救急医療体制と指揮系統の整備

山本保博、臨床外科 51: 1525-30, 1996(担当:伊藤)


1.救急医療体制整備の歴史

昭和38年消防法の改正により救急患者の搬送が消防機関の義務に
救急告示病院の誕生
昭和42年救急医療センターの整備
昭和49年休日夜間急患センターの整備
昭和52年初期(一次)、二次、三次の救急医療体制の系統的整備
昭和62年消防法の改正により内科系の患者の搬送を認める
平成3年救急救命士制度のスタート

2.救急医療体制

1)初期救急医療体制

 比較的軽症の患者の休日・夜間の初期救急医療の確保を主眼としている。これらの施設で医師の処置を行い、入院の必要性さらには高度医療の可能な施設への転送の必要性などを判断する。休日夜間急患センター、休日等歯科診療所、在宅当番医制などが整備されている。

2)二次救急医療体制

 初期救急医療施設での診療結果、入院や手術が必要と判断された患者、救急現場で入院が必要と考えられた患者を収容治療する。このために病院群輪番制、共同利用型病院などが整備されている。

3)三次救急医療体制

 平成4年度より従来の救命救急センターに加えて高度救命救急センターの整備が開始された。

  〇救命救急センター

 初期・二次救急医療施設の後方病院として位置付けられている。したがって、前期救急医療施設からの転送患者を受け入れることが原則となる。また、救急医療従事者の研修機関としての役割も担っている。

  〇高度救命救急センター

 救命救急センターのうち、特に広範囲熱傷、四肢切断、急性重症中毒など特殊で高度な治療を要する患者を受け入れるための診療機能を有する施設が指定されている。

4)広域救急医療情報システム

 過去のシステムは大災害時に充分機能しなかった事から、現在反省の意味も込めて最も重視されている。インターネットを用いた広域災害・救急医療情報ネットワークなどが考えられている。

3.救急医療体制整備のポイント

 ☆「情報のコントロールと搬送手段の再検討」  救急医療設備は質的には整って来たが、いかにそれを運用するか、大災害などの危機管理にいかに役立つかという点がこれからの課題。具体的には、

  1. 広域災害、救急医療情報システムなどより高度なネットワークの整備
  2. 地域住民への救急医療情報に関する啓蒙活動
  3. 搬送手段として、陸上交通のみでなく、ヘリコプターなどの活用とその運用システムの構築などが考えられる。


    トリアージの実践

    青野 允、臨床外科 51: 1539-43, 1996(担当:堀内)


     災害医療の目的は残存した医療能力を最大限に利用して、最大多数の災害者を社会に復帰させることにある。このためには、被災者のsearch&rescueに始まりtriage(選別)、transportation(搬送)、treatment(治療)の3つのTで表される標準的なプロセスを踏むことが必要とされる。

     トリアージとは災害現場における被災者の重症度と治療の緊急度から治療の優先権を決定することである。ただしトリアージは集団災害の場面のみに限られるものではなく、病院待合室で待っている患者の中で急に容体が悪化したときに受け付け順を無視して先に診るのも立派なトリアージである。

     トリアージの原則は、生命は四肢に優先し、四肢は機能に優先し、機能は美容に優先する。治療をしても助かる見込みのないもの、治療に長時間、多くの医療資器材を要するもの、多人数の医療スタッフを要するものには優先権を与えない。治療の不必要な軽症者を手際よく除外して、単純な手技、少ない資材、小数のスタッフで救助可能なものを優先順位の高い患者に選定する。被災者が多ければ多いほど短時間でトリアージを行う必要がある。

     通常、患者のバイタルサインは変わるためトリアージは災害現場、ついで病院入口で行ない、ここから各重症度別に集められた被災者群の中で再度トリアージを行う。

     トリアージは災害現場では救急救命士が行い、病院入口では医師、看護婦、事務員がチームとなって行う。

     被災者の治療緊急度の識別には色分けされたタッグを用いる。色分けは赤色タッグは生命の危機に瀕している患者、黄色タッグは生命の危機があるが数時間以内に手術をすれば生存できる患者、緑色タッグは生命に危機がなく外来治療で対処可能な患者、黒色タッグは死亡又は生命兆候のないもの、と分けることもある。トリアージを終えたらタッグを原則として右手又は右足首につける。

