災害医学抄読会 7/18/97

救急医学と災害医学について

太田宗夫、災害医療ハンドブック、医学書院、東京、1996、p.184-7(担当:高木)


 「救急医学」も「災害医学」も比較的新しい分野で、まだ医学世界の隅々までその概念が浸透しておらず、また、両医学の関係についても十分に理解されていない。これは、実際にこれらの医学に関係する人々が同時に両者に関心をもち、同じ医療集団の行動だから同じジャンルだと考えているためであると推測できる。また、医学世界において普段の仕事の中でこれらに関与するのは、救急医療従事者の一部のみであり、実際に体験する医療従事者が少ないことも「災害医学」の概念についての認識をおくらせていると考えられる。両者の概念の相違を以下に示した。

1、医学対象と目標の相違

 「救急医学」が継続的医療の中で生まれた医学であるのに対して、「災害医学」は集団災害発生時に展開する医療のベースとなる医学である。したがって必然的に目標に差異を生じ、前者では「その事例をいかに救命するか」に設定されているが、後者では「いかに多数を救命するか」に設定されている。その理由として、医療対象と対応する医療能力とのバランスがさしあたっての問題としてあげられる。一時に大量の犠牲者がでた場合では、いかに個々の能力が優れていても対応には限界があるために特別な展開が必要で、トリアージはその特異性を象徴している。すなわち、多数救命の陰に、ギブアップの医学的限界を定めておくという、一見冷酷に思える側面がある。

2、行動面と医療体制の相違

 「救急医療」は、プレホスピタルケアと医療施設での医療行為が核となり、行動の大部分は原則として一医療チームとしての行動の範囲を超えない。またその体制は常態的活動として固定的に構成されている。それに対して、「災害医療」での行動は、災害発生時だけにダイナミックな形で作動し、あらゆる行動は基本的には総体的地域行動の中で規制され、各施設は全体的行動の一部を分担する形で行動する。具体的には、トリアージ、現場救命処置、犠牲者と遺体の収容、搬送、病院救急医療、という一連の医療行動の中で、連携を守ることがポイントとなるので、平時救急医療は一要素の位置にある。このような特異的な災害医療システムは、潜在する医療パワーを緊急かつ効率的に組織化できなければ成立しない。

3、研究面の相違

 「救急医学研究」は各種病態ならびに各種急性症に焦点を置くのに対して、「災害医学研究」は多数救命の諸要素と、災害種別の医学的特性に焦点を置く。多数救命の諸要素に関してはトリアージに始まる一連の行動の妥当性と効率が主たる論点となる。災害種個別性に関しては、事例分析が重視され、各々の災害における外傷、疾病の特徴や、災害に派生する集団感染症、集団事故、被災者の精神的なケアなどが研究対象となる。また、研究は医学面にとどまらず、応需体制、訓練、自己防衛、発生予防、医療施設の脆弱性と準備性、救助救出などの医療関連事項、自然災害、パニック心理学、工学、建築、情報、行政、法律などの専門研究者を加えた学術的研究が欠かせない。このように「災害医学」を超えた「集団災害科学」として研究されなければならない。また、大規模災害が地球的に多発する傾向をみせるとともに、国際波及の規模と速度が拡大していることを考えると、地球規模で国際的共働も研究されなければならない。

☆     ☆     ☆

 両者の概念の相違は上述のとうりで、研究対象、研究スタイル、医療パターンが相違点を生ずる基礎的要素である。差異が明瞭に現われるのは実働場面で、災害医療は平時救急医療行動の延長線上では満足できない。すなわち、救急医学のなかで災害医学のすべては消化できないと考えられる。近年わが国では、連続して発生した大地震などの広域自然災害や、大型航空機事故などの大規模人的災害とその犠牲、さらに高い確率で予想されている東海地震などから、「集団災害医学」の必要性と意義が唱えられている。また、集団災害は世界的に増大しており、この医学に対する関心は国際規模で拡がりをみせている。よって、この「災害医学」や「集団災害科学」は今後よりいっそう研究されなければならない。


災害医療の問題点と今後の課題・対策 (1)

鵜飼卓ほか、救急医学 19: 1825-1832(担当:野口)


