094856/A07_001.html
7) 日本小児科学会:「病院小児科・医師現状調査結果」(抜粋) .平成17年5月24日.http://jpsmodel.umin.jp/DOC/HospPediatriciansAnalysisAbstract.doc
8) 田中哲郎ほか:二次医療圏毎の小児救急医療体制の現状評価に関する総合的研究.平成13年度厚生科学研究費補助金(医療技術評価総合研究事業)分担報告書.http://www.mhlw.go.jp/topics/2002/07/dl/tp0719-2c.pdf
9) 厚生労働省統計情報部:平成14年医師歯科医師薬剤師調査.http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/data/180/2002/toukeihyou/0004386/t0089336/k04_001.html