論策

9.小児保健

 

二次医療圏に1ヶ所の地域小児科センターが設置された場合、患者アクセスはどうなるのか−広域上位10医療圏の解析−

 

北海道大学大学院予防医学講座公衆衛生学分野 

客員研究員 江原朗

キーワード:小児救急、病院小児科、集約化、予後、労務管理

 

連絡先:

札幌市豊平区月寒西16丁目315201

北海道大学大学院予防医学講座公衆衛生分野

客員研究員 江原朗

電話:09082751880

FAX0118591338

akira.ehara@nifty.com

 


 

要旨

地域小児科センターを二次医療圏に1ヶ所設置した場合、各市町村からのアクセスはどうなるのか。広域上位10医療圏について解析を行った。

圏内で小児科医が最も多い自治体をセンター設置場所と仮定した場合、センターから50km以内の地域に在住する15歳未満の年少人口は医療圏全体の75.4%(中央値)に過ぎなかった。したがって、自動車の速度を50km/hとした場合、小児全員に1時間でのアクセスを保障できない。しかし、圏域の市町村の小児のほぼ100%が、当該地域もしくは隣接地域の地域小児科センターから100km以内に居住している。全国で最も広域である二次医療圏においても、自動車(50km/h )で2時間以内であれば、地域小児科センターへのアクセスを保障することができる。


 

地方の小児医療は崩壊の危機に瀕している。これに対し、厚生労働省、文部科学省、総務省は平成17年12月、小児科の集約化を推進するよう通達を出している1)。また、24時間体制の小児救急医療を行うには、二次医療圏(入院医療がほぼ完結する圏域で都道府県が策定、保健所の管轄地域にほぼ一致する)ごとに拠点となる施設(地域小児科センター)を整備すべきだと日本小児科学会は提言している2)。しかし、現時点では、集約化された施設へのアクセスについて十分な資料が出揃っているとはいえない。各二次医療圏に1ヶ所の地域小児科センターが整備された場合に各市町村からのアクセスはどうなるのか。全国の広域二次医療圏上位10地域について検討を行った。

 

 

方法

 広域二次医療圏上位10地域の名称や面積は、田久3)の資料を用いた。なお、これらの資料は平成10年12月31日現在の値であるが、上位10医療圏の圏域は平成16年12月31日現在も変化がない4)。各二次医療圏および各市町村の小児科医師数(主たる診療科が小児科である医師数)は、同様に平成16年12月31日現在の値を用いた4)。また、圏域内の市町村およびその年少人口(15歳未満)は、平成17年国勢調査5)(平成17年10月1日現在)の値を用いた。なお、平成16年12月31日以降平成17年10月1日までに合併した市町村の小児科医師数に関しては、旧市町村の医師数を積み上げて計算した。

 地域小児科センターの仮想的な所在地(中心都市)は、二次医療圏で最も小児科医が多い市町村とした。また、各市町村と中心都市との距離は、中心都市の役所・役場の所在地と周辺市町村の役所・役場との最短行路とし、ゼンリン社のソフトウェア「ゼンリン電子地図帳Z[zi:]Professional5」を用いて計測を行った。

 年少人口カバー率は、中心都市から50km、100km以内の市町村に在住する年少人口が二次医療圏全域の年少人口に占める割合とした。

 

 

結果

 地域小児科センターを設置すると仮定した中心都市から50km、100km以内の人口カバー率を表1に示す。なお、遠紋二次医療圏(北海道)では、小児科医が最も多い自治体が紋別市(4人)と遠軽町(4人)の2つ存在する。このため、両者を中心都市とした場合について年少人口カバー率を算出した。

 

表1 広域二次医療圏における中心都市からの距離と年少人口カバー率

 

医療圏名

都道府県

面積(km2)

小児科医師数

中心都市

(小児科医最多)

年少人口

15歳未満)

年少人口カバー率

50km以内

100km以内

1

十勝

北海道

10,831

27

帯広市

50,277

83.3%

100%(100%)

2

釧路

北海道

5,998

21

釧路市

34,872

100.0%

100%(100%)

3

北網

北海道

5,542

19

北見市

31,902

90.5%

100%(100%)

4

遠紋

北海道

5,148

8

紋別市

10,396

48.8%

100%(100%)

 

