記銘、符号化 encoding
- 記憶の獲得:情報を取り込んで記憶情報として保持されるまでの「憶える」過程
- 新しい情報に注意が向けられ、記憶の中で既存の情報に結びつけられる過程
- 符号化は学習された物事がどの程度よく記憶されるかを決める上できわめて重要である。記憶が忘れられずにしっかりと保持され続けるには、入力された情報が完全に符号化されなければならない。
- 情報に集中し、記憶の中にすでに確立されている知識にその情報を関連づけることによって達成される。記憶の符号化は、よく覚えようという意欲によって増強される。
- 感覚情報は海馬を通って、神経細胞のネットワークに入っていく。
- CaM キナーゼIIは記憶の記銘と保持機構に関与している。
- 顕在的(記銘する意図がある:意図的記銘 ←→顕在記憶)にも、潜在的(記銘する意図がない:偶発的記銘 ←→潜在記憶)にも起こる。
- エピソード記憶@顕在記憶の記銘には、内側側頭葉、前頭前野、頭頂葉などの領域が関与していることが知られている。
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固定 consolidation
- 短期記憶から、安定した長期記憶の形成に必要な過程
- 記憶ははじめは不安定であるが、記憶の固定化プロセスを経て、より長期的な記憶に変化する。
- 時間の経過にともなって、記憶が競合要因あるいは混乱要因による干渉に対して次第に耐久性を増していく過程
- 記憶の固定おいて、内側側頭葉が一時的に重要な役割を担う。
- 固定化には、シナプス増強が不可欠とされていた。
- 固定化には、転写調節因子 cAMP-responsive element binding protein :CREBによる遺伝子発現とタンパク質の合成が必要である(カンデル)(Kida et al, Nat Neurosci 5: 348-355, 2002)。
- シナプスにおける構造変化をもたらす遺伝子発現とタンパク質合成を伴う。
- ←→海馬の神経新生 参考 1
- 学習の直後に深い眠りであるノンレム睡眠においてトップダウン入力を抑制すると、感覚皮質における再活性化が抑制され、知覚記憶の固定化が障害された。第2次運動野に光感受性の抑制性ポンプであるArchTを導入し、光照射により第2次運動野から第1体性感覚野へのトップダウン入力を抑制すると、記憶の固定化が障害された。
- 反対に学習の直後のノンレム睡眠において高次皮質と感覚皮質を同期して刺激すると、学習した知覚記憶はより長く保持された。学習の直後に断眠させながら同期して刺激した場合においても、通常の睡眠をとった場合と比べ、より長いあいだ知覚記憶を保持していた。 参考1/2
- 海馬で観察されるsharp wave ripple:SWRの発生時に、直前の記憶に関与したニューロンがリプレイされることは記憶の固定化に重要な役割を果たしていると考えられている。
記憶のリプレイ、メモリーリプレイ、再生現象 参考1
- 場所細胞の活動が、対応した場所への物理的通過を伴うことなく発火順序を保ったまま再生、あるいは逆再生される現象。リプレイの発生を妨害すると記憶の固定が損なわれることから、場所情報を記憶として固定させるのに重要であると考えられている。
- マウスが空間を探索するとそれぞれの場所に対応した海馬の場所細胞が順番に活動し、その後マウスの休憩中に、場所細胞の活動が同じ順番でかつ時間的に圧縮されて再生されるリプレイという現象が起こり、空間記憶が固定される。
- 学習後の睡眠が記憶の固定化に重要な役割を担っている。直線走路を歩いている動物の海馬内では、複数の場所細胞がそれぞれ対応する場所で順番に活動する様子が観察される。この順序を持った場所細胞の活動パターンは、レム睡眠中にもノンレム睡眠中にも再現されている。この結果から、「覚醒時に経験した情報が睡眠中に再生されている」という休息時リプレイという概念が提唱されている。 参考
ノンレム睡眠中のメモリーリプレイ
- Constantine Pavlides(Rockefeller University)らが最初に課題後の睡眠中に、ラットの場所細胞のメモリーリプレイが起きている可能性を報告した。課題中に興奮したラット海馬海馬のCA1領域の場所細胞が、その後の睡眠中、特にノンレム睡眠中に大きな発火率の上昇を示すことを発見した。また、ノンレム睡眠およびレム睡眠中のバースト発火に含まれるスパイク数が増加し、特に3スパイクからなるバースト発火(spike triplet)自体の数が増加していることも見いだしている。さらに、2-4 msのスパイク間隔をもつバースト発火の増加も観測していて、これは長期増強を効率的に誘発する条件とも合致している。したがって、生体内で自然に発生しているスパイク列がシナプスの可塑性を引き起こしうることを示唆する結果として興味深い。この報告はニューロン活動がその後の睡眠中のニューロン活動にも影響を与えうることを、ニューロンの発火率という一次統計量に注目して示した報告と捉えることができる。
- 日々のトレーニングの後、海馬で発生するリップル波のパターンを乱すことによっても記憶の獲得レベルが低下する。
- 高い相関をもって発火するニューロン群はセルアセンブリーを形成し、それらが再活性化することがメモリーリプレイと関係していると考えられている。
