へき地,過疎地,地方都市における小児救急−北海道を例として−
北海道大学大学院医学研究科予防医学講座公衆衛生学分野
客員研究員 江原朗
SUMMARY
24時間365日の小児救急医療を行うには10人以上の小児科医師が必要である.しかし,15歳未満の人口は全国で1752万人(平成17年,総人口は1億2776万人)1)であるのに対し,小児科医師は14,677人(平成16年)にすぎない2).15歳未満人口1万人あたり8.4人,国民1万人あたり1.1人である.したがって,拠点病院に医師を集約しない限り,小児救急医療を常時提供することはできない.
集約化によるアクセスの悪化を補うには、搬送体制の整備と他診療科医師の参加が不可欠である.子育て世代の女性医師が勤務を続けられるように子育て支援を強化する必要もある.
T.地域の人口と小児科医師数
1.全国の市・区においては,人口1万人あたり1.3人(15歳未満人口1万人あたり9.2人)の小児科医師しかいない
15歳未満の人口は全国で1752万人,総人口は1億2776万人(平成17年)1),小児科医師(主たる診療科が小児科である医師)は14,677人(平成16年)2)であるので,15歳未満人口1万人あたり8.4人,国民1万人あたり1.1人しか小児科医師しかいないことになる.
人口の86.3%は,市および区部に在住している1).全国849市・区(平成17年の国勢調査時1)には751市だが、政令指定都市の区や東京特別区も1つの市として算定した。また、平成16年の医師歯科医師薬剤師調査2)に記載された市・区との間で名称等が変更となった場合は除外した。このため、解析対象は849市・区となった)における15歳未満人口1)と小児科医師数2)との相関を図1に示す.両者の相関は非常に強く(相関係数0.762),回帰式は,
(小児科医師数)=-0.477+(9.2/1万)×(15歳未満人口)
であらわされた.
図1 市・区における15歳未満人口と小児科医師(主たる診療科が小児科である医師)数との相関(人口は平成17年国勢調査,医師数は平成16年医師歯科医師薬剤師調査による,849市・区を対象)
(小児科医師数)=-0.477+(9.2/1万)×(15歳未満人口),相関係数0.762
市・区部においても、15歳未満人口1万人あたり9.2人の小児科医師しかいない.市・区部における人口の13.7%は15歳未満である1)。したがって、人口1万人あたり1.3人しか小児科医師がいないことになる.
2.全国の二次医療圏の3割強において,小児科医師数が10人未満しかいない
医師歯科医師薬剤師調査(平成16年)2)によれば,全国370の二次医療圏(入院治療を主体とした医療活動がおおむね完結する区域で都道府県が策定し,各保健所の管轄地域にほぼ一致する)のうち,小児科医師が10人未満の地域が118(全体の31.9%)存在する(表1).
表1 小児科医師が10人未満である二次医療圏
年 |
全二次医療圏数 |
小児科医師が10人未満の 二次医療圏数 |
比率 |
平成16年 |
370 |
118 |
31.9% |
3.したがって,二次医療圏を越えた広域小児救急医療が必須となる
常時1人の小児科医師を病院に常駐させるだけでも,週40時間の法定労働時間を遵守するのであれば,4.2人(24時間×7日÷40時間)の医師が必要である.
仮に,過労死の認定基準(月の時間外労働80時間以上が目安とされる)を下回る労働条件を設定するなら,週58時間が上限となる((58時間-40時間) ÷7日×30日=77.1時間).こうした条件下でも,1人の医師を常駐させるには2.9人(24時間×7日÷58時間)必要である.
現実的には,24時間365日小児救急医療を提供するには10人以上の小児科医師が勤務する施設が必要とされる3).したがって,現在の圏域を用いるならば,複数の二次医療圏において,1つの小児救急医療提供施設を整備する必要がある.
U.北海道の事例
1.全国の二次医療圏広域上位10地区のうち9地区は北海道に存在する
全国の国土面積は377,925.79km2である4).全国に370の二次医療圏があるので,1医療圏あたりの面積は,平均1021km2となる.しかし,広域上位二次医療圏10地区の面積は,十勝二次医療圏の10,831km2を筆頭に留萌二次医療圏の4,020km2まで全国平均の値を大きく上回っている(表2)5).したがって,集約化によりアクセスが極端に悪化する危険性をはらんでいる.
