災害医学・抄読会(4/17/1997)


阪神淡路大震災における医療の流れ

後藤 武、救急医学 19: 1734-9, 1995(担当:八木)


はじめに

 県の医療行政に携わってきた医師の立場から、兵庫県南部地震発生以後に経験した災害医療の流れについて述べる。

災害への備え

 災害対策本部となる県庁が被害を受ける事態は予想されていなかった。兵庫県災害医療実態調査によると防災計画を立てていた病院は98.4%,防災訓練を行っていた病院は95.6%であったが、18.2%の病院はまったく計画どうりに実行できなかった。

急性期の対応(災害救急医療)

救命救急医療

情報収集が困難であり、医療チームの派遣がスムーズにいかな かった。

透析医療

関係市町村に水の優先的供給要請
震災を免れた兵庫県透析医会、近隣府県などに患者の受け入れ要請

医薬品

依頼のあった医療機関に対して、患者の食事、透析に必要な水、液体酸素などが配送された。交通渋滞のため医療機関に届くまで時間を要した。

血液

被災しなかった地域の日赤より早期より安定供給可能

死体検案

他府県からの監察医の応援、一般臨床医の死体検案要請

避難所等における医療の確保

〇保健予防

防疫対策

クレゾール、逆性石鹸の確保
仮設トイレの消毒
冬季であり赤痢や食中毒の発生は防止できた

インフルエンザ全国的に大流行の兆しがあったことから他府県からうがい薬、 マスクの供給を受ける

ワクチンの投与
結果として大流行はおこらなかった

結核

県の結核罹患率全国ワースト5位であり罹患増加が懸念されたが、結核研究所の青木所長による調査、指導のため集団発生はなかった

保健栄養指導

チームによる避難所巡回
全国自治体の応援により1日最低1回の巡回可能

〇一般医療

救護所だけでは不十分なので県営の救護センター設置

〇特定医療

救急医療

救急医療情報システムがコンピュータの故障により稼働せず
ヘリコプター搬送の問題

精神科医療

保健所内に精神科救護所を設置
震災による症状の再燃が問題

慢性疾患

高血圧などの慢性疾患の増加が懸念

〇避難所、仮設住宅

孤独死、PTSDの問題

医療復旧復興

 阪神淡路大震災に関する特別措置法などのもと進められた。


大規模災害時における傷病者搬送システム

猿渡知之、臨床外科 51: 1531-8, 1996(担当:普山)


1 阪神、淡路大震災での教訓

 殺到する119番通報に消防隊が出動し、救急隊員が多数の負傷者の応急処置におわれ、救急搬送業務に従事する隊員が不足した。

 道路事情の悪化により緊急車両の通行が円滑に行なわれなかった。

 待機していたヘリコプターの活用が十分でなかった。

 これらのことから、大規模災害における傷病者の搬送システムは、早急に応援部隊を確保するすることや平素から、ヘリコプターなどの広域的な救急搬送体制を確立することがもとめられる。

2 教訓に鑑み講じられた対策

 緊急消防援助隊を編成した。これは全国の消防機関が相互に援助することにより人命救助等を効果的に行なうことを目的とするものである。

 特色としては各都道府県の区域ごとに部隊を編成した。

 指揮支援部隊を編成し、指揮命令系統をあらかじめ確立した。

 物資を輸送する目的で、後方支援部隊を編成した。

3 大規模災害時の搬送システムについて

 災害による人的・物的被害を把握し、傷病者には、救急隊員や医療救護班がトリアージを行なう必要がある。

 災害現場付近の選別場所におけるトリアージでは、現場救護所となる病院に搬送すべき負傷者の選別を行ない、軽症者は当該病院での治療のラインから外す。

 また、負傷者が現場救護所となる病院に到着した場合には、救急医が再トリアージをおこなう。

 なお、トリアージポストにおいて最重症者と判断したものは、ヘリコプターを活用し、後方医療機関に搬送する。


Crush Syndrome

島津岳士ほか、救急医学 19: 1748-53, 1995(担当:小林)


 Crush Syndromeとは四肢の筋が比較的長時間持続的に圧迫を受けるような損傷(通常は解放創ではない)をCrush Injuryと呼び、その結果生じる代謝性アシドーシス、ミオグロビン血症、腎不全、凝固障害などの全身的な症状や異常を言う。

 Crush Syndromeの病像はCrush Injury自体の重症度、受傷後の経過時間、合併損傷、初期治療(とくに輸液と減張切開)などにより大きく修飾を受ける。