遠紋

北海道

5,148

8

遠軽町

10,396

38.4%

100%(100%)

5

日高

北海道

4,812

4

浦河町

11,232

75.4%

97.9%(100%)

6

後志

北海道

4,305

29

小樽市

28,423

67.0%

96.3%(99.2%)

7

上川北部

北海道

4,197

7

名寄市

9,240

97.4%

100%(100%)

8

飛騨

岐阜県

4,180

12

高山市

23,581

76.5%

100%(100%)

9

宗谷

北海道

4,051

5

稚内市

9,755

61.9%

83.2%(100%)

10

留萌

北海道

4,020

2

留萌市

7,319

13.2%

88.2%(100%)

1)遠紋二次医療圏: 小児科医が最も多い自治体が紋別市(4人)、遠軽町(4人)と2つあるため、各々の年少人口カバー率を算定

2)100km以内の年少人口カバー率: 当該二次医療圏内でのカバー率と隣接医療圏も利用した場合のカバー率(カッコ内の値)を算定。

 

 50km以内の地域のカバー率は、13.2%から100%(中央値75.4%)とばらつきがある。自動車(50km/h)で移動した場合、1時間以内にアクセスできない小児が中央値でも4分の1存在していたことになる。

 しかし、圏域の市町村の小児のほぼ100%が、当該地域もしくは隣接地域の中心都市から100km以内に居住している。唯一、例外が後志二次医療圏(北海道)で、カバー率は99.2%であった。

 

考察

 二次医療圏内で小児科医が最も多い自治体に地域小児科センターを設置した場合、広域な医療圏上位10地域では、最大86.8%(北海道留萌二次医療圏)の小児が1時間以内にアクセスできない(50km/hで自動車により移動した場合)。しかし、隣接医療圏も利用すれば、2時間以内でセンターへのアクセスが保障できる。2時間と長時間のアクセスではあるが、医療を確実に提供する点では重要なことである。

もちろん、国内では、5347人の小児(15歳未満)が1年間で死亡している6)(平成17年、表2)。

 

表2 小児の年齢別の死因上位3位(平成17年人口動態調査)

年齢層

1位

2位

3位

全死亡数

0歳

先天奇形,変形及び染色体異常

1025

周産期に特異的な呼吸障害等

414

乳幼児突然死症候群

174

0-4歳で

4102

1-4歳

不慮の事故

236

先天奇形,変形及び染色体異常

184

悪性新生物

100

5-9歳

不慮の事故

230

悪性新生物

120

先天奇形,変形

及び染色体異常

44

655

10-14歳

不慮の事故

150

悪性新生物

108

心疾患

44

590

合計

 

 

 

5347

-14歳の不慮の事故による死亡数:616

 

死因の上位3位以内で、迅速な医療機関への搬送で救命率が向上すると期待されるのは不慮の事故である。小児の不慮の事故のよる死亡は年間616件(1-14歳)あり、こうした小児の救命において迅速な搬送体制は必要である。

平成15年消防白書7)では、カーラーの救命曲線を示し、心臓停止後約3分、呼吸停止後約10分、多量出血後約30分で死亡率が50%に達すると述べている。しかし、まず、地元でルート確保や止血、挿管などの応急措置を行い、PICU等に搬送するシステムを構築できれば、小児科専門医の診療までに時間を要しても死亡率が急激に悪化するとは考えられない。

 一方、時間外小児科診療を行う施設を集約化した場合に患者の予後が悪化したとの報告はない。文献データベースMEDLINEおよびEMBASEを用いて、PediatricsとRegionalizationのキーワードで1966年から2007年4月26日までの文献を検索したが、該当する報告はみあたらなかった。また、症例数と患者の予後との関連を総説的に解説したLuftらの著作「Hospital volume, physician volume, and patient outcomes」8)においても、こうしたテーマの報告はなかった。集約化の影響を論じた研究は、心臓疾患や新生児の治療において集約化が予後の改善をもたらすとするもの9-14)に限られていた(表3)。

 

表3 集約化と小児の予後に関する文献

著者

発表年

対象

患者数

指標

分野

リスク補正

統計処理

内容

Chang RKRら

2002

6592

院内

死亡率

心臓

手術

術式、年齢、性別、人種、保険、収入等

多変量

解析

症例数が多いと死亡率は低下。年間70例未満の施設における死亡のオッヅは170例以上の施設の2.67倍(P<0.05)

