過去論文の日本語要約(一部のみ)

「痛覚伝達および内因性疼痛抑制系、知覚異常に関する研究」
その多くは、ニューロンの活動を記録(電気生理学手法)した後、その記録部位を確認し、機能と形態の関係を解明した研究である。
  1. Koyama N, Terada M, Yokota T, Electrophysiological changes changes in the fasciculus gracilis of the cat following chronic clioquinol administration. J Neurol Sci 94: 271-282. 1990| [PubMed]
     クリオキノル(キノホルム)を200日以上連日投与して、スモンモデル動物を作成し、スモンにおける異常知覚のメカニズムを検討した。スモン動物では、正常動物と比較して、腓腹皮神経電気刺激による頸髄薄束核表面誘発電位の振幅が減弱し、P波のN波に対する振幅比率が低下し、N波の持続時間が延長した。P波の減弱はシナプス前抑制の減弱を示すものであり、これを確かめるために、薄束内の腓腹皮神経シナプス前終末の興奮性テストを行った。薄束核表面に2発刺激を加えると、正常動物では2発目刺激による逆行性電位の増大がみられるが、スモン動物では、興奮性の増大がみられなかった。スモン動物では、薄束線維の伝導速度のばらつきの増大と、薄束核内シナプス前抑制の減弱がみられたことから、クリオキノル慢性投与が皮膚感覚の質的変化をもたらす可能性が示された。


  2. Koyama N, Yokota T, Ascending inhibition of nociceptive neurons in the nucleus ventralis posterolateralis following conditioning stimulation of the nucleus raphe magnus. Brain Res 609: 298-306. 1993| [PubMed]
     中枢神経系には、疼痛伝達系だけではなく、鎮痛系も内在する。その一つは、中脳中心灰白質(PAG)から延髄大縫線核(NRM)を経由して、脊髄に達し、侵害受容情報の伝達を抑制する下行性疼痛抑制系である。PAGから、視床に向かう上行性疼痛抑制機序も存在する。本研究では、皮膚と内臓の両方から侵害受容性入力を受ける視床後外側腹側核(VPL)ニューロンがNRM刺激により上行性抑制を受けるか否かを検討した。大内臓神経(SPL)および頸髄前外側索(VLF)電気刺激に対する反応は、NRM条件電気刺激により抑制され、上行性抑制が見出された。NRMをグルタミン酸で刺激した場合は、SPL刺激に対する反応は抑制されたが、VLF刺激に対する反応は影響を受けなかった。これらの結果から、視床レベルにおける上行性抑制は、NRMからの直接投射ではなく、PAGからの下行線維の逆行性興奮によるものであることが示された。


  3. Koyama N, Yokota T, Inhibition of activities of VPL nociceptive neurons by dorsal column stimulation. Pain Res 9: 77-86. 1994| [PubMed]
     臨床で行われている後索刺激による鎮痛のメカニズムを検討した。触覚を伝える大径有髄線維は、脊髄の後索を上行し、後索核に終止する。大脳皮質体性感覚野に投射する視床後外側腹側核(VPL)侵害受容ニューロンを記録した。後索条件電気刺激により、VPL侵害受容ニューロンの大内臓神経(SPL)電気刺激に対する反応だけではなく、頸髄前外側索(VLF)電気刺激に対する反応も抑制された。またVPL侵害受容ニューロンのSPLおよびVLF刺激に対する反応は、体性感覚野条件刺激によっても抑制された。これらの結果から、後索刺激による鎮痛のメカニズムの中には、後索線維側枝の逆行性興奮による分節性の抑制だけではなく、大脳皮質を迂回するlong loopの系が存在する可能性が示唆された。


