災害医学・抄読会(6/20/97)

阪神大震災における現地在住医師と近郊医療機関の行動と役割

中川英刀ほか、日救急医会誌 7:749-54, 1996(担当:武藤)


 今回の阪神大震災のような広域大災害では医療機関自体も壊滅的被害を受けているにもかかわらず、発生48時間以内に許容量の数倍の患者が殺到してきた。震災直後では国や自治体の系統的救援もなく、最も重要な時期に医療の空白ができ、被災地在住の医療スタッフや近郊医療機関等の活動が期待された。このような超急性期では1分遅れると死者が1人増え、1分早ければ1人助かると言われており、医療器材等の問題があるものの、なによりもマンパワ−の確保が大切である。今回、広域大災害発生時に医療体制が整うまでの超急性期の医療の空白を埋めるのは、そのときその場に、あるいはすぐ近くにいる者以外にないと考え、最も迅速にその場にアプロ−チできる近郊の医療機関や現地在住の医療スタッフに注目した。そのうち急性期における最も需要の多い外科医・救急医について、今回の阪神大震災における行動パタ−ンおよび同様な大災害発生時にすべき個々の行動を検討した。

 震災発生直後、外科医のしたことはまず自分の勤務先病院へ出向いたのが60%と最も多く、これは地震の規模・被害状況が不明確な状況にあっては当然のことと思われる。しかし、少なくとも神戸・阪神地区の被災地内に在住外科医は、自分の住居周辺や出勤途中の段階でその被害を認知することができ、もちろん自分の勤務医療機関のことも心配であろうが、震災発生直後にその医療需要を推定し、交通麻痺の中、困難を押して遠方へ向かうよりは、現地の医療機関の災害医療に参加すべきではなかったかと考えられる。

 また、再び同様な大災害が自分の居住地域に発生した場合の行動は、40%が地域の医療機関で救急活動に参加すると回答しており、今後その積極的な行動に期待する一方、手術もできない検査もできない状況において外科医・救急医が見知らぬ医療機関に赴き、いったい何ができるのだという意見もみられた。しかし、発生48時間以内に限れば、その間の処置・業務は膨大なものであり、蘇生や重症患者の選別・管理から小さな縫合や感冒まで多種多様であり、決して仕事がないということは発生48時間以内にはあり得ない。とくに患者の輸送は、現地在住の医師のできる、そして果たすべき重要な任務のひとつであると考えられる。大災害時に負傷者や死者の処置を行うのはその地域の住民であり、その住民の一人である現地在住の医療スタッフは救急活動の中心となるべき存在であると考えられる。したがって、普段から近所の救急医療機関を把握しておき、大災害時には自分の本来の勤務先にとらわれず、臨機応変に近くの医療機関に参加するということを教育、啓蒙していく必要性がある。さらにそれを発展させて、救急指定病院への登録ということも考えられる。

 近郊医療機関の役割としては、やはり後方支援として重症患者の受け入れをまずすべきであるが、今回の大震災では情報と輸送の混乱から、受け入れ体制を早期から整えていたにもかかわらず、実際に重症患者を収容したのは限られた病院で震災発生後しばらくしてからであった。したがって、多くの救急医療施設が要請があるものと考え、待っているよりは少人数でもとりあえず救急医学・災害医療に精通したスタッフが現地に真っ先に入りそこでトリア−ジや患者の輸送に活動する方が賢明であると考えられる。

 今回の調査では24%が現地での積極的な活動を近郊医療機関の最も重要な役割と考え、その活動に期待している。そして、自分自身も再び同様の大災害が発生した場合、34%が積極的に現地に入り活動すると答えており、近郊医療施設はただ単に受け皿として待つだけでなく、専門の知識を持った医療スタッフを積極的に現地へ送り、トリア−ジや患者輸送等に活躍すべきではないかと考える。

 人為的災害である戦争を念頭においていない日本においては、 disaster medicineの普及・教育の立ち遅れが否めない。今回の阪神大震災のような災害時における医療スタッフとしての行動も含めて、disaster medicine の教育と啓蒙が、専門となる救急医に限らず一般の医療スタッフにおいても必要と考え、医学教育の必須科目としての確立が望まれる。そして今回の阪神大震災の災害医療を体験した者は、次にいつ襲ってくるかもしれない大災害に備えて、その体験を disaster medicineとして、普及・啓発していかなければならない。


入院患者の転送

冨永純男、救急医学 19: 1677-81, 1995(担当:大道)


