小児科領域における院内感染対策:新生児の感染対策をモデルとして
Management of nosocomial infections: How to keep indigenous flora and not to propagate pathological agents.

市立小樽病院小児科
江原朗

要旨
現在、もっとも進んでいると考えられる新生児の感染対策を考察し、小児科一般病棟の院内感染対策を検討した。常在細菌叢を破壊しないこと、また、病原体を持ち込まず、拡散させないことの重要性が再認識された。このため、不必要なデバイスや抗生物質の使用をひかえること、また、処置の前後における手洗いや予防衣の着用が必要となる。
しかし、病原体の検出が即感染症の発症ではなく、保有するだけの保菌者については感染の危険性もほとんどないので、生活の制限は不要である。

1.はじめに
 抗生物質の投与、カテーテルをはじめとした人工物の挿入および免疫抑制剤の使用により、多剤耐性菌による院内感染が増加してきた。常在細菌叢が破壊されることにより、本来弱毒菌であった多剤耐性菌が増殖し、感染症が引き起こされるのである。また、日和見感染の病原体は使用される抗生剤の変化に応じて、歴史的に変化してきた(表1)[1]。

表1 院内感染と主な抗菌剤の変遷(文献1による)

年代 主な抗菌剤 原因菌
~1950 なし A群溶連菌
1950~60 サルファ剤、ペニシリン 黄色ブドウ球菌
1970~80 第1世代セフェム 緑膿菌、グラム陰性桿菌
1980~ 第2,3世代セフェム MRSA


無菌状態で出生した新生児においては、生後常在細菌叢が定着することにより、感染症の発症が阻止されている。したがって、常在細菌叢が破壊されれば日和見感染に罹患する。そこで、常在菌の破壊と日和見感染の発症のモデルとして新生児をとりあげ、そこから一般小児の院内感染対策を検討することにした。

2.新生児における常在菌の定着と意義
子宮内においては破水のない限り、胎児は無菌である。出生時より周囲の細菌が付着するようになり、日令2ないし3には新生児の皮膚、鼻腔、咽頭および消化管に常在細菌叢が形成される[2]。常在菌叢は、病原体の増殖を抑える働きがあり、新生児にとっては不可欠なものである。また、無菌状態で生育した動物は、血中のガンマグロブリンの値が低く、腸管粘膜の代謝回転も遅いことから、常在菌は免疫機能の発達や腸管の代謝をも促進していると考えられる[3]。しかし、抗生物質の使用、尿路および中心静脈カテーテルや気管チューブなどの人工物の挿入により、常在菌叢は容易に破壊される[1,4]。そして、免疫能の脆弱な新生児は多剤耐性菌による日和見感染に罹患することになる。
常在細菌叢を形成する細菌は出産の形式により異なる。経膣分娩より出生した児では、母体の産道に常在している表皮ブドウ球菌、類ジフテリア菌、ヘモフィルス・バジナール、バクテロイデス等が定着する[2]。一方、帝王切開で出生した児は手術室や新生児室の細菌が定着することになる。このため、MRSA保菌率は帝王切開によって出生した児の方が経膣分娩で出生した児よりも高い[2]。しかし、定着したMRSAのほとんどは感染症を発症せず、保菌されるにすぎない。また、平均2年間でMRSAは他の常在菌に置き換わるといわれている[5]。

3.新生児の未熟な免疫機能
新生児は以下の5つの点において、免疫学的に未熟だといわれている[6]。
1) 解剖学的に皮膚が破壊されやすいこと
2) 未熟な好中球機能:貯蔵の少なさ、粘着能、遊走能および殺菌能の未熟さ
3) 未熟な補体機能:血中補体価の低値、好中球の補体レセプターの少なさ
4) 未熟な細胞性免疫:T細胞の調節能の未熟さ
5) 未熟な液性免疫:血中IgMおよびIgAの低値、未熟児の場合はIgGの不充分な母体からの移行、血中フィブロネクチンおよびサイトカインの低値。
したがって、新生児は成人に比べて院内感染の発生率も高率になる(表2)[4,7,8]。

