研究の歩み2

(1992〜1995)
研究概要:   A. 大脳基底核による運動制御機構の研究
 大脳基底核は、パーキンソン病など各種錐体外路疾患の責任病巣として注目され研究されているが、その構造と機能に関しては不明の点が多い。基底核の線条体(尾状核と被殻)は大脳皮質の広範な領域から興奮性の投射線維を受け取り、それ自身は淡蒼球と黒質網様部に抑制性の投射線維を送る。後二者の一部は上丘などを介して眼球と首の運動制御方法を送り出すが、多くは視床を通じて大脳皮質に出力を送ることが知られている。しかしながら、機能の異なるさまざまな皮質領域から線条体に送られた情報が、淡蒼球、および、黒質網様部の異なる部分に別々に送られるのか、それともそれらが統合されて新たな情報が形成されるのか、また、基底核から視床を通じて、皮質の異なる領野にどのような情報が送られているのか、などの点については不明であった。教室の陣内は、南部、吉田、谷渕(京大脳研)と共同研究により、電気生理学的方法を用いて、サルの大脳皮質から基底核へ、また、基底核から視床を介して大脳皮質に至る神経回路を調べるとともに、基底核、および視床ニューロンの、運動課題遂行中の活動を観察し、次のような結果を得た。
 淡蒼球尾側部のニューロンは、主に皮質運動野から入力を受ける。これらの一部も運動に関連した発射活動を示すが、その数的割合は運動野入力を受ける淡蒼球尾側部のニューロンに比べて少ない。それに代わって運動準備期間に持続的に発射を変化させるニューロンの割合が増す1)
 淡蒼球から入力を受け運動野に投射する視床ニューロンはVlo核に位置し、上肢領域に投射するものは上肢の、顔面領域に投射するものは顔面の運動に相関した発射活動を示す。淡蒼球から入力を受け運動前野、および、補足運動野に投射する視床ニューロンは主にVapc核、一部がVlo核吻側部に位置する。補足運動野に投射するものでは、運動準備期間に持続的に発射を変化させるニューロンが最も多かった2)
 このような結果と、淡蒼球―視床投射に関する解剖学的データを併せると、以下のごとく考えられる。皮質運動野(4野)からは、線条体を経て淡蒼球尾側部に、運動に関連した情報が送られる。このような閉ループ回路による帰還情報が、運動野から脊髄あるいは脳幹への出力ニューロンに影響を与えることにより、運動実行情報の増幅、あるいは修正が行われるものと思われる。
 背側運動前野、補足運動野(6野)から線条体を経て淡蒼球吻側部に送られた情報は、主に視床Vapc核を介してもとの皮質領野に送り返される。このループ回路を流れる情報がどのような機能的意義を持つのかはよくわからないが、背側の6野から基底核へ送られた情報の多くが、4野に送られる可能性は少ないことから、6野―基底核ループ回路は4野のそれとは異なった独自の機能を果たすものと考えられる3)
 また、従来、運動野は小脳から、運動前野、補足運動野は基底核からの入力を受けるとする考えがあったが、本実験では、6野に投射する視床ニューロンで小脳入力を受けるものが存在することも確認され、4野、6野のいずれも、小脳、基底核の両方から入力を受けることが明らかとなった4)
 黒質網様部は尾上核を通じて前頭前野〜の投射を豊富に受けるとされている。また、黒質網様部から視床への投射の一部は、MD核に終わり、同核は主として前頭前野に投射している。これらの解剖学的データから、淡蒼球と4野、および6野の間に認められる閉ループ状の回路構成が、前頭前野と黒質網様部との間にも存在する可能性が高いと考えられる。しかし、黒質網様部からの入力を受けるMD核ニューロンが、前頭前野に投射することの直接的な証拠は得られていないので、宮本(脳神経外科)と共同して、そのことを確かめる実験を行った。
 ネンブタールで麻酔したネコの前頭前野を電気刺激し、逆行性応答を示すMD核ニューロンが黒質網様部の刺激に応答を示すかどうかを観察したところ、約半数のMDニューロンが、抑制性(自発発射減少)の応答を示した。この応答は、潜時(2-15ms)が、MD核刺激に対する黒質網様部ニューロンの逆行性応答の潜時(1.4-14ms)とよく一致することなどから、黒質から直接MD核に至る抑制性の投射によって生ずるものと考えられた。このような結果から、黒質網様部からの出力が視床MD核を経て、前頭前野に送られることが確認された5)
 大脳皮質のさまざまな領野から線条体などを経由して黒質網様部に至る投射にも部位的対応関係が存在するかどうか?そうだとすれば、前頭前野からの入力を受ける黒質網様部ニューロンはどの位置に分布し、どのような発射活動を行っているのか?これらの点を明らかにするため、現在、北野(脳神経外科)、谷渕(福井医大生理)らとともに、サルの黒質網様部ニューロンの活動を記録している。これまでに以下のようなデータが得られている。
