乳幼児医療費の自己負担率の1割低減:乳幼児医療費助成予算の剰余を時間外小児救急の確立へ

市立小樽病院小児科 江原朗

 乳幼児に対して、医療費の自己負担を無料化する乳幼児医療費助成措置を行っている市町村は多く、平成12年において、3歳未満の医療費を無料化(一部所得制限あり)している市町村は全体の98%をこえる[1,2](表1)。

表1 各市町村における乳幼児医療費助成

対象年齢 通院 入院
実施市区町村数計 3,251 3,252
1歳未満 111 9
2歳未満 141 48
3歳未満 1,686 1,152
4歳未満 590 502
5歳未満 146 86
6歳未満 256 669
就学前 296 716
7歳未満 6 12
小学3年まで 1 1
小学4年まで 2 2
小学卒業まで 5 6
義務教育修了前 10 48
(中学卒)
18歳年度末まで 1 1
未実施 1 0

 一方、小児の受診傾向は時間外、深夜および休日が多く、平成13年には休日夜間急患センターの受診者245万人の50%にあたる123万人が小児であった[3]。しかし、急患センターは360の二次医療圏中238か所(全医療圏の66%)にとどまり[3]、さらに、急患センターでは、小児の診療にあたる医師が必ずしも小児科医とは限らない。このため、保護者が小児科医の診療をもとめて、夜間休日に基幹病院の小児科に駆け込んでいる。この結果、日中に勤務した基幹病院の小児科医師は労働基準法に抵触した環境のなかで診療を行い、かろうじて夜間休日の小児の健康が守られているのが現状である。
 平成14年10月の診療報酬の改定により、3歳未満の医療費の自己負担率が3割から2割に引き下げられた。このため、医療費の無料化を行っていた自治体では、1割の自己負担分が剰余となったはずである。この予算を休日夜間の小児科診療体制の整備に用いた場合、360の二次医療圏に24時間の小児科診療体制がしくことができるか否か検討した。

1) 平成12年の国民医療費と平成11年国保医療給付実態調査から推計すると3歳未満の医療費は7239億円である。一方、平成12年の自治体全体の乳幼児助成総事業費(自己負担率3割)は都道府県単位で1200億円である

 平成12年の国民医療費は30兆3000億[4](表2)であり、このうち0〜4歳の医療費は1兆250億円である。1歳刻みの医療費の比率を記載した資料は「国民健康保険医療給付実態調査」[5]のみである。この調査による0〜4歳の医療費の比率(表3)をもとに各年齢の医療費を推計すると、0歳3482億円、1歳2026億円、2歳1731億円であり、3歳未満の医療費は合計7239億円となる。

表2 平成12年国民医療費

国民医療費(億円)
総数 303 583
0−4歳 10 250
5−9歳 6 121
10−14歳 4 813
0−14歳 21 184


表3 国民健康保険医療給付実態調査報告から推定した小児の医療費

年齢 入院費用(億円) 入院外費用(億円) 合計(億円)
0 2055 1428 3482
1 648 1378 2026
2 502 1229 1731
3 246 1289 1535
4 284 1211 1495
5 184 1041 1224
6 184 1041 1224

0から4歳は各年齢の医療費の比率を国民医療費(0から4歳)に乗じて算出、5歳6歳は5から9歳の医療費をそれぞれ5等分して推計
 7239億円の医療費の3割(かつての自己負担率)は2171億円である。一方、乳幼児医療の無料化は都道府県単位で行われ、その上に市町村が追加補助を行っている。市町村単位での助成にかかる予算は不明であるが、都道府県単位では、平成12年(自己負担率)4月現在、乳幼児医療費助成の総事業費は約1200億円である[6]。
 各都道府県の出生数と無料化対象年齢を掛け合わせて全国の無料化対象年齢の平均を算出すると、入院5.07歳、入院外2.52歳となる(市町村レベルの平均対象年齢は入院5.35歳、入院外3.56歳となる)。
5.07歳までの入院医療費3747億円(2055億円+648億円+502億円+246億円+284億円+284億円+0.07*184億円)、
2.52歳までの入院外医療費3445億円(1428億円+1378億円+0.52*1229億円)の
合計7192億円の3割(平成12年4月現在の自己負担率)は2157億円である。都道府県あたりの無料化に使われた予算は1200億円であるから、対象年齢の55%(1200/2157)の小児が無料化の恩恵をこうむったことになる。
 市町村レベルでは上乗せして補助が行われているが、予算額の総計は不明である。
3歳未満の乳幼児の全例が無料化されていたとすれば自己負担率の低減により生じた剰余金は
7239億円*10%=723億円、
一方、都道府県の医療費助成のみで市町村による上乗せがないとすると、入院通院ともに対象人口の55%が無料化され、対象年齢は入院は5.07歳まで、入院外は2.52歳までであるから、
7239億円*55%*10%-{(2歳の入院外医療費1229億*10%*(3歳-2.52歳)}=340億円が剰余となった計算になる。

2)360の二次医療件に等分すると
723億円/360=約2億円、340億円/360=9440万円となる

 
 休日夜間急患センターは360の二次医療圏のうち238に存在し、他に在宅当番制度を行っている医療圏も存在する[3]。結果として、夜間に急患に対処できない二次医療圏は45(12.5%)にすぎない。したがって、既存の急患センターや中核病院の施設を使って、夜間休日の小児科診療を行うと仮定する。
 賃金構造基本統計(表4)[7]によれば、医師の給与は平均年齢41.2歳で年収1250万円、看護師は平均年齢34.7歳で年収480万円である。準夜帯(17時から0時)と深夜帯(0時から7時)に1人ずつの小児科医師と2人ずつの看護師を配置し、月に15日ずつ勤務したと仮定する(準夜帯を17時から0時、深夜帯を0時から7時までと仮定し、各人15日の勤務を行うとすると労働時間は月7x15=105時間)。