表2 各デバイス装着1000日あたりの平均感染率(99年アメリカCDC, 単位は症例数/ 1000日)

ICU 尿路感染症   敗血症 肺炎
デバイス 尿路カテ  中心静脈カテ  人工呼吸器
冠動脈ICU   6.5 4.8 9.2
心胸部ICU  3.4 2.8 11
内 科 ICU 7.3 6.1 7.8
脳外科ICU  8.6 5.4 16.7
小児科 ICU 5.1 7.9 5.4
外 科 ICU 5.5 5.6 14.4
外 傷 ICU  7.4 7.5 16.9
熱 傷 ICU 10 11.1 17.8
呼吸器ICU 6.4 4 5.3
NICU
<1000g (-) 12 4.9
1001-1500 g (-) 7.3 3.9
1501-2500g (-) 4.7 3.2
>2501g (-) 4.5 2.8


4.新生児治療の特徴
低出生体重児では、消化吸収が不充分なことや呼吸機能の未熟さから、中心静脈栄養や人工呼吸器の装着が行われることが多い。常在細菌叢が破棄されるので、これらの児における感染の機会はさらに増加する。このため、出生体重と院内感染の発症率との間には相関が認められ、出生体重1000グラム未満の未熟児はそれ以上の体重の児と比べて感染症の発生頻度が有意に高いことが知られている[7]。また、新生児は沐浴が行われるため、共同の沐浴層などの水周りに繁殖する緑膿菌やセラチアに感染する危険性もある[9]。

5.新生児室における院内感染対策
 新生児室では、病原体を持ち込まないこと、病原体を拡散させないことに細心の注意が払われている。まず、新生児室は他の病室とは区画され、医療者および面会者は入室時に予防衣(ガウン、帽子およびマスクなど)を着用し、手洗いが行われる。また、面会人については、その人数に制限も行われる。
病児は保育器に収容されることが多い。保育器は保温、状態観察の点で優れているが、同時に感染源を隔離する点でも有用である。密閉されているので、病原体を室内に拡散させずにすむ。また、低体重児は保温のために保育器に収容されるが、非感染者である場合には予防的隔離の意味がある。
新生児の治療では処置を最小限に(minimum handling)にすることが原則である。抗生物の投与やカテーテル挿入などを最小限にすることで常在細菌叢の破壊を防いでいる。

6.新生児の感染対策から小児一般病棟の院内感染対策を考える

常在細菌叢を破壊しないこと、病原体をもちこまず、拡散させないことが院内感染対策の基本であることに変わりはない。しかし、小児は、新生児にくらべて免疫機能が発達し、身長や体重も新生児のそれを大きく凌駕するため、新生児とは異なった対策が必要である。特に、乳幼児の場合は、保護者が付き添っていることも多く、保護者における院内感染対策も必要である。
また、病棟内の移動の問題もある。新生児の場合は、保育器ないしはコットに収容するため、生活の制限について考える必要はない。しかし、小児においては、洗面や排尿排便を隔離した部屋の中で行うのか、病棟内の共同の洗面所や便所を使用してよいのかといった問題が生じる。こうした生活の制限は、主に以下の2つの要因で規定される。ひとつは、発症か保菌かということであり、もうひとつは、感染経路は何かということである。

1)院内感染における発症と保菌

アメリカCDC(The Centers for Disease Control)の院内感染の定義では[10]、臨床症状を呈し、検査所見(菌の検出、白血球増多および画像診断等)により裏づけされたものを発症(感染)と定義している。
入院患者からMRSA等の多剤耐性菌を検出しても、直ちに院内感染の発症と考える必要はない。菌を検出しても、臨床徴候を呈していなければ、保菌者にすぎない。特に、MRSAは健常人の3から5%に鼻前庭、手指などに少量存在しているともいわれ、検出が直ちに発症とはいえないのである[11]。保菌者は発症者にくらべて保有する菌体数が少なく、検体1ccあたり保菌者では1万以下、発症者では100万以上と言われている[11]。したがって、保菌者は菌を拡散させる可能性も低いといえる。 