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レム睡眠中のメモリーリプレイ
- Poeらはラット海馬CA1領域の場所細胞の活動を同時記録し、初めて訪れた場所で発火する場所細胞とすでによく知っている場所で発火する場所細胞のスパイク発火のタイミングとシータ波の位相の関係を調べた。その結果、初めての場所で発火する場所細胞はレム睡眠中のシータ波の山で発火する傾向がある一方、既知の場所で発火する場所細胞はシータ波の谷で発火する傾向があることを見いだした。
- 海馬において新しい記憶の書き込みと古い記憶の消去の可能性や課題中よりゆっくりとした神経活動の再生が観察されている。
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保持・貯蔵 retention/strage
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再生・想起 recall/retreive 参考1
- 保存した情報を思い出す過程
- 記憶想起とは、脳内に保存された記憶の中から特定の記憶を思い出すプロセスを指す。想起は状況に応じて想起した記憶の不安定化、再固定化、消去学習、記憶連合などのプロセスを誘導することが知られていて、元の記憶を修飾する機能を持つと考えられている。近年、想起には海馬や扁桃体に加えて、背側視床正中核、前辺縁皮質や側頭葉などの大脳皮質領域も関与することが明らかにされてきており、記憶の獲得や保持に比べて理解が不十分であった記憶想起のメカニズムが徐々に姿を見せつつある。
- さまざまな場所に保存された多様な種類の情報を意識に引き戻す作用に関連するので、想起は知覚と似ている。
- 一度形成された記憶は想起に伴い不安定化し、その後再固定化を経て強固になっていく
- 再認:情報を思い出す(直接の手がかりによる)。
- 再生:情報を思い出す(連想による)。
- 再構成:情報の保存を強化する。
- 恐怖記憶を想起させる条件により、再固定化に進むか、消去学習に進むかが決まる。
- 想起時、記憶を思い出した時にタンパク質合成阻害剤(アニソマイシンなど)を脳に注入すると、強固に形成された記憶でも減弱・消失する。一方、「消去学習」というプロセスによっても恐怖記憶が減弱することが知られている。「消去学習による記憶の減弱現象」と「再固定化阻害による記憶の減弱」は、両者とも脳内におけるたんぱく質の合成を必要とするが、関与する遺伝子やたんぱく質に相違があると考えられている。
参考1
- エングラムの神経細胞集団が活動すると、記憶が想起される。
- 背側CA1領域から海馬支脚:dSubを経由して内側嗅内皮質の第5層に情報を伝える間接経路は、記憶の想起に関わる。 参考1/2/3/
□パターン
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再固定 reconsolidation
- 一度形成された記憶は想起に伴い不安定化し、その後タンパク質合成を伴いその記憶を再び、再固定を経て強固になっていく。
- 想起後に(恐怖)記憶の再固定化が起こる時には、記憶は形成直後の同様な不安定な状態に戻ると考えられている。
- 2000年にKarim Nader(McGillの心理学教授、当時Joseph LeDoux labo)らは、聴覚性恐怖条件づけ学習課題を用いて、ラットに恐怖記憶を憶えさせた後に、聴覚刺激の再暴露により恐怖記憶を想起させ、その直後にタンパク質合成阻害剤を扁桃体基底外側核に注入すると、恐怖記憶が消失することを示した。この結果から、固定化(安定化)された記憶においても、その記憶は想起されると、一度不安定な状態となり(不安定化)、脳内に安定した状態で再保存されるには、「再固定化」が必要であると提唱した。 参考1
- 再固定化を引き起こす条件で(恐怖)記憶を想起させた直後にタンパク合成阻害剤を脳へ投与すると、その後、恐怖を獲得したチャンバーに入れてもマウスは恐怖反応をほとんど示さず、恐怖記憶が消失する。
- 再固定化を阻害することで、恐怖記憶は「文字通りの意味で消失」すると考えられている。
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記憶不安定化 destabilization
- Karim Naderらによる再固定化の発見当時、不安定化とは、想起後に誘導される再固定化が抑制されると、元の恐怖記憶が消失することから、想起された記憶は一度、不安定な状態になるはずであるという考えから産まれた概念に過ぎなかった。
- しかしながら、現在では不安定化の誘導にはタンパク質分解が関与することや、L型電位依存性カルシウムチャネル(LVGCCs)とカナビノイド受容体(CB1) の活性化が記憶不安定化に必要であることが明らとなり、不安定化は概念上のものではなく固定化や再固定化と同様に分子機構を有するプロセスであると考えられている。
記憶の脆弱性 vulnerability ←→脆弱性
- 過去に固定化された記憶を想起ないし「再活性化」すると、記憶は再び脆弱化して干渉の影響を受けやすくなり、それゆえ再固定化の期間が必要となる。
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忘却 forgetting ←→記憶障害 参考1
