40歳代,50歳代の小児科医師における勤務医と開業医の比率に大きな変化は生じていない
北海道大学大学院医学研究科予防医学講座公衆衛生学分野
客員研究員 江原朗
キーワード:小児科医師数,医師歯科医師薬剤師調査,勤務医,労務管理
要旨
平成18年の医師歯科医師薬剤師調査によると,平成14年から平成18年にかけて,小児科勤務医(主たる診療科が小児科であり,病院に従事する医師)の数が8,429人から8,228人へと減少している.一方,小児科開業医(主たる診療科が小児科であり,診療所に従事する医師)は6,052人から6,472人へと増加している.勤務医から開業医へとシフトが生じている.
5歳刻きざみの年齢層で解析すると,平成10年から18年にかけて,勤務医では40歳代前半が減少し,50歳代が増加していることがわかる.また,同様に,開業医では40歳代の減少と50歳代の増加が認められる.各年齢層における勤務医の比率は,平成10年から18年にかけて大きな変化はなく,この8年間で小児科医師のキャリアコースが変化したとはいえない.
勤務医が減少し,開業医が増加した主因は,小児科医師総数の最も多い50歳代が従来のキャリアコースに基づいて勤務医から開業医へとシフトした結果である.勤務医の働く環境は厳しいものではあるが,勤務医の数の減少は勤務環境の悪化だけではなく,50歳代に比べて40歳代の医師の絶対数が少ないことが大きく影響している.
はじめに
新臨床研修制度が平成16年4月に導入されて以降,勤務医が全国的に不足する事態が発生し,社会問題化している.確かに,小児科においても平成14年から16年にかけて勤務医が減少し,開業医の増加が認められる1).平成18年には,さらなる小児科勤務医の減少が見られている2).勤務医の減少は何であるのか,小児科医師数(主たる診療科が小児科である医師数)における年齢別の勤務医,開業医の分布およびその比率を検討することにした.
方法
厚生労働省大臣官房統計情報部発表の平成10,12,14,16,18年医師歯科医師薬剤師調査3)を用いて,小児科医師(主たる診療科が小児科である医師)の数の変遷を病院,診療所別に検討した.なお,調査は各年の12月31日現在の値である.なお,今回の検討では,勤務医を病院に従事する医師,開業医を診療所に従事する医師と定義した.
結果
表1に25歳から59歳までの小児科勤務医の数の推移を示す.
表1 小児科勤務医(主たる診療科が小児科であり、病院に従事する医師)の数の推移(25から59歳)
|
平成10年 |
平成12年 |
平成14年 |
平成16年 |
平成18年 |
25〜29歳 |
1,560 |
1,619 |
1,731 |
1,511 |
1,089 |
30〜34歳 |
1,422 |
1,499 |
1,635 |
1,746 |
1,830 |
35〜39歳 |
1,499 |
1,345 |
1,246 |
1,244 |
1,413 |
40〜44歳 |
1,301 |
1,322 |
1,252 |
1,218 |
1,069 |
45〜49歳 |
965 |
976 |
995 |
1,005 |
976 |
50〜54歳 |
554 |
667 |
746 |
739 |
762 |
55〜59歳 |
279 |
321 |
386 |
484 |
613 |
全年齢層 |
8,022 |
8,158 |
8,429 |
8,393 |
8,228 |
40歳代前半では,平成10年には1,301人いた勤務医が,平成18年には1,069人まで減少している.しかし,50歳代前半では,平成10年の554人から平成18年の762人へと増加している.また,50歳代後半でも,平成10年の279人から平成18年の613人へと増加が認められる.
また,表2に25歳から59歳までの小児科開業医の数の推移を示す.
表2 小児科開業医(主たる診療科が小児科で、診療所に従事する医師)の数の推移(25から59歳)
|
平成10年 |
平成12年 |
平成14年 |
平成16年 |
平成18年 |
25〜29歳 |
9 |
6 |
5 |
8 |
6 |
30〜34歳 |
51 |
60 |
56 |
63 |
46 |
35〜39歳 |
254 |
251 |
219 |
223 |
233 |
40〜44歳 |
721 |
641 |
571 |
554 |
506 |
45〜49歳 |
934 |
990 |
975 |
957 |
911 |
50〜54歳 |
753 |
1,002 |
1,105 |
1,118 |
1,188 |
55〜59歳 |
511 |
534 |
674 |
921 |
1,159 |
全年齢層 |
5,967 |
5,998 |
6,052 |
6,284 |
6,472 |
40歳代前半では,平成10年に721人いた開業医が平成18年には506人まで減少している.一方,50歳代前半では,平成10年の753人から平成18年の1,188人へと増加している.さらに,50歳代後半では,平成10年の511人から平成18年の1,159人へと2倍以上増加している.
表3に各年齢階級の小児科医師総数に占める勤務医の比率を示す.