<診断>

1)受傷機転(長時間筋肉が圧迫をうけた)

2)下肢の知覚、運動麻痺

 これは特徴的な所見である。脊髄損傷との鑑別は肛門括約筋反射の確認が有用である。

3)ミオグロビン尿、時間尿量の減少

4)心電図でT波の増高

高カリウム血症を判別

5)代謝性アシドーシス、血液濃縮

6)皮膚の外表損傷は必ずしも著しくない

7)足背動脈の脈拍は多くの場合触れる。

8)意識、バイタルサインは通常保たれている。

<検査所見>

代謝性アシドーシス
ヘマトクリット値の上昇
高ミオグロビン血症
CPKの上昇
高カリウム血症
血清カルシウムの低下とリン酸の上昇

 筋細胞の損傷を反映してCPKは数万(U/L)以上の高値を示す。同様にミオグロビン値も数万(ng/ml)以上に達するが、CPKやミオグロビン値と重症度は必ずしも比例していない。

 救出されるまでは元気であった患者がその後突然心停止に陥ることがあるが、これは下肢の血流再開に伴って急速に著明な高カリウム血症になったためと考えられる。

 血清カルシウム値は急性期には低下し血清リン値は逆に上昇する。これはカルシウムは細胞外液から筋細胞内へ流入し、リン酸は損傷された筋細胞から流出するからである。カルシウムの細胞内への流入は虚血期間中よりも血流再開後に多い。血清カルシウム値はしだいに回復して数週間後にはむしろ高カルシウム血症を呈する場合がある。

<治療>

〇全身管理

 腎不全の予防を含めた体液管理が最大の課題となる。適切な輸液療法がなされないと低容量性ショックに陥り、ミオグロビンの毒性とあいまって腎不全となる危険性が高い。高カリウム血症に対しては迅速な対応が必要となる。

 大量の輸液(平均12L/day)を投与するとともに、ミオグロビンの腎毒性を軽減するために炭酸水素ナトリウム(平均240mEq/day)を用いて尿のPHを6.5以上に保ちながらマンニトール(平均160g/day)を投与して300ml/hr以上の尿量を確保することにより腎不全は予防可能であったと報告されている。

 しかし十分な輸液のなされていない状態でのマンニトールの投与は脱水と腎不全を助長するためかえって危険である。

 輸液量は皮膚の損傷面積の2から3倍の熱傷と同程度の輸液量を目安にする。

〇局所療法

 患者の下肢の腫脹は経時的に進行し、下肢の筋はますます硬くなる。一般に筋組織内圧が40mmHg以上であれば筋膜切開の適応であるが感染の危険性は著しく増大し、切開部からの多量の体液喪失により体液バランスの維持が更に困難となるので、筋膜切開についての一定の見解はまだ無い。


化学兵器の毒作用と治療

Antony T. Tu、日本救急医学会雑誌8: 91-102, 1997(担当:永井)    


【はじめに】

 第一次世界大戦中、数々の化学兵器が開発、使用された。第二次世界大戦では各国とも大規模には使用しなかったが、化学兵器は原料の入手や製造法が簡単であるために、最近大では1983年のイラン-イラク戦争でイラクがマスタードガス、タブンを規模な使用した例がある。またオウム真理教によるサリン散布、地下鉄サリン事件が世界を震撼させたことは記憶に新しい。これからは戦場のみならず公衆に対するテロリズムに化学兵器が使われることも十分考えられる。ここでは毒ガス、特に神経ガスに重点を置き、その生体への作用と治療について述べる。

【毒ガスの種類】

 毒ガスの種類には窒息性剤、血液毒、びらん剤、嘔吐剤、催涙剤、神経ガスがあり、第一次世界大戦中に作られた第一世代、第二次世界大戦中に作られた第二世代(タブン、サリン、ソマン)、第二次世界大戦後に作られた第三世代(エチルサリン、VX、GV(GP)、GF (cyclohexyl-methylphosphonofuluoridate)がある。現在実際に各国に兵器として貯蔵されている毒ガスはタブン、サリン、VX、マスタードガス(イペリット)、ルイサイト、催涙剤などである。

【毒ガスの生体に対する作用】

 毒ガスによる汚染は、空中で爆発させた時の高度、風速、毒ガスの種類によって決まる。毒ガス本体は有機溶媒に溶かして噴霧したエアロゾールであるので、蒸発性の強いサリンでは風の強い日や雨の日には効果の持続時間が短く、蒸発性の低いVXでは毒ガスの効果が長く保持される。人間に対する致死性は毒ガスが気体の場合、経肺ルートではごく少量で殺すことができるが、皮膚からの侵入では何十倍もの量が必要である。液体状であれば皮膚からの侵入が気体よりも容易である。神経ガスは他のガスに比べて毒性が遥かに高い。また眼は毒ガスに弱く、簡単に視力が失われる。中毒量は致死量に比べてきわめて低い。