 皮質運動野、腹側運動前野のいずれか、または両方からの入力を受けるニューロンは、黒質網様部の外側部に、前頭前野の主溝腹側部(46野)および、外側弓状溝前方部(45野)からの入力を受けるニューロンは、中央部から外側よりに多く、前頭前野の背内側部、内側面皮質などから入力を受けるものは内側部に多い。課題遂行中の発射活動を観察したところ、主溝腹側尾部付近(45野および46野)から入力を受けるものの多くは、光刺激に対し短潜時の応答(主に発射減少)を示し、中にはレバーあげ運動を指示する光刺激に選択的に、あるいはより強く応答するニューロンも見られた。このような発射のパターンは、これまでに報告されている主溝腹側尾部の皮質ニューロンの活動とよく類似しており、皮質のニューロン活動を反映するものと思われる。同時に、黒質網様部から抑制性入力を受け、大脳皮質に投射する視床ニューロンの活動も観察しているが、このうち主溝腹側尾部付近に投射する視床MD核のニューロンも、光刺激に対し短潜時の応答(主に発射増加)を示すことがわかってきた。主溝腹側尾部には、視覚刺激の物理的刺激(色、形、位置など)に関係なく、刺激が持っている行動的意義(例えば運動を指示する刺激)にしたがって発射を変化させるニューロンが多いことが知られており、この皮質領野が、視覚刺激と運動との関連性を認知することに関わっている可能性が高い。主溝腹側尾部から入力を受ける黒質網様部ニューロンも、その情報を視床MD核を通じて同じ皮質領野に送ることにより、認知的機能に貢献しているのではないかと想像される6)

B. 痛みの神経機構の研究
 痛みの神経機能の研究は横田教授のもとに小山助手が中心になって、大学院生陳、麻酔学講座の西川博士・南・平田・藤野・長田、眼下学講座の林、外科学第一講座の木築・松下、産婦人科学講座の野村、また学外の西川博士・長谷川博士・花井博士との共同研究で発展した。
 (1) 視床侵害受容ニューロンの研究
 脊髄の前外側索を上行した痛みの伝導路は、脳幹のレベルで、外側系と内側系に分かれる。外側系は痛みの感覚を大脳皮質体制感覚野へ中継する系、内側系は、大脳辺縁系へ情報を伝えて痛みに伴う情動反応を引き起こす系である。われわれは、@外側系の視床中継核が、後外側腹側核(VPL)と後内腹側核(VPM)の固有部からなる腹側基底核群であること、Aこの核群の尾側部被核領域に特異的侵害受容ニューロンと広作動域ニューロンが分布すること、Bこれら2種類のニューロンが、痛みの感覚情報を大脳皮質体性感覚野へ伝えることを見出し、視床侵害受容の被殻説を提唱した7)8)
 この研究を詳細に検討するため、細胞内HRP注入実験を行い被殻説を実証した11)
 (2) 視床腹側基底核群と髄板内核に作用する疼痛抑制機構の研究
 われわれは先に中脳中心灰白質から視床腹側基底核に向かう上行性疼痛抑制系を発見したが9)10)、この研究をさらに発展させた。
 中脳背側縫線核(NRD)とそれを取り込む中心背白質(PAG)腹内側部に電気刺激を加えると、腹側基底核群侵害受容ニューロンのすべてで抑制が認められた12)15)17)。視床髄板内核群の外側中心核(CL)と側旁核(Pf)の侵害受容ニューロンの場合は、全体の約20%で興奮が認められたが、大多数のニューロンは影響を受けなかった12)13)17)。NRDとPAGを出る上行性および下行性疼痛抑揚系は主として外側系のためのものであることが浮き彫りにされた。
 これに対して大脳辺縁系海馬からの出力線維を含む脳弓を電気刺激すると、CLおよびPfの侵害受容ニューロンで抑制が認められたが、腹側基底核では、抑制が認められなかった。
 これらの研究結果から、疼痛伝導路の外側系と内側系における抑制機構が異なることが明らかになった。
 また、古くから後索を切断すると痛みが増強することが知られていた。頸髄の後索を電気刺激すると腹側基底核群のすべての侵害受容ニューロンの反応が抑制されることが確認された。また大脳皮質体性感覚野を電気刺激した場合も腹側基底核群の侵害受容ニューロンが抑制された。このことから後索電気刺激による鎮痛の一部が腹側基底核群ニューロンの抑制によることが明らかにされた。また視床レベルにおける鎮痛作用の中に大脳皮質体性感覚野を含むlong loopを介する抑制、腹側基底核群から大脳皮質へ投射する線維の側枝による反回抑制などの可能性も浮上した16)
 モルヒネを全身投与して調べたところ、外側系では、脊髄(および三叉神経脊髄路核尾側亜核)のレベルで痛みの伝達が抑制されるのに対して、内側系では、視床髄板内核に直接作用する抑制機序があることを発見した17)。またα2作用薬の外側系に対する抗侵害受容作用も主として、脊髄レベルで起こり、視床に作用しないことを見出した18)
 (3) 下行性疼痛抑制系の脱抑制による賊活
 われわれは先にGABAa拮抗薬であるピクロトキシンを全身投与すると、脊髄後核広作動域ニューロンにおける痛みの伝達が完全に抑制され、広作動域ニューロンが低閾値機械受容ニューロンに交換することを発見した。この変換のメカニズムを解明する実験を開始した。ピクロトキシンを全身投与すると、NRDとPAGを出て脊髄に下行する疼痛抑制系が賊活されることを見出した。この発見をもとに、下行性疼痛抑制系の脱抑制賊活説を提唱した。この学説を検証する実験を続けている19)20)
 (4) 痛みの病態生理学
 これまで続けてきた痛みの神経機構の基礎的研究の結果を、臨床医学の発展に役立てることをめざして、臨床で遭遇する各種の痛みのメカニズムを説明してきた。この研究が認められて、各種臨床医学会に招待されて、特別講演、教育講演を行ってきた。その内容が、関連学会誌に掲載された21)〜49)
参考文献:
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