第50回
2007年6月4日

ベルン大学での「第1回Virtopsyベーシックコース」に参加して・2日目

京都大学大学院医学研究科 法医学講座
飯野 守男

Virtopsyはvirtual+autopsyの造語であり,90年代後半にスイス・ベルン大学のProf. Dirnhoferによって提唱された概念である。2006年9月5日から3日間, Virtopsy発祥の地,ベルン大学でVirtopsy Basic Courseが開催された。これは,同大学法医学研究所のグループがVirtopsyに関心のある医師や法律家を対象に開いた初めての講習会で,世界7カ国(ドイツ,スイス,オーストリア,イタリア,トルコ,アメリカ,日本)から10名の法医学者,放射線科医,法律家らが参加した。アジアから唯一参加した法医学者として,講習会の内容と感想を紹介する。

2日目:講演「個人識別への応用」など+実習「MSCT,3D-Scanner」

この日の午前中はVirtopsyの個人識別への応用などがテーマであった。Dr. Jackowskiから,MSCT画像を用いた歯列解析ソフト(Dentascan, Siemens社製)の紹介があった。インド洋津波被害後の死者を多数検案した経験から,「もしあの遺体安置所の29台の冷蔵コンテナの代わりにモバイルCTがたった1台あれば,死後変化の進んでしまう前にどんなに有用な所見が得られただろうか」と,モバイルCTに関して言及がなされ,「モバイルCTはエジプトのミイラの調査にも使われているし,日本の千葉大学でも実際に使用されており,今後注目される」と締めくくりがなされた。

午後は参加者が3グループに分けられ,マスクメロンを1つずつ渡された。何が始まるのかと思っていたら,モmelon abuseモをするように言われ,マスクメロンにナイフを用いた刺創(図1a)や,モデルガンを用いた射創を形成した。その後メロンを“解剖” することなく内部の損傷をCTで検査したり(図1b),3Dスキャナ(ATOSおよびTRITOP, gom社製)で外表所見を撮影した(図1c, d)。撮影後は,ワークステーションを用いて画像処理を行ない(図1e)。メロン表面の性状や,射創,刺創の“診断”を行なった(図1f-h)。特にCTでは射創管を鮮明に描出することができ,あらためてCTの威力を感じた。もちろん,その後の“解剖”で,メロンは参加者の胃袋に入ったことは言うまでもない。

3日目:講演「実際のVirtopsy事例の紹介およびVirtopsyの展望」最終日は,事件・事故で実際にVirtopsyを実施し,事案の解明に貢献した例が多数紹介された。

  • 交通事故で加害車両,被害自転車をそれぞれ3Dスキャンし,さらに被害者をMSCT 撮影し,アニメーションソフトで被害者を自転車に乗せ,それらを画面上で“衝突” させ,遺体と車両の損傷の一致が確認できた例
  • 成人女性の胸部刺創事例で,CTにより解剖前に刺創管と胸腔内出血が確認できた例
  • 室内に倒れていた成人男性例で,CTとMRIにより解剖前に心筋梗塞による左室破裂と診断できた例
  • 高所転落の事例で,頭蓋骨および顔面骨の骨折がCTにより鮮明に判定できた例。解剖では顔面骨の骨折の診断は難しく,CTが有用であった。

どの事例においても, Virtopsyの力をまざまざと見せられ,いつかは自分の施設でも実現したいと,ため息の出るようなひとときであった。

締めくくりは,Virtopsyの将来像,Virtobot (= virtopsy + robot)の紹介であった。これはモminimal-invasive Autopsy-Machineモと称する夢の機器で,CGを用いて紹介された。遺体がCT+MRI複合機に入り,その後臓器の位置を同定した機器が体表面を穿刺し,血液と臓器を微量採取する。採取された血液はすぐにGC/MSにかけられ,組織はmicro MRIにかけられ組織検査が行なわれるというものである。この機器を用いれば,遺体を切開するどころか,指一本触れることなくほぼ解剖に匹敵する検査を行なうことができる。近い将来,これも夢物語ではなくなるだろう。

以上,ベルン大学での講習会の内容をごく簡単に紹介した。わずか3日間という短い講習会であったが,航空機,鉄道を乗り継ぎ14時間かけてわざわざスイスまで行く価値のある大変密度の濃いものであり,Virtopsyの魅力を大いに啓発してくれた。講習会に参加するまでは,私にとってVirtopsyとは「ベルン大学が独占的に実施している大変コストのかかる事例研究であり,他で真似のできない特別な検査システム」という意識があった。しかしこの講習会で,Prof.Thaliをはじめスタッフと話をしていくうちに,彼らもVirtopsyの概念の普及を第一の希望としていることが強く伝わった。なお,今年2007年9月にも同様の会が開催される予定である。私が経験することのできなかったMRIのデモも行なわれる予定である。興味のある方は是非参加されることを強くお勧めする。