 現在、医療界では、病診連携、病病連携の必要性が強調されている。しかし、阪神大震災のようなレベルの大規模な震災時には、区内すべての医療機関が被災し、機能を果たせなくなっている。行政も、行政自身十分な情報収集がされておらず、コントロールタワーとしての役割を果たせなくなっている。このような際には、少し離れたところ(30km以遠が目安)に連携できる病院を日頃から確保していることが大切である。阪神大震災のような直下型地震では、約30km以遠には病院機能を十分に果たす転送可能な病院が存在するものである。

 JR灘駅の南西に位置する神鋼病院を例に挙げてみる。当院は、日本建築防災協会編の被災度判定基準によると「中破」のランクに位置付けられる。独自に情報収集を行った結果、幸い同じ経営母体である神鋼加古川病院(当院より30km西)は無キズであることが判明し、そこを第1の転送先と位置付けた。診療各科には自大学系列病院での受け入れ可能病院を調べてもらい、結果的に加古川、西脇、三木、三田、尼崎、さらに大阪などに転送先を確保することができた。

 今回震災時の患者搬送手段は、兵庫県調べによると、やはり自家用車、自院救急車使用での搬送が主となっている。このような災害時には、救急搬送オンリーの東西幹線道路の警察強権発動下での震災直後よりの確保が重要であった。

 ヘリコプタ−は土地の広大な諸外国では搬送の大きな手段となっている。しかし、建物密集の日本の都市では、ヘリポートの空間が得にくく、また発着に危険を伴うこと、ヘリポートまでの搬送が難渋することを考えると、door to doorの搬送ができる自動車搬送が主体とならざるをえないであろう。

 海路は海に面した六甲アイランド病院では、船で大阪への患者搬送が行われた。船による患者搬送は、海辺に近い立地条件のところでは、一度に多人数の搬送が行われることからしても有効な搬送手段であろう。アメリカではホスピタルシップがあり、1500ベッド、手術室12室、500人の医療スタッフを備えているとのことである。日本でもこのようなことを検討する時期かもしれない。

 患者転送後には、入院患者のいない病院では、職員間に虚無感がただよった。そのためこの病院はつぶれるのではないか、給料が支払われないのではないかなどの不安感もただよった。それを契機として離職していった看護婦も多数出現した。今後、同じような災害が起こった場合、病院としては、不安感除去のための方策をPTSDの精神的ケアを含めて、もっと早期から組織的に行う必要がある。


死体検案より

西村明儒ほか、救急医学 19: 1760-4, 1995(担当:千々岩)


 兵庫県監察医は、阪神・淡路大震災において神戸市内で2416体の死体検案を行なった。これらと、兵庫県警の依頼で検案を行なった臨床医が発行した1235、合わせて、 3651の検案書記記載事項をもとに、年齢・性別・死亡場所・死亡推定時刻及び死因などを検討した。

 年齢においては、65歳以上の高齢者に多数の死亡者が認められており、また死亡者数、死亡率の両方で女性の比率が高くなっている。従来より、年少者・高齢者・女性及び障害者は災害的弱者であり、災害発生時にもっとも被害を被りやすいと指摘されており、本災害においてもその指摘が確認された結果となっている。しかし、各地区別の年齢層別の分布で東灘区、灘区では他の地区に比べ、20〜24歳の死亡者が著名に多くなっており、 灘区では男性が特に目立っている。この結果については、従来の災害的弱者という考え方 だけでは説明不可能である。よって今後直接の外力による死傷者の実態を、死亡者・救命しえた重傷者に分けて調査し、倒壊した家屋の分布あるいは死傷者を取り巻く社会的環境 との比較検討を行い、地震による直接的な死亡のrisk factorを明確にする必要があると思われる。これは、今後の防災対策、さらには都市計画の指針を確立する上で 極めて重要な課題といえよう。死亡場所では86.6%が自宅になっており、病院に搬送されて死亡したものは3.8%に過ぎない。死因分布では胸部圧迫や胸腹部圧迫による窒息死が53.9%と、もっとも多く、次いで圧死が12.4%、焼死・火傷死12.2%、打撲・挫滅傷8.2%と続いている。死亡推定時刻に関しては兵庫県監察医及び日本法医学会派遣医師によって検案された2416例について集計を行なった。その結果地震当日 である1月17日中に99.6%が死亡したと推定されており、さらに96.3%が午前6時までに死亡したと推定されている。

