(担当:武田)
20世紀後半、 特に1960年代以降より現代の社会は、常に災害の危機に直面しているといっても過言ではない。災害は進歩する、という言葉があるが、まさに災害もまた社会の進歩に伴い、多様化、多発化、深刻化、世界的拡散の道をたどっている。このような状況のなかでは、繰り返される災害のサイクルを念頭にいれて対処しなければいけない。
災害現場では、three T'sといわれるトリアージ(triage)、応急処置(treatment)、搬送(transportation)が緊急度と重症度を考慮しながら行われるべきである。また災害医療は、救急医療や集中治療のみでなく、心理学や社会学を含めた総合的医療を考えるべきである。
災害を分類すると、まず自然災害(natural disaster)と人為災害(man made disaster)に大きくわけられる。前者は、地震や津波、風水害や疫病が、後者は、人を殺傷することが目的の戦争紛争型と、航空機事故、列車事故、高速道路事故などの産業工場型に分けられる。
(1)災害時になにをなすべきか
まず第一に地域住民、救急隊、医療関係者各々に、予防と準備に関する教育が事前になされていなければならない。そして、繰り返し行う訓練と準備が必要である。また、災害時の損害を軽減するために備蓄も必要である。
災害準備は、計画(planning)、訓練(training)、および備蓄(stockpile)がなければ本来の意味はなさない。
(2)災害時の医師の役割
災害救助活動において医師の役割は重要である。医師の不適当な言動が、人々に与える影響は、極めて大きいからである。医師一人一人がどのような必要性をどのように満たすべきか考えをしっかりと持っていなければならない。
今回の大震災では、情報のネットワーク体制が整っていなかったが、被災地の医療情報は、災害医療チームの派遣や被災地の医療を確保するために早期に必要となる。この医療情報を収集するための手段を確保するため、NTTにも災害特別回線を設置し、緊急時の使用に備えるとともに、病院の通信回線を耐震化し、無線送受信装置を併設するなどが必要となる。インターネットなどのコンピューターネットワークも現状では最善の策であろう。
(2)大災害時の初動体制
災害医療における初動活動を国際的にSRMという。Sは捜査(search)、Rは、救助(rescue)、Mは医療(medical assist)である。欧米では、災害現場から救急医療が開始される。つまり、救出前に点滴を開始し、脱水に対する治療を行ったり、虚血肢に駆血帯を装着したり、ときには、on site surgeryと称して現場で四肢の切断術を行うこともある。このSRMに関しては、我が国においても今後考えなければならないだろう。
(3)現場でのトリアージ
外科系の経験豊富なドクターが緊急度と重症度の両面から治療の優先度を決定していくのだがこの際、1人の命を救うために10人の命を失ってはならないのが災害医療の特殊性である。
(4)後方搬送体制について
救急搬送では、陸地だけでなく、空と海の利用を考えるべきであろう。空では、将来的に、救急災害ヘリコプターの全国配備を考える必要がある。海では、フェリーボートなどの客船の利用も必要であろう。
(5)災害に強い病院と支援体制
自分の働いていた病院が壊れたらどこの病院で働くか、地域の医療体制全体の流れを細かく決めるなど、自治体の枠を越えた災害医療体制を作ることが必要である。そして年に最低1回は、地震を想定した訓練を行うべきである。
災害医療体制を考える場合、日常から確実に運営できるシステムを構築しておくことが重要であろう。
(担当:林)
地震発生直後、最初にやらなければならないことは人命救助であり、最も忙しい場所は医療機関である。病院の中では、パニックにも等しい大混乱が起こることが予想される。その混乱を避けるには、地震の疾病構造を知っておくこと、普段からの病院の緊急医療対処計画を立てておくことが必要である。
地震による人的被害は、震源の深さ、震源地からの距離、地盤の軟弱度、建造物の耐震性、人口の集中度などにより大きく影響されるが、屋内の家具が倒れたり、石塀が破損する震度5になると死傷者が出るといわれている。
また、地震災害を大きくする要因に、直下型地震と地盤の液状化現象がある。直下型地震はマグニチュードが小さくとも、震源距離が短いため、その被害規模は大きくなる。液状化現象は、地下水を含む砂地に地震動が加わると砂中の間隙水圧が上昇し、砂の粘着力が失われて地盤が液状化してしまうことをいう。地盤が液状化すると物を支える力がなくなり、建築物は沈むか、倒れ、空洞の浄化槽などは軽いので地上に浮き上がってしまい、水が地上に吹き出す噴砂現象を引き起こす。
アジアは地震の多い地域であるが、隣の韓国にはその記録がない。それに比べて日本では地球上の約15%の地震が発生し、年間1000回近い有感地震があるといわれている。
突然襲ってくる地震は、未だそれを予知することは難しく、一度大きな地震に見舞われると、予期せぬ人的被害をもたらすことになり、大都市周辺でのそれは大きくなる。地震災害医療を考えるとき、過去の教訓を十分把握した上で考えていかなければならない。
地震が人的被害を与える直接的な原因は、1)建物の損壊および落下物、2)火災、3)津波、4)山崩れおよび土石流、5)有毒ガス、などがある。
(担当:大田)
