クリアランスギャップセミナーは、透析医療に携わる全ての皆様とともに、さまざまなことを学び向上し、医療に反映させていくためのセミナーです。参加される方は、事前に予約していただきます。これは、より深く有意義な対話のできるセミナー運営を目指すためです。私を含め、参加者全員がともに意見交換できるセミナーを企画しております。本セミナーが皆様にとりまして、有意義なものとなり、その結果透析医療の発展に少しでも貢献できればこの上ない喜びです。
2015年4月吉日
クリアランスギャップセミナー主宰 鵜川 豊世武
VAの機能について
鵜川 豊世武
血液浄化療法において、バスキュラーアクセス(Vascular Access: VA)は不可欠である。VA管理における目標は、開存を維持させ、透析困難症例の発生を抑えることである。そのためにVAIVT(Vascular Access Intervention Therapy)が導入され発展してきた。VAIVTの適応基準として、血管狭窄病変にとらわれず、透析効率と再循環率クリアランスギャップ(CL-Gap)の悪化をもって治療されるべきである。
VA形態のほとんどが動静脈シャント(arteriovenous shunt: AVS)で占められているが、AVSの開存維持が困難な場合は、一時的あるいは永久のダブルルーメンカテーテル(Double lumen catheter: DLC)を選択せざるを得ない。しかし、DLCは脱血不良による透析量不足、感染や閉塞によるトラブル、さらには留置部位確保の困難など、生命予後を脅かす透析困難症に陥る場合がある。一旦透析困難症に至ると、患者にはハイリスクな環境が待ち構えているだろう。このため、AVSの維持のためのVAIVTは重要な位置を占めている。
VAIVT普及の影でAVSの開存性ばかりが重視され、安易なPTAが施行されてきた。その結果、昨今のVAIVT期間が3ヵ月以上という新たなルールが出現した。問題は3つ。AVSにVAIVTさえ施行すれば長期開存が得られるか、また、そのためなら頻回のVAIVTを施行しても問題がないか、さらに、VAIVTで開存が得られない症例にはどのようにして解決策を見出してゆけばよいのか、の3点である。
VA管理において、透析効率と再循環率や心負荷といった透析医療の基本的事項を見直すことが必要である。この項目の詳細は、「【血液透析用バスキュラーアクセスを理解しよう-臨床工学技士に必要な基礎知識-】バスキュラーアクセスインターベンション治療とクリアランスギャップ」(Clinical Engineering 23, 8: 772-780, 2012.)をご参照いただきたい。以下、簡単に説明する。
A:アクセス管理の主体、診断と治療の概念
アクセス管理の最大要素は、そのVAが必要十分な透析効率を与えているか、そのVAが心不全を誘発していないか、という2項目に集約される。それに見合った診断治療概念の下にアクセス管理を行うべきである。
B:VA不全の診断方法と治療効果の判定
現行VAIVTの問題点は、適応基準が医学的に不明瞭であることだ。VAIVTの治療基準と治療方針に関した新しい概念の構築と普及が必須課題である。そして、透析スタッフのVAに対する診断能力の向上が重要な意義を持つものと考えられ、クリアランスギャップの理論はその一助になると確信している。
C:VA不全とクリアランスギャップ(CL-Gap)の概念
標準化透析量(Kt/V)は維持透析患者の生命予後に関与し、Kt/Vを良好に保つことは生命予後に良いとされている(1)。また、クリアランスギャップ(CL-Gap)は小野が考案した概念(2)で、理論上の透析クリアランスと実際に生体で得られたクリアランスの差違(Gap)を計測したものである。CL-Gap上昇は血液再循環・脱血不良を示唆し、バスキュラーアクセス不全(脱血不良や血液再循環)を含んだ透析回路に透析効率を低下させるような悪い要因により良好な透析が実施されていないことを意味する(2)。
D:クリアランスギャップ(CL-Gap)とバスキュラーアクセス(VA)
VAの開存性の向上には、CL-Gapを良好に維持することが重要である。しかし、良好なCL-Gapの維持にはVAIVTもさることながら、VAのそもそもの作製デザインが大きな鍵を握っている。
動静脈シャントの流入動脈血流速度とCL-Gapが相関していることは、我々の研究の結果から明確になってきた。流入動脈血量速度が速い程、CL-Gapが良好な値を示す(3・4・5)。一方、流入動脈血流速度は個々の患者の左心室収縮能力に依存しており、BNP値や左心収縮能力LVdp/dtによって左右される。流入動脈血流速度をある一定以上に維持するためには、VAの作製デザインが重要なポイントである。
