バルビタール barbital、バルビトン barbitone(ベロナール Veronal®)- 1903年から1930年代中頃まで使われていた睡眠薬で、最初のバルビツール酸系薬剤
1864年 | Johann Friedrich Wilhelm Adolf von Baeyer
(P 1835/10/31〜1917/8/20)が、マロン酸と尿素ureaからバルビツレートを抽出した。12月4日(守護聖人聖 Barbaraの祝日)にureaから合成したので、barbiturateと命名した(1905年のノーベル化学賞受賞者) |
1902年 | Hermann Emil Fischer(1852〜1949, ベルリンの化学者, von Baeyerの弟子)とJoseph von Mering(生理学者)が1902年に5,5‐ジエチルバルビツール酸を合成して、1903年に公表し、1904年にBayer社から催眠薬ベロナールVeronalとして発売された。(1902年Fischerは、ペプチドの合成、フィッシャー投影式の発案、エステル合成法(フィッシャー合成)の発見などの功績で、ノーベル化学賞を受賞した。) |
1904年 | 可溶性のバルビタール塩がシェリング社 (Schering) によって「メジナル」(Medinal) として販売された。 |
- 化合物としての名称:ジエチルマロニル尿素、またはジエチルバルビツール酸である。マロン酸のジエチルエステルと尿素をナトリウムエトキシドの存在下に縮合させるか、ヨードエタンをマロニル尿素の銀塩に付加させて合成される。
- 無臭でわずかな苦味を持つ、結晶性の白い固体である。
- 神経興奮性の不眠症のために用いられ、カプセル剤、薬包の形で供給された。薬用量は10から15グレイン(およそ650から970ミリグラム)であった。
- ベロナールは当時存在していた他の睡眠薬に比べ画期的なものだと考えられていた。多少の苦味はあったものの、一般的に使われていたが味のひどかった臭素系薬剤に比べればかなり改善されていた。
- 副作用はほとんどなかった。薬用量は中毒量よりもかなり低かったが、長期にわたる使用によって耐性がつき、薬効を得るために必要な量が増加した。遅効性であるため致命的な過量が珍しくなかった。
- 芥川龍之介(1892/3/1〜1927/7/24)はベロナールとジェノアル(ヂエアール?)を常用していた。午前7時、市外滝野川町田端四三五の自邸寝室で劇薬ベロナール及び『ジェノアル等を多量に服用して苦悶をはじめたのをふみ子婦人が認め、直ちにかかりつけの下島医師を呼び迎え応急手当を加えたが、その効なく、そのまま絶命した。遺作となった小説「歯車」の中にも、ベロナールが出てくる。
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チオペンタール thiopental(pentothal®、ラボナール® ravonal®) ←→静脈麻酔薬のチオペンタール
- 短時間作用型バルビツール酸誘導体
- 全身麻酔薬:静脈注射によって容易に即座に麻酔導入ができるが、鎮痛作用が乏しい。
- 適応:全身麻酔、全身麻酔の導入、局所麻酔薬・吸入麻酔薬との併用、ETCのための麻酔、局所麻酔薬中毒・破傷風・子癇等に伴うけいれん、精神神経科における診断(麻酔インタビュー)
1932年 | Donalee Tabern(P 1900〜1974, Abbott社の化学者)とErnest Henry Volwiler(P 1893/8/22〜1992/10/3, Abbott社の化学者→CEO)が、thiopentalとthiamylal(Surital)を合成した。Abbottでは、バルビツレート核の酸素原子を硫黄原子に置換した硫化バルビツレートを数種類作成し、共同研究していたArthur Lawrie Tatum(Wisconsin大学の薬理学教授、長男はノーベル賞受賞者のEdward Lawrie Tatum)に送付したところ、Tatumはthiopental が有効であると判断したので、Abbott社はPentothalとして売り出した。 |
