災害時における病院の準備と対応

青野 允、事例から学ぶ災害医療、南江堂、東京、1995, pp 160-178

(担当:二宮、山元)


A.現在の問題点

 現今では時にドクターカーが現地に医師とともに到着し、救急救命士との責任分担に苦慮することなどが生じうる。次いで、救急隊によって搬送された被害者を受け入れる大部分の医療機関はその準備もまた院内の医療従事者の災害医療に対する認識および訓練も十分とはいえない。

B.集団災害時の地域における準備と対応策

1)平時における救急医療システムの利用と拡充

 個人救急に関するシステムを基本にしてグレードアップして集団救急時のシステムをつくる。受け入れ疾患の種類、重症度、人数をあらかじめ決めておく。さらに、各病院では緊急時に退院可能な人数も確認しておく。病院マップをあらかじめ作り、主と副の基幹病院を決めておく。ここでの情報はすべて災害対策本部に送るようにしておく。

2)国、地方自治体、医療および関連機関、ライフライン関係者による定期的会合

 災害対策基本法に定められた責任者は、不在時のために2〜3人の副責任者を順位をつけて決めておく。これらの責任者がそれぞれ複数で会合に出席して、各機関の機能と役割分担の確認を行う。ここで災害時の情報の伝達の方法について確認しておく。

3)情報伝達ネットワークの整備

 既存の通信手段を利用するのを基本とする。情報伝達の経路に従って有線、無線の情報網を整備・拡充する。

C.病院の準備と対応

 病院を中心に災害を分類すると、(1)病院も包括する病院内・外災害、(2)病院内災害、(3)病院以外で発生した自然・人為災害で局地災害などの病院外災害などとなる。このうち、(2)の火災などに対しては、すでにどの病院でも対応ができている。(1)に関しては、まず病院の立地条件や、建物の構造、強度などから考慮する必要があるが、国家の援助か得られないかぎり経済的に困難であろう。したがって、以下に(3)の対応について、現時点で実現可能と思われる対策について述べる。

1)院内設備の対応策

a.耐震・耐火構造など

 現在の建物の築後年数、耐震・耐火度を確認する。改築、一部新築や補修時に建築物の補強を行う。

b.院内設備の補強

 すべての家具、医療機器、薬品棚などの耐震設備の取り付け。

c.ライフライン途絶時の対応策

 自家発電装置、自家水源(飲料、作業用)の確保、都市ガス供給停止に対する対応措置。

d.通信・情報伝達方法

 テレフォンカードと緊急時職員連絡電話番号の整備。

e.災害用の医薬品、医療資材の備蓄

 財政の許すかぎり予備の分を少しずつ増やして、平時の1週間分の備蓄をすることが望ましい。緊急時の補充方法について業者と時間外も含めて取り決めをしておく。

2)病院職員に対する災害医療教育

 医学的災害とは、現有する医療能力(医療資材、人などすべてを含む)に対して、はるかに膨大な医療の需要がきわめて短時間のうちに発生した場合をいう。したがって、平時のように受け付け順に患者をみるのではなく、現有する医療能力を最大限に発揮して、最大多数の被災者に最良の治療をすることが目標であることを理解させる。そのために通常は次の順序で対応する。これは、三つのT(3Ts)といわれている。

a.Triage(トリアージ、選別)

 被災者は災害現場で、救急隊などにより救出され現地救護所で治療緊急度、重症度に従い第1回目のトリアージを受け、トリアージタッグがつけられる。

b.Transportation(搬送)

 トリアージの順に従い、救急救命処置、応急処置等を受ける。状態が安定したら、重症者はヘリコプター・救急車、中等症は救急車・バス、軽症者はバスや徒歩で医療機関に移動する。このさい大切なことは、救急隊長は病院マップに基づく対策本部からの指令によって、救急隊に該当する医療機関に搬送の指示を与え、被災者が1カ所に集中しないようにする必要がある。搬送先が決定したら、どの病院に重症者何人、軽症者何人などと本部に報告する。

c.Treatment(治療)