  4. Koyama N, Nishikawa Y, Chua AT, Iwamoto I, Yokota T.: Differential inhibitory mechanism in VPL versus intralaminar nociceptive neurons of the cat: I. Effects of periaqueductal gray stimulation. J Jpn Physi 45(6) : 1005-1027, 1995 | [PubMed]|
     痛覚伝導路は、主として脊髄前外側索を上行し、脳幹で、外側系と内側系に分かれる。外側系の視床中継核はVPLを含む腹側基底核群(特異的侵害受容ニューロンと広作動域ニューロン)で、内側系の視床中継核は髄板内核群である。これら2つの系の視床侵害受容ニューロンへのシナプス伝達における中脳中心灰白質(PAG)からの上行性抑制の関与を比較した。VPL侵害受容ニューロンのすべてで、大内臓神経および頸髄前外側索電気刺激に対する反応が、PAG条件電気刺激により抑制され、VPLレベルに作用する上行性抑制系の存在が示唆された。しかし髄板内核群ニューロンに及ぼすPAG刺激の効果は、興奮・抑制・効果無しに分かれた。疼痛伝導路の外側系は痛みの感覚的側面を伝える系であり、内側系は情動的側面を伝える系である。それぞれに対する疼痛抑制系の関与が異なることが見出された。[入澤賞]


  5. Koyama N, Nishikawa Y, Yokota T.: Differential inhibitory mechanism in VPL versus intralaminar nociceptive neurons of the cat. II. Effects of systemic morphine and CCK. J Jpn Physi 45(6) : 1029-1041, 1995 | [PubMed]|
     異なる2つ侵害受容系に属するの視床侵害受容ニューロンに及ぼすモルヒネおよびCCKの効果を比較した。VPLニューロンの末梢神経刺激に対する反応は、モルヒネを全身投与すると抑制されたが、脊髄内伝導路刺激に対する反応は変化しなかった。そして末梢神経刺激に対する抑制はナロキソンあるいはCCKで拮抗された。髄板内核群のニューロンでは、末梢神経だけではなく脊髄内伝導路の刺激に対する反応もモルヒネにより抑制され、ナロキソンあるいはCCKで拮抗された。これらの結果から、モルヒネは痛覚伝導路外側系では、主として脊髄レベルで作用するが、内側系では視床レベルでも作用することが示された。


  6. Koyama N, Nishikawa Y, Yokota T.: Activation of descending antinociceptive system produced by intravenous picrotoxin. Pain Res 11: 85-95. 1996|
     中枢神経系には、痛みを伝える系だけではなく、痛みを抑制する系が内在する。どのようなメカニズムによって、疼痛抑制系が活性化されるかを検討する目的で、GABAA受容体拮抗物質のピクロトキシン全身投与の効果を腰髄後角の広作動域(WDR)ニューロンで研究した。ピクロトキシンを全身投与すると、侵害性機械刺激および侵害性熱刺激に対するWDRニューロンの反応が抑制され、記録側より吻側で脊髄を切断すると、抑制が減少した。中脳中心灰白質(PAG)にリドカインを微量注入すると、ピクロトキシンによる抗侵害受容反応が消失した。また、ピクロトキシンは、延髄大縫線核へ投射するPAG及び背側縫線核(NRD)ニューロンの自発発射を増加させた。また、これらの神経核で、ニューロン活動のマーカーであるc-Fosタンパクの発現がみられた。これらの結果から、ピクロトキシンは脱抑制により、PAG/NRDニューロン活動を増加させ、下行性疼痛抑制系を活性化することが示された。


  7. Koyama N, Morikochi Y, Yokota T.: Inhibition of high frequency firing of peripheral nerve fiber following intravenous lidocaine administration. (Preliminary report) Pain Res 12: 115-120. 1997|
     ニューロパシー性疼痛の治療に有効なリドカイン全身投与の鎮痛メカニズムについて検討した。第7腰髄後根から分離した単一侵害受容線維の、浅腓骨神経電気刺激による反応に対するリドカイン全身投与の効果を調べた。リドカインの全身投与は、潜時を延長させず、2発刺激を加えた時の不応期の延長もひき起こさなかった。ニューロパシー性疼痛で生じる200〜300Hzの群発波をモデル化した、3.5msec間隔10発刺激に対する反応は、リドカイン投与後、10発目の刺激に対する反応から欠落し始め、その欠落は次第に前の刺激に対する反応にまで及んだ。この抑制はリドカインの用量に依存した。これらの結果から、ナトリウムチャネルブロッカーであるリドカインの全身投与は興奮伝導に影響しない用量で、群発発射の発生を抑えることが示唆された。