 今回の阪神・淡路大震災は、その規模においても、死亡者数においても未曾有の災害であったが、このような多数の死者が発生した大規模な震災において、今回のように死亡者に関するデ−タが系統的に検討された例は、我が国はもとより、国際的にも存在しない。従来より、震災に対する様々な防災対策が行なわれているが、具体的な防災対策推進のためには震災における人的被害の推計が必要不可欠である。阪神・淡路大震災のみならず、大災害に関して法医学専門医が死体検案をだすことは、災害後の防災対策上、正確なデ−タを把握できる点において極めて重要であるといえる。また、本災害のように広範囲で大規模な災害では、災害発生の時間経過に伴って、災害救急医療から被災地での内科的医療、 さらに精神的ケアというふうに、必要とされる臨床科の推移が認められる。したがって、被災地における各種疾病の患者数及び死亡者数の実態を経時的に調査把握することは、今後の災害で、どの時点でいかなる診療科に重点をおくかという災害医療対策に関してやはり必要不可欠であるといえよう。


自己完結型救護班の編成

河野正賢、臨床外科 51: 1573-5, 1996(担当:馬場)


自己完結型救護班の意義

 広域災害被災地救援のため被災地外から医療班を派遣する医療救護活動の目的は、不利な診療環境下にある負傷被災者に、ニーズに応じた応急医療を行って、低下した現地診療機能を補完し、その回復を援助することである。

 発災直後の現地では、生命の脅威から逃れた被災者が避難所に集まり、負傷者は独力または被災者同志に助けられて、先を争って近傍の医療機関を受診するが、病院も損壊を被り職員も罹災して病院へ緊急参集できない者が多い。

 被災した病院は、蝟集する負傷者の緊急治療に携わる人手が極端に不足して交替要員も得られず、備蓄医療品は補給の目途もないいまま底を尽き、既存入院患者の治療継続や給食さえ覚束ない。

 多数の被災者が雑居する避難所は立錐の余地もなく、ライフラインは途絶しており、食料も生活物質も供給の予測すらつかない。

 したがって救護班出動に際しては、発災直後であるほど、自班員の現地生活維持に必要な物品の十分な量の携行を念頭におき、現地生活の自己完結を期さなければならない。

医療用資器材

 本来の医療救護に使用するために初動班が携行する医療用資器材は、緊急出動に備えて予め準備されているものである。初動班の緊急出動に際しては詳細な現地情報など入手できる筈もなく、予め準備してある医療資器材は内容補正や物品追加の時間的余裕もなく迅速出発する場合が多いため、現地診療に際して資材の過不足を生ずることが避けられないが、不足物品は各要員の才覚と能力に基づいて手持ちの他物品を代用するしか手段がない。派遣班同志で融通したり、現地災害対策本部に調達を依頼することは可能であっても、相応の時間を要するので、すぐ現在に間に合うとは限らない。しかし、派遣救護班が支援すべき現地の被災病院に、自班不足物品の割譲を求めることは考えるべきではない。

 自己完結型救護班の業務は、診察した患者すべてを抱え込み、自班単独で治療を完了させることではないし、またそれが可能であるはずもない。災害医療は現地災害対策本部が統括する救護事業の一環であり、被災地医療は現地医療機関が主導すべきものである。災害医療を総括する災害対策本部の系統的調整に、有機的に応じ得る能力と、被災現地に迷惑を及ぼさない行動及び自班必要物品の携行が、自己完結型救護班にもとめられている姿である。

 自己完結に必要な留意点は、1)救護班員構成と班員の能力、2)携行物品の内容と量、3)情報交換器機の携行、4)物品搬送車両整備の4点である。

1)救護班員構成と班員の能力

 現地医療ニーズは、発災後2昼夜は外科系が高く、3日目以後は内科系に移行することが多い。班構成には現地医療ニーズに対応可能な要員配置が必要であるが、派遣する班員数は最小限に制約されるので、各班員が多科領域に幅広い対応能力をもち、平常時診療形態に固執せず、現地状況に応じた災害医療に切り替える流動的才覚と、多くの選択肢を体得していないと、不利な診療環境下での現地ニーズに応じ切れない。

2)初動班の携行物品

 緊急出動が発災初期であるほど必要物品は多岐にわたり携行量は膨大になるが、搬送能力には限界があり、現地状況は大量搬送が許されぬ場合が多い。初動班の現地活動はほぼ2昼夜が気力、体力の限界と考えられる上、発災早期の医療ニーズは予測できるので、現地活動に必要な携行物品の種類と最小必要量は平素から準備しておくことが可能である。緊密な情報交換に基づき、交代班の携行品は出発までに先行班が伝達する情報に基づいて、内容や数量の無駄なく調整する時間的余裕を持つことができる。

