病理検査士(仮称)制度導入に反対する意見書

代表者 学術評議員 田島 康夫
              (他54名連署)

 病理検査技師との関係に関する小委員会にて検討されております病理検査士制度導入に関し、会員55名の署名を添えて日本病理学会理事長に意見書を提出致しました。広く病理学会員の議論に資するため、その意見書の内容をホームページに掲載を求めるものです。

意見書要旨

 一、病理診断は医行為である以上、病理検査士(PA)による「標本の下見」「報告書の下書き」などの診断類似行為を認めてはならない。

 二、日本病理学会として先ず傾注すべきは、病理医の教育・育成である。

 三、以上の理由により、現状でPA制度の導入には反対する。

 

病理検査士(仮称)制度導入に反対する意見書

 病理検査技師との関係に関する小委員会にて検討されております病理検査士(以下、PA)制度導入に関し、種々の問題があると考えられますので、正会員55名の署名を添えて意見書を提出いたします。御検討をお願い申し上げます。

1.組織診のスクリーニングの正否

組織診は細胞診断と異なり、病変が良性か悪性かと云う様な限定的な判断に留まらず、対象となる病変・病態の範囲があまりに広く、かつ、臨床医からの希望検討事項も極めて多彩です。そのため、PA業務に含まれるとされる技師によるスクリーニングという概念が成立しません

2.病理検査士と病理専門医の養成課程の競合

臨床検査技師の教育課程は、画像診断および治療に関する教育がほとんど行なわれませんので、臨床医の関心事である治療法の選択に関する助言、および、画像診断と組織診断との対比に関する意見を求められたとき、検査技師は対応できません。手術材料の切り出しに於いても(しばしば症例カンファランスで問題となりますが)画像所見と肉眼所見との対比に関する意見を求められたとき、全く同様に検査技師では対応できません。

以上、臨床医の期待に応え得る力量を備えたPAの育成には、病理専門医の育成に準じた高度の教育研修が必要となりますが、これは病理専門医になろうとする者の教育研修の機会と競合するものです。日本病理学会として先ず優先すべきは病理医の育成であり、PAにプライオリティが置かれることにも疑問を感じています。

3.病理検査士の「下読み」行為の危険性

PA業務に含まれるとされる「下読み」「スクリーニング」の項目は、なし崩し的にPAに事実上の診断業務が課される虞があります。細胞診の「クラス分類」を細胞検査士が行なっている既成事実から類推的に、病理検査士に組織診断の「グループ分類」を医師法上の医業に抵触しないとする見解が一部にあると聞いております。このようにPAの診断行為に明確な歯止め策を規定できない以上、PA業務に「下読み」「スクリーニング」を加えるべきではありません

 現に、国内有数の(恐らく日本で最も大きい)病理検査ラボである株式会社ピー・シー・エル・ジャパンで、以下の様に明言しております。

l        『私達の検査センターでは既に3年前から独自にPAの育成に着手し、現在では消化管を対象に生検および手術検体について、PAの協力により多大の成果を上げている。』

l        『“PAの業務内容”は消化管生検を検鏡し、所見と診断の下書きを作成すること、病理医と一緒に手術材料の切り出しを行うこと、消化管については生検と同様、報告書の下書きを作成し、切り出し担当医に提出することである。』

(日本病理学会誌(抄録集)第95巻第1号145頁より引用)

もし、所見の下見、下書きは「診断」ではないからPAの業務として了解され、病理学会が一旦それを容認すれば、大規模衛生検査所のみならず一般病院もPAの採用に走るでありましょう。結果は推して知るべしです。臨床検査技師は重い診断責任にあえぐ一方、病理医の悲願である「病理科」の標榜が実現出来無くなり、医療保険上の「病理診断料」は削除され、病理専門医の存在意義と誇りすら失われます

4.日本臨床検査同学院の主催する「臨床検査士(病理)」との重複性

病理検査室に勤務する検査技師は、検体の適正な取り扱いと組織標本の作成技術の向上、試薬染色液の作成と維持管理など、病理医の手が及ばないが重要な事項について努力して技術を磨いて頂きたいと希望します。しかし、これらの事項については、既に日本臨床検査同学院の主催する「臨床検査士(病理)」の認定制度がありますので、類似の制度を重複して制定する愚は、避けられるべきです。PA制度は既存の資格制度と整合を図る必要があります

5.「病理検査技師との関係に関する小委員会」提言について

昨年度の「病理検査技師との関係に関する小委員会」では、「病理診断に関する最終責任は病理医にあり、全ての病理業務は病理医(病理専門医)の指導の下に行うべきである」という結論を提言しました。しかし、『最終責任』とは、病院長など職制上の責任者に当たるものが形式的概括的に負う指導監督責任を指す言葉であって、個々の診断に関する診療上の責任を示す言葉ではないと考えられます。例えば、病院内で起きたことは全て病院長に最終責任がある建前ですが、個々の医療行為に関しては施行した担当医ないし看護師、検査技師に第一義的な責任があり、病院長の責任は形式的概括的な指導監督責任に留まるものです。

同様に、病理診断に関しての責任はそれに携わった病理医、病理技師、PAがそれぞれその職分の範囲で第一義的に負う責任であります。もし、PAが病理診断報告書の作成に関わるならば、報告書に病理医とPAのそれぞれの氏名を記載し署名をして責任を担うことが明示されなければなりません。

また、最近起きた福島県産婦人科医逮捕事件では、院長および病院設置者である県の責任は追及されず、産婦人科医一人のみが逮捕、拘留され、刑事告訴されております。この様な世相で『病理医の指導』という形で漫然と医師が全責任を負うような体制は、大変危険であると危惧されます。もし万一、検体取り違え、PA業務案にある組織標本スクリーニングの見落としなどの事件が起こった場合、業務上過失傷害の罪で逮捕されるのはPAでしょうか?病理医でしょうか?

以上の理由により、PA制度導入に反対いたします。 

学術評議員 田島 康夫ほか54名連署