風水害、洪水は水が直接災害をもたらす。災害サイクルからこれらの災害を考えると、前兆期として熱帯低気圧の発生、集中豪雨や地震があり、災害の発生を予想することができる。しかし、治水事業の拡充の度合いによっても災害の閾値は変わってくる。災害医療の面から風水害、洪水を考えると災害発生時から12時間以内の超急性期は、災害区域外からの援助は期待できないのでまず被災地の住民が救助、初期治療を開始しなければならない。水に流された人や土砂に埋まった人の救出、トリアージ、救護所の設置、患者の搬送、外科的救急処置、一時救命救急処置などである。24時間から48時間の急性期では、重傷者の転送を考えなければならない。しかし、道路の寸断、橋の崩壊、通信の不通などで陸路は不可能な場合が多い。このようなときはヘリコプターなどの空路に頼らざるを得なくなる。
さらに土砂崩れなどの二次的な災害の危険が多い。1週間から2週間では、水とトイレが大きな問題となる。この時期では内科的疾患が増加し、感染症などの対策が必要である。飲み水、炊事の水、トイレの水など、生活に直接影響がでてくる。水の煮沸消毒、トイレの消毒などが大切である。また避難所のトイレと井戸や水補給所の位置にも注意が必要である。
医療面では慢性疾患の急性増悪とか免疫能低下による病気に気をつけなければならない。このような災害時の治療で、外科的な物では、汚染創は洗浄、汚染組織除去の後、数日解放したままにしておき、感染が収まってから縫合するようにする。これをディレイド・プライマリー・クロージャーという。これは、初期に縫合すると消毒や抗生物質投与が十分できないため、必ず化膿してくるからである。内科的疾患は初期から高世代の抗生物質を使用しないようにする。これはむやみに抗生物質に対して抵抗性のある細菌を作らないためである。また治療とともに水、トイレなどの指導も大切である。国内の風水害、洪水では比較的早期に救援に入れるが、海外では1週間以後になることが多い。しかし災害医療援助は災害サイクルを考え、その時期にあった適切な医療を供給することが大切である。
風水害の発生するメカニズムとしては降雨量が多くなってそれが木々で遮断されなかったり地面に浸透しきれなかったりして地表の表面流失量が閾値を超えると起こるとされている。従って治水事業の拡大で風水害を防止することもできる。さらに閾値を超えることが予想されたときはあらかじめ安全なところに避難しておれば人的被害は最小限に食い止めることができる。
日本の国際緊急援助隊医療チームはスーダン、ネパール、ジャマイカなどに出動し大きな成果を上げている。しかし発展途上国では風土病や寄生虫疾患や国民の慢性的な栄養失調のために救助活動が妨げられることが多い。また普段から衛生状態のよくないところではこれらなどの伝染病にも注意を払う必要がある。
災害が起こった後は再び災害に遭わないような場所に建物を建てるとか、堤防を高くするとか、計画に基づいた復興が必要である。
地震
金田正樹、災害医療ハンドブック、医学書院、東京、1996年、p.6-161、災害の特徴
2、疫学
3、災害に伴う傷病の特徴
4、医療対策
風水害、洪水
二宮宣文、災害医療ハンドブック、医学書院、東京、1996年、p.23-9災害用の野外医療施設と移動病院
甲斐達朗、臨外 51(13): 1577-81, 1996(担当:渡辺)
要旨:災害時には、医療の需要と供給にアンバランスを生じ現場より適正な医療施設への負傷者の流れがスムーズにいかず、未治療あるいは十分な治療が受けられない負傷者(患者)がさまざまな場所で放置されることがある。そのため、これらの負傷者の治療を行うため野外医療施設の設営が必要となる。災害の各時相により医療ニーズは変化するので、そのニーズに適した野外医療施設の設営が必要である。その迅速な展開を可能にする事前の訓練はもちろんのこと医療班の指揮命令系の確立、医療従事者の保険等の補償制度の確立、災害の時相に適した医療装備・医薬品のパッケージ化された備蓄等の事前の準備が最も重要である。 |
2.大規模災害
1.自走可能型
2.テント型・コンテナ型
3.災害用医薬品・医療品の備蓄
病院船を常設するには、その建造費や維持費が膨大であることと利用頻度が低いことで困難である。そこで、ノルウエーでは、6隻のフェリーボートを大災害あるいは戦時に病院船として転用する計画をもっている。最大の病院船は国際航路に利用されている1200〜1500人乗りフェリーボートを用い二百病床の入院施設と1200〜1500人の避難者を収容できるようにしている。ノルウエー政府はこれらの船を災害時には病院船として利用することを事前に契約しており、毎年1隻のフェリーボートを病院船に転用する訓練を行っている。
阪神・淡路大震災では多数のクラッシュシンドローム(挫滅症候群)の患者が生じたが、日本でこれだけクラッシュシンドロームが多発したのは初めての経験であったといえる。クラッシュシンドロームの概念、特徴、『再灌流障害』などよく似た病態との相違、輸液療法等の初期治療、減張切開の可否、切断するかどうかの判断、血液浄化法の意義と選択、等の問題を述べていく。
(1)患者の概況
高カリウム血症のため心停止が起こり、心配蘇生後に転送された患者。下肢切断した患者。筋膜切開を行い、その後下肢切断にふみきったが、最終的には敗血症のためなくなった患者。筋膜切開を行ったが、筋壊死が広がって感染し、敗血症となり、下肢を切断しようとしたが家族に反対された。持続血液濾過透析(CHDF)でコントロールしていたがアシドーシスと高カリウム血症が進行してしまった患者。減張切開を行った後22リットルの輸液をした。
(2)病態をどうとらえるか
(3)治療方針の立て方
(4)体液管理をどう考えるか
(5)血液浄化法の評価
(6)減張切開、切断の問題点
(7)指標となる検査は何だったか
(8)合併損傷の影響
(座談会)クラッシュシンドローム対応の諸問題
鵜飼卓ほか、救急医学 19: 1765-74, 1995(担当:三平)
gochi@hypnos.m.ehime-u.ac.jp
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