表2 広域二次医療圏上位10地区5)
|
医療圏名 |
都道府県 |
面積(km2) |
小児科医師数 |
15歳未満人口 |
|
1 |
十勝 |
北海道 |
10,831 |
27 |
50,277 |
|
2 |
釧路 |
北海道 |
5,998 |
21 |
34,872 |
|
3 |
北網 |
北海道 |
5,542 |
19 |
31,902 |
|
4 |
遠紋 |
北海道 |
5,148 |
8 |
10,396 |
|
5 |
日高 |
北海道 |
4,812 |
4 |
11,232 |
|
6 |
後志 |
北海道 |
4,305 |
29 |
28,423 |
|
7 |
上川北部 |
北海道 |
4,197 |
7 |
9,240 |
|
8 |
飛騨 |
岐阜県 |
4,180 |
12 |
23,581 |
|
9 |
宗谷 |
北海道 |
4,051 |
5 |
9,755 |
|
10 |
留萌 |
北海道 |
4,020 |
2 |
7,319 |
2.北海道は15都市21病院に重点化を行う素案を提示した
北海道は,平成19年9月11日,小児科医療の重点化計画の素案を道民に提示した6).重点化の対象となる15地区21病院は図2のとおりである.なお,札幌市は病院,小児科医師数ともに充足しており,必要性が低いことから重点化病院は選定されていない.
図2 最寄りの重点化病院から各市役所,町村役場までの最短行路7).
黒: 100km以上,灰色: 50〜100km,着色なし: 50km未満
(重点化病院)
1:函館中央病院,2:市立函館病院,3:北海道社会事業協会小樽病院,4:市立室蘭総合病院,5:日鋼記念病院,6:苫小牧市立病院,7:王子総合病院,8:岩見沢市立総合病院,9:砂川市立病院,10:深川市立病院,11:市立旭川病院,12:北海道厚生連旭川厚生病院,13:名寄市立総合病院,14:北海道社会事業協会富良野病院,15:市立稚内病院,16:北海道厚生連遠軽厚生病院,17:総合病院北見赤十字病院,18:北海道厚生連帯広厚生病院,19:北海道社会事業協会帯広病院,20:釧路赤十字病院,21:市立釧路総合病院
(出典:江原朗.病院小児科の集約化は患者の受診に大きな影響を与えるのか−北海道を例として−.日本小児科学会雑誌投稿中)
3.各市町村の人口と重点化病院からの距離を求めると50km未満に15歳未満人口の90.8%,100km未満に98.2%が在住している
図2において,重点化病院から50km未満の市町村を白色,50km以上100km未満を灰色,100km以上を黒色で示している.なお,市町村の所在地は市役所,町村役場の位置とし,各最寄りの重点化医療機関からの最短行路(自動車使用)を距離としている7).
最寄りの重点化病院からの距離と15歳未満の人口カバー率を表3に示す.
表3 最寄りの重点化病院からの距離とカバーできる15歳未満人口の比率7)
重点化候補病院からの距離 |
15歳未満人口カバー率 |
157km以下 |
100.0%(100.0%) |
100km未満 |
98.2%(97.3%) |
50km未満 |
90.8%(86.4%) |
札幌市内の病院は重点化の対象になっていないが,札幌市の15歳未満人口は「50km未満」に含めた.( )内は,札幌市の年少人口を除外した場合のカバー率を表す(各市役所,町村役場までの最短行路×15歳未満人口で算出).
重点化病院から50km未満の市町村に15歳未満の人口の90.8%,100km未満に98.2%が在住していた.また,100km以上重点化病院から離れた地域の15歳未満人口は,12,995人であり,重点化病院までの距離が最も長い地区は,目梨郡羅臼町の157kmであった(表4)
表4 最寄りの重点化病院から100km以上離れた市町村の15歳未満人口
(市町村人口は平成17年国勢調査による)1)
市町村名 |
二次医療圏 |
最短距離 |
15歳未満人口 |
羅臼町 |
根室 |
157 |
1,041 |
奥尻町 |
南檜山 |
133 |
469 |
えりも町 |
日高 |
127.5 |
884 |
浦河町 |
日高 |
125.4 |
2,232 |
根室市 |
根室 |
120.1 |
4,310 |
島牧村 |
後志 |
120.1 |
221 |
せたな町 |
北渡島檜山 |
120 |
1,243 |
様似町 |
日高 |
119.6 |
697 |
今金町 |
北渡島檜山 |
113.7 |
781 |
標津町 |
根室 |
111.6 |
943 |
初山別村 |
留萌 |
109.3 |
174 |
合計 |
|
|
12,995 |
V.広域化した地区において医療アクセスの悪化を防ぐには
1.交通網,救急搬送体制の整備
北海道においても,道央自動車道,札樽自動車道,道東自動車など高速道路網の整備が進んできている(図3)8).こうした高速道路網を利用して搬送時間を短縮する必要がある.また,ヘリコプターを利用した搬送体制の整備も重要である.
