主要国の医師労働状況と日本の現状(医事新報への回答)

 日本の医師の労働時間を考える際に、欧米諸国との比較検討が必要となる。表にアメリカ1)、EU2)および日本の制度上の医師の労働時間の上限を示す。

医師(米国は研修医)の労働時間の上限規制(20119月現在)

 

 

EU

アメリカ

日本

規制の様式

EU議会の決議

卒後研修施設認定組織の規定

労働基準法

施行

2011.12.17

2003.7.1

1947.4.7

労働時間の

上限(時間/週)

平均48時間

平均80時間

40時間

連続最大

労働時間

 

1年目16時間

2年目24時間

 

上記の平均に

用いる期間

12か月

4

 

例外規定

例外なし

一部週88時間の例外あり

36協定締結で

時間外・休日労働

が可能

当直・宅直

労働時間

労働時間

(宅直は診療応需と院内滞在時)

宿日直扱いの

不適切な運用


 アメリカでは、1980年代に発生した医療事故を契機に研修医の労働時間の規制が行われるようになった。医療事故で死亡した患者の治療に携わった研修医が十分な睡眠をとっておらず、「過労や睡眠不足が医療事故の引き金になったのでは?」として遺族から裁判が提起され、社会問題化した。そして、ニューヨーク州では、研修医の労働時間を週80時間以下にするよう州法が制定された。また、全米でも、医師研修施設の認定にかかわるACGME(Accreditation Council for Graduate Medical Education)が2003年より、研修医の労働時間を週80時間以内にするよう各研修施設に求めるようになった1)。法律ではないが、この規定を守れない施設は研修医を採用できなくなる可能性もあり、拘束力は強い。
 また、EUでは研修医の労働時間に関しては例外規定があったが、2008年12月17日に3年の猶予をおいて例外なく研修医の労働時間も平均週48時間の労働時間の上限を設けることが決定された2)
 たしかに、日本でも労働基準法に週40時間の法定労働時間の規定がある。しかし、労使で時間外・休日労働に関する労使協定(36協定)を締結すると、労働時間の延長が可能である。もちろん、時間外労働の基準を厚生労働省は示しているが、その基準を超えた時間外労働に関する36協定も無効ではない(基発第169号、平成11年3月31日)。したがって、事実上、労働時間の上限はない。
 実際の労働時間の調査結果は、医師の需給に関する検討会(厚生労働省)で示されている3)。日本の勤務医は、週平均で70.6時間働いている。一方、ドイツ、フランスにおける医師の平均労働時間は週40〜50時間である)。また、全米の医師の労働時間も、平均51時間である4)。OECDヘルスデータによると、日本、アメリカ、ドイツ、フランスの人口1000人あたりの医師数(Professionally active physician)は、それぞれ、2.22人(2008年)、2.58人(2009年)、3.98人(2010年)、3.28人(2009年)となる5)。医師の週あたりの労働時間(日本70.6時間、アメリカ51時間、独仏約45時間)にこれらのあたりを乗じると、日本156、アメリカ132、ドイツ約148、フランス約179(単位:時間・人/ 1000人・週)となる。若干の散らばりはあるものの、人口1000人・1週間あたりの医師の延べ労働時間は132〜179時間・人で各国の間で大きな差異を認めない。つまり、日本では人口あたりの医師数が少ないために長時間労働で患者の診療を行わざるを得ない一方、アメリカ、ドイツ、フランスでは人口あたりの医師数が日本より多いために1人あたりの医師の労働時間が相対的に短い結果となっているのである。
 しかし、日本の医師における最大の問題は、労働時間として十分に把握されていない当直勤務にある。表に示すとおり、アメリカでは当直は労働時間として算定され、当直時間を含めて週80時間の上限を設定している。そればかりではなく、外部へ出張して当直する時間に関しても、勤務先の労働時間に合算される。また、連続勤務もレジデント1年目では16時間、2年目でも24時間に制限されているため、いわゆる当直明けは帰宅することができる。また、当直後24時間は次の仕事を与えないようにとの指導もある。また、宅直であっても、病院に滞在していた時間に関しては、労働時間として算定するよう求めている。病院で診療行為に携わっていなくても、医師が疲弊することを避けるように体制が整備されている。もともと、医療過誤の原因として医師の過労が社会問題化したことが発端であることを考えれば当然のことといえる。
