北海道における地域小児科センターと36協定 江原朗


要旨
 北海道内の地域小児科センター候補病院11施設について、時間外・休日労働に関する協定(36協定)の締結状況を調査した。地域小児科センター候補の11病院中8病院(72%)が医師の延長できる勤務時間を厚生労働省が提示した時間外労働の上限(年360時間)と定めていた。しかし、日本小児科学会・小児医療改革・救急プロジェクトチームが想定している週58時間の勤務体制を実施する場合でも年間936時間(18時間×52週)の時間外勤務が必要となる。したがって、今後、集約化した地域小児科センターにおいては、36協定の内容の再検討が必要となろう。


 小規模な病院小児科により、日本の小児医療がまかなわれているため、少数の医師は他科の医師と比較にならない頻回の当直、休日勤務を強いられている。さらに、小児の時間外受診者数は増加の一途をたどっている。このため、限られた小児科医は受診者のニーズに対応できないばかりか、自らも疲弊の極みに達している。これに対し、日本小児科学会は、医療水準を維持しながら小児科医の労働衛生を確保するため、二次医療圏に1か所ないしは数か所の「地域小児科センター」を整備して、ここに小児科医を集約化することを提唱している1)。 
しかし、平成15年度第4半期から16年度第1四半期にかけて厚生労働省が行った全国596の医療機関への立ち入り調査では72.1%の施設が労働関連の法規を遵守していないことが指摘されている2)。また、北海道内においても、立ち入りを行った26医療機関中15か所(57.7%)において労働基準法違反があったと北海道新聞(平成16年12月14日)は報じている。「地域小児科センター」に小児科医が集約されることにより、勤務環境は改善するのか。あるいは、増加した小児科医の人件費を回収すべく、「地域小児科センター」に勤務する医師の勤務の負荷は強化されるのか。北海道内の地域小児科センター候補11病院について労働基準法36条第1条に基づく協定(時間外・休日労働に関する協定、通称36協定)の締結内容を調査することにした。

方法
 日本小児科学会ホームページにて公開された北海道内の11の地域小児科センター候補病院3)における時間外・休日労働に関する協定届(平成14年4月1日から平成17年11月14日までの最新のもの)の開示を受けるため、北海道労働局に開示請求書を提出した。なお、労働基準法第36条第1項に基づく時間外・休日労働に関する協定届の内容は、行政機関の保有する情報の公開に関する法律第4条第1項の規定に基づいて開示されることが大阪地裁の判決で確定している4)。
 開示された時間外・休日労働に関する協定届について、協定書の成立年月日、所定労働時間、延長することができる労働時間、特別の事情の際の延長可能な労働時間を各施設について比較した。

結果(表)

平成14年4月1日から平成17年11月14日までに締結された最新の36協定

病院 36協定締結 締結年月日 時間外勤務の上限 緊急時等の時間外上限 備考
A H11.6.30 年360時間 記載なし H17.6.30更新
B なし
C H17.4.1 年360時間 記載なし
D H17.7.26 年360時間 記載なし
E H16.6.17 年360時間 時間外労働時間延長可(年360時間未満) 看護師、医療技術職、事務等職対象
F H17.4.10 年360時間 年750時間
G H17.9.29 年360時間 記載なし
H H17.3.31 年360時間 記載なし
I H15.7.7 年360時間 記載なし
J なし
K H14.8.23 年360時間 時間外労働時間延長可(上限記載なし)