Ferrara Aら

1988

検討群328,

対照群2042

院内

死亡率

周産期

出生病院の症例数、

体重, 人種, 性別、APGAR

χニ乗検定

APGAR6点未満の新生児では3次医療機関へ搬送した群は非搬送群に比べて生存率が高い。

McCormick MCら

1985

検討群42, 対照群45

乳児

死亡率

周産期

体重(≦1500g, 1501-2500g,  >2500gで分類)

ケンドールの順位

相関係数

1970/71年から1974/75年における2500グラム以下の乳児死亡率の低下と3次医療機関への搬送率の増加が有意に相関

Williams RL

1979

344万

周産期

死亡率

周産期

出生体重,

性別, 人種, 多胎か単胎か等

多変量

解析

@     症例数の多い周産期医療施設では、死亡率が低い。

A     一般医に対する専門医の比率の高い施設では死亡率が低い

Maerki SCら

1986

16,373

院内

死亡率

周産期

日齢, 性別, 合併症の有無, 入院時血圧, 出生体重

回帰分析

RDSに関して医療機関の症例数と死亡率は負の相関

Rosenblatt RAら

1985

21万

周産期

死亡率

周産期

体重(<1500g, 1500-2499g, ≧2500gで分類)

χニ乗

検定

@     1500グラム未満の周産期死亡率は2次医療機関で最も高く、2次と3次の医療機関の間で有意差

A     1500グラム以上の周産期死亡率は1次医療機関で最も低く、1500−2499グラムでは1次と2次、2500グラム以上では、1次と2次、1次と3次の間で有意差。

 乳幼児(6歳未満)が小児救急外来を受診する回数は年間1000万回と推計される15)。この値を病院小児科の数3154の16)で割り、1日1施設あたりの乳幼児の時間外受診数を求めると、8.7件となる。時間外の受診数は準夜帯に多いものの、深夜帯にゼロになるわけではない。少なくても1から3時間に1人の乳幼児が深夜帯に受診する15)。これでは、当直医は十分な睡眠が取れない。病院小児科には平均2名強の小児科医がいるにすぎないので17)、夜間休日の救急当番を行うとすれば、医師1人あたり2から3日に1回行う必要が出てくる。医師が燃え尽きてしまうことは必至である。こうしたことを防ぐには、集約化により小児救急医療を行う病院あたりの小児科医師数を増やす必要がある。

 受診のために移動する距離が延長すれば、患者の利便性は低下する。しかし、小児救急外来受診者のうち入院となる事例は1割弱であり18-22)(表4)、軽症患者が圧倒的に多い。したがって、重症の場合には地元で応急処置を行い、その後拠点病院に搬送する体制をとれば、移動距離の延長が患者の予後を大きく左右することは少ないのではないだろうか。

 

 表4 小児救急医療において入院となる割合

報告者

入院率

田中哲郎(2002年)

4%

成育医療センター(2005年)

10.6%

東京都医師会(2006年)

4%

宮城県医療整備課(1998年)

5.10%

日本小児科学会(2006年)

平均10.5±12.6%、中央値6%(n=696)

 

継続性のある医療を提供するためには、患者のアクセスを著しく低下させないこと、医師を疲弊させないことの両者を満たす必要がある。広域の北海道においてさえ、交通網をさらに整備することで、集約化による利便性の低下を十分補える可能性はある23)。また、勤務医への労務管理の徹底や子育て中の医師への支援の強化により、病院勤務の医師の退職を食い止めることは可能であろう。効率よい小児救急医療体制を確立して、医療の崩壊を防がなければならない。

 


 

参考文献

1)小児科・産科における医療資源の重点化・集約化について.医政発第1222007号,雇児発第1222007号,総財経第422号,17文化高第642号.平成17年12月22日.厚生労働省医政局長,厚生労働省雇用均等・児童家庭局長,総務省自治財政局長,文部科学省高等教育局長通知.