表3 小児科医師に占める勤務医の比率の推移(25から59歳)
|
平成10年 |
平成12年 |
平成14年 |
平成16年 |
平成18年 |
25〜29歳 |
99.4% |
99.6% |
99.7% |
99.5% |
99.5% |
30〜34歳 |
96.5% |
96.2% |
96.7% |
96.5% |
97.5% |
35〜39歳 |
85.5% |
84.3% |
85.1% |
84.8% |
85.8% |
40〜44歳 |
64.3% |
67.3% |
68.7% |
68.7% |
67.9% |
45〜49歳 |
50.8% |
49.6% |
50.5% |
51.2% |
51.7% |
50〜54歳 |
42.4% |
40.0% |
40.3% |
39.8% |
39.1% |
55〜59歳 |
35.3% |
37.5% |
36.4% |
34.4% |
34.6% |
全年齢層 |
57.3% |
57.6% |
58.2% |
57.2% |
56.0% |
平成10年から18年にかけて,40歳代前半では64.3%から67.9%,40歳代後半では50.8%から51.7%,50歳代前半では42.4%から39.1%,50歳代後半では35.3%から34.6%と大きな変化はない.
図に平成10,14,18年の小児科医師総数の年齢分布を示す.
図 25から59歳の小児科医師総数(主たる診療科が小児科である医師の総数)の年齢別分布(平成10,14,18年)
平成18年現在,50から54歳の医師数が最も多い.彼らの多くは,平成10年当時には40から44歳の年齢層に属していた.平成18年に40から44歳の小児科医師総数は,平成10年当時の同じ年齢層(現在の50から54歳の年齢層にほぼ相当する)に比べて少ない.また,平成10年当時の50から59歳(現在の60から69歳の年齢層がほぼ相当する)に比べて,現在の50から59歳の小児科医師総数は多い.この結果,平成10年から18年にかけて,40歳代前半の医師が減少し,50歳代の医師が増加する結果となっている.
考察
新臨床研修制度の導入を契機に勤務医の減少が小児科において見られている1).たしかに,勤務医の数は平成14年と比較して,平成16,18年は減少傾向にある.また,同じ時期に,開業医の増加が認められる.しかし,各年齢層において勤務医から開業医へシフトする比率が新臨床研修制度の導入前後で大きく変化したわけではない.事実,40歳代では,勤務医の減少と同時に開業医の数も減少している.
では,勤務医の減少と開業医の増加はどう説明をすればいいのだろうか.著者の論文1)では,平成14年から16年にかけて,40歳代の中堅医師が開業したために,勤務医総数が減少したと推測した.しかし,今回の検討で,25歳から59歳の各年齢階級における勤務医比率が一定であることが判明した.平成10年から18年の間,40歳代前半では65%前後,40歳代後半では50%前後,50歳代前半では40%前後,50歳代後半では35%前後の小児科医師が勤務医をしているだけで,残りの医師は開業している.医師としてのキャリアコースは平成10年から18年の間に大きな変化をしていないのである.最も小児科医師の総数が多い50歳代が過去と同じキャリアコースで開業すれば,病院から退職する医師の絶対数は膨大なものになる.さらに,これらの年齢層以下では医師総数が相対的に少ないため,勤務医の総数は減少せざるを得ない.
では,勤務医の減少による地域医療の縮小をどう補ったらよいのであろうか.幸いなことに,平成14年から16年にかけて,各二次医療圏の間で小児科医師数の偏在は進行していない1).つまり,病院を退職しても,同じ二次医療圏(入院医療がほぼ完結する地域で保健所の管轄地域にほぼ一致する)で開業する医師が多いのである.したがって,小児救急医療に関しても,マンパワーが地域から消失したわけではない.小児科勤務医だけが救急医療を担う体制は無理だ4)としても,開業した小児科医師の力を借りれば何とか地域の子供たちの健康は守られるのではないだろうか.
地域の小児医療をどのように設計するのか.医療機関・政治・行政に課せられた課題は大きい.
参考文献
1)江原朗.新医師臨床研修制度導入年度の小児科医の状況―導入前と比較して偏在は進行していない.日本医師会雑誌. 2007; 136: 1804-1808.
2)厚生労働省大臣官房統計情報部.平成18年(2006)医師・歯科医師・薬剤師調査の概況,2007年12月21日.
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/06/index.html
3)厚生労働省大臣官房統計情報部.医師・歯科医師・薬剤師調調査,平成10,12,14,16,18年.
4)江原朗.法定労働時間で24時間体制を構築するには最低3つの病院小児科を1つに統合する必要がある.小児科. 2007; 48: 363-365.
The ratio of the numbers of pediatricians working in a hospital and a clinical office did not change in each age group for the past 8 years
Akira Ehara
Department of Public Health Sciences, Graduate School of Medicine, Hokkaido University
According to Survey of Physicians, Dentists and Pharmacists published by Ministry of Health, Labour and Welfare, the number of physicians who worked in a hospital increased from 159,131 in 2002 to 168,327 in 2006. However, that of hospital pediatricians decreased from 8,429 in 2002 to 8,228 in 2006.
The ratio of the numbers of pediatricians working in a hospital and a clinical office did not change in each age group for the past 8 years. The ratios of hospital pediatricians were about 65%, 50%, 40%, and 35% in age groups of 40 to 44, 45 to 49, 50 to 54, and 55 to 59 years old, respectively. There are the most pediatricians in the age group of 50 to 54 years old.
When these doctors resign a hospital and open a clinical office at the ratio above mentioned, the shortage of hospital pediatricians might occur. However, most of them might open a clinical office near the hospital they have worked. When pediatricians who work in a hospital and a clinical office co-operate, pediatric emergency system will be maintained.