3)情報交換用器材の携行

 被災情報、救護推移情報等の迅速、正確な交換は災害救護展開に欠くことができない。災害医療進行に際しても情報の確実な伝達が必要であり、現地災害対策本部に統括される災害救護班は最先端業務を担当することになるので、情報収集の重要な端末に位置づけられる。情報交換は当然無線交信が主体となるが、統一された特定周波数の無線交信機器を持ち、災害対策本部との緊密な情報交換を果たしてこそ統制の効いた医療救護の進行が図られるものである。救護班の自己完結効果発揮には、各救護班が情報共有機器を保有していなければならない。

4)機器搬送用緊急車両

 広域災害救援に赴く自己完結型初動救護班の必要携行物品は、医療セット6個を含めて最低 540 Kgとなり、その搬送には救急車以外に専用輸送車も必要とする。物品輸送車は現地到着後に、屋外臨時診療室や物資倉庫あるいは班員居住区域等、多目的に活用可能であるが、法規上緊急車両とは認可されていない。現在、救護班員および物品輸送車に対する緊急車両認定の所轄官庁との裁可交渉が難行しており、自己完結型救護班の緊急派遣に、きわめて深刻な影響を及ぼしている。


集団災害としての中毒事故(化学災害)と救急医療

大橋教良、救急医学 19: 1819-23, 1995(担当:柴)


 最近の数年間にわが国で発生した化学災害は14件あった。被災者数は松本、東京のサリン事件では松本264名、東京5426名と格段に多い。しかし、これはとくに無差別テロだから多いのではなく、むしろ目に見えない化学物質が拡散しつつ被害を拡大させる化学災害の特色と考えるべきである。

 死者5名以上もしくは15名以上の死傷者の発生した多数傷病者搬送事例は、自治省消防庁の調査によれば1992年以降81件である。集団災害といっても傷病者何名以上ととくに定義されていない、目安として15名以上の死傷者の発生を集団災害とすると、化学災害はわが国における集団災害の1割以上を占める。そして、わが国では毎年2〜3件前後の化学災害が発生している。

 化学災害の原因では、大別すると工場での産業事故に伴うものが6件と多く、次いで無差別テロ2件、搬送中の事故1件となっている。産業事故は爆発や火災を伴うことが多いので、医療機関としては状況によっては急性中毒に加えて広範囲熱傷や多発外傷なども考慮する必要がある。搬送中の事故も化学災害の発生要因としては一般的で、松本及び地下鉄サリン事件は戦時下以外の無差別テロに化学兵器であるサリンが使用された点できわめて特異的である。また、付近の農地から殺虫剤の新興住宅に流出、飲食店の炭火炉から一酸化炭素が発生、されに痴漢防止スプレーの噴霧により多数の被害者が発生するなど、産業事故以外にも日常生活中のささいなことから化学災害に分類される集団事故が発生していることも注目すべきである。

 松本と地下鉄サリン事件以外は被災者数から見て1病院当たりの患者数は数名ないし十数名程度と考えられるが、松本サリン事件では治療を担当した7病院のうち最大で147名の患者を治療した病院があり、地下鉄サリン事件では1病院当たりさらに多数の患者が診療されている。

 化学災害時の救急搬送は大型交通事故などと同様に複数の医療機関に分散収容するのが原則で、しかし、地下鉄サリン事件では東京消防庁では131台の救急車を出動させ、救急車以外の車両も使用して患者搬送を行なっているとはいえ、被災者5000名以上は明らかにその搬送能力を超えている。また100名を超える救急隊員自身が2次災害により被災し、病院で治療を受けたため以後の活動に支障をきたした。

 目に見えない化学物質が拡散することで被害が拡大する化学災害では、毒物の同定、汚染地域の設定と立入禁止処置、毒物の中和、除染、個人の防御体制など、一般の外傷とは異なった手順が必要である。

 化学災害に限らず一般に急性中毒の治療は毒物の特定から始まる。産業事故や搬送中の事故では取り払っている物質があらかじめ判明しているので、原因物質の同定は比較的容易である。ただし複数の化学物質が関与している可能性があったり、事故により化学物質の表示が破損したり、担当者の不在などでは毒物の特定は遅れる。