 平成17年12月26日、北海道労働局は文書番号北労発総第891号から第891号の16において9施設の協定届の開示と2施設の不開示の決定を行った。
B病院(医療法人)、J病院(社会福祉法人)については、不開示の決定がなされたが、これは、平成14年4月1日から平成17年11月14日の間に提出された協定届が存在しないためであった。
 開示された9施設の協定届は以下のとおりである。
1) A病院(公立病院)においては、医師も含めた労働者に関して1日の所定労働時間は日勤7時間45分、夜勤15時間30分、深夜7時間45分であった。また、1日8時間、1か月に45時間、1年に360時間の労働時間の延長ができるとの労使協定が平成11年6月30日に締結され、平成17年6月30日更新された。
2) C病院(公的病院)においては、1年単位の変形労働時間制により労働する労働者、育児又は家族介護を行う労働者のうち延長することができる時間を短くすることを申し出た労働者以外の労働者については、所定労働時間は1日7時間30分、延長できる労働時間は、1日4時間、1か月45時間、1年360時間との協定が平成17年4月1日成立した。
3) D病院(公的病院)については、所定労働時間は1日7時間54分で、延長させることができる労働時間は、1日4時間、1か月45時間、1年360時間であると平成17年7月26日に協定が成立した。
4) E病院(公立病院)においては、所定労働時間は1日7時間45分であり、延長することができる労働時間は、1日5時間、1か月45時間、1年360時間で、特別な場合には時間外労働の時間の延長は可能であるが1年360時間を越えないと平成15年6月17日に協定が成立した。しかし、業務区分が看護師、医療技術職、事務等職に限定されており、医師が医療技術職として算定されているか否かは不明である。
5) F病院(医療法人)においては、所定労働時間は1日7時間であり、延長することができる労働時間は、1日5時間、1か月45時間、1年360時間とされているが、特別な場合には1日10時間、1か月80時間、1年750時間の労働時間の延長ができると協定がなされている。協定は、平成17年4月10日に成立した。
6) G病院(医療法人)においては、所定労働時間は1日7時間30分、延長できる労働時間は、1日8時間、2週27時間、1か月45時間、1年360時間と平成17年9月29日協定がなされた。
7) H病院(公的病院)は、1年単位の変形労働時間制により労働する労働者、育児又は家族介護を行う労働者のうち延長することができる時間を短くすることを申し出た労働者以外の労働者については、所定労働時間は1日7時間30分、延長できる労働時間は1日4時間、1か月45時間、1年360時間であると平成17年3月31日に協定が成立した。
8) I病院(公的病院)においては、育児又は家族介護を行う労働者のうち延長することができる時間を短くすることを申し出た労働者以外の労働者については、所定労働時間は1日7時間54分、延長できる労働時間は1日5時間、3か月120時間、1年360時間、さらに特別な場合には、1か月50時間ないしは100時間(1か月の延長時間は職種により異なるようであるが、詳細は不開示)の労働時間の延長ができると協定がなされている。協定は平成15年7月7日成立した。
9) K病院(公的病院)においては、所定労働時間は1日8時間(但し週40時間)、延長できる労働時間は、1日2時間、1週10時間、1年360時間であり、特別な場合には限度上限を超えて時間外労働を行わせることができる(上限の設定はなし)と平成14年8月23日協定が成立した。

