歯科医師の医科麻酔科研修の過去と現在

小堀善則
(北海道大学大学院歯学研究科口腔顎顔面外科学分野、元市立札幌病院歯科研修医)

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 与えられたテーマは「歯科医師の医科麻酔科研修の過去と現在」ですが、今回の問題の当事者として、判決に対する疑問を交えながら報告させて頂きます。


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 医学部の麻酔学教室は昭和27年に東京大学医学部に設立されたのが最初であります。その後約10年遅れた昭和39年に東京医科歯科大学歯学部に歯科麻酔科講座ができましたが、この時期は医科での麻酔科もまだ全国に設立されているわけではなく、現に東京医科歯科大学では医学部より先行し歯学部に麻酔科ができということで、歯科における麻酔科の独立は、医科と同様に古いものと言えます。

 それでは、研修についてはどうだったのかと申しますと、東京歯科大学からの依頼により昭和34年に東京大学医学部麻酔科で最初の研修が行われ、その後、複数の大学で研修が行われるようになりました。

 医科における研修の最初の目的は口腔外科の全身麻酔を自給自足できるようにすることでありましたが、この全身麻酔の知識と手技は全身的な疾患を有する歯科患者に安全かつ苦痛なく治療を行うための全身管理への応用に極めて有用であったため、外来処置での患者管理も担うようになり、歯科における歯科麻酔の独立性が高まり、現在では全国歯科大学・歯学部29のうち25講座と、病院統廃合により他科に吸収された1機関を除いた28診療科が設置されています。全ての歯学部病院に歯科麻酔科が設立されています。


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 この歯科麻酔の発展の途中で、歯科医師が行う麻酔と医師が行う麻酔についての疑義が無かったのかと申しますと、多少あったらしいとがわかりました。

 昭和44年2月の日本医事新報の中で、歯科医師が麻酔を行える範囲について、厚生省医事課が回答しております。歯科医業の一部として麻酔を行うことは問題ないが、医業として麻酔を行うことはできない。となっております。

 当たり前の事を言っており、今回の我々の問題が起こる前において、研修は医業に該当しないと思っておりましたから格段に驚く発言ではありませんでした。


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 平成13年6月に突然、市立札幌病院の救命救急センターの研修問題が取り上げられましたが、この問題は医業と歯科医業のはざまで起きた問題であり、歯科医師の研修自体が問題とすれば歯科麻酔としても避けて通れない問題となるため、時を経ずして厚生省と、歯科麻酔、医科麻酔の関係者がそれぞれ協議を重ねガイドラインを策定することとなりました。そのためガイドライン策定のための現状把握のため行われた調査報告がありますのでガイドライン交付前の麻酔科研修の実情について、一部抜粋し発表させていただきます。なお、この調査報告書をもとに正確に事実のみを報告させて頂きますが、もし私自身による誤解や不足な表現等ございましたら平にご容赦下さいますようお願い申し上げます。


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 調査は、研修委託の歯科側と研修受け入れ側の研修施設両方に行われましたが、まずは研修委託の全国歯科大学・歯学部の歯科麻酔学講座・歯科麻酔科29施設より得られた結果を報告します。


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 この調査は市立札幌病院の問題が取り上げられてから行われたため、調査の時点で研修を中段している5校は除いております。

 医科の麻酔での研修を開始してからの年数ですが、20年以上にわたり研修を行っていたのは約6割で、対象の8割は10年以上、医科での麻酔研修を行っていることがわかりました。


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 研修期間は半年から1年が60%ともっとも多く、一年以上も含めると約9割の人が半年以上の研修を受けていることが判りました。


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 それでは、その研修によりどのような知識、技術を習得したかについてですが、 ハイリスク患者に対する評価や知識、技術の向上が認められたと報告しております。また予想せず起こる緊急事態や偶発症に備えての準備に対する知識、対応の向上も認めらたとの意見もあり、総じて医療の質の向上が認められた言えます。


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 では、具体的に医科研修が歯科麻酔業務に役立っている事項としましては、救急時の診断、対応や、歯科患者の全身状態評価と全身管理などにに関連した技術や知識が習得され、歯科患者に還元、活用されているということがわかりました。これは広く歯科医療の安全性と質の向上に貢献していることも意味しています。


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 今までは、研修した歯科側からの意見でしたが、ここからは歯科医師を受け入れた研修施設側からの調査についても報告させて頂きます。全国医科大学・医学部の麻酔科学講座 80施設 および日本麻酔科学会麻酔指導病院 36施設の計116施設のうち94施設(81%)より回答をいただきました。