 阪神・淡路大震災とサリン事件の2つの災害を通じて、どのような活動を行い、どのような問題があったのだろうか。

阪神・淡路大震災

プレホスピタルケア

 初期に最優先されたのが救出活動と火災防御で、その中で一番大きな問題点は情報の収集であった。市内の医療機関14施設となかなか連絡がとれなかった。実際にどういう方法で情報が集まったかというと、救急隊が病院にいき、そこから無線で司令室に連絡したり、救急隊が帰庁したときに口頭で報告するという状況であった。問題点のもう1点は搬送の方法であった。搬送の方法は救急車、または他機関の救急自動車、あるいはそれに代わるものでたくさん搬送したが、災害の現場から医療機関までは、ほとんど市民の方が自分で運んでいた。また、医療機関も物理的に物が壊れてしまって、後半になって転院搬送が増加した。被災地以外のところに運ぶときには、救急車の半分近くが市内にいなくなる可能性がある。

医療機関

 神戸市にある69の2次救急病院の中で、全焼全壊で病院の機能がなくなったものが6病院あり、多くの病院自身、病院の職員も被災した中での救急活動であったことが、局所災害と違ってメジャー・ディザスターの中での医療だったということである。17、18、19日の3日間は県、市の行政や県医療情報センター、市の管制センターも動かず、また病院同士の電話もつながらなかったので状況がまったくわからなかった。各々の地域の各病院が孤立してしまって、特定の病院に1日に1,000人以上の集団患者が殺到したりした。この理由としては、市民が近くの病院に運んだこと、交通の寸断によって多くの病院に分散できなかったことが考えられる。問題点はやはり情報不足であった。災害対応システムがあったがメンバー自体が被災者になるという事態を想定していなかった。またそういったことになっても通信網が生きていればまだ何とかできたかもしれないが、指揮系統、命令系統は一切動かず各個ばらばらに対応していた。さらに近くの診療所の先生が病院に駆けこむが普段病院とコミュニケーションがあるところは機能していたが、ないところでは対応できていなかった。今後の課題の1つになるだろう。

行政

 災害対策本部の実際の活動と問題点は、県庁では県庁自身が被害を受けており、働き場所の確保と働く人の確保が問題になり対策本部として機能が発揮できるようなシステムが全くできてなかった。また、情報を集めて司令を出すことについては、医療を実施するところと搬送を行うところが縦割で全然別のところであるために問題がある。医療よりも搬送のほうが力が強くて医療は別のところでやらなければならないという状況にあった。活動する上で被害の実態を把握する必要があるが、行政はもともと医療機関とつながっていなくて、ホットラインもなにもなく、情報が得られない中で、対策が立てられなかった。

 活動をするなかで困ったことの1つにボランティアと救護班等の派遣についてのことがあった。防災計画上、県知事が医療機関に対してこれらのことを要請できるようになっているのだが、実際には他の都道府県から申し出がある。ところが、それをもって行く場所が、情報がないために判断できない。医療機関のほうでも行政を頼りにしていないので、情報が県庁にまでこないが他府県は県庁にいってくる。いざ来ていただくことになると、被災地であるから当然宿舎、食事の問題が出てくる。次に、地理がわからない。どこに病院があるかわからない。初期には病院が救急医療の一番の現場になると思われるがそこの受け入れ体制ができていない。その上病院の勝手がわからないので、現場とか被災地で活動してもらうのが現状である。

 搬送については各市町で、消防本部とかで完結していて県は平生搬送には携わってない。しかし、大災害、広域災害になると県が係わってくる。医者が搬送に深く係わることができないシステムのため、非常に連携が悪い。医療サイド、保健環境部が使用できるものは全然なく、はじめから使用できない中でしなければいけない。

 医薬品については、血液等は、血液センターがたまたま全然被害を受けず、確保はできたが輸送に問題が生じた。なかなか届かない。一般の医薬品は、他府県から送ってもらったがこれも機関にいくまでに時間がかかった。

 全体として災害救助法が適用されるような大規模災害時に県知事の権限は非常に大きいが、それを動かすようなシステムづくりが現実にはきちっとできていない。また医療、搬送に携わる側も、災害時には知事の指示でということが、はたしてどれだけ徹底されていたかが疑問である。つまり今回の阪神・淡路大震災では、中枢が中枢としての機能を果たせなかったという現実があった。今後災害対策本部は複数箇所にあって、またシステムとしてどれだけ行政と医療機関の間でどれぐらい協力体制がとれるかにかかっている。

サリン事件

 サリン事件の場合、医療機関は全然被害を受けていない。また地域社会としてのダメージもそれほどない。地下鉄は一時全部だめだったが、それ以外の交通機関は使用できたことで、自力で病院にいった人は沢山いた。全体の被害者は数千人といわれていて、約1割が救急隊による搬送で、のこりは自力で医療機関にいった。