1934年 | Ralph M. Waters(P 1883〜1979, Wisconsin大学の麻酔科教授)とJohn Silas Lundy(P 1894〜1973, Mayo Clinicの内科医)が静脈内麻酔として、pentothal sodium(thiopentone)を臨床応用した。(Watersは3月8日から使用し始めていたが、報告は翌年。Abbottの依頼により、Lundyの方が成果を先(6月)報告した。高名であるが謙虚な Watersは、Lundyの功績を認めた。) |
1951年 | 田辺製薬が、チオペンタールの国産化に成功し、ラボナールの名前で販売した。 |
1997年 | 田辺製薬は薬価下落(500mg 約350円)による不採算を理由に、ラボナールの製造中止を発表したが、麻酔科医らは撤回運動を起こし、日本麻酔科学会は旧厚生省へ製造中止撤回を求める要望書を提出した。その結果田辺は製造中止を撤回した。 参考1/2 |
- ドラッグチャレンジテストよりも前からチオペンタールテストはあった。
麻酔インタビュー(バルビツレートインタビュー barbiturate interview) ←→アミタール分析
- 精神神経科における診断(麻酔インタビュー):1分間に約1mlの速度で3〜4ml注入し入眠させる。その後2〜10分で呼びかければ覚醒し、質問に答えるようになればインタビューを実施する。その後は1分間約1ml速度で追加注入する。
- Walters↑(1961)は、「心因性疼痛に上位中枢が関与する。少量のチオペンタール・ナトリウムを静脈内投与すると、器質的疾患による痛みの伝導を遮断できないが、大脳皮質機能が抑制されて心因性疼痛が消失する」と考えて、チオペンタール・ナトリウム静脈内投与による心因性疼痛の診断法を導入した。
- Ronald R. Taskerら(1980)は、17例の脊髄損傷患者を対象に、チオペンタールナトリウムを50mgずつ増量しながら静脈内投与すると、患者は眠くなり、皮膚をピンで刺したときの痛みはわかるが、それまで持っていた求心路遮断痛が消失することを見いだした。
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- オウム真理教で自白剤として用いていたらしいが、そのような作用はない。
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チアミラールナトリウム(サイアミラールナトリウム) thiamylal sodium(surital®、イソゾール isozol®、チトゾール citozol®)
- 超短時間作用型バルビツール酸誘導体、全身麻酔薬
- 静脈麻酔薬
- 鎮痛作用はない。
- 脂溶性が高く、脂肪組織に取りこまれてしまうため、作用時間が短い---30分程度の持続麻酔
- 飽和に達し再分配が起こらないために、著明な覚醒遅延
- チアミラールはチオペンタールの力価の1.7倍、作用時間は1.3倍
- ドラッグチャレンジテストのチアミラールテストとして、「中枢性機序や心因性機序の関与」を調べるために使われる。
「適応」全身麻酔、全身麻酔の導入、局所麻酔薬・吸入麻酔薬との併用、精神神経科における電気痙攣療法の際の麻酔、局所麻酔薬中毒・破傷風・子癇等に伴うけいれん
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ペントバルビタール pentobarbital(ラボナ®、ネンブタール®)
- 短時間作用型バルビツレート誘導体
- 静脈麻酔薬、短-中時間作用型催眠薬
- 実験動物の麻酔にもよく使われるが、鎮痛作用に乏しい。
- 静脈内投与、腹腔内投与のいずれも可能で,広い範囲の動物種で使用できる。
- 作用発現までの時間1分程度で、3時間の麻酔と3〜6時間の後睡眠
- 副作用:重度の心血管系と呼吸器系の抑制が生じる。
ネンブタール
- Nenbtalの名前の由来:主成分のNa + Pentobarbitalから命名された。
- 催眠作用を持つことから、全身麻酔の導入に用いられていた。
- 実験動物の麻酔にも使われる。
- Marilyn Monroe(1926〜1962/8/5)も常用していた。モンローの死因はLos Angeles郡検視検死医のDr. Thomas Noguchiによって急性バルビツール酸中毒 acute barbiturate poisoningとして公式に発表されている。彼は過失による過量投薬として記録した。検死後に、ネンブタール4.5mgと抱水クロラール8mgが検出された。