2)「小児医療提供体制改革の目標と作業計画」.平成17年2月19日.

http://jpsmodel.umin.jp/ACTIONPLAN20050219.htm

3)田久浩志.統計学的解析に関する研究.主任研究者田中哲郎.二次医療圏毎の小児救急医療体制の現状等の評価に関する基礎的研究,平成13年度厚生科学研究.http://www.mhlw.go.jp/topics/2002/07/dl/tp0719-2j.pdf

4)厚生労働省統計情報部.医師歯科医師薬剤師調査,平成16年.

http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/data/180/2004/toukeihyou/0005182/t0112187/E50001_001.html

および

http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/data/180/2004/toukeihyou/0005182/t0112189/E50021_001.html

 

5)総務省統計局.平成17年国勢調査.

http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2005/ichiran/zuhyou/001.xls

6)厚生労働省統計情報部.人口動態調査.平成17年.

http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/data/010/2005/toukeihyou/0005667/t0126422/MC150000_001.html

および

http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/data/010/2005/toukeihyou/0005654/t0125443/MC170000_001.html

7)総務省消防庁.2 更なる救命効果向上のための救命講習の推進.消防白書.平成15年.

http://www.fdma.go.jp/html/hakusho/h15/html/15k12000.html

8)Luft HS,  Garnick DW, Mark DH, et al.  Hospital volume, physician volume, and patient outcomes: Assessing the evidence. Ann Arbor: Health Administration Press, 1990.

9)Chang RKR, Klitzner TS.  Can regionalization decrease the number of deaths for children who undergo cardiac surgery? A theoretical analysis. Pediatrics. 2002;109:173-81.

10Ferrara A, Schwartz M, Page H, et al.  Effectiveness of neonatal transport in New York City in neonates less than 2500grams--a population study. J Community Health. 1988 ;13:3-18.

11McCormick MC, Shapiro S, Starfield BH. The regionalization of perinatal services. Summary of the evaluation of a national demonstration program. JAMA. 1985;253:799-804.

12Williams RL. Measureing the effeciveness of perinatal medical care. Med Care 1979;17:95-110.

13)Maerki SC, Luft HS, Hunt SS. Selecting categories of patients for regionalization. Implications of the relationship between volume and outcome. Med Care 1986;24:148-158.

14Rosenblatt RA, Reinken J, Shoemack P. Is obstetrics safe in small hospitals? Evidence from New Zealand's regionalised perinatal system. Lancet 1985;2:429-432.

15) 江原朗.小児救急担当者の夜間における診療と睡眠について.小児科臨床 2006;59:2071-2075.

16)厚生労働省統計情報部.医療施設調査.平成17年.

http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/data/160/2005/toukeihyou/0005658/t0125764/A0007_001.html

17)江原朗.法定労働時間で24時間体制を構築するには最低3つの病院小児科を1つに統合する必要がある.小児科 2007;48:363-365.

18)田中哲郎.21世紀の小児救急医療. 日児誌 2002;106:721-729.

19)国立成育医療センター.平成17年度(2005年)年報・業績集.

http://www.ncchd.go.jp/nennpou17/3-13-2.pdf

20)東京都医師会(東邦大学医療センター).岐路に立つ小児救急医療,2006年.

http://www.tokyo.med.or.jp/tomin/genki/0042/05.html

21)宮城県医療整備課.宮城県の小児救急,1998年.

http://www.pref.miyagi.jp/child-iryou/kyuukyuu/doukou.htm

22)日本小児科学会.病院小児科・医師現状調査報告書,2006年.

http://jpsmodel.umin.jp/DOC/Report2006Updated200607.doc

23)堀田哲夫.小児救急医療の現場から@.小児救急を担う医療圏の設定−広域二次医療圏をかかえる北海道を例として−.小児科 2005;46:1185-1190.

 

Concentration of pediatric emergency centers and access of sick children

 

Akira Ehara

Department of Public Health, School of Medicine, Hokkaido University

 

Abstract

Background: It has been recommended to regionalize pediatric facilities in Japan in order to construct a system compatible with 24-hour pediatric services. However, the aggravation of access of sick children has not been studied in detail.

Objective: To evaluate the effect of concentration of pediatric facilities on patient access.

Methods: The ratio of the population under 15 years old within 50km and 100km from the community which had the most pediatricians in each area where almost all hospital medical services were provided (Japanese secondary area of medical services) was measured.

Results: Almost all of children lived within 100km away from the community where the most pediatricians work in each secondary area of medical services.

Conclusion: Concentration of the facilities of pediatric emergency services can be done without a severe loss of accessibility of sick children.