     トリアージは約70%程度正しければよい方で、一度で正確に行うことは難しいためくり返し行なわなければならない。

     トリアージを成功させるためには、トリアージ責任者は治療に参加してはならない。トリアージを行わない限り、患者を移動させない。これを守る。トリアージを行うに当たっては、主訴、バイタルサイン、考えられる最悪の診断、救援体制の情報に基づいて行う。

     被災者の病態はさまざまで、災害のストレスによる心筋梗塞、過呼吸症候群や災害後ストレス症候群など、非外傷患者のトリアージカテゴリーも必要である。

     トリアージは普段やりつけないとできないので、非常に規模の小さいシュミレーションを行うことからはじめることが大切である。


    災害時多発外傷

    坂田育弘、救急医学 19: 1741-7, 1995(担当:永田)


     災害時多発外傷では,ほとんどの症例に鈍的外力による非開放性損傷が,頭,頚部,顔面,胸部,腹部,骨盤・四肢,体表のうち2カ所以上にみられる.治療に際して,呼吸・循環管理をはじめとする総括的な治療をする場合と,それぞれの専門的治療をする場合とに選択して医療機関に搬送しなければならない.

     多発外傷の特殊性としては,頭部外傷があり体表面からは胸腹部に何の異常も見られない場合,胸腹部の理学的所見に乏しいために治療が遅れることや,頚椎損傷にたいして頭蓋牽引や固定を行っているばあいCT検査などが困難であったり,臓器破裂や骨盤骨折などによる出血性ショックにより多臓器不全や感染などの合併症を来す場合があるなどがあげられる.治療は救命が第一目的に治療順位が決定される.

     まず,初期の病態の把握にはバイタルサインをチェックしTrauma indexなどを指標に搬送の優先順位と搬送医療機関の決定をする.そのほか,瞳孔径と反射,体表面からみた外傷部位,呼吸様式,腹部の膨隆,四肢の浮腫と変形などをチェックする.ショック徴候の見られる患者には特に注意する.

     初期の病態の処置として,心肺停止状態にある患者に対して直ちに心肺蘇生を行う必要があるが,胸部外傷が明らかな場合,胸骨圧迫心マッサージは危険であり,十分な脳への血流を確保できないので開胸心マッサージが必要である.気道確保では,意識障害やショック,呼吸状態の異常,顔面の変形や口腔内出血および気道熱傷がみられる患者には気管内挿管と酸素投与を行う.気管内挿管が困難な場合は気管切開を行い,換気が不十分な患者に対しては人工呼吸を行う.又,すべての患者に静脈路を確保し,乳酸加リンゲル液の輸液を開始する.ショック状態の患者には鎖骨下静脈穿刺などによる中心静脈ルートを確保し体液の補充と同時にカテコールアミンなどの薬剤投与ならびに中心静脈圧(CVP)測定を行う.循環不全や呼吸不全となる症例が多いので体表面の動脈を穿刺し,バイタルサインの持続モニタリングと採血に用いる.経時的尿量の測定や血尿の有無をみるために,膀胱カテーテルを留置する.

    (重傷度の指標)

     多発外傷の重傷度の指標として広く用いられているものにISS(injury severity score)がある.これは,AIS(abbreviated injury scale)があらゆる個々の損傷に対して1〜6までの段階で表示しているのを基本として,そのスコアが高い3区域を選び,それぞれの値の二乗の総和がISSである.このISSは多発外傷の死亡率とよく相関する.

    (治療の優先順位)

     治療の優先順位は気道確保,血管確保,バイタルサイン持続モニタリングなどの通常の初期治療を行いながら理学的所見,臨床検査,画像診断を可能な順に行い,緊急性の高い順に行う.緊張性気胸と心タンポナーデは速かに処置する.治療の一般的順序は,胸部−腹部−頭部−骨盤・四肢の順であるが出血性ショックを伴うような多量の出血に対する止血,低酸素血症の原因となる呼吸循環に影響を及ぼす損傷の処置,脳圧亢進症状を伴う頭部外傷に対する処置は緊急性が高い治療である.さらに,多発外傷の治療には重度の損傷の同時治療が必要になる場合が多く,救急専門医が病態の把握と管理の中心となり,多部位同時または連続手術などの治療が必要となる.


