小児救急を担う医療圏の設定:広域二次医療圏をかかえる北海道を例として
堀田哲夫(ほったてつお)
要旨
二次医療圏あたりの病院小児科医師数は、24時間二次救急実施地域では平均41.3人、未実施地域では平均8.0人といわれる。北海道では、41.3人以上の病院小児科医を有する二次医療圏は、医師養成機関のある2地域に限られる。一方、21の二次医療圏のうち10地域では、病院小児科医は8.0人を下回る。
二次医療圏単独での小児救急は、北海道では実施不可能である。強行すれば、小児科医の過労死や過労による医療事故が生じて社会問題化することになろう。むしろ、三次医療圏を基本とし、各地域と中核都市との間の搬送を高速道路網の利用で補うべきである。これ以外に、患者の健康と小児科医の過重勤務を解決する方法はないであろう。
T.はじめに
小児救急医療を24時間体制で整備するには、病院に勤務する小児科医の存在が不可欠である。平成14年田中らは、小児救急制度を整備できた二次医療圏では病院小児科医の数が平均41.3人であったが、未整備の二次医療圏では平均8.0人であったと報告している[1]。この報告書では、小児科医の絶対数の不足から、「すべての二次医療圏毎に小児救急体制を直ちに整備することは難しい」と結んでいる。
しかし、現実には、年間約120万人の小児が休日・夜間急患センターを受診しており[2]、時間外の受診希望者数は無視できるものではない。24時間小児救急医療体制をいかに構築するかが今後の検討課題となる。
全国の369の二次医療圏を面積の大きさ[3]で検討すると、広域10位中9つは北海道に存在する(表1)。一方、二次医療圏あたりの病院に勤務する小児科医師の数は、全国平均が22.7人であるのに対し、北海道の平均は18.1人である(平成12年、以後公表資料なし)[1]。広域かつ小児科医不足のため、北海道においては小児救急体制の整備が全国でも最も困難を極めると考えられる。したがって、北海道の小児救急が確立されれば、全国の小児救急の整備は具現化する。北海道を小児救急体制の整備におけるモデルと位置づけ、全国の小児救急医療体制の整備の手がかりを探ることにした。
U.北海道の二次医療圏・三次医療圏と小児科医師数
北海道には21の二次医療圏と6つの三次医療圏が存在する(図、表2)。すべての二次医療圏において、面積は全国平均の1034平方キロを上回っていた。しかし、全国において24時間小児救急体制が整備されている二次医療圏の病院小児科医師数(平均41.3人)[1]を上回る病院小児科医を有する二次医療圏は、医師養成機関のある札幌医療圏(病院小児科医151名)と上川中部医療圏(病院小児科医52名)に限られていた。
一方、全国において24時間小児救急体制が整備できない二次医療圏の病院小児科医師数の全国平均(8.0人)を下回る二次医療圏が10地域存在した[1]。
さらに、6つの三次医療圏においても、病院小児科医師数が41.3人 [1]を上回る地域は、札幌、上川中部の二次医療圏を含む三次医療圏(道央医療圏、道北医療圏)に限られていた(表2)。
V.小児救急を行う上で必要な小児科医数は最低7人である
小児科医の勤務が週40時間にとどまるとは思えないが[4]、労働基準監督署に提出する事務書類上、法定勤務時間(40時間/週)を守る必要がある。小児救急担当病院において、日中(8時間)は3人の勤務、時間外(1日16時間)は1人の勤務と仮定すれば、
(8時間x7日x3人+16時間x7日x1人)÷40=7人
と最低7人の小児科医が必要となる。
W.広域である北海道では三次医療圏で小児救急を考えるべきである
医師歯科医師薬剤師調査[5]によれば、平成8年、10年、12年、14年における北海道の小児科医師数(主たる診療科が小児科である医師数)は、それぞれ600、603、590、608人であり、今後急激に増加するとは考えにくい。
24時間体制を法定勤務時間で運営するのに必要な7人の病院小児科医がいない二次医療圏も6地区存在する(表2)。したがって、二次医療圏単独で小児救急を担うことは困難であるといえる。病院の7割が労働基準法違反であるとの厚生労働省の発表もあり[6]、二次医療圏単独で小児救急を完結することを強行すれば、過労死ないしは過労による医療事故が発生することは必至である。
むしろ、最低でも病院小児科医が16人存在する三次医療圏(表2)で小児救急を実施したほうが現実的である。北海道の三次医療圏における病院小児科医の数は、16人から222人であり(表2)、地域内に分散していた病院小児科医のうち7人を地域の中核病院に集中することは不可能ではないだろう。
X.三次医療圏の中核都市への所要時間は2時間程度にとどまる所がほとんどである
三次医療圏の中核都市に病院小児科医を集中させた場合、各地域からの所要時間が問題となる。
自動車を利用し、三次医療圏の中核都市と主要市町村との所要時間を求めると[7](高速道路は80km/h、一般道路は原則50km/hと仮定)、多くの地域で中核都市への所要時間が2時間程度である(表3)。例外は、道央三次医療圏における日高地区(浦河町)、道北三次医療圏における宗谷地区(稚内)である。これらの地域では、中核都市への所要時間が3時間をこえる。