 事故発生場所から風下にかけて汚染地域を設定し、場合によってはこの範囲内の住民などを避難させる必要が生ずるが、工場などの事故では、立入禁止区域の設定は容易である。

 2次災害を防止する意味で流出した化学物質は速かに中和、除去されねばならない。

 2次災害を防ぐ意味で、化学災害では原則として汚染区域から出るとき、あるいは医療機関の入り口で治療を開始する以前に皮膚や衣服などについた化学物質を取り除く必要がある。わが国では化学災害時の除染についてまだ広く理解が得られていない。

 化学災害の患者診療に当たっては消防、警察、工場などの事故関係者、さらに医療従事者自身の防御を考慮せねばならない。地下鉄サリン事件では消防職員のみならず警察官、医師、看護婦のサリン被害もかなりの数になる。また松本サリン事件でも50名以上の消防職員が中毒症状をうったえているが、この原因は除染と個人防御体制の不十分さによる。

 治療、さらに汚染地域の設定、中和・除染、個人防御など化学災害時特有の手段を講ずるに当たっては毒物に対する情報が不可欠である。化学災害発生の際には原因物質名や中和、除染などの情報を各事業所や消防機関あるいは中毒情報センターで保有している治療に関する情報を加えて医療機関、消防、警察、事業所などの事故関係者、さらに必要により一般市民やマスコミなどに速やかに情報を送り返す救急医療支援体制が不可欠である。

 患者搬送数が15名以上の中規模の化学災害は決してまれなものではない。少なくとも2、3次救急を担当するすべての医療機関で日頃より対応を考えておく必要があると思われる。


重症患者の国際救護搬送

滝口雅博、救急医療ジャーナル 3 (6): 8-11, 1995(担当:安積)


 今日、高速・大量輸送手段の発達に伴って国際的な交流が盛んになり、外国へ出かける旅行者数は増加傾向にあり、それに伴ってその中から発生する傷病者の数は当然増加することが予想される。また、そのような場合に外国において治療を受けることは、医療体制の違いや習慣・言葉の違いから決して快適なものではない。このため傷病者が日本での治療を望むのは当然のことである。しかし、日本においては航空機による患者搬送は、全国的にも国際的にもシステム化されておらず、現在のところは定期航空便を利用するか、国際的な組織のチャーター機を利用するかの二つの方法しか存在していない。そのため起こると思われる問題点を考えてみると次のようなことが考えられる。

 まず定期航空便を利用する場合は、患者関係者が定期便による患者搬送及び入院している病院から空港までの搬送手段を手配しなければならず、外国では特に困難な仕事である。また、搬送された患者を国内の国際空港から患者の家族の住む地の医療施設まで搬送することも必要になってくる。そのために多くの場合はアシスタンス会社のチャーター機が利用されるが、保険に加入していない場合は高額の支払いを要することになる。

 また航空機の機種について考えてみると、定期便の場合機内にベットを設置し医療機器を装備して、医師の診療と看護婦の看護のもとに患者を搬送するには、プライバシーの保護が必要であったり、逆に乗客に不快感を与えるために好まれないことが多い。また、患者監視装置の電源やコンピュ−タの航空装置への影響についての問題、持ち込み可能な酸素ガス容器量の問題など解決すべき問題が多く、患者搬送の専門機が必要になってくる。アメリカにおいては空軍に C-9Aナイチンゲールという専用機があり、最大40床のベットの設置が可能であり酸素、吸引の配管がなされ、通常はフライトナースが同乗して定期的に患者搬送業務を行っているが、自衛隊にはこのような機体は存在しない。一方民間では欧米の患者搬送アシスタンス会社が、小型または中型ジェットビジネス機を1〜3床のベットを有する専用機に改装し、医療資機材を装備して医師や看護婦を同乗させて運用している。しかしこれを使用する場合は、保険料を支払っておかないとかなり高額の費用が必要となるが、スイスでは年間30スイスフラン(2500円程度)の掛け金で、国内外どこからでも病院までの搬送が保証されるシステムがある。

 最後に搬送中の医療についての問題であるが、定期便では先にも述べたように使用できる医療機器の制限や場所の狭さ、酸素使用量の制限など様々な問題があり、専用機が望まれる。しかし、専用機を使用して海外に患者を引き取りに行く場合には、航空機の入国の問題や海外で患者に医療行為を行うことについての問題、帰国後に寄港可能な空港に制限があるなどの問題がある。

 このように国際的な患者搬送には、安い費用で、医師・看護婦の介護の元に専用機で帰国できるようなシステム作りが望まれている。


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