投稿者「中居薫花」のアーカイブ

【医学生理学豆知識 第3回】女性は男性より色彩感覚が鋭い?

みなさんは、女性が男性より色彩感覚が鋭いと感じたことがないだろうか?

例えば男性が女性と一緒にデパートに行って、彼女がスカーフを買おうと売り場に立ち寄ったとしよう。
売り場には紫からピンクにかけて、様々なスカーフがグラデーション状に展示されているとする。
女性はそれら全ての色がそれぞれ異なっているのが認識出来るが、男性は隣合うスカーフの色がほとんど識別出来ない。
これは、男性と女性のファッションに対する関心の違いから起こるのだろうか?それとも他に理由があるのだろうか?

マーモセットというサルの色覚を見てみよう。
新世界ザルの1種であるマーモセットはオスは2色の色覚を、メスは2色または3色の色覚を持っている。オスよりメスの方が色彩を識別する能力が生まれつき高いのである[1]。

マーモセットは常染色体にロドプシンをコードする遺伝子と、423nmの光を吸収する青色オプシンをコードする遺伝子を持っている。またこれら以外にもX染色体上に423nmより長い波長の光を吸収するオプシンをコードする遺伝子座が1つ存在する。
面白いことにマーモセットでは、このX染色体上の遺伝子座がコードしているオプシンは543nm(緑色)を吸収するもの、556nm(黄色)を吸収するもの、563nm(赤色)を吸収するものといったように、個体によってまちまちである。遺伝子多型が存在するのである。
マーモセットの性決定型はXY型であり、また1つの視細胞ではX染色体を2つ持つ場合、どちらか一方のみ活性化されるが、それぞれの視細胞で活性化されるX染色体はまちまちである。よって、X染色体をヘテロ(黄色と赤色に対応する)で持つマーモセットは、網膜全体としては3色の色覚を持つのである。

実は、このような遺伝子多型による色覚の違いは我々ヒトにも存在するのである。
ヒトは青色オプシン緑色オプシン赤色オプシンをレセプターとして持っている。しかしこの赤色オプシンに実は多型が認められていて、180番目のアミノ酸がセリンであるヒトは557nm(赤色)の光を吸収し、アラニンであるヒトは552nm(橙色寄りの赤色)を吸収する。さらにこの赤色オプシン遺伝子はX染色体上に乗っているので、男性の場合は3色の色覚を駆使して物体を見ているが、女性の場合この赤色オプシン遺伝子をヘテロに持っていると4色の色覚を駆使して物体を見ることが出来るのである。
言わば、男性はの3つの色覚を持つのに対し、一部の女性はオレンジの4色の色覚を持つのである。4色色覚者の正確な比率はまだ明らかになっておらず、女性の2~3%は4色型色覚を持つという説や[2]、50%もの女性が4色色覚を持つという説がある[3]。

よって、女性が男性より色彩感覚が鋭いという予想には、ちゃんと生理学的な裏付けがあるのである。

ヒトがなぜ進化の過程でこのような色覚の男女差を持つに至ったかについては、さらなる解明が待たれる。しかし、女性の鋭敏な色覚が、赤ちゃんの肌色から健康状態を推し量るのに有利だったことは想像に難くない。

(文責 中居薫花 構成 井上鐘哲 初投稿 2017/3/26)
【参考文献】
[1] 眼で進化を視る -その2- https://www.brh.co.jp/research/formerlab/miyata/2006/post_000004.html

[2] Some women may see 100 million colors, thanks to their genes
September 13, 2006, Pittsburgh Post-gazette, http://www.post-gazette.com/news/health/2006/09/13/Some-women-may-see-100-million-colors-thanks-to-their-genes/stories/200609130255

[3] Jameson, K. A., Highnote, S. M., & Wasserman, L. M. (2001). “Richer color experience in observers with multiple photopigment opsin genes.” (PDF). Psychonomic Bulletin and Review 8 (2): 244–261. PMID 11495112.

【医学生理学豆知識 第2回】 ネコは甘いものが嫌い?

(このコラムは、PQJ2017公式facebookに以前投稿されたコラムの再録です)

ネコちゃんに甘そうなどら焼きをあげてみたら…

https://m.youtube.com/watch?v=JjMFwPltjHc

なぜネコは甘いものに興味がないのでしょう?

動物は味覚を主に舌で感じます。味覚には、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味があり、それぞれを感じるセンサーである味覚受容体が舌に存在します。

このうち、甘味、苦味、うま味は、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)で知覚され、特にうま味と甘みは、3種類あるT1Rファミリー受容体により感知されます。
T1R1とT1R3がペアを組んだときはうま味を感知し、T1R2とT1R3がペアを組んだときは甘みを感知するのです。
https://goo.gl/cDpGna
(参考画像 百珈園 コーヒー科学研究室様)

ところがイエネコ、チーター、トラなどのネコ科の動物では、甘み感知に必要なT1R2受容体遺伝子が機能していません。
そういう訳でネコは甘いものを知覚することができず、甘い食べ物を好まないのです。
動物の行動は、このようにちょっとした体のつくりの違いにより決まってしまうことが多いのです。この点は我々ヒトも例外ではありえません。

ヒトの味覚障害の多くはT1R、T2Rファミリーの味覚受容体の異常が原因です。さらに、ヒトの味覚受容体は20代ではまだ未成熟であり、壮年期になるまで味覚受容体の数は増え続けます。言い換えれば、あなたの味覚はこれからもドンドン変わって行く可能性が高いのです。
今は味オンチで食事は質より量というあなたも、今後歳をとるとグルメになるかもしれませんね。

『このシリーズではこれからも医学、生理学の面白い話を紹介していきます。ご感想やリクエストがありましたらぜひコメントやメッセージでお寄せください。』

(文責 中居薫花 構成 井上鐘哲 初投稿 2016/6/7)

【参考文献】
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/味覚受容体
https://sites.google.com/…/coffe…/physiology/taste/receptors
http://ci.nii.ac.jp/els/110004999293.pdf