考察

 地域小児科センター候補の11病院中8病院(72%)が医師の時間外勤務時間数を厚生労働省が提示した時間外労働の限度に関する基準(年360時間)に定めていた5)。週40時間の労働時間を越えた勤務を行わせる場合には、使用者は時間外・休日労働に関する協定届(36協定届)を労働基準監督署に届ける義務がある。時間外診療をしている小児科医の月超過労働時間合計は平均86.7時間とも報告されている1)。もし、36協定届の存在しない2施設についても、医師の勤務時間を週40時間以内にとどめることができない場合には、36協定を締結する必要がある。  
さらに、36協定が成立していても、1年360時間の時間外勤務では診療が完了しない可能性が高い。日本小児科学会では海外の医師の勤務時間と比較して、週58時間の勤務を想定して人員配置のシミュレーションを行っている1)。しかし、週58時間では、週あたりの時間外勤務は18時間となり、1年(52週)では936時間の時間外勤務が必要となる。これでは、36協定による1年360時間の時間外勤務の上限を大きく上回り、36協定が十分機能しなくなる危険がある。重要なことは、勤務時間の設定とその遵守の実効性である。36協定の内容を再検討し、その遵守を徹底しなければならない。違法状態が続けば、使用者は労働基準法違反により刑事罰を受ける可能性さえあるのである。
また、実働時間を36協定の時間内に抑えたとしても、宅直(自宅待機による呼び出し対応)の取り扱いの問題も残る。呼び出しに応じるために、場所の拘束(病院から遠く離れることができない)、行動の制限(酒が飲めない)、ペナルティの存在(受診の求めに応じられなかった場合叱責を受ける)がある場合、待機時間も労働時間に算定される可能性があるのである6)。
 医の倫理や聖職意識に基づいて、これまで医師は時間外勤務をいとわずに行ってきた。しかし、今日医療安全への要求が国民の間で強まっており、疲労による医療ミスも看過できなくなってきた。長距離トラックなどの運輸業では、疲労による事故を防止するために、運転時間の上限が設定されている。もし、過労運転で事故を起こせば、使用者も責任を問われる。今後、過労状態にあった医師が医療ミスを発生させた場合、使用者が管理責任を問われる可能性も否定できない。昨今、連続勤務により、医療事故の発生頻度が増加するとの報告も若干ではあるがなされるようになってきた7)。現時点では、根拠のある研究は乏しい。しかし、医療の安全性を確保し、小児科医の疲弊を防ぐためには、小児救急を行う医療施設の集約化は必須である。そして、集約を行う以上、拠点となる施設における適切な労務管理は不可欠である。現時点では、医療の現場において医師の労務管理は十分ではなかった。しかし、労働基準法のいう管理監督者とは、「労働条件の設定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」であり、勤務医のほとんどは管理監督者といえない。したがって、他職種と同様に労働関連法規により守られる必要がある。
 医療従事者は限りある資源である。科学的な労務管理を無視して、使命感や精神論により貴重な資源を枯渇させてはならない。

参考文献
1)日本小児科学会小児医療改革・救急プロジェクト.病院小児科医の将来需要について.平成17年4月6日.
http://jpsmodel.umin.jp/DOC/demandofpediatricianinfuture.doc
2)厚生労働省労働基準局監督課.医師の宿日直勤務と労働基準法.平成17年4月.
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/04/s0425-6a.html
3)日本小児科学会小児医療改革・救急プロジェクト.平成17年9月10日合同策定委員会配布資料.
http://jpsmodel.umin.jp/DOC/20050910CombinationtCommittee.doc
4)大阪地方裁判所.行政文書不開示決定取消請求事件.平成15年(行ウ)第67号.
http://houmu.h-chosonkai.gr.jp/hanrei/jirei46.htm
5)北海道労働局.時間外労働の限度に関する基準.平成16年4月1日.
http://www.hokkaido-labor.go.jp/9seidokijyun/kijyun/kijyun02.htm
6)江原朗.労働基準法と病院小児科医.小児科 2003;44:871-873.
7): Landrigan CP, Rothschild JM, Cronin JW, et al. Effect of reducing interns' work hours on serious medical errors in intensive care units. N Engl J Med. 2004;351:1838-48.



Is concentration of hospital pediatricians on medical centers effective to ameliorate their hard work?

Akira Ehara,
Koala Medical Research

In order to supply 24-hour pediatric emergency service and keep the occupational health of hospital pediatricians, the Japanese Pediatric Society recommends their concentration on medical centers from small rural hospitals. However, it is unknown whether the personnel management of the medical centers is proper or not. Therefore, I requested Hokkaido Labour Bureau disclosing the contracts to work above the working limit of eleven medical centers in Hokkaido, which are going to provide 24-hour pediatric emergency service.
Of the eleven medical centers, eight facilities had a contract of physicians to work above working limit of 40 hours per week, and the elongation of working hours was within 360 hours per year in all the facilities. It was reported that hospital pediatricians, who provide pediatric emergency services, work 86.7 hours above the legal limit per month on average. Therefore, it is probable that each contract of the eight medical centers is not effective to keep occupational health of pediatricians.