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消去 ←→恐怖条件付け/恐怖記憶
- 記憶の消去は、記憶の忘却や記憶の破壊、喪失ではない。
恐怖記憶の消去 ←→恐怖条件付け 参考1
- 恐怖記憶が思い出された際には記憶消去も誘導される。
- 恐怖記憶消去は、恐怖記憶から恐怖を感じる必要がないことを新たに学習するプロセスであり、記憶からの恐怖感が薄れる現象である。
- 恐怖記憶自体が消去されるのではなく、恐怖体験と恐怖条件づけに用いた条件刺激との間に関連性がないことを改めて新規に学習するプロセスということである。つまり消去学習とは、想起した記憶とは相反する記憶を形成するプロセスであり、再固定化阻害によって引き起こされる恐怖記憶の消失とは異なり、消去学習後も、元の恐怖記憶自体は脳内に保存されているが、消去学習によって抑制されている状態となっている。したがって、消去学習により抑制された恐怖反応は、他の感覚刺激などが引き金となり再び回復し得ることが知られている。
恐怖条件付けにおける消去
- 記憶再固定化は恐怖記憶維持に働くのに対し、消去は恐怖記憶想起による恐怖反応を軽減する。
- 条件刺激が非条件刺激なしで繰り返されると、条件反応が起こる率が低下すること
- 恐怖条件付けで形成された中立的な刺激(条件刺激)と恐怖の連合は、その後、中立的な刺激のみを提示(恐怖なしで)し続けることで「消失」する。
- 一度形成された恐怖記憶は、「消去学習」によって抑制することができる。条件付けしたケージで音刺激は与えるが、フットショックを与えない。これを繰り返すと、フリージングしなくなる。
- 消去は忘却ではなく、条件刺激によって条件付け反応が起こらない、という新しい学習である。
- 記憶は消去しても自然回復することがある。非条件刺激を単独で与えることによって、条件付反応が再発したり、異なる状況で条件刺激に対する反応が更新されることもある。
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- 恐怖体験した記憶は残っているものの、恐怖記憶から恐怖を感じる必要がないことを新たに学習するプロセスであり、遺伝子発現が必要である。
- 恐怖記憶が消失する再固定化の阻害とは異なるメカニズムである。「消去学習による記憶の(見かけ上の)減弱・消失」と「再固定化阻害による記憶の(完全な)減弱・消失」は、よく類似した現象であるが、分子・細胞機構は大きく異なると想定されている。 参考1
- 再固定化時には海馬と扁桃体、消去時には前頭前野と扁桃体において、CREBによる転写活性化がそれぞれ誘導される。 参考1/2
- CREBの標的遺伝子Arcの発現レベルも増加する。
- 海馬非依存性の空間学習だけでなく、恐怖条件付けcontextual learningにはCaMキナーゼIIの活性化が必須である。
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- 消去:基底外側核→infralimbicと海馬ーInfralinbic回路 ←→薬剤
- 記憶の消去には海馬ーInfralimbic回路のヒストンのアセチル化が関与 ←→ヒストン脱アセチル化(HDAC)酵素阻害剤(ボリノスタット・バルプロ酸など)
- 前頭眼窩野も消去に関与する。
- HDAC酵素阻害剤は恐怖記憶の消去を促進する。
参考1/2
- レム睡眠中に活動するMCH神経が、記憶を消去する役割を果たしている。
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減退
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置換
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記憶の連合 Memory association
- 別々に形成された関連のない記憶同士でも、連続して想起することで関連づけ(記憶の連合)されることがある。また、それぞれの記憶に対応する記憶エングラム細胞をオプトジェネティクスを用いて人為的に同時活動させ同時強制想起させると、両者の間に関連づけが生じて虚記憶が形成される。
- これらは同時想起によりそれぞれの記憶に対応する記憶エングラム細胞が同時活動し、その結果として記憶エングラム細胞の間のシナプス強化が起こり記憶痕跡を部分的に共有するためであると想定されている。
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- 視覚、聴覚、触覚、知覚から得られた感覚情報は海馬を通過する間に統合・選別されて、情報に対応した大脳皮質の記憶の回路に送られる。
- 情報が海馬に入ってくると、神経終末から多くのグルタミン酸が放出され、シナプス後部でNMDA受容体が活性化される。
- 海馬のNMDA受容体の活性化反応は記憶するための最初のステップであるが、大脳皮質の記憶回路形成の分子機構も基本的に同じである。
- NMDA 受容体からのカルシウム流入に続いてシナプスの後部ではCaM キナーゼIIが活性化される。
- CaM キナーゼIIは記憶の記銘と保持機構に関与している。
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Papezの回路 Papez circuit ←→Papezの情動回路