図3 北海道の高速自動車国道
(点線で囲まれた部分は建設中路線)
また,JR北海道では鉄路と道路を走ることのできる車両(DMV)を開発している.今後,鉄道のある地域では,こうした移送手段も大きな力を発揮する可能性があろう.
2.他診療科医師のプライマリケアへの参加とそれに対する小児科医師の技術支援
降雪のある冬季においては,吹雪等により搬送が困難を極める可能性がある.また,応急処置を迅速に行わなければ,生命の危険にさらされる事態も想定される.したがって,小児の診療を小児科医師だけで行うことは不可能である.
これに対して,北海道小児科医会は北海道の委託を受けて,他診療科医師を対象とした小児救急に関する研修事業を実施している9).
平成17,18年に開催された研修会では,600人の参加者があった.研修に使用した小児救急マニュアルやスライド資料は,小児患者の診療に役立つとおおむね好評である.さらに,研修会を機に,他診療科の医師と地域基幹病院の小児科医師との連携も強化されつつある.
3.さらに女性医師が働きやすい環境整備も必須である
女性小児科医師の比率が上昇している2).40歳未満の女性小児科勤務医の割合は,平成10年の36%から,平成16年の41%へと増えている.しかし,医師に対する子育て支援が十分に行われているとはいえない.子供を持つようになった女性医師が常勤で働けないとすれば,地域医療は先細りする以外にない.院内保育所の充実や,フレックスタイムの導入など,勤務と子育てが両立できる体制を整備しなければならない.
W.おわりに
小児科医師の絶対数が足りない今日,各市町村が独自に小児救急医療を提供することは不可能である.特定の病院に小児科機能を集約し,交通網の整備により受診機会を確保するしかない.
また,小児の診療を小児科医師だけで行うことには無理がある.他診療科の医師もプライマリケアに従事できるよう,技術支援(研修会や電話でのコンサルト)が必要である.
さらに,女性医師の比率が高い小児科においては,子育てと仕事のワークバランスが良好に保たれるよう,医師に対する子育て支援の強化が必須である.
参考文献
1)総務省統計局.国勢調査,平成17年.
2)厚生労働省統計情報部.医師歯科医師薬剤師調査,平成10年,12年,14年,16年.
3)日本小児科学会.わが国の小児医療提供体制の構想.
http://www.jpeds.or.jp/pdf/kyukyu.pdf
4)国土交通省国土地理院測図部基本情報調査課.全国都道府県市区町村別面積調,平成19年4月1日.
http://www.gsi.go.jp/KOKUJYOHO/MENCHO/200704/ichiran.htm
5)田久浩志.統計学的解析に関する研究.主任研究者 田中哲郎.平成13年度厚生科学研究「二次医療圏毎の小児救急医療体制の現状等の評価に関する研究報告書」.
http://www.mhlw.go.jp/topics/2002/07/dl/tp0719-2j.pdf
6)北海道保健福祉部.小児科医療の重点化計画(仮称)素案.平成19年9月11日公表.
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/NR/rdonlyres/5A0B3A33-446A-4816-9EC0-79C40CD3CEE3/0/shonijutenkeikakusoan.pdf
7)江原朗.病院小児科の集約化は患者の受診に大きな影響を与えるのか−北海道を例として−.日本小児科学会雑誌投稿中.
8)東日本高速道路株式会社.北海道の建設事業.
http://www.e-nexco.co.jp/open_schedule/hokkaido/
9)北海道医師会.小児救急に関する医師研修事業について―小児救急地域医師研修事業の背景と目的―.北海道医報,平成18年3月1日.
http://www.hokkaido.med.or.jp/etc/ihou/iho_link/pdf/1050-02.pdf