表4 医療職の賃金の全国統計

年齢 きまって支給する現金 給与額(月額) 年間賞与その他特別給与額 年間支払額(千円)
千円 千円
医師 41.2 920.0 1465.1 12505.1
診療放射線・診療エックス線技師 35.8 376.8 1186.0 5707.6
薬剤師 35.8 334.7 998.5 5014.9
臨床検査技師 36.1 330.9 1183.1 5153.9
看護婦・看護士 34.7 320.4 956.5 4801.3
理学療法士・作業療法士 29.7 289.8 804.9 4282.5
准看護婦・准看護士 40.0 280.0 790.6 4150.6
介護支援専門員(ケアマネージャー) 41.3 278.5 933.5 4275.5
歯科衛生士 30.6 235.4 602.4 3427.2
栄養士 33.3 233.3 705.6 3505.2
福祉施設介護員 34.6 227.7 722.1 3454.5
ホームヘルパー 41.8 208.2 475.8 2974.2
看護補助者 42.4 193.6 509.0 2832.2


この結果、
小児科医師は2つの勤務時間帯で月15日ずつ勤務するので4人、看護師は8人必要となる。
したがって、
小児科医師の給与=1250万円x4=5000万円
看護師の給与=480万円x8=3840万円の合計8840万円で1年間の小児科医、看護師の人件費を確保できる。急患センターの小児年間受診数は平均で1年間2457人である[3]。すべて、初診の小児科外来診療料対象者とするなら、
初診で処方ありの小児科外来診療料5500円*2457人=1351万円の収入が最低でもあるので、都道府県レベルの乳幼児医療費助成事業費だけでも1億791万円(9440万円+1351万円)の運営費を計上できることになる。したがって、二次医療圏ごとに時間外休日の小児科診療を行う施設の維持運営は可能である(なお、小児約2000人を含む総計1万人の受診者がある小樽市夜間急病センターでは、内科系1人外科系1人の医師が準夜深夜帯で診療を行っているが、運営費は全診療科で2億2500万円、診療報酬が1億200万円となっている[8])。

3)国民の生存権を考えるなら、医療費の無料化もさることながら、時間外の受診体制の確保も重要である
 
 夜間には急患センターや地域の中核病院小児科に小児が押し寄せている。中核病院での時間外受診数の全国調査はないものの、全国の急患センターには123万人の小児が来院することが報じられている[3]。しかし、中核病院では医師の夜間休日の勤務体制が確立しておらず、日中に勤務した小児科医が夜間も診療し、翌日も非番が取れないケースが8割以上(日本病院会所属の病院での調査)を占める[9]。そして、体調を崩した経験のある小児科医が全体の5割を超えている[9]。こうした状況が放置されれば、小児救急は崩壊する。   
 一方、厚生労働省「患者調査」によると、0〜14歳の総受診数は人口減から減少傾向にあるが、小児科を受診する比率は上昇し、小児科受診数の絶対値はやや増加傾向にある[10]。したがって、小児の疾患においては、内科や外科ではなく、小児科専門医が夜間も診療することが求められていると考えられる。臨床研修が義務化された今日、全医師に小児のファーストエイドを身につけてもらうことが何よりであるが、保護者が小児科専門医の診療を24時間の望むのであれば、夜間休日に特化した小児科医および看護師を雇用するしかない。昨今の不況下では財政も逼迫しており、各二次医療圏で1ないし2億円の財源を確保することは容易でない。しかし、今回の診療報酬改定により、3歳未満の乳幼児の自己負担率は3割から2割に減少し、乳幼児医療費助成制度を行っている自治体は金鉱を掘り当てたに等しい状況である。財政難の今日、乳幼児助成に用いる予定で剰余となった予算を夜間休日の小児医療体制の確保に転用し、小児科医の労働環境を保ったままで、夜間休日の小児の健康を確保することが必要なのではないか。憲法25条の生存権という点でも、夜間休日の診療体制を確保は重要な問題である。

参考文献
1) 江原朗、棚橋祐典、柴田睦郎。乳幼児の医療費無料化費用を推計する。社会保険旬報。2126:1-3、2002.
2) 厚生労働省機会均等・児童家庭局。「全国の乳幼児医療費無料化制度の実施状況」、平成12年4月。
3) 田中哲郎他。平成13年度厚生科学研究「二次医療圏毎の小児救急医療体制の現状等の評価に関する研究報告書」。
4) 厚生労働省統計情報部。国民医療費。平成12年。
5) 厚生労働省保険局。「国民健康保険医療給付調査報告」、平成11年5月。
6) 厚生労働省統計情報部。賃金構造基礎統計。平成13年。
7) 151回参議院国民生活・経済に関する調査会 2001/02/23。
8) 小樽市医師会。平成13年度小樽市夜間急病センター特別会計収支報告。
9) 田中哲郎、市川光太郎、山田至康他。小児救急医療の現状と問題点の検討。日本医事新報。3861:26-31、1998.
10) 江原朗。小児の外来受診は小児科に特化してきている:小児人口減少と小児科外来受診数微増のパラドックス。投稿中。