 病院入口で第2回目のトリアージを行い、その結果に従って、救命処置、検査、処置、手術、入院、退院などが行われる。

D.集団災害時の対策マニュアル作成

 1994年(平成6年)に行われた第42回日本災害医学会での特別公開講座のさい、金沢医科大学病院を中心に行った集団災害対策訓練時に試作したマニュアルを中心に述べる。試作したマニュアルはB5判で3ページだけで、そのうち全体の共通部分が2ページ、各部署のものは残りの1ページのみである。

【マニュアル作成の前提条件】

 (1)局地災害で病院が無傷である (2)大学病院である (3)これまでにいくらかの訓練の経験がある (4)病院火災時の対策を基本にしてある (5)職員に訓練の概要を説明してある (6)各職員は自己の職務について十分認識しており、かつ相当な経験がある (7)病院近郊の地理的および医療に関する状況を知っている (8)マニュアルは非常に簡潔で基本方針だけが書かれている (9)マニュアルに書かれている以外のことに関しては災害医療の基本方針に照らして、常識に基づいた想像力と創造力を生かして対処するように書かれている など

【共通部分のマニュアル】

第1ページ:集団災害時の被災者に対する医療計画

 ここでは、まず集団災害医療の基本方針が書かれて、次に『金沢医科大学病院被災者対策』として、院内非常放送によって集団災害発生を確認した後の病院の全体的な対策要領が示されている。

第2ページ:(1)病院内被災者動線と(2)災害発生時の連絡系統図

 (1)病院入口に搬送された被災者にどのような順序で対処するかわかるように、処置を行う各部署を図示し、同時に患者の動線も示してある。

 (2)災害発生の情報が救急隊のホットラインを通じて救急センターで受信された後にこの情報が病院管理課を通じて対策本部に到達し、災害対策本部が設置されて、ここから全館に非常放送されるルートも示してある。

【中枢部門のマニュアル】

 これは、災害発生の第一報が救急隊または災害対策本部から入り、この情報が病院管理部を通じて院内災害対策本部が設置され、ここから全館に向けて非常放送がされるまでのものである。中枢部門とは、救急医療センター、管理課、対策本部、防災センター、看護管理室、電話交換室などである。

【各部門におけるマニュアル】

 ここからは、外来事務、検査、放射線、手術部、薬剤部、栄養部、各診療科など病院機構のすべての部門が入る。

 非番の勤務者の呼集、平常業務の縮小と停止、責任者の確認など、原則はすべて共通である。非常放送の内容により必要なもの、必要と思われるものを職業的常識、想像力、創造力で準備する。また各部署の受入れ能力を本部に報告する。

E.災害対策訓練

 近年、各地で集団災害対策訓練が行われるようになってきたが、プレホスピタルケアが大部分を占めており、ホスピタルケアの部分が少ないか、あるいはまったく欠如している。しかし、この両者が連携のとれた形で行わなければ、被災者の救済はおぼつかない。また阪神・淡路大震災を契機として、災害対策基本法が見直されつつあるが、医療機関としては依然として、地域医師会、保健所、日本赤十字病院のみに頼り切っており、若い救急医の多い各地の救急センターや大学病院が計画に入っていない。 このような理由により、さしあたりは自分達の命は自ら守らなければならない。そのためには地域ぐるみの訓練が必須である。ここでは、実際に行われた集団災害模擬訓練の概略を示す。

【1】災害発生の想定(なるべく簡単な想定)を行う。

【2】救急隊の出動から現地救護所の設置までの所要時間を関係規則と実績に基づいて算定する。

【3】被災者の救出開始から医療機関到着までの所要時間を、被災者の重症度、患者数とあらかじめ作成してある病院マップを参考にして算定する。

【4】災害発生通報の病院への到着から院内災害対策準備完了までの必要時間を算定する。

【5】全体的な必要時間、医療資材、人員などを推定して、不足する可能性のあるものをチェックし、補充方法を決定しておく。

【6】プレホスピタルおよびホスピタル部門が別々に想定に従って、人形やミニチュア自動車などを用いて机上訓練を時間的経過を含めてこれまでの実績に即して行う。次いで全参加者が集まって、全経過にわたって行う。

【7】机上訓練と同様に事故の概要と負傷者の想定を行い、実訓練を実施する。より真の災害に近い訓練を行うため、模擬患者(医学部学生)に対しては重症度と傷病名のみを指定し、あとは各自に勉強させて適切な扮装をさせ、災害現場の救急隊には各重症度患者の概数のみを知らせてあるだけで、それ以上の情報は与えていない。