 また、EUでも同様に当直を労働時間として算定する体制が整備されている。当直に関しては、active on-call(院内当直に相当)とinactive on-call(宅直に相当すると考えられる)の両者が定義され、労働時間とみなされている。つまり、病院内に滞在して診療に従事するactive on-callだけではなく、電話相談をするだけで登院する必要のないinactive on-callに関しても労働時間に含まれるのである。
 一方、日本においては、通達(基発第0319007号、平成14年3月19日)でいわゆる「寝当直」以外は宿日直に相当しないとされているものの、多くの病院では、院内当直を夜間・休日の労働ではなく、宿日直として運用している。夜間・休日であれば、割増賃金の支給をすべきであり、16時間の夜間の当直勤務をすれば10万円程度の手当を払うべきところであるが、日給の3分の1に相当する額(2万円程度)を宿日直手当として支給するだけの施設が多い6)
 平成21年4月に,奈良県は「宿日直勤務中の超過勤務手当の支給状況について(照会)」との題名で,各都道府県に都道府県立病院の当直勤務時と自宅待機時における手当の支給の調査を行っているので、筆者は奈良県に情報公開制度を利用した開示請求を行い,調査の結果を入手した。平成21年4月現在,夜間の「当直」勤務の際に医師が通常の診療行為(救急診療)を行っても,栃木,群馬,東京, 石川,福井,島根の6都県では,時間外の割増賃金が支払われていなかった。一方,「当直」時間中全てに時間外割増賃金を支払われていた県は,沖縄1県だけであった。他の道府県は,宿日直手当に加えて診療した時間に時間外割増賃金を支払っていた。なお,診療行為を行っていた時間に対して,宿日直手当を減額する県としない県が混在していた。つまり、都道府県立病院でも厚生労働省の宿日直に関する定義に反した労務管理が行われていたということである。
 しかし、労働基準監監督署は、こうした病院の不適切な労務管理に目を瞑っていたわけではない。平成14年3月の宿日直に関する通知以降、平成23年3月までに都道府県および政令指定都市が設置した病院(200床以上の一般病院)に交付された是正勧告書(労働基準監督署が交付)を開示請求し、労働行政から病院への指導を解析した7)。この結果、144施設のうち、55.6% に相当する80 施設が延べ130 回の是正勧告を受けていたことが明らかになった。また、是正勧告のうち、4割が時間外・休日・深夜の割増賃金未払い(労働基準法第37 条違反)であった。病院の不適切な労務管理は、労働行政当局からも問題ありと認識され、指導が行われていた。
 日本の勤務医の労働時間に関しては、通常の勤務の長さだけではなく、当直と称する夜間・休日をはさむ30時間を超える連続勤務在が問題である。さらに、こうした長時間労働に対して適切な割増賃金の支払いがなされていないことも加えて問題である。

参考論文
1)Accreditation Council for Graduate Medical Education (ACGME), Quality Care and Excellence in Medical Education, Approved 2011 Standards.
http://www.acgme-2010standards.org/pdf/Common_Program_Requirements_07012011.pdf
2)European Parliament. Working Time Directive: No exceptions to the 48-hours maximum working week and opt-out scrapped after three years say MEPs.
http://www.europarl.europa.eu/sides/getDoc.do?language=en&type=IM-PRESS&reference=20081215IPR44549
3)長谷川敏彦.第12回医師の需給に関する検討会資料.2006(平成18)年3月27日
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/03/s0327-2d.html
4)Staiger DO, Auerbach DI, Buerhaus PI. JAMA 303:747-753,2010.
5)Health Care Resources: Physicians, OECD StatExtracts.
http://stats.oecd.org/index.aspx?DataSetCode=HEALTH_STAT
6)江原朗。日本医師会雑誌 138:
723−726,2009.
7)江原朗.日本医師会雑誌, 140:1502-1506,2011.