 医療機関同士の連携はうまく行われなかった。問題点として1つは救急医療情報網の位置づけが非常に不明確であること。このために医療機関が原因物質がサリンであるというのを知ったのは警視庁がテレビの記者会見を行ってからであり、各医療機関がばらばらに治療していた。また患者の偏在ということがサリン事件でもおこった。これは最も軽症な人が1箇所に殺到したためで、本当の災害医療という意味では軽症の人は遠くに行くべきで非常にまずいことである。

2つの災害から学んだこと

 阪神・淡路大震災の場合はその地域の対応能力を超えた災害であり、東京のサリン事件の場合には医療の能力を超えてたわけではなく、多数傷病者発生事故と位置づけるべきであろう。

 大都市の災害においては、もっと医者が現場に出て行くべきで救急医学等の経験をある程度積んでいる人材をもっと有効に使うべきではないか。また、地域救急医療システムの中で、医者がどういう立場にあるかということをもっと明確にするべきである。


災害医療の問題点と今後の課題・対策 (2)

鵜飼卓ほか、救急医学 19: 1825-1832(担当:水川)


自衛隊の役割

 大規模災害時における自衛隊の災害派遣の取り組みは、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件で変化してきた。現在、自衛隊災害派遣活動としては被害状況の把握、避難の援助、捜索救助、水防、消防、道路や水路の啓蒙、医療、防疫、人員物資の緊急輸送、給水や給食等の生活支援といったものが考えらる。また自衛隊の災害対策の持ち味はその組織力、機動力であり、具体的には訓練された人員とヘリを中心とした航空機動力にある。そのうえ自衛隊は部隊行動を原則としているので、どんな場所でも活動できるが、その分ある程度以上の大きさの部隊の投入には数時間から、場合によっては数日かかることもあり、災害発生直後から活動しにくいことがある。

 防災基本計画にもあるとおり、防災の基本は自らの身の安全は自らが守るということにある。ただ災害によっては、個人や小集団の力では如何ともし難い場合がある。自衛隊はそのための援助組織である。

災害時の情報について

 災害時における一番の問題は情報にあると思われる。医療機関としての情報だけでなく消防、行政も含めた情報も必要になる。

 具体的に情報システムをどう組むかというと、ネットワークとしては細かいほうがよく、1つ1つの医療機関同士もつなげるものが望ましい。なぜならば災害当日は、それぞれの医療機関で主導権をもってないと対応できなく、平素からきちっとしたネットワークをお互い作る必要がある。また医療機関だけでなく搬送機関、行政機関ともつながるものがよりいいと思われる。大体2次医療圏単位ぐらいで医療の情報システムは完結する必要がある。その中心は保健所もひとつであるし、救命救急センターがあればそこになるだろう。

 しかし、2次医療圏で完結する場合には地域の情報センターにどういうようにして情報を集めるかということについて考える必要がある。効率良く情報を本部へ伝えるためには、医療機関の医師で、ある程度行政のことも分かり、いざというときにきちっとつなげるような人、医療当事者に、そういう役割を果たす必要がある。救急に携わっている人が災害時にはトリアージとかだけでなく、現場にでていったり、出て行く指示をだしたり、それと同時に医療機関から行政へ情報を伝える役割を果たしていかなければならない。また情報は双方向で交換できるものもあるべきではある。

 しかし大災害の場合、医者も救急隊員も被災者となりうり、そういう意味では大量災害にたいしては被災地では何もしない、救出だけし、どんどん、外に運び出すというような根本的な発想の転換も必要であると思われる。

災害時の医者の役割

 災害時におけるもう一つの問題点として、そのときの医者の役割がある。病院、もしくは現場に行って患者さんを治療することも大切なことではあるが、もっと大切なのは、災害時には対策本部の中に入っていって行政の方ばかりではなく、医療サイドから入って行って、地域の医療情勢、災害医療等の面からある程度の医学的アドバイスとコントロールをすることであると思われる。行政の分かる医者がもうすこし必要である。また搬送も医者の指示なしでは難しく、この点からも医者が対策本部に乗り込んで行く必要性を感じる。

一番改善すべきポイント

 災害時に一番改善すべきポイントは縦割りを特徴とする現在の日本の制度に、組織横断的な災害救命のシステムの構築にあると思われる。消防、警察、自治体、医療機関、そして自衛隊、これらを包括するシステムをどう作るかが問題になる。また、そのシステムも平時にも使えるものでないと実際動かないことが予想されるので、平生から使っていてそれが、災害時にも使えるようなシステムを構築する必要がある。


火山噴火

仲佐 保、災害医療ハンドブック、医学書院、東京、1996年、p.17-22(担当:湯汲)