【症状】

マスタードガス(びらん剤):

目、皮膚、肺を侵し、皮膚に紅斑、水疱→びらんとなり激痛あり。

ルイサイト(びらん剤):

目に入ったときの痛み皮膚に水疱ができ、マスタードガスよりも劇痛あり。

ホスゲン:

吸入され、肺胞を侵す。流涙、咳、窒息感、胸部圧迫感、疼痛、悪心、嘔吐→肺水腫、酸欠症、循環不全。

サリン(神経ガス):

アセチルコリンエステラーゼ阻害によるムスカリン様作用とニコチン様作用;縮瞳、目の痛み、目が霞む、呼吸困難、咳、過呼吸、胸部圧迫感、悪心、嘔吐、頭痛、脱力感、攣縮、鼻水、興奮(精神症状)などがある。

【神経ガスに対する予防】

 PB(ピリドスチグミン)1日3回服用。PBは体内の20-40%のアセチルコリンエステラーゼと可逆的に結合し、残りの60-80%が必要な生命活動を行っているが、神経ガスが遊離のアセチルコリンエステラーゼと結合して作用を阻害するとPB-アセチルコリンエステラーゼ複合体が解離し、アセチルコリンエステラーゼが遊離する。副作用として人によってはPBが不可逆的にアセチルコリンエステラーゼと結合することにより、神経ガスと同様の症状を示すことがある。湾岸戦争後ペルシャ湾症候群として問題になった薬である。

【治療】

1. 神経ガスに対して

 神経ガスによって不活性化されたアセチルコリンエステラーゼを活性化するオキシム系薬剤(PAM,P2S,HI-6,HGG12 etc.)、アセチルコリンエステラーゼ作用阻害によるムスカリン様作用とニコチン様作用に拮抗するアトロピン、神経ガスによる痙攣を阻止するために他の薬剤と併用されるジアゼパムがある。薬剤の併用はエステラーゼ値の回復も早く治療効果大とされ、三者併用はさらに良いと言われている。

 PAM(2-PM),P2S(pralidoxime mesylate)筋肉注射,:サリン、VXには良く効き、タブン、ソマンには効果が落ちる。HI-6(hagedron oxime),HGG12:サリン、ソマン、VXには良く効き、タブンには効かない。

 obidoxime(toxogonin):肝障害がある場合3-6/kgを4時間ごとに投与する。PAM,P2Sの副作用としては頭痛、筋力低下、視力低下などがある。アトロピンは約2mgを筋肉注射または静脈注射する。

2. 他の毒ガスに対して

 特効薬はなく、対症療法を行う。汚染された着衣をすぐ脱ぎ、皮膚に付着したり、皮膚に痛みがあるときは冷水で良く洗い流すことが大切である。マスタードガスで目が侵された場合は生理食塩水、2%ホウ酸、2%チオ硫酸ナトリウムで洗浄する。ホスゲンによる肺水腫に対しては陽圧呼吸、副腎皮質ステロイドの吸入・静脈内投与を行う。催涙ガスは毒性が低いのでそれによって死亡することはなく、症状は一過性のもので、洗浄や局所麻酔剤のpatch、酸素投与、呼吸管理などを適宜行う。

【終わりに】

 既存の毒ガスだけでなく今後開発される新しい型の化学兵器にも注目しその治療法も検討すべきである。


自衛隊の災害派遣の展望

小村隆史、日本集団災害医療研究会誌 1: 82-94, 1996(担当:井手)


1.阪神・淡路大震災と自衛隊の活動

(1)活動のあらまし

 1995年1月17日から4月27日までの101日間、派遣人員228万人、車両35万両、艦艇680隻、航空機1万3千機(いずれも延べ数、概数)を投入し、165名の人命救助、1238遺体の収容を始め、給食や給水などの生活支援、医療支援など、様々な救援活動を行った。これらの活動は第1期(主に人命救助活動)、第2期(当初は人命救助活動を、その後生活支援、倒壊家屋の瓦礫処理)、第3期(生活支援と瓦礫処理)の3段階で行われた。