    阪神大震災時の避難所における救護活動

    2)行政側より

    坪井修平、救急医学 19: 1728-33, 1995(担当:西藤)


    I.北保健所の救護活動

     北区は、死者9人、全半壊1300棟、避難者は2300人を数え、診察を受けに来た人は、小外傷と感冒が大半を占めていた.避難所は、学校が過半数を占め、公民館や地域福祉センターも利用されており、保健室や事務室が臨時診察室となった.

    II.長田保健所の救護活動

     長田区では、震災当日の夕方より日赤やAMDA(アジア医師連絡協議会)等5団体からの医師、看護婦などによって、巡回救護活動が開始されていた.保健所に訪れた人は、北区と同様小外傷や感冒が大半を占めていた.長田区は、人口13万人のうち、死者876人、全半壊1万8000棟、全半焼4000棟、焼失面積30ha、避難所78ヵ所、避難者4万8000人と、神戸市9区のなかでも、最も大きな被害を被った地区である.医療機関も例外ではなく、大打撃を受けたので、保健所を拠点としたボランティアグループによる避難所の巡回救護活動は、重要な役割を担っていた.

    III.巡回救護から常設救護所、医療機関へ

     東灘、灘、中央、兵庫、須磨等他の激甚被災地区においても、長田区と同様、保健所を拠点とした救護活動が展開された.当初は巡回救護が主として行われ、1月26日、震災後10日目にして常設救護所125ヵ所、巡回班27チームという救護体制が確立した.診療数は23万人を超え、ピークは2月26日で7000人に達した.内訳は、感冒など呼吸器疾患68%、熱傷・外傷15%、胃腸疾患6%、高血圧・心疾患4%、その他8%となっている.一般医科とは別に、精神障害者や心的外傷後ストレス障害PTSD(post-traumatic stress disorder)、スタッフの燃え尽き症候群に対応するため、1月22日から26日にかけて激甚被災6区の保健所に精神科救護所が開設された.1月26日に29%であった医院再開率は、2月10日には64%に回復し、その後徐々に救護活動は縮小され、4月末日をもって、救護体制は終わりを告げた.

    IV.検・健診

     2月1日から糖尿病相談窓口を開設していた神戸健康文化都市戦略研究会KASHCUSによって、2月20日、最激甚被災区の長田区で、「糖尿病などの慢性疾患検診」が始められた.検診結果は以下の通りである.

    対象  :長田区6避難所、3000名
    受診者 :209名(そのうち、ハイリスク者163名)
    結果  :
    高血圧104名(そのうち、未治療・中断35名、初めて診断18名)
    感冒等呼吸系42名
    糖尿病26名(そのうち、未治療・中断8名、コントロール不良12名)
    尿蛋白・潜血23名(蛋白+・潜血++以上)
    心電図異常17名
    高度貧血5名(Hb10g/dl未満)
    GOT・GPT高値3名(160IU/l以上)
    要緊急治療・・・16名(糖尿病12名、不整脈2名、肺炎2名)
    要精密検査・・・10名(心不全・心筋梗塞4名、高度貧血3名、肺結核・肺癌・肝疾患各1名)

    スタッフ :延べ267名(医師69名、看護婦48名、検査技師58名、X線 技師19名、事務31名、企業42名)

    V.ボランティアと行政

     国内外からおびただしい数のボランティアの申込が殺到し、延べ総数100万人を超えた.行政も、全神戸市職員に、3月末まで防災指令3号が発令され、休日なし、1日12時間、週84時間以上の拘束時間が課せられ、役所はすべて24時間体制となった.

    VI.救護活動の問題点と対策

     救護活動の問題点と対策は以下のとおりである.

    • トリアージ、PTSD、クラッシュシンドローム(不勉強、不慣れ、情報・交通遮断による転送の遅れ)
    • 災害訓練、情報網拡充、交通規制、ヘリコプターの利用
    • 避難者の保健・医療(マンパワー不足、医療費問題、検査不十分)
    • 支援要請、情報網 拡充、交通規制、医療費早期免除、カルテ作成、検診
    • 必要医薬品(情報・交通遮断、薬品管理の混乱、備蓄不足)
    • 情報網拡充、配送手段の 確保、薬剤師の役割、3日〜1週間分の備蓄
    • 行政、医療機関のマンパワー(市職員・医療職員も被災者、交通・情報遮断)
    • 支援体制・ボランティア窓口の整備、情報網拡充、交通規制
    • 医療相談窓口開設(不慣れ、情報遮断、医療従事者間の連携不足)
    • 事前準備、医師同士・他職種との連携、情報網拡充
    • 避難所の給食(他府県からの遠距離輸送、食中毒予防最優先:まずい、かたく食べにくい)
    • 栄養調査、冷蔵庫・保冷庫の設置、早期喫食等の啓発、レトルト食品の利用
    • 避難所の生活環境(排泄物充満の便所、換気不良、寒冷、孤独感)
    • ビニール袋・新聞紙の利用、給水車、清掃当番等自立支援、仮設便所の早期設置、防疫、喫煙室の確保、コミュニティ作り