JMTDRの救護活動

二宮宣文、救急医学 19: 1713-1717, 1995(担当:陶山)


【はじめに】

 JMTDRは国際救急医療チーム(Japan Medical Team for Disaster Relief)の略で、外務省の管轄する政府組織で1982年に設立され、国際協力事業団(JICA)に国際緊急援助隊事務局を置き運営されている。「国際緊急援助隊の派遣に関する法律」に基づき、海外での大規模災害発生時に当該国政府または国際機関からの要請に応じ日本政府が派遣する国際緊急援助隊医療チームの一端を担っており、平素からこれに必要な体制を整備している。ゆえにJMTDRは海外の災害に対応するもので国内の災害に対しては考慮されていないが、阪神・淡路大震災では法律的根拠はなく人道的見地により派遣された。

【経過】

1995年1月17日 阪神・淡路大震災発生
1月31日 政府よりJICAに対しJMTDRの派遣要請(人道的)
2月4日〜2月20日 3班に別れて医療活動を行う

【実施要領】

活動場所:神戸市立御影公会堂、御影小学校、御影中学校、御影工業高校を中心とする

派遣期間:

協力方法・内容:現在活動中の神戸医師団を引き継ぐ形で行い、終了後次の医師団に引き継ぐ。避難所における一般外来診療を中心に行う。

【診療統計】

 4カ所の避難所における収容人数は2月5日で5800人であったものが、2月17日には1030人とその18%に減少している。診療患者数は15日間で合計835名で、1日平均 55.7名だった。しかしその患者数の推移をみると図1のようにA班が370名、B班が272名、C班が193名と明らかに経時的に減少傾向を示している。

 疾病構造を見てみると図2のごとく全診療患者835名の50%が感冒、インフレンザであり、その割合は経時的変化を示さなかった。次に多いのは創処置および包交で12%であるが、経時的変化をみるとA班が12%、B班が14%なのに対してC班は 4%と減少している。全体的にみると内科的疾患が圧倒的に多かった。

【考察】

 大震災発生後19日目の2月5日から15日間にわたって、被害の最も大きかった神戸市東灘区にある4つの救護所診療所において診療活動を行った。

 災害医療から考えるとその時期は救出救助期より後の感染期、復興期にあたる。疾病構造からもこのことがわかる。診療患者数から考えると経時的に減少傾向がみられ、どの時期で撤退し現地医療機関に委譲していくかという大きな問題がある。実際に医療チームが活動しているとき、現地の医療機関の80%が既に診療可能となっていた。診療機関によっては患者数が震災前の30%にまで落ち込んだ施設もあり、これら医療機関の死活問題にもなりかねなかった。

 JMTDR登録者は10年以上前より訓練および20回以上に及ぶ国際災害派遣により、災害医療のノウハウを最も多くもっている組織として国際的に認知されている。JMTDRがもっと早く派遣されていればとの批判も聞かれるが、法律により国内は派遣対象になっていなかった事情もあり、登録者自身も悔しい思いをしていたのが実状だった。しかし500名の登録者のうち70名以上が現地の救助救急活動に携わり、残りの登録者の多くも何らかの救援活動を行ったとのことだ。今後とも訓練、準備、研究を積み重ねて常時即応できる国際医療チームとならんことを決意している。


AMDAの活動

菅波 茂、救急医学 19: 1718-1722, 1995(担当:大幸)


T. AMDAボランティアの動き

 地震発生の1月17日午後4時に神戸へ向けて出発し、午後11時には神戸市長田区役所5階保健所に到着し、現地事務局を設置して活動を開始した。次の日から救援活動に参加する人が増え、1月28日、29日には120〜130と最大の規模になった。ところが、1月27日の保健所の調査では、長田区内の病院と診療所の外来再開率が、AMDAの救援活動終了目標の50%以上と結果が出たので、できるだけ早く患者を地元の医師たちに返すことに決定した。1月31日から、長田区役所内24時間診療所に神戸西市民病院より医師1名と看護婦1名を派遣してもらい、AMDAのボランティアの医師、看護婦、薬剤師は両名の管轄下に入った。2月4日には長田区役所内診療所でのAMDAのボランティアによる医療業務は完全に終了した。