  8. Koyama N, Hanai F, Yokota T.: Does intravenous administration of GABAA receptor antagonists induce both descending antinociception and touch-evoked allodynia? Pain 76: 327-336, 1998||[abstract] | [Full text] (PDF 500872 bytes) | [PubMed]
     GABAA受容体拮抗物質ピクロトキシン(PTX)の全身投与が、脊髄後角のWDRニューロンの侵害受容反応と非侵害受容反応に及ぼす効果を比較した。PTX全身投与は、触刺激に対する反応を増強し、脊髄を記録部位より吻側で切断しても、その増強は変化しなかった。侵害刺激に対する反応は用量依存性に抑制され、脊髄を切断すると、抑制が減少した。またPTX全身投与は、下行性疼痛抑制系の起始核である中脳中心灰白質(PAG)及び背側縫線核(NRD)ニューロンの自発発射を増加させた。その部位にリドカインを微量注入すると、PTXによる抗侵害受容反応が選択的に減弱した。PTXは脊髄レベルで、低閾値機械受容線維終末部に作用してシナプス前抑制を除去し、触刺激に対する反応を増強させ、アロディニア(=通常では痛みを誘発しない刺激によって誘発される痛み)を誘発する可能性が示された。また、中脳レベルでの脱抑制により、PAG/NRDニューロンが興奮し、下行性疼痛抑制系が活性化されることが示された。


  9. Koyama N, Nishikawa Y, Yokota T.: Distribution of nociceptive neurons in the ventrobasal complex of macaque thalamus. Neurosci Res 31: 39-51. 1998|[PubMed]
     ニホンザルの視床腹側基底核群における侵害受容ニューロンの分布様式を単一ニューロン活動の細胞外記録により、明らかにした。ニホンザルの特異的侵害受容ニューロンと広作動域ニューロンは対側体表からの体性感覚入力を受けるニューロン群が作る領域の最外層部に分布し、この部に"shell"を形成していた。後外側腹側核尾側部(VPLc)の前部では、体表からの体性感覚入力を受けるニューロン群の領域と深部組織からの入力を受けるニューロン群の領域の境界部に分布していた。広作動域ニューロンは特異的侵害受容ニューロンの前方に分布し、両者が体部位局在性を示した。以上の結果は、ネコを用いた研究に基づいて提唱された視床における侵害受容の被殻説を支持した。


  10. Koyama N, Hirata K, Hori K, Dan K, Yokota T: Computer-assisted infrared thermographic study of axon reflex induced by intradermal melittin. Pain 84(2-3): 133-139, 2000|[Full text] (PDF 599 Kbytes)| [PubMed]
     ハチ毒主要成分のメリチンが、人を対象とした痛みの研究に利用できるかを検討した。健康被検者の前腕皮内に投与したメリチンによる痛みは、ビジュアルアナログスケールで評価し、メリチンによる皮膚温の上昇はコンピューター支援サーモグラフィーを使って詳しく解析した。痛みは、メリチン5_g皮内投与直後に出現し、3分以内に治まった。メリチンによって生じる感覚は、痛みのみで、遅延性アレルギー反応などもみられなかった。メリチンによる皮膚温の上昇は、痛みより遅れて出現し、10-20分後に最大になり、約1時間後に元のレベルに戻った。メリチン投与の1時間前に、10%リドカインゲルを前塗布すると、メリチンによる痛みは変化しないが、皮膚温の上昇は抑制された。これらのことから、メリチンによる皮膚温の上昇は、C線維を介する軸索反射によって生じることが示唆され、メリチンテストを利用して、C線維の損傷を検索できる可能性が示された。