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アモバルビタール amopentobarbital(アミタール)(イソミタール®)
- 中間作用型バルビツール酸誘導体
- 催眠、重度の不眠症治療、鎮静、けいれんや麻酔前投薬に用いるバルビツール酸系の催眠鎮静剤
- 中等度作用型(中間型)催眠薬---3~6時間
- 麻酔薬としては使われない。
アミタール分析 amytal analysis、アミタール面接 ←→バルビツレートインタビュー
- 精神医学領域の古典的面接技法(分析技法)
- 精神医学領域の古典的面接技法(分析技法)
- 患者と面接する精神科的治療法で、麻酔薬を使う精神分析の一つであるが、現在ではほとんど行われていない。
- 患者を眠らせないように徐々にアミタールを漸進的に静脈注射し、意識水準を低下させて、半覚醒の変性意識状態へと患者を導いて面接を実施する。
- アミタール分析を受ける患者は、緊張感や焦燥感が和らいだリラックス状態になることで、ありのままの素直な感情や無意識に抑圧(忘却)していた記憶を表現しやすくなる。
- 患者の緊張、不安、抵抗などの意識的な抑制を排除し、医師と患者の間に疎通性を生じることによって心の中に抑圧された体験や葛藤を表出させ、その分析から、病気の種類や内容を診断、治療する。
- アメリカのベトナム戦争帰還兵に多く見られたPTSDのフラッシュバックや環境不適応に繋がる強烈な恐怖感・不安感・睡眠障害の治療に用いられたのがアミタール分析の始まりである。
- 解離性健忘を含む心因性健忘、過去のトラウマと関係したPTSD、児童虐待のトラウマによる精神症状、過剰適応による心身症(アレキシサイミアを伴う心身症)などで用いられた。
- 犯罪における自白薬のようにも使用されたが、全く起こらなかった出来事を思い出させる作用があるとして批判を浴びた。
- 1993年のマイケル・ジャクソンの訴訟なども、自白剤のアミタールを用いた虚偽記憶だったのではないかとマイケルのファンからは言われている。
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フェノバルビタール phenobarbital(フェノバール®、リナーセン®)
- 抗不安薬、抗てんかん薬
- 長時間作用型催眠薬---6時間以上
- 1912年に開発された最も古くから使われてきた抗てんかん薬。フェニトインが発売されるまで、ほぼ25年間はフェノバルビタールの独占市場であった。
1904年 | Hermann Emil Fischer(ドイツの化学者、ノーベル化学賞受容者)がフェノバルビタールを含む多くのバルビタール誘導体を開発した。 |
1912年 | ドイツBayerからLuminal®として発売された。Alfred Hauptmann(ドイツの神経学者)が抗痙攣薬としてphenobarbitalを始めて用いた。 |
- 長時間作用型バルビツール酸誘導体。作用発現までの時間1〜3時間で催眠、6〜8時で間抗痙攣・鎮静
- GABAA受容体に作用し、中枢神経系における抑制系の増強により興奮を抑制する。
- 通常の使用量では副作用が出現することはほとんどないが、アレルギー反応により、皮膚に発疹が出ることがある。
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ヘキソバルビタール hexobarbital(チクロパン®)
- 超短時間作用型催眠鎮静薬
- 他のバルビツール酸系の薬剤と比較して、催眠作用の発現が速やかで持続時間が短いことより、就眠性催眠薬と呼ばれる。
- 中枢神経系に対して全般的な抑制作用を示すが、催眠・鎮静作用の一部はGABA様作用またはGABAの作用を増強することによる。
- 不眠症、不安緊張状態の鎮静に対して使う。
- 1日1回100〜400mgを就眠直前に服用する。
- 副作用
- 過敏症が出ることがあります。薬疹などが出たら服用を中止する。
- 抗不安薬、抗精神病薬、催眠鎮静薬、抗うつ薬、解熱鎮痛剤やアルコールと併用すると作用が増強する。
- 連用すると精神機能の低下(知覚異常、構音障害、せん妄、昏迷など)
- 貧血になることがある。
- 急性多発神経障害の原因となる。
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