乳幼児医療費無料化実施の各市町村における格差について:対象年齢を全国的に統一して医療費を無料化した場合の費用の推計
市立小樽病院小児科
江原朗、棚橋祐典、柴田睦郎

 国民医療費は増加の一途をたどり、平成11年度には30兆円の大台を越えた[1]。これは、国民1人あたり約25万円の医療費がかかった計算になる。構造改革の号令のもと、医療費の上限の設定が検討されているが、医療費の多くを占めているのは老人医療費である[1]。一方、小児の医療に目を転ずれば、少子化対策として、3歳未満の自己負担の減額(3割から2割)が検討されているが、現場においては、不採算を理由に病院小児科の廃止や縮小がなされ、小児の受診環境は悪化している[2]。
 地方自治体では、乳幼児の医療費に対して助成制度があるが、対象年齢が各自治体によって異なり、自己負担を免除されていた小児が居住地の変更によって3割負担を求められることもまれではない。そこで、各市町村の乳幼児における医療費無料化の実施状況の把握と助成状況と全国的に無料化の対象年齢を統一した場合に予想される費用の推計を行った。

対象と方法

乳幼児医療費無料化の実施状況の把握および各年齢層の医療費の推計
各自治体の乳幼児医療助成状況は厚生労働省雇用均等児童家庭局調査の「全国の乳幼児医療費無料化制度の実施状況」(平成12年4月1日)より引用した[3]。
各年齢層における国民医療費の公表はなく、年齢層は5歳刻みで発表されている[1]。そこで、0から4歳までの1歳刻みの記載がなされている「国民健康保険医療給付実態調査報告」(平成11年5月)[4]の一般および老人給付分を参照し、上記「国民医療費」[1]と組み合わせて乳幼児の医療費を計算した。
なお、「国民健康保険医療給付実態調査報告」では、給付実態が入院については1/50抽出、入院外については1/500抽出で記載されているので、以下の計算方法をとった。
まず、
Qi(i歳の給付点数)
=入院点数x50+入院外点数x500
を計算し、
QiをQ(0から14歳までの給付点数の和)
で割り、
Qi/Q(0から14歳の給付点数の和におけるi歳給付分の比率)
を求めた。
そして、S(0から14歳の国民医療費[1])
との積(SxQi/Q)を求め、これを各年齢の医療費とした。ただし、5歳児の医療費については、5から9歳の国民医療費[1]を5等分して算出した。
 また、実際に乳児医療無料化に必要な費用についての国の推計は「151回参議院国民生活経済に関する調査会」における厚生労働省雇用均等児童家庭局長岩田喜美枝氏の答弁を国会会議録から引用した[5]。

結果

 各市町村における乳幼児医療費無料化の実施状況(表1)を示す。

表1 各市町村における乳幼児医療費助成

対象年齢 通院 入院
実施市区町村数計 3,251 3,252
1歳未満 111 9
2歳未満 141 48
3歳未満 1,686 1,152
4歳未満 590 502
5歳未満 146 86
6歳未満 256 669
就学前 296 716
7歳未満 6 12
小学3年まで 1 1
小学4年まで 2 2
小学卒業まで 5 6
義務教育修了前 10 48
(中学卒)
18歳年度末まで 1 1
未実施 1 0


各市町村により、助成も現物給付か償還払いか、また、所得制限の有無があるか否かによって差異が存在するが、対象年齢は入院通院ともに3歳未満のところが多い(3歳未満の乳幼児に対し、医療費の無料化を行っている自治体は、通院では全体の92%=100x(3252−1−111−141)/3252、入院では98%=100x(3252−9−48)/3252である)。しかし、自治体の医療費助成は、通院の場合は未実施から18歳未満まで、入院の場合は1歳未満から18歳未満までとばらつきが極端に大きい。
平成11年5月の国民健康保険給付実態調査から算出した各年齢における医療費の比率は0から14歳の総医療費を100とすると、0歳児17.7、1歳児10.3、2歳児8.8、3歳児7.8、4歳児7.6であり、0から4歳では52.1となる。5から9歳児は26.7で5分の1を5歳児の比率とすると5.3となる。また、10から14歳児は21.2となる(表2)。

表2 国民健康保険医療給付実態調査報告から算出した小児科領域の医療費の比率

年齢 入院医療点(1/50抽出) 入院外と歯科医療点(1/500抽出) 入院X50+入院外X500(点数) 医療費の比率
0 6,108,072 416,633 513,720,100 17.7
1 1,906,662 407,440 299,053,100 10.3
2 1,462,270 363,810 255,018,500 8.8
3 731,635 378,466 225,814,750 7.8
4 818,970 358,990 220,443,500 7.6
0 to 4 11,027,609 1,925,339 1,514,049,950 52.1
5 to 9 2,377,457 1,316,402 777,073,850 26.7
10 to 14 2,576,602 973,549 615,604,600 21.2
0 to 14 15,981,668 4,215,290 2,906,728,400 100.0