 火山の爆発によりさまざまな災害が起こされ、これらの災害は火山から排出される物質により異なり、また、その随伴現象の程度によっても異なる。

 山頂付近で水蒸気が上がったりする前兆がしばらく続いた後、火山灰、硫化水素ガスなどの噴出などにひき続き、火砕流が起きてくる。秒速100〜200m、温度800〜1000℃の熱雲が通ると、そこにいるすべての生き物は高温になったガスを吸い、高熱のため体も焼尽くされてしまう。そのため、ほとんど一瞬のうちに死に至ると考えられる。死を免れた場合も、気道熱傷を含む全身の熱傷がひどい状態となる。激しい噴火では、上昇した水蒸気が急冷されて起こる激しい雨が、山腹上に堆積した火山灰などを取り込んで泥流が発生する。特に山頂で、冬季の積雪期に噴火した場合や、また山頂部に氷河を頂く海抜高度の大きな火山の噴火にはつきものである。泥流にのまれるための窒息死、溺死が見られ、一方、家屋の倒壊による骨折や四肢損傷も見られる。2〜3日が経過し堆積した泥流が乾き、火山灰を含む粉塵が発生し呼吸障害や呼吸感染症の原因となった例もある。

 環太平洋火山帯に存在する火山活動によってできた島々には津波が発生する危険がある。36,000人以上の人々が一瞬のうちに溺死した例もある。ガスを多量に含んだマグマが泡立ちながら激しい勢いで火山から10,000m以上の高さまで吹き上がる噴火を「プリニー式噴火」と呼ぶ。

 泡立ったマグマは上空で冷えて軽石や細かな火山灰となって雪のように地表に降下する。これらが家屋などに堆積したり、盆地を埋め尽くすことにより、人的被害や家屋、耕地、家畜などに被害を起こす。火山灰自体による死亡はほとんどないが、火山灰により住民たちが長期のキャンプ避難民生活を余儀なくされた場合には密集した暮らしの中で発生した感染症による死者もでる。火山活動中に、有毒ガスが流れ出すことがあることも知られている。

 多くの火山活動の結果、山の斜面には火山灰などの噴出物が堆積しており、台風の時期などに大量の雨が降ると、土石流を起こし、犠牲者を出す。また、火山の大噴火により、噴出物が成層圏まで上昇し、エアロゾルとなって長時間成層圏に滞留して太陽光線を空間に散乱・反射する。このため気候の寒冷化を起こすといわれている。

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 火山災害は、台風などの風水害に比べ、毎年起こるわけではなく、発生頻度は低く、火山のある地域は比較的限定されているため、予知が可能な場合もある。火山災害では、初期の火砕流、大津波により一瞬のうちに多く命が奪われ、その後の泥流、火山灰によってもかなりの影響を受ける。火山灰による農耕地や家畜への影響による経済的な被害は大きい。現在のように国際的な援助が無い時代には、これによる飢餓のためにも多くの人命が奪われた。

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 火山が存在する地域・国では火山を監視し、予知を行い、警告・避難を行う必要がある。火砕流・泥流・津波の被害を最小限に食い止めるには避難しかないといえる。火山を身近にもつ地域では、被災時のための協力計画を、地域の組織のみならず、医療施設同士、医療施設内でもたてておくことが必要である。また、消火訓練とあわせて、災害訓練を実施しておくことも望まれる。また、被災時には、医療施設自体が被災する可能性もあることから、野外診療施設の設営などの計画・トレーニングも必要である。特に火山災害に特異的な火傷患者や窒息患者の救急医療、また患者のトリアージに関しても役割分担を決めておくとともに、そのトレーニングは必要である。火山災害は、火山灰の降下、噴火の継続など、長期にわたる場合もあり、この場合には、キャンプや仮設住宅において感染症が流行しないように環境衛生に留意し、必要な場合には麻疹などの予防接種を施行することが必要である。


化学災害

(担当:大崎)


1.工場災害

後藤京子、災害医療ハンドブック、医学書院、東京、1996年、p.44-46


1)災害の特徴

 発生当初は局地的であっても、風向きや気温など気象状況によって被災地域が拡大したり、物質に関する毒性や治療情報の欠如が、患者の治療を担当する医療機関の混乱を招く原因になったりすることがある。

2)疫学

 本邦においては、消防白書によれば、1991年度中の危険物等の漏洩や流出は227件発生し、運搬中の事故は18件報告されている。

3)災害に伴う傷病の特徴

 化学物質による中毒、爆発や火災による熱傷、骨折など、非外傷性病態と外傷性病態が混在し、複雑な様相を呈する恐れがあり、加えて、二次汚染を引き起こす可能性があるなどの特徴をもつ。