     このように、救護活動も他の災害対策同様、情報と交通手段の確保が肝要である.今回の震災を機に、災害対策マニュアルの見直し、定期的な地震災害訓練の必要性を迫られる.


    兵庫県フェニックス計画における医療対応

    小林 久、日本集団災害医療研究会誌 1: 73-7, 1996(担当:八竹)


     1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災では5,500名をこす死亡者と34,000名以上の負傷者を出した。また、医療機関の診療機能が低下し、患者搬送に支障をきたした。そこで兵庫県では復興計画の中、震災時の問題点を検討した結果、新しい兵庫県災害救急医療システムが作成された。平成7年2月27日、「兵庫県災害医療システム検討委員会」が設置され、合計6回の審議を経て、「災害医療の実態調査」や「災害救急システムのあり方」が検討された結果、同年6月19日に「兵庫県医療システムのあり方」としてまとめられた。その構成要素として1.医療情報システム、2.医療指令システム、3.救命救急医療システム、4.救急搬送システム、5.医療マンパワー確保・受け入れ・派遣システム、6.その他の支援システム(耐震・防火構造・防災施設・設備、ライフライン、備蓄、研究、訓練)が上げられる。

     新しい災害救急医療システム構築するに際して、1.現行の救急医療体制が基本、2.平時も稼動するシステム、3.官民協力(適切な経済的行政支援、民間医療機関の活用)、4.医療情報収集・提供、医療司令、医療マンパワー確保の一元化、5.救急医療と搬送の一体的運用、6.市町災害医療計画の策定、などが考慮された。

    兵庫県災害救急医療システムの構築

    1)災害医療情報・司令システムの整備

    1.  県下の拠点として国際防災センターとの連携のもとに兵庫県災害医療情報・司令センターを整備する。
    2. 二次医療圏に1ヵ所ずつ地域医療情報センターを設置し、医療情報の一元化を図る。
    3. 広域災害医療情報ネットワークで、県のセンターと地域のセンター、近隣府県、国の機関、搬送機関、自衛隊の間で連絡を取り合う。

    2)災害医療センターの整備

    1. 高度救命救急センターでは多発外傷、脳血管障害、循環器疾患、広範囲熱傷、急性中毒等に対応。病床の確保、医師の派遣など被災地の医療ニーズに対応する。
    2. 搬送基地として、陸上搬送、航空搬送、海上搬送を確保3)備蓄基地として、医薬品食料、水、LPガス等を備蓄。災害時には被災地、医療機関等に搬送できるように整備する。

    3)地域救急医療体制の整備

    1. 小中学校区域を単位とした初期救急医療機関の整備する。
    2. 二次医療圏ごとに救急センター等地域基幹病院を拠点とした広域救急医療機関を整備する。

    4)搬送システムの整備

    救急車、鉄道輸送に加え、巡視船、ヘリコプターによる輸送を確保を図る。市町区域に1ヵ所ヘリポートを整備する。

    5)医薬品等備蓄システムの整備

    1. 災害医療センター内に広域備蓄センターを設置する。
    2. 地域備蓄センター

    6)市町における災害医療体制の整備

    7)その他

    1. 災害医療の研究
    2. 災害医療訓練
    3. 人的災害への対応

     阪神・淡路大震災から1年が経過したが、兵庫県フェニックス計画における医療対応は理想的には実現できていない。災害医療センター構想については現在も専門部会等で検討中である。


    救急・災害医療ホ−ムペ−ジへ
    災害医学・抄読会 目次へ
    gochi@hypnos.m.ehime-u.ac.jp までご意見や情報をお寄せ下さい。