1894年 | George Oliver(1841〜1915)とEdward Schäfer(1850〜1915 University of London)が副腎中に血圧増加作用を示す物質があることを報告した。 |
1898年 | Otto von Fürth(オットー・フェルト 1867/11/18〜1838/6/7, オーストリアUniversity of Strassburgの内科医、生理学者)もsuprarenin(C5H9NO2)(=アドレナリン)を発見し、Farbwerke Hoechst社が止血剤として販売していた。 ラテン語:supra(=上)+renin(=腎臓)-in(物質につける接尾語):「腎臓上部の物質」 |
1899年 | John Jacob Abel(ジョン・ジェイコブ・エイベル 1857/5/19〜1938/5/26, 米国Johns Hopkins大学の薬理学者)とAlbert Cornelius Crawford(1869〜1921)もヒツジの副腎から分離した物質(C17H15NO4)に「エピネフリン epinephrine」と命名した。 ギリシャ語:epi(=上)+nephros(腎臓)-ine(物質につける接尾語):「腎臓上部の物質」
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1900年 明治33年 | 高峰譲吉(Jokichi Takamine 1854〜1922, 醸造学者、タカジアスターゼの発明者)はParke Davis社の依頼を受け、高峰と助手の上中啓三(うえなかけいぞう 1876〜1960, 化学者、大阪薬学校(大阪大学薬学部の前身→東大医科附属薬学選科で長井長義教授の元で研究)は、副腎髄質から血圧上昇作用のある物質(C10H15NO3)の抽出に成功し、「アドレナリン」と命名した。 ラテン語:ad-(=〜の傍らに)+ren(腎臓)(=adrenal 副腎)-ine(物質につける接尾語):「副腎の物質」 米特許出願後、高峰はParke Davis社のThomas Bell Aldrich(1861〜1939)を指導して、アドレナリンの正しい分子式をC9H13NO3と訂正した。
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- ヨーロッパでは高峰らのプライオリティーを認めて「アドレナリン」の名称が使われていたが、米国とメキシコではAbelの主張を受けて、副腎髄質ホルモンを「エピネフリン」と呼んでいる。日本は米国にならい日本薬局方で、アドレナリンは正式名称「エピネフリン」の別名扱いとしていた。
- 現在、生物学や論文では世界共通で「アドレナリン」を使用しているのに対し、医学においては世界共通で「エピネフリン」を使用している。
- アドレナリンの特許が切れた高峰の死後(1927年)に、Abelは高峰の研究は自分の盗作であると主張した。
- Abelのエピネフリンと高峰のアドレナリンは別物であり、更にAbelの方法ではアドレナリンは精製できないことが確認される。
- さらに、上中の残した実験ノートから高峰がAbelを訪問する前の仕事であることがわかり、高峰と上中のチームが最初のアドレナリンの発見者であったことは確定した。
- 研究を実施したのは上中であるが、論文にも特許の申請にも上中の名前はない。
- 上中が残した実験ノートは兵庫県西宮市の名刹・教行寺に保管されている。
- 菅野富夫(北大獣医生理学名誉教授)らが「発見者の母国であり、正式名称にしてほしい」と厚労省に申し入れし、2006年4月に厚生労働省は医薬品の規格基準を定めた公定書「日本薬局方」を改正し、一般名がエピネフリンから「アドレナリン」に変更された。アドレナリン発見以来107年目の名誉回復!*
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1904年 | Friedrich Stolz(1860〜1936, Farbwerke Hoechst社の化学者)が、アドレナリンの人工合成に成功した。 |
1911年 | Alfred Goodman Levy(1866〜1954)が、浅いクロロホルム麻酔とアドレナリンの組み合わせた致死性の心室細動を引き起こす頃を動物実験で示し、これによってクロロホルム麻酔をうけた健常患者で数例報告されていた原因不明の突然死が説明されたため、クロロホルム麻酔が将来にわたって用いられる可能性がなくなった。 |
1915年 | Walter Bradford Cannon(P 1871〜1945, アメリカの生理学者)は闘争・逃走反応では、アドレナリンが多量に分泌されることを発見した。 |
1917年 | Paul Trendelenburg(P 1884/3/24〜1931/11/4, ドイツの薬理学者、副腎のアドレナリン分泌などホルモンの生理・薬理学機構に関する世界的な権威)がモルモットから切り出した回腸の内圧を高めるときに観察される蠕動運動が、薬用量に相当するモルヒネで抑制されることを見いだした。 |
1946年 | Ulf Svante von Euler(オイラー P 1905/2/7〜1983/3/10, Stockholmの生理学者、Hans Karl August Simon von Euler-Chelpinの息子)らは、牛の交感神経幹からノルアドレナリンを発見した。これがインパルスにより交感神経末端から放出される神経伝達物質であること、ノルアドレナリンは神経末端に顆粒として貯蔵されること、神経刺激により遊離されたのち再び吸収されることなどを明らかにした。 |
1964年 | Annica Dahlstrom(Goteborg University)とKjell Fuxe(Karolinskaの神経科学者)がラットの脳幹内に、A1-A7のNA神経を明らかにした。[PubMed1/2] |