しかし、平成16年12月現在、6つすべての三次医療圏には、小児救急拠点病院ないしは病院二次輪番制を有する二次医療圏が存在しているので、日高地区、宗谷地区から2時間以内でアクセスできるサテライトが整備されれば、三次医療圏を中心とした小児救急医療は確立し、アクセスも2時間程度で済むことになる。
救急医療は時間との勝負と言われる。確かに、小児救急領域では、誤飲・誤嚥、痙攣重積、喘息発作等は急を要する。したがって、緊急時には地元の医療機関において応急処置を受ける事態も生じうる。しかし、小児の救急患者で二次・三次救急を要する患者は4%前後に限られており[8]、実際には保護者の不安から軽症患者が多く救急外来を受診しているのが現状である。したがって、緊急時の対応は地域の診療所において対応する必要はあるものの、多くの場合、最大2時間程度の搬送時間を設定しても、患者の生死に関与する事態はごくわずかであると考えられる。
Y.終わりに
広域である北海道の各二次医療圏において、小児救急を担う病院小児科医は不足している。このため、二次医療圏ではなく、広域の三次医療圏において小児救急体制を整備する必要がある。全国的にも、約半数の二次医療圏では小児救急医療体制が整備できない現状であり[9]、小児救急を担う地域を二次医療圏単独で考えることには無理がある。高速道路網が整備されている今日、これを有効に利用すれば救急医療施設の集約化が可能である。
北海道の高速道路においては、不採算性が指摘されている。北海道縦貫自動車道(道央道)、北海道横断自動車道(札樽道・道東道)の収支率(費用÷収入x100)は、それぞれ126、139と赤字である[10]。採算性の点から、これらの高速道路の伸長には慎重論もあろう。さらに、「熊が歩くだけの高速道路を造ってどうするのか」ともいわれる。しかし、救急搬送においては、高速道路網の力は絶大であり、今後のさらなる整備・伸長が待たれる。
一般的に、救急医療の全国モデルを広域かつ医師不足の北海道に導入することは難しい。しかし、逆に北海道モデルを全国に普及することは容易である。ぜひとも、高速道路網と三次医療圏を中心とした広域小児救急体制制度が北海道において確立され、全国の小児救急医療体制整備の糸口となることを望みたい。
参考文献
1) 田中哲郎ほか.二次医療圏別の小児救急体制に関連する医師数・医療施設・救急体制・人口の検討.平成14年度厚生労働科学研究補助金(医療技術評価総合研究事業)分担研究報告書.
2) 田中哲郎ほか.平成13年度厚生科学研究,「二次医療圏毎の小児救急医療体制の現状等の評価に関する研究報告書」.
http://www.mhlw.go.jp/topics/2002/07/tp0719-2.html
3) 総務省統計局.統計でみる市区町村のすがた2004. http://www.stat.go.jp/data/ssds/zuhyou/05b-2.xls
4) 桃井真理子ら.小児科医の労働条件.平成15年度総括研究報告厚生労働科学研究補助金(こども家庭総合研究事業)分担研究報告書. http://www.wakate-ishi.jp/report/2004/2004-09.pdf
5) 医師歯科医師薬剤師調査.平成8,10,12,14年.http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/data/180/2002/toukeihyou/0004386/t0089376/k41_001.html
http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/data/180/2000/toukeihyou/0003612/t0058723/et1101_001.html
http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/data/180/1998/toukeihyou/0002241/t0033852/et501_001.html
http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/data/180/1996/toukeihyou/0001883/t0027803/e11_001.html
6) 東京新聞.平成16年12月6日号. http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20041206/eve_____sya_____003.shtml
7) 北の道ナビ。http://northern-road.jp/navi/index_time.htm
8) 田中哲郎.21世紀の小児救急医療.日本小児科学会雑誌.106: 721-729, 2002.
9) 朝日新聞.平成16年11月27日.http://www.asahi.com/health/medical/TKY200411260347.html
10) 日本道路公団.営業中高速道路の収支状況(平成15年度).http://www.jhnet.go.jp/press/rel/2004/07/02b/pdf/02.pdf