透析中の下肢挙上による生体反応の検討

【目的】

 透析中に循環動態の維持を目的として下肢の挙上を施しているが、この処置による生体の反応を客観的に検討する。


【方法】

 慢性維持透析症例で、非糖尿病5例、糖尿病5例の合計10例に対し、透析中にギャッチベッドで最大(約25Cm)下肢を挙上させ、下肢挙上前後及び、解除後の3点において超音波エコーによる下大静脈径(以下IVC)、パルスオキシメータによる足趾での動脈血酸素飽和度(以下SpO2)、血圧、心拍数を測定した。

 対象は非糖尿病群として慢性糸球体腎炎5例、透析歴平均21.4±10.9カ月、年齢平均74.4±8.5歳、糖尿病群として糖尿病性腎症4例、糖尿病+SLE1例、透析歴平均52.2±62.5カ月、年齢平均58.2±11.0歳である。

 下のスライドに下大静脈測定の手技について説明する。測定部位は、胸骨下縁付近で下大静脈と肝静脈の合流部より末梢側約2Cmの位置で測定した。下大静脈径は呼吸に大きく影響を受け、呼気時に拡張し、吸気時に収縮する。以下、呼気時下大静脈径をIVCe、吸気時下大静脈径をIVCiとする。呼吸による変化を表すために、collapsibility indexを算出した。collapsibility indexはIVCiがゼロ(虚脱時)は1となり、1に近ずくほど脱水であると言える。

 さらにスライド下段に下肢挙上による下大静脈エコーによる径の変化の1例を示す。呼気時の下大静脈径IVCeは10.5mm、下肢挙上後IVCeは拡張し15.5mm、下肢挙上解除後のIVCeは12.3mm、吸気時の下大静脈径はIVCi2.9mm-9.4mm-0.7mmでありcollapsibility indexは0.73-0.39-0.94と変化し、下肢挙上を解除した時は挙上する前よりも脱水症状が強く現れる。



【結果】

 下のスライドに10例の実際の下肢挙上によるIVCeの変化を示す。実線は非糖尿病群、点線は糖尿病群である。下肢挙上前平均10.8±2.5、挙上後拡張し14.9±2.7、解除後10.8±3.4mmであり、前と後、後と解除後において有意差を認め、前と解除後は有意差を認めない。


 下のスライドのIVCiの変化は、IVCeと同じ傾向で変化し、挙上前平均4.2±1.2、挙上後拡張し7.0±2.3、解除後3.2±2.1mmであり、同様に前と後、後と解除後において有意差を認めた。

 

 下のスライドに下肢挙上によるcollapsibility indexの変化を示す。挙上前0.61±0.11、挙上後0.53±0.12と有意に低下し、解除後0.74±0.15と上昇し、挙上前より有意に脱水傾向が強く現れる結果であった。


 下のスライドに下肢挙上による収縮期血圧の変化を示す。血圧は若干上昇傾向を示す症例も認められるが有意差は認められない。また心拍数はスライドには示さないがほぼ不変であった。



 下のスライドに下肢挙上による足趾SpO2の変化を示す。下肢挙上前96.2±1.3%、挙上後93.5±2.0%と有意に低下し、解除後にほぼ前値に戻る症例と、回復するのに時間を要する症例が認められた。スライドには示さないが手指のSpO2は変化を認めない結果であった。

 

 下のスライドに心機能の低下した症例における透析中の下肢挙上前後のIVCの変化を示す。下肢挙上前IVCe10.5Cm、血圧126-68mmHg、挙上後IVCe12.3Cm、血圧146-70mmHg、解除後IVCe4.7Cm、血圧91-51mmHgと下肢挙上解除後に強度の倦怠感を訴え、ショックになりかかった症例である。


【考察】

 透析中の循環動態の維持を目的に下肢挙上を初期処置として施すことが多いと考えられる。今回の検討では確かに下肢挙上により、全例で下大静脈径は拡張し、collapsibility indexが低下した結果から考えると、除水による血管内の脱水傾向は緩和され血圧維持の観点からは利点があると考えられ、動脈閉塞性疾患などを認められない症例に対しては有効であると考えられる。 

 しかしすでに動脈閉塞性疾患などを合併しているような症例では、パルスオキシメータによるSpO2の検討において下肢挙上を解除しても下肢挙上前の数値まで回復しない症例を認め、SpO2から換算した酸素分圧を推測すると約80mmHgから60mmHg程度まで低下しているものと考えられ、動脈閉塞性疾患の増悪を加速する可能性が考えられた。この結果は下肢挙上により、下肢の血液循環が低下することが原因であると考えられ、したがってそのような症例に対しては安易に下肢を挙上させることは危険であると考えられた。

 それらの対策としてはまず第一に、患者に対し透析で無理をしないように適正な自己管理を促すこと、第二にDry weightの設定を絞りすぎないこと、第三に出来る限り血管内volumeを変化させないために透析中に高浸透圧製剤の持続点滴を併用する、さらにどうしてもカテコラミンなどの昇圧剤を用いなければならない症例に対しては、末梢血管を収縮させる効果の少ないドパミン、ドブタミン系の昇圧剤を用いたほうが良いと考えられた。
 また上のスライドに示したように、心・循環器系の予備力の低下した症例においては足の上げ下げだけでショックに陥る可能性もあり、十分に配慮した処置が必要であると思われる。

 今回の検討では、各検討において非糖尿病群と糖尿病群に明らかな有意差を認めなかったが、動脈閉塞性疾患の合併の有無による分類で比較すれば有意差を認める結果になる可能性が考えられた。 

 

【結語】



1.下肢挙上により下大静脈径は有意に拡張し、collapsibility indexは有意に低下したこ とから、除水による脱水症状は明らかに緩和されており、循環動態の維持において初期 処置としては簡便でかつ効果的な方法であると考えられた。

2.下肢挙上により、血圧は若干上昇傾向にあるが有意ではなく、また心拍数もほぼ変化を認めなかった。

3.下肢を挙上することにより、足趾でのSpO2が有意に低下を認めたことから、動脈硬化が進行し、末梢循環不全を合併した症例に対しては悪影響を及ぼす可能性が考えられた。

日本透析医学会発表

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