- James W. Papez(P 1883〜1958, アメリカの神経解剖学者)が1937年に提唱した情動回路モデルは現在は「記憶」の回路と考えられている。
即時記憶↑
- Papez回路を活用しなくても行えるほどの短時間の記憶
- 「今から言う7つの数字を繰り返して下さい」
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短期記憶(エピソード記憶↑)
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長期記憶(意味記憶↑)
- 複数の大脳皮質が関連する、長期間の記憶や意味記憶
- 「生まれはどこですか?」
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- 健忘はPapez回路の障害に伴う短期記憶の障害
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ヘッブの法則 Hebb's rule ←→エングラム 参考1
- Donald Hebb(1904/7/22〜1985/8/20, カナダの心理学者、Karl Lashleyの門下)が1949年に著書『The Organization of Behavior』の中で唱えた仮説
"When an axon of cell A is near enough to excite a cell B and repeatedly or persistently takes part in firing it, some growth process or metabolic change takes place in one or both cells such that A's efficiency, as one of the cells firing B, is increased."
「細胞Aの軸索が細胞Bを発火させるのに十分近くにあり、繰り返しあるいは絶え間なくその発火に参加するとき、いくつかの成長過程あるいは代謝変化が一方あるいは両方の細胞に起こり、細胞Bを発火させる細胞の1つとして細胞Aの効率が増加する。」
→「ニューロンAの発火がニューロンBを発火させると2つのニューロンの結合が強まる」となる。これは脳の中で起こっている記憶の基礎現象であると考えられる。つまり、記憶とは適切なニューロン同士の結合力の変化であると定式化できる。
- ニューロン間の接合部であるシナプスにおいて、シナプス前ニューロンの繰り返し発火によってシナプス後ニューロンに発火が起こると、そのシナプスの伝達効率が増強される。
- また逆に、発火が長期間起こらないと、そのシナプスの伝達効率は減退するというものである。
細胞集成体 cell assembly ←→メモリーリプレイ
- Hebbは当時の知見を徹底的に吟味し、神経活動における「cell assembly」という概念を打ち立てた。
- ある受容器が刺激された場合には、それに応じて活動する細胞群によってcell assemblyが形成され、それはひとつの閉じた系として短時間活動できるようになると推測した。記憶とはそうした反響性活動の中で生じる永続的な細胞の構造変化であり、「ニューロンとニューロンの接合部であるシナプスというところに、長期的な変化が起こって信号の伝達効率が変化することが学習の仕組みである」という学習のシナプス仮説を唱えた。
- 今日では、この仮説に基づくシナプス可塑性のルールが「ヘッブ則」と呼ばれている。
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記憶の二重貯蔵モデル dual storage mode, Atkinson–Shiffrin model
多重貯蔵モデル modal model
- 短期記憶と長期記憶という二つの貯蔵システムを想定する記憶モデル
- Richard Atkinson(1929/3/19〜 米国の心理学者)とRichard Shiffrin(1942/3/13〜 米国の心理学者)が1968年に提唱したモデル
- このような二つの貯蔵システムを支持する証拠は,自由再生における系列位置曲線の分析から得られている。
- 当初は、短期記憶と長期記憶による二重貯蔵モデルであったが、のちに感覚記憶のメカニズムが短期記憶から分離する「多重貯蔵モデル」と言われるようになった。
- 感覚登録器を加えて二重貯蔵モデルを情報処理モデルとして集大成している。このモデルによれば,情報はまず感覚登録器に一時的に保持され,そこで注意などにより選択された情報が短期貯蔵庫に入力され,一定期間保持される。そして,リハーサルを受けた情報は長期貯蔵庫へ転送され,永続的に貯蔵されることになる。
分散記憶モデル distributed memory model
- Hebb は20 世紀半ばに「記憶は特定の細胞の中ではなく,細胞同士の結合の中に広く分配されて保存される」とする仮説を提唱した。
- この概念は原則として今でも生きておいて、分散記憶モデル distributed memory model として発展している。
- 分散記憶の利点は、関係するニューロン neuron が死滅したときにも記憶が維持されることである。
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