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 歯科医師の研修を受け入れている施設は83%でした。私の元に正確な資料がないので断定できませんが、全国で約78施設が歯科医師の研修を受け入れている計算になります。


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 歯科医師の麻酔科研修を初めてからの年数ですが、約半数の約45施設が10年以上にわたり研修を受け入れており、5年以上になると約7割、約66施設となっております。

 先ほど説明した歯科医師側からの研修を初めてからの年数より、全体的にパーセンテージが下がっているのは、歯科口腔外科医が麻酔科研修を受けている数もプラスされたためと思われます。  


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 歯科医師の麻酔科研修開始年次ですが、卒後2年?5年目までが大多数を占めております。施設数の合計が対象より多いですが、これは一つの施設で歯科医師が複数年研修したり、複数の歯科医師が研修しているためと思われます。

 歯科医師の麻酔科研修期間ですが約2/3の施設で半年以上の研修を受け入れて頂いておりました。


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 では、実際にどの科の麻酔を研修しているかと申しますと、脳外科についてはちょっと判りませんが頭頚部領域の手術を中心に麻酔を研修していることが判りました。また対象施設が96でありますので約10〜20%の施設では頭頚部領域にとらわれず、開腹、開胸等の手術に関しても麻酔を行っていることが判りました。


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 研修終了時に研修施設側が研修した歯科医師に望むものですが全身麻酔に際して、患者さんの評価と管理がキチンと行われることを望んでおり、研修終了時にはほぼ達成しているとの認識を持っていることが判りました。半年から1年の研修が大部分ですが歯科医師、研修施設の双方が満足できる研修が行われていたものと思われます。


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 先ほどお見せした、どの科の麻酔をかけていたか?という報告にもつながりますが、歯科医師だからといって研修施設が研修内容に差をつけていたかということに関しては、差をつけないという施設が約半数でした。また個人の能力によりできる範囲で研修を行わせていたというのが約1/3でした。

 今回のこの様な結果となりましたが、私自身も驚いたのですが実に10年以上も研修していた施設が大多数であり、中には30年以上も研修していた施設がありました。私を含めて市立札幌病院で開始したのはこの調査の数年前ですから、研修内容の問題は色々あるとしても研修自体に関しては格段不思議なものではないことがわかりました。


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 このような経緯で平成14年7月に、歯科医師の医科麻酔科研修ガイドラインが完成し現在ではほとんどの施設がこのガイドラインに基づいて研修されていると思いますので、私が何人かの先生に聞いた知見を交えて紹介させていただきます。


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 研修に当たっての基準ですが、日本麻酔科学会が認定した麻酔指導医が研修指導医として1人以上おり、研修管理責任者を定めている施設となっています。研修医の指導は実情に応じて麻酔標榜医が補助できるともなっております。

 研修を受ける歯科医師は歯科麻酔に関する20症例以上の全身麻酔を修了したものとなっており、医科の麻酔研修を受けるのに基礎的な技術を有しているという基準も定めています。ただこれは施設によっては歯科、特に歯科口腔外科手術が少ないために非常に厳しい基準であるという報告も聞きます。 研修方法で定められた水準については後ほど説明させて頂きます。

 研修を開始する前に研修歯科医の知識、技能評価の記録も義務づけられています。

 また、今回の問題でもあった患者の同意は必須のものとなっております。これについては麻酔科医が救急救命士の同意の難しさと同じものを感じてらっしゃるのではないかと思われます。もし可能であればこの部分はパブリックコンセンサスとして患者さんに受け入れて頂ければ先生方の負担も軽くなるのではないかと思っております。


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 研修水準は4段階に分けております。


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 私は口腔外科出身として麻酔科研修を受けさせてもらいましたが、Aランクについては歯学部の病院でも日常的に行われており、歯科医にとっても麻酔科の先生方にとっても受け入れやすいのではないかと思います。

 次にBランクですが、研修である限りこれらが指導医の元で行われるのは必要でありますので当然のことと思います。

 Cランクの中心静脈とスワンガンツカテーテルですが、今日の口腔外科においてIVH適応の患者は栄養の問題から、口腔がんにおける抗ガン剤の投与等増えてきており、私としてはスワンガンツは特別としても、中心静脈については研修で学びたいものの一つであったため、ちょっと残念であります。

 Dランクについては、研修ですから妥当だと思います。特に分離肺換気の挿管は歯科や歯科口腔外科では必要のないものですから、特に異論はありません。


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 術後管理や特殊な手技については研修ですので、C,Dランクは当然のことと思いますのでほぼ妥当なものではないかと考えております。


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 最後に私が受けさせて頂いた研修について述べさせて頂きます。


高知シンポジウム:歯科医師の医科研修問題