2)院内感染と感染経路
病原体は、細菌、ウィルスおよびその他に大別される(表3)。

表3 院内感染の原因となりやすい微生物

細 菌
黄色ブドウ球菌(MRSAを含む)
表皮ブドウ球菌、腸球菌(VREを含む)
緑膿菌、セラチア、エンテロバクター
レジオネラ、病原性大腸菌、サルモネラ
クロストリジウム、結核菌
真 菌
カンジダ
ウィルス
単純ヘルペスウィルス
インフルエンザウィルス
水痘・帯状疱疹ウィルス、ロタウィルス
アデノウィルス、エンテロウィルス
麻疹ウィルス、BおよびC型肝炎ウィルス


細菌ではMRSA、緑膿菌などが問題となるが、院内感染でもっとも重要なのはMRSAである[8]。一方、ウィルスでは、単純ヘルペスウィルス、水痘・帯状疱疹ウィルス、風疹ウィルス、アデノウィルス、RSウィルスなどがある [12]。
感染経路は主に接触、飛沫、空気感染の3つである(表4)。

表4 感染経路別原因微生物

接触感染
多剤耐性菌(MRSA、VRE)
クロストリジウム、病原性大腸菌
赤痢菌、A型肝炎ウィルス、ロタウィルス
RSウィルス、パラインフルエンザウィルス
ジフテリア菌、単純ヘルペスウィルス
エンテロウィルス、エイズウィルス
飛沫感染
インフルエンザ菌、髄膜炎菌、ペスト菌
溶連菌、アデノウィルス
インフルエンザウィルス
ムンプスウィルス、パルボウィルス
風疹ウィルス
空気感染
麻疹ウィルス、水痘・帯状疱疹ウィルス
結核菌

飛沫・空気感染では、呼気ないしは咳によって病原体が室内に拡散する。一方、接触感染では皮膚からの分泌物や便に触れることで感染が広がるため空気中への拡散の可能性は低い [13-15]。

3)院内感染対策の実際(表5)


表5 感染予防対策

1)隔 離:感染源隔離、予防的隔離(逆隔離)
2)手洗い:刷り込み式、液体石鹸
3)予防衣:ガウン、マスク、手袋
4)常在菌叢を乱さない:抗生物質およびカテーテル装着は最低限に


a)隔離

感染経路により、隔離の程度が規定される。空気、飛沫感染のように病原体が室内に拡散する場合には、感染(発症)者を別室に隔離して、病原体を拡散させないようにしなければならない。一方、接触感染の場合には、治療および介護をする人の手に分泌物や便が付着して伝播するので、必ずしも隔離の必要はない。しかし、患者の皮膚からの分泌物や失禁した便汁が散乱することにより、近隣の入院患者に感染する可能性もあるので、別室に隔離することが多い。隔離の際には、同じ感染症の者は同じ部屋に収容し、異なった感染症の患者を同じ部屋にしないよう心がけるべきである。また、回診は非感染者の診察をはじめにして、感染症の発症者を最後にすべきである。
一方、保菌者については発症や他者への感染の可能性が低く、新生児であっても発症の危険があるのは日令7以下の場合がほとんどである[11]。したがって、基本的に行動制限はなく、易感染者との接触を制限するだけでよい。また、内科系の病棟では、免疫機能低下者がいない限り、非感染者と同室でも可能であると報告されている [11]。しかし、保菌者でも、慢性呼吸器疾患患者、気管切開を受けた患者のように喀痰を多く発する場合や広域な皮膚病変や便失禁がある患者のように分泌物や便汁が周囲に飛び散る可能性があるときには、発症者と同様の対策をすべきだといわれる[11]。