II. 第1次医療と第3次医療との連携

 混乱状況下では、第3次医療機関の情報入手や連絡を取り合うことができなく、消防局が連絡役だった。第1次医療と第3次医療との連携を密接に保つためには、合同現場事務局を設営運営し、第3次医療機関派遣者が所属する医療機関への受け入れなどの連絡調整をすることである。

V. 私的医療機関の支援

 私的医療機関は公的なボランティア活動の基準から外れていて、借金を抱えての経営であることを考えれば、もっと支援すべきである。

IV. 緊急救援活動の原則

 緊急救援活動の基本3原則は、活動拠点、通信、輸送の確保である。これに加え、人と物資が必要である。また後方支援活動体制が重要である。

V. 緊急救援ボランティア3条件

〇全体の流れをみながら、自分の身の処し方を考えなければならない。
〇寝袋と3日間分ぐらいの水と食料は自分で用意する必要がある。
〇自己の健康管理をしなければならない。

Y. ボランティア保険

 被災者救援中に余震による2次災害の可能性が高い。また、移動中の交通事故のおそれもあるため、保険に入った方がよい。

Z. 防災計画緊急医療体制への提言

1 時系列対応政策

 被災発生後1週間以内は、医療ボランティアによる被災現場での応急処置がもっとも有効な期間である。だから、行政は、ボランティア活動支援対策として活動拠点、通信、輸送の確保のために、必要な規制緩和を時限立法で実施すべきである。加えて外傷、呼吸器感染症、ストレス性疾患に必要な器具と医薬品を補給すべきである。また、応急処置を越える重症者を受け入れる後方支援医療機関の確保が必要である。

 被災後1週間以後は、慢性疾患が多くなるが、慢性疾患用の医薬品は高価なためボランティアで提供する場合には資金的に限界がある。だから、行政が保険制度と関連した形で慢性疾患の治療が可能となる体制を構築する必要がある。また、それとともに地元医療機関の診療機能の回復する必要がある。

2 パニック対応政策

 経験者の養成が望まれる。例えば、海外の救援活動にも積極的に参加したり、すぐに実行できるように平時に訓練を繰り返しておくことが大切である。

3 医療ボランティア活動支援政策

緊急救援活動の3原則の支援、つまり、活動拠点、通信、輸送である。加えて、医療品の公的供給が望ましい。また、医療ボランティア自身に対する保険と医療事故に対する保険との2つの保障である。最後に資金の問題である。日赤以外にも義援金が配分されるシステムの再構築が必要である。

☆     ☆     ☆

 以上のほかにも広範囲な対策が必要なのが緊急救援医療である。しかし、限られた時間、空間、人的資源、社会資源の中で何を優先させるのかが、難しい課題である。これから緊急救援の方法論の確立を急ぐ必要があるだろう。


災害時の医療コーディネイトについて

(坪井修平ほか、日本集団災害医療研究会誌 1: 36-45, 1996(担当:松山)


 1995.1.17の兵庫県南部地震は、死者6千人、建築物の全半壊、焼20余万棟の未曾有の大災害をもたらした。これらの体験を基に、行政側の災害時医療コーディネイトのあり方を以下に検討する。

T、医療ボランティアの受け入れと配置

 震災直後より、市衛生局や保健所等に国内外から多数のボランティア申し込みが殺到したが、県庁や厚生省現地対策本部、兵庫県看護協会ほか多数の民間団体にも医療ボランティア窓口が設置されたため、重複登録が少なくなく、配置する際に混乱を来した。また、当初一週間は、電話回線の混乱により正確な情報把握が困難で、地域により医療ボランティアの過不足が見られた。

 これらの対策としては、医療ボランティアの受付窓口を保健福祉局に統一し、事前に定めた派遣計画に基づいて救護所や保健所に派遣する。また医療ボランティア団体と、平常時から災害時の計画等について交流をはかる事が必要である。