(2)初動

 人命救助活動が本格的になったのは兵庫県の派遣要請を受けた10時以降であった。

(3)医療、衛生活動

 最大時600名近い医療チームを投入、19カ所の救護所を開設し、巡回医療を含め延べ2万2千人に医療救護を行った。また、67例の急患空輸のほか、陸路による患者搬送、夜間電話相談、病院に対する給水、薬剤官による医薬品の補給管理、病院への資材運搬、防疫活動等の活動も行った。

(4)浮き彫りにされた問題点

 自衛隊の社会的位置づけ、自治体と自衛隊との関係、国民の財産としての自衛隊をどう活用するかという発想の欠如、災害救援など人道的援助活動における軍事的資源の活用、自衛隊の実像があまりにも知られていない、などの問題点が浮き彫りにされた。

2.災害派遣の制度と特徴

(1)位置づけ

 災害対策の一義的な責任は、地方公共団体、特に市町村にある。自衛隊の災害派遣は、災害救助法などによる援助と同様、被災自治体の能力に余る災害が発生した場合に、要請に基づき行われる国の援助の一環である。自衛隊側では、要請の内容を、緊急性・公共性・非代替性の3つの基準で判断し、その応否を判断するものとされているが、現実には自治体と自衛隊の担当者間で予め調整を行い、お膳立てが整った状態で、自治体側は正式に派遣要請をだし、自衛隊側は正式にこれに応じ出動するのが実情である。

(2)制度や計画、活動内容のあらまし

 災害派遣時に自衛隊が行う具体的な行動は、防衛庁防災業務計画によって以下の12の活動が規定されている。

 被害状況の把握/避難の援助/遭難者等の捜索救助/水防活動/消防動動/道路又は水路の啓開/応急医療、救護及び防疫/人員及び物資の緊急輸送/炊飯及び給水/物資の無償貸付又は譲与/危険物の保安及び除去/その他(自衛隊で対処可能なもの)

(3)要請主義

 災害派遣活動には、原則として都道府県知事、管区海上保安本部長、空港事務所長による要請を必要としている。例外的には、大規模な災害の場合には物理的な被害そのものをトリガーとし、部隊長独自の判断で派遣が可能であるとの規定がある。阪神・淡路大震災では、この規定は発動されなかった。

3.自衛隊の持ち味を活かすために

(1)自衛隊の持ち味

<長所>

・自己完結性

自衛隊は、活動用の資器材と生活用の資器材、そして移動手段を自前で持っている。

・組織力

展開までには多少時間がかかろうとも、数万人に及ぶマンパワーを一元的に運用する能力(オペレーション・マインドを持っている。また大量の人員や物資を動かすのに必要な司令部組織のあり方や司令部の機能など、付随するさまざまな細かいノウハウも保持している。

・機動力

多数のヘリを所有し、同時一括運用の能力も飛び抜けている。

<短所>

 僻地に偏在する自己完結型、長期決戦型の組織であるため初動にも移動にも展開にもある程度の時間が必要になる。自己完結性を十分に発揮するためには、活動拠点や集結点として、かなりの地面も必要となる。また、地域密着型ではないため、土地勘が少ない。

(2)活かされなかった能力

 自衛隊は多数のヘリを持っているが、その内患者搬送に使われたのは件数にして0.87%、延べ機数にして1.65%にすぎない。原因としては、患者は被災地域以外に搬送するという災害医療の基本原則が十分普及していなかったこと、ヘリを搬送手段として用いることに不慣れであったこと、ヘリ輸送のための調整先を知らなかったこと、また連絡手段が輻輳などのために機能しなかったこと等が考えられる。また、自衛隊は混乱状況の中でも人を組織的に動かすノウハウを、自衛隊をコアとし、被災者を含む一般市民をその活動に巻き込む形で組織化することにより全体的な援助能力を向上させることも可能であった。

(3)能力を活かす方法

適切な人物

土地勘に欠けるため、被災者が道案内するなど。

適切な時間内

自己完結性をある程度犠牲にしても、先端兵力だけでも早期に投入する。

適切な場所

地域防災計画の中に外部からの援助を想定した受け皿を作っておく。(活動拠点や集結点、ヘリポート適地等を予め指定する)

適切な器材

自治体などが、自衛隊が持つものと同一性能の装備品を保有し、原則としてこれを運用するものの何かあった場合には自衛隊が人員を提供するという形の役割分担を行う。また、情報の共有化がはかれるシステムの構築。

4.今後検討すべき課題

(1)災害時の被災地域外への患者搬送システムの構築

(2)自治体職員を交えた指揮所演習

(3)地域防災会議の活性化

(4)GISシステムの導入及びその情報の共有


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