 最も問題なのは、特に化学工場の事故では貯蔵あるいは使用されている物質が化学反応を起こし、条件如何によってはさまざまに新たな有害物質を生じる可能性もあって、どんな症状が引き起こされるか予測できるとは限らないことである。

4)医療対策

 現場付近での対策としては、原因物質の確認、物質に関する情報の収集、安全領域の確保、避難誘導、毒性物質防護用マスクや衣類の準備、呼吸管理、ショック対策、後方医療機関へ現場の情報の伝達などを行う。 受け入れ病院での対策としては、救助員および患者の洗浄、二次汚染の危険性のある物質についての汚染防護対策、緊急治療、中毒治療などを行う。


2.細菌・化学兵器

安川隆子、災害医療ハンドブック、医学書院、東京、1996年、p.46-8


1)災害の特徴と疫学

 大量の死傷者が突然出現すること、被害の大きさが通常の兵器に比べはるかに大きいこと、細菌化学兵器使用後しばらくは汚染の危険が続くことなどの特徴がある。

2)傷害の特徴と治療(使用可能性の高いもの)

炭疽菌

 胞子の吸入により感染し、1〜6日の潜伏期間を経て発症。初期症状は上気道感染症様症状で、発病後3〜5日に敗血症を起こし、急性呼吸不全やショック症状を呈して死に至る。死亡率は未治療の場合70〜80%。

 予防対策:トキソイドの予防接種、抗生物質の投与。

 汚染除去:汚染物質の焼却、蒸気殺菌、10%ホルムアルデヒドでふき取る。

  治療:早急に抗生物質を投与する。(ベンジルペニシリン、エリスロマイシン)

神経ガス(G系・ダブン、サリン)

 コリンエステラーゼを阻害することによってアセチルコリンを蓄積させ、副交感神経症状を顕著にする。吸入後数分で胸部の締め付け感や分泌物の亢進、縮瞳が起き、中枢性抹消性の呼吸麻痺と気管の分泌液による閉塞で窒息を起こして死亡する。

治療:心拍数70〜80/分と口内乾燥を目安として、アトロピンの静脈注射を繰り返す。



3.放射線事故

(衣笠達也、災害医療ハンドブック、医学書院、東京、1996年、p.48-53)


1)災害の特徴

 汚染(放射性物質が飛散して、人や物の表面に付着したり、体内に入り込むこと)、事故現場で作業をしていて被災した作業者に重症者が出ることが多い、大規模な放射線事故では、一国を越え何カ国にも汚染が及ぶことがある、などである。

2)疫学

 1944〜1993年の過去50年間に起こった放射線事故は、世界中で約300件、放射線被曝のため事故1カ月以内に医療処置を要した人々は、およそ1900人、死亡者102人であった。

3)災害に伴う傷病の特徴

 外傷(熱傷、創傷、骨折など)を中心とした通常の救急災害疾病に急性放射線障害が加わった複合障害の様相を呈する。一般的に放射線熱傷は疼痛が強い。

4)医療対策

 医療施設での処置を図1に示す。

5)傷病の特徴としての放射線障害

 放射線被曝による障害は、a. 被爆線量、b. 線量率、c. 全身被爆か部分被爆か、d. 被爆の形式によりその程度、内容が異なってくる。

a. 被爆線量:一般的に1シーベルト以下の被爆では臨床症状はほとんど見られず、10シーベルト以上では重篤な造血器機能障害、消化管障害のため15〜20シーベルト以上では循環器や中枢神経の障害のため、救命はほとんどできない。

b. 被爆期間:同じ線量でも短時間に被爆した方が障害が大きい。

c. 全身被爆か部分被爆か:例えば全身に4シーベルト被爆すれば、造血器機能障害などをきたし、適切な治療を行わなければ約半数は亡くなる。一方、四肢など身体の一部分であれば紅斑がでる程度である。

d. 被爆の形式

  • 外部被爆:放射性物質が人と離れていて被爆する場合。

  • 身体表面汚染:放射性物質が身体表面や衣服に付着して被爆する場合である。迅速な放射性物質の除去が必要となる。

  • 創傷汚染:傷口に放射性物質が付着した場合、そこから血管、リンパ管を通じて体内に入り込むため、創傷汚染部位の除染は、救急処置として救命の次に行われるべきである。

  • 内部被曝:内部被曝の障害で主なものは、組織に放射性物質が沈着して周囲の臓器を被爆し続けることによる発癌である。そのために沈着するまでに処置を行う必要がある。


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