II、医療用水、患者給食、医薬品等の確保と支援

1)医療用水

 震災後、断水の為、人工透析用の水が不足したが、給水車による定期的な供給と、市外、県外の透析医療機関へ転院により解決した。

2)患者給食

 医療機関からの病院給食の支援要請に対し、岡山からのヘリコプター、陸路運搬で対応した。また、神戸市激甚被災地区71病院のうち、92%が援助物資を受け取っていた。これらの病院のうち備蓄食糧を持っていたのは31%にすぎなかった。

3)医薬品、医療材料

 震災当日は購入あるいは大都市協定による支援の医薬品や医療材料が大量に到着したが、当初の薬品、特に感冒薬、抗生剤、精神安定剤、下剤、睡眠剤、解熱鎮痛剤はすぐに不足した。しかし、ほどなくして大量の支援医療品によって不足は解消されたが、集積スペースと在庫管理に苦労した。また、震災2週間目頃からは、胃潰瘍などの胃腸疾患、高血圧、心臓病、糖尿病等慢性疾患用の治療薬の需要が高まった。

 保健所や医療機関での不足に対する対策としては事前に締結している医薬品卸業者へ調達を要請する流通備蓄の方法をとり、医療機関は少なくとも3日間分の備蓄が望まれる。また、医薬品の整理、在庫管理のために災害直後より、救護スタッフに薬剤師を加えるべきである。

4)医療スタッフ

 医療機関からの医療ボランティアの派遣要請はほとんどなかった。これは医療機関が行政よりも関連大学、医師会、系列医療機関などから支援を仰いだ為であろう。震災から1週間で医師不足、看護婦不足を感じた医療機関は182病院のうち42%であったが実際の受け入れ人数は必要人数の数パーセントであった。これはスタッフの宿泊、食事、謝礼、チームワーク、過誤診療の心配等がネックになったものと考えられる。

V、医療・救護活動

1)被災した医療機関の医療活動

 市内の医療機関のほぼ半数が全半壊、焼となった。しかし被災地の医療機関は、施設、医療機器に損傷を受け、ライフラインの途絶、出勤職員の不足、食料、医薬品の窮乏等のハンディキャップを背負いながらも、調査回答107病院で震災後1週間でのべ5万人の外来診療、8千人の入院診療が行われ災害医療を実践していたことがわかる。

2)救護活動

 神戸市の診療数は、4月30日迄で約28万人を数え、ピークは1月22日の9.800人であった。内訳は、感冒等呼吸器疾患(第一週:43%、第四週:69%、第八週:60%)熱傷、外傷(第一週:31%、第四週:15%、第八週:10%)消化器疾患(第一週:6%、第四週:4%、第八週:4%)、高血圧、心疾患、糖尿病等(第一週:5%、第四週:10%、第八週:14%)と言う変遷が見られた(Fig1)。知的、精神障害者がストレスにより不眠、徘徊などの症状を呈したり、心的外傷後症候群、ボランティアの精神障害また、齲歯、歯髄炎などのケースも見られた。従って、精神科、歯科救護も速やかに開始すべきである。なお、今後、全市共通のカルテも救護活動時の混乱を防ぐために必要である。

IV、医療機関の立ち直りと救護体制の終息

 1月24日に21%であった医院再開率は、2月10日64%、3月6日81%まで回復した(Fig2)。医療費一部負担金の猶予制度が出来ていたものの、救護所医療はすべて無料のため医療機関の立ち直りを阻害する面もあった。救護所では次第に慢性疾患の対応が増え、充分な検査設備、医薬品もないことから救護活動を縮小し、医療機関へ移行する必要に迫られた。また、被災者の医療費無料化が衆知出来たのは、震災後一ヶ月半ばを過ぎていた。今後、大震災時には、直ちに被災者が、救護所、医療機関どこでも無料で診察を受けられることが望ましい。

V、情報の収集と伝達

 震災当初は、電話回線の混乱により、衛生局と各保健所等の現場や医療機関などの他の組織との連絡が困難で、衛生局もふくめてどの部署も当初一週間は独自の判断で行動せざるを得なかった。今後、災害時に、正確な情報を収集、伝達、共有化出来るように、CATV、無線、パソコン通信等、複数の有線、無線系情報通信システムの活用により、本庁、区役所、消防署、医療機関 等を結ぶ情報ネットワークを構築する必要がある。


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