b)手洗い
接触感染は医療者の手を介して広がるため、もっとも重要なことは患者にふれる前後で充分手洗いを行うことである。一処置一手洗いと言われているとうり、手洗いの励行が必要である。手袋を着用しても、小さな穴を通して、病原体が手に付着する可能性は残る。したがって、処置の後も充分な手洗いが必要である。手洗いについては、刷り込み式の手洗いや液体セッケンでの手洗いが推奨される[16,17]。流水だけによる手洗いや固形セッケンでの手洗い、また、溜めおきの消毒液に手を浸すことでは手から充分に菌を除去できないといわれている[16-18]。

c)予防衣の着用
さらに、医療者自身が媒介とならないために、予防衣を着用し、病原体を体や衣服に付けないことが重要である。ガウン、手袋、マスクおよび帽子を着用すべきである。このことは、院内感染に罹患した患児に付き添う保護者についてもあてはまる。
発症者の部屋に出入りする時には、履物の交換[12]や粘着マット[11]の使用が行われていたが、逆に乾燥したマットや履き替え時に履物から病原体が拡散する可能性があるため、現在は不要であると言われている。

d)抗生物質投与、カテーテル等人工物の挿入を極力控える
常在菌叢の破壊を防ぐために、不必要な抗生物質投与は中止すべきである。また、中心静脈カテーテルや気管チューブを挿入すると、外表にある病原体が直接体内に侵入する。このため、発熱その他の感染徴候が現れたら、これらのデバイスの抜去を考慮すべきである。また、感染徴候がなくても長期間の留置は避けなければならない。

4)院内感染対策の指標

院内感染をゼロにすることが理想ではあるが、現実的には不可能である。そこで、現在の医療のレベルでどの程度まで防止できるのか、院内感染の全国的な統計資料が必要となる。先ごろ、日本病院感染疫学調査(JNIS)が発足したが、日本における統計資料はほとんどないのが実情である。全国的には、細菌培養を行った検体の約10パーセントからMRSAが検出されたとの報告がある程度である[19]。また、病原体の検出方法や統計の算定方法も基準が制定されているわけではない。しかし、アメリカでは院内感染の統計調査が行われ、70年代より定期的な報告がなされている。アメリカCDCでは、中心静脈カテーテル、尿路カテーテルおよび気管チューブ等の人工物を挿入した日数あたりの感染数で感染対策の質の評価を行っており[20]、毎年基幹病院の集中治療室間で比較検討が行われている[7]。今後、日本における院内感染の統計の充実と感染対策の指標の策定が期待される。

7.法的にみる院内感染

MRSAによる法的な問題としては院内感染による後障害および死亡に関して、裁判による判例がある。病院側の対策として
a)感染者ないしは排菌者の隔離
b)医療従事者の手指を介しての交差感染を防ぐ手洗い、消毒の徹底。マスクやガウンの着用
c)定期的な環境細菌検査と消毒
d)医療従事者の細菌検査。発症後には抗生物質による治療
等の措置が行われたか否かが争点となる。患者側が勝訴となっているケースは以上の感染対策が不充分で集団感染を引き起こしたケースに限られる。MRSAはある程度常在化している菌であり、感染症対策がなされていれば、MRSAが検出されても、法的には過失と断定されないようである[12, 21]。しかし、今後、病院側の感染対策の任務はますます重くなるものと思われる。

8.結語
 現状ではもっとも進んでいると考えられる新生児の感染対策を考察することにより、小児一般の院内感染対策を検討した。常在細菌叢を破壊しないこと、病原体を持ち込まず、拡散しないことの重要性が再認識された。小児科病棟では、感染症を発症した児に保護者が付き添うことも多く、この場合には保護者も予防衣の着用や手洗いが必要とされる。
なお、院内感染の対策を行う際に、発症者と保菌者の区別をはっきりとさせる必要がある。保菌者は菌を拡散させる可能性が低いので日常生活を制限する必要はない。また、病棟においても易感染者との接触を禁止するだけでよい。保菌者のQOLを考えるうえでこの点は重要である。

参考文献

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