現行の我々の人工血管による動静脈シャント(arteriovenous graft:AVG)の作製デザインでは、2005年に発表したデータから示すと、3年累積開存率96.5%であり、良好な開存性と良好なCL-Gap値を示した(6)。CL-Gap値の良好なVAは閉塞をきたしにくいことも示唆された(4)。
E:透析心不全とVA
透析患者の年間粗死亡率は10%で、そのうち40%は心血管系疾患が原因とされる。透析患者の生命予後を改善するためには、心血管系の診断と治療に重点を置くことが大切である。
ドライウェイト(Dry Weight: DW)を厳しく設定していても心不全を来す症例への治療策はAVSを遮断する方法が一般的である。日本透析医学会VAガイドラインにおいてもDLC・動脈表在化・動脈-動脈ジャンプバイパスなどのシャントレスVAがAVSによる心負荷を無にする代替方法とされている。AVSと心不全との関連性については今後さらなる研究を要し、AVS作製やVAIVTにおける心負荷量について引き続き十分な検討を行うことが必要である(7, 8, 9)。
2006年に久野、石井らは、395名の透析患者の5年間における心事故発生調査を行ない、その結果、BNP>283pg/ml、Troponin T>0.08ng/mlにおいて、全死亡率41.1%、心事故発生率52.7%の高リスク群であることを示した(10)。また、新規透析導入患者の40%に有意狭窄病変があることは、すでに知られている。したがって、BNP値をメルクマールにした心機能評価をおこなってゆくことが、透析心不全の評価になるものと考えられる。
【参考文献】
- 堅村信介, 十倉健介, 他
透析患者の長期予後とリスクファクター,透析量
臨床透析6;967-973 2000
- 小野淳一, 福島達夫, 佐々木環, 他
シャント評価Urea kineticsを応用したシャント部再循環評価法(CL-Gap法)の有用性-CRIT-LINE法により検出し得なかったシャント部再循環症例の1例-
腎と透析50巻別冊アクセス2001 84-86 2001
- 鵜川豊世武
再循環率クリアランス・ギャップ(CL-Gap)を用いたシャント機能評価
日本透析医学会雑誌(1340-3451)37巻Suppl.1 Page851(2004.05)
- 鵜川豊世武, 櫻間一史, 椛島成利, 他
バスキュラーアクセス再循環率を示す"クリアランスギャップ"を基準とした透析処方とバスキュラーアクセスの管理
医工学治療21巻1号 23-28 2009
- Ugawa T, Sakurama K, Yorifuji T, et al.: Evaluating the Need for and Effect of Angioplasty on Arteriovenous Fistulas by Using Total Recirculation Rate per Dialysis Session ("Clearance Gap").
Acta Med Okayama. 66, 6: 443-447, 2012
- 鵜川豊世武 AVG開存率の向上をめざして 臨牀透析 21:. 1597-1605,2005.
- 櫻間教文, 鵜川豊世武, 椛島成利, 他
透析効率の低下した多枝バスキュラーアクセスに対して分枝結紮術を施行し、透析効率の改善が得られた2例
医工学治療21巻3号 188-191 2009
- 鵜川豊世武, 櫻間教文, 辻晃弘, 他
シャントレスバスキュラーアクセスである上腕動脈ジャンピングバイパス術(brachial artery jumping bypass grafting:BAJBG)の2年累積開存率
腎と透析:69-5. 703-707 2010
- 鵜川豊世武, 櫻間教文, 椛島成利, 他
動静脈瘻閉鎖および上腕動脈ジャンピングバイパス術で心不全が改善した1例.
医工学治療 21(3): 192-195, 2009.
- 久野貴弘, 石井潤一, 岩島重二郎, 他
透析患者の予後評価におけるトロポニンTとBNP濃度組合せの有用性.
藤田学園医学会誌30, 2: 145-148, 2006.
- 鵜川豊世武 トランスポジション変法AVFの術後5年成績 累積開存率とAVFの透析能力クリアランスギャップCL-Gapの評価
日本透析医学会雑誌(1340-3451)37巻Suppl.1 Page362(2008.05)
- 鵜川豊世武 動脈ジャンピンググラフト-シャントレスバスキュラーアクセスである上腕動脈ジャンピングバイパスグラフト術(Brachial Artery Jumping Bypass Grafting ; BAJBG)の5年累積開存率
バスキュラーアクセス治療学 68-76, 2013年6月 中外医学社
- 鵜川豊世武 透析シャント心不全~非過大シャント心不全”Non-High-Output Cardiac Failure”の病態
岡山医学会雑誌. 2015.12月 in press