原因としては、1)人為的過失(パイロットエラー)、2)航空機自体の故障、欠陥、3)飛行場、航空路の航行保安施設の欠陥、4)飛行場の立地条件、5)気象状況、などが挙げられている。
b、 航空機事故と外傷
c、 トリアージ
〇即治療群:
〇軽治療群:
〇後治療群:
(レポート発表者の感想)
災害医療において救急医の役割は大きく、特に患者の多発する航空機事故では優れた判断力や注意力が要求されるだろう。また、現場ではトリアージにより、命を救う立場にありながら瀕死の状態の人を後回しにしなければならないというのも難しいことだと思った。
ヨーロッパで大流行したペストは別名「黒死病」とよばれ有効な治療手段が開発される以前は、腺ペストは50~70%、肺ペストは100%の死亡率であった。
これから先、疫病が流行するような事態が起こった時、このような対策が迅速に行える体制が整っていれば過去にあった疫病による大量の犠牲者を出すことなく最善の対処ができると思う。
それから一年の間で、地元の人の熱意によって神戸の街は着実に復興へ向かっていった。しかし、震災で自宅を失った多くの住民は、住み慣れた地域を離れ、見知らぬ土地で、そのうえ見知らぬ人々との仮設住宅での生活が始まっている。神戸市は緊急仮設住宅や、介護が必要な高齢者や、重度の障害者を対象にした地域型仮設住宅を市内に多数建設し、1日でも早く多くの人たちが入居できるように対応してきた。
神戸市における保健活動の経過として、震災直後の混乱~避難者の定着期には、家屋の倒壊・火災による死者や負傷者への対応が求められた時期であり、保健婦はその状況判断を「看護職」として行い、行動に移して行った。が、被災状況が 全く把握できない中で、救護と並行して保健活動を展開することは、極めて困難であったようだ。通信が遮断された中での状況把握やどのように行動するかが、今後の防災システムに大きな教訓となった。
2月下旬から3月下旬にかけての、避難所からの自立期になると、仮設住宅への入居が開始されたが、慣れない環境への移動のため、精神的ストレスや身体状況の変化などの問題が予測され、全戸個別訪問が実施された。結果として慢性疾患で通院していた人が、医療機関へのアクセスの問題などで仮設入居後治療中断しているなどの問題が明らかになった。このような地域の情報は地区担当の保健婦に集中し、それに基づいたさまざまな接点をつくる役割を担っていた。つまり、多種多様なニーズ等を災害対策本部や福祉事務所等の生活支援と結び付ける、保健・福祉・医療の連携そのものの中継点としての役割を担っていたのである。
4~7月にかけて仮設住宅への移住が本格的になり、その対策が重要な課題となっていた。仮設住宅に占める高齢者や障害者の割合が高い地域が生じたり、避難生活の精神的疲労などが原因となって健康低下が起こって行った。独居老人の孤独死などは、マスコミで取り上げられ、全国的に非常に関心の高いものとなっていた。しかし、仮設住宅という連帯意識の薄い環境の中で「自分の健康は自分で守る」という意識付をするために国からの援助で建設された会場で、保健婦を中心に健康イベント等が開かれるようになり、また「心のケアセンター」の開設により、精神面のケアーも実施されているのである。けれどマンパワーの不足は、大きな課題である。
この震災により被災者の方は肉体的なダメージに加えて、多種の精神的ストレスを受けてきた。このような中で地域保健活動は、疾病や障害をもつ人達への対応だけでなく、健康問題に何らかの不安をもつ人々へ重点をおいて展開されて来た。住民の生活の場をみつめ、耳を傾け、住民のニーズに答えることを目的としている。けれど、これからも長く続くであろう震災関連の保健活動は住民の立場にたって展開されるべきであり、高齢者、障害者への配慮はもちろん、それ以外の人々の立場も十分考慮されなければならない。自分の今までの状況とは全く異なる環境がある日突然目の前に現れたとき、冷静に判断し適切な行動を取ることがはたしてできるだろうかと考えたときに、自信をもってYESと答えられるかどうかは、実際に起こってみなければ分からない。しかし、実際に震災が起こったときに冷静に判断できた人がいたお陰で、神戸のここまでの復興があったのではないだろうか。しかし、街が復興したとしても保健・福祉・医療の連携の課題が浮き彫りになったこの災害をこれから先も絶対に忘れてはならないだろう。
物品の保管・備蓄:医薬品など災害時に必要な物資の一時的な不足がみられた。緊急時医療のための物品は約1週間分を確保し、回転させながら使用するのが望ましい。
しかし、もっとも望ましいのは地域の防災性能の向上である。病院の機能のみでなく街全体を視野に入れた災害対策により、 被害の拡大が防げるはずである。