平成11年の国民医療費が31兆円、そのうち0から14歳の医療費が約2兆円である(表3)。

表3 平成11年国民医療費

国民医療費(億円)
総数 309 337
0−4歳 10 289
5−9歳 5 567
10−14歳 4 557
0−14歳 20 413


この2兆円を各年齢の医療費の比率に掛け合わせてみると、0歳児3540億円、1歳児2060億円、2歳児1760億円、3歳児1560億円、4歳児1520億円および5歳児は1068億円となる(表4)。また、0から4歳児で1兆440億円、5歳から9歳児で5340億円、10から14歳で4240億円となる。この値は表3の国民医療費に記載されている値(0から4歳児1兆289億円、5から9歳児5567億円、10から14歳児4457億円)と大差はみられない。なお、給付実態は5月の国民健康保険の給付を基準として計算しているが、小児科における5月の診療報酬の支払い額は年間平均の0.97倍であり、季節変動による影響は少ないものと思われる[6]。
 このうち、患者負担が現行の3割であれば、総計で0歳児1062億円、1歳児618億円、2歳児528億円、3歳児468億円、4歳児456億円および5歳児320億円の自己負担が必要となる(表4)。

表4 平成11年における各年齢層の1人あたりの医療費(自己負担は3割で計算)

医療費
(億円)
自己負担の総計
(億円)
人口(万人) 1人あたりの医療費(万円) 1人あたりの自己負担(万円)
0歳 3540 1062 119 29.7 8.9
1歳 2060 618 120 17.2 5.2
2歳 1760 528 119 14.8 4.4
3歳 1560 468 118 13.2 4.0
4歳 1520 456 118 12.9 3.9
5歳 1068 320 119 9.0 2.7

したがって、乳幼児の医療費を無料化するには、対象が1歳未満の場合には1062億円、3歳未満の場合には2208億円(1062億円+618億円+528億円)、6歳未満の場合には3452億円(2208億円+468億円+456億円+320億円)かかることになる。「151回参議院国民生活経済に関する調査会」(平成13年2月23日)における厚生労働省雇用均等児童家庭局長岩田喜美枝氏の答弁[5]では、必要とされる予算は医療費無料化の対象年齢が1歳未満では340億円、3歳未満では1020億円、6歳未満では2040億円とされている。しかし、本検討ではこれを大きく上回った値を示した。
 また、今回算出した各年齢層における医療費を各年齢層の人口 [7]で割り、1人あたりの医療費を算出した。この結果、0歳児29.7万円、1歳児17.2万円、2歳児14.8万円、3歳児13.2万円、4歳児12.9万円および5歳児9.0万円の医療費が1人1年間にかかっている計算になる(表4)。3割負担とすれば、0歳児8.9万円、1歳児5.2万円、2歳児4.4万円、3歳児4.0万円、4歳児3.9万円および5歳児2.7万円となる。
したがって、こどもが就学するまでにかかる医療費の自己負担額は、入院通院ともに1歳未満が無料の場合には1人あたり20.2万円(5.2万+4.4万+4.0万+3.9万+2.7万円)、また、入院通院ともに3歳未満が無料である場合には1人あたり10.6万円(4.0万+3.9万+2.7万円)となる。

考察
 本検討では、国民健康保険の給付実態[4]により0、1、2、3および4歳の各年齢と0から4歳、5から9歳、10から14歳の各年齢層の医療費の比率を計算した。そして、これらの比率と0から14歳までの国民医療費[1]との積を求め、各年齢層の医療費を推計した。少なくとも、0から4歳、5から9歳、10から14歳における推計値は国民医療費の各年齢層における公表値[1]と大差はなく、本計算法は妥当であると考えられる。
 乳幼児医療費無料化に必要な費用は厚生労働省雇用均等児童家庭局長岩田喜美枝氏が発表した数字を大きく上回った。しかし、1999年3月11日に厚生省が全国保険医団体連合会に回答した「医療保険医療費自己負担について」(私信)によれば、0から6歳児までの医療費自己負担額は2500億円とされているので、今回の計算が的外れとはいえない。
 自己負担額の総計は3歳未満では2208億円、6歳未満では3452億円と計算される(自己負担率3割の場合)。したがって、自己負担分を6歳未満まで免除しても、わずか国民医療費が1.1%増えるに過ぎない。
しかし、1人1人が就学するまでに支払う自己負担分は、入院通院ともに1歳未満が無料の場合には1人あたり20.2万円、3歳未満が無料である場合には1人あたり10.6万円となる。小児の医療費における自己負担金に大きな差異が見られることは、負担公平という社会保障理念に明らかに抵触する。実際には、3歳未満の医療費助成は通院の場合は全自治体の92%、入院の場合には98%行われてはいる。しかし、この恩恵を受けられないこどもがいることは問題である。地域格差をなくすため、乳幼児医療費の助成は自治体ではなく、国家的規模で施行されるべきものではないだろうか。まずは、助成対象年齢が全国的に均一化されることが望まれる。

 ご高閲いただきました国立医療・病院管理研究所医療経済研究部小山秀夫部長、北海道大学大学院医学研究科生殖・発達医学講座小児発達医学分野小林邦彦教授に深謝いたします。

参考文献
1) 厚生労働省大臣官房統計情報部 平成11年度国民医療費。
2) 厚生労働省大臣官房統計情報部 平成10年医療施設調査。
3) 厚生労働省雇用均等児童家庭局調査 全国の乳幼児医療費無料化制度の実施状況 平成12年4月1日。
4) 厚生労働省保険局調査課 国民健康保険医療給付実態調査報告 平成11年5月。
5) 151回参議院国民生活経済に関する調査会国会会議録 平成13年2月23日。
6) 厚生労働省保険局調査課 平成12年度医療費の動向。
7) 総務省統計局 平成11年10月1日 人口推計調査結果。