災害医学における遷延死の重要性〈第一報〉

−1991年コスタリカ地震剖検例における証明−

和藤幸弘1)、エルネスト・プレツト1)

1) ピツツバ−グ大学国際蘇生センタ−

(日本医事新報 3599 pp.43-46 1993)


目次

□はじめに  □1991年、コスタリカ、リモン地震
□方 法   □結 果   □考 察
□結 語   □参考文献


はじめに

 一般的に災害における死亡は、そのすべてが被災直後の即死例とは限らないと考えられる。例えば、大地震の直後には生存したが、必要なレベルの医療が速やかに受けられず、あるいは医療機関に収容されても、その後に死亡するものを遷延死(protracted death, slowly dying patient, delayed deathなどを翻訳した)という。そして、これらの遷延死例の存在を科学的な方法で証明し、そこに救命の可能性を求めるのが、災害医学の一つの命題である。

 大地震における傷病、死亡などの報告には、生存者が地震直後には瓦礫の下から他の生存者の声を聞いたが、救出を待つ間に、やがてそれらが聞こえなくなったと逸話的証拠をあげるものがある1),2),3)。しかし、大災害における遷延死を科学的に証明した報告はない。

 1991年のコスタリカ地震における、ピツツバ−グ大学を中心とした調査より、遷延死例の存在を明らかにし、災害医学における遷延死のもつ意味について述べる。


【1991年、コスタリカ、リモン地震】

 コスタリカは中央アメリカの太平洋とカリブ海、さらにニカラグアとパナマに囲まれた総人口約300万人の小さな国である(図1)。また、7つの火山のうち5つの活火山を有し、ココスプレ−トとカリブプレ−トに挟まれた地震多発地帯に位置する。1991年4月22日、13時58分、震度7.8(Richter Scale)の地震が、テラマンカ山脈のジヤクロン山麓を震源地として発生し、コスタリカ南東部、カリブ海沿岸のリモン地方(図2)が広範囲に被災した。地震の一般情報は表1に示す。

 地震直後に電話回線はすべて不通となった。また、ポ−トリモン市へ通じる車両通行可能な9つの橋は崩壊し、首都サンホセから被災地への陸路はポ−トリモン市から車で30分の距離にあるブタン村より先が途絶した。そのため、政府消防庁の救援チ−ムは被災後2時間以内に派遣されたにもかかわらず、被災地に進入できず、ブタン村に、サンホセと被災地を中継するための無線を使用た調整基点を置くに留まった。

 コスタリカ、リモン地方は水害が多く、住民は木造家屋の2階に生活する(写真1)。これらの家屋の1階はおもに4本以上の木製の支柱からなるが、今回の地震では写真2、3のごとく支柱が折れて、2階の居住部分が地面に落下、崩壊して住民が受傷した。

 ポ−トリモン市の赤十字支部は4台の救急車を保有したが、被災の規模はその収容能力をはるかに超え、ほとんどの負傷者は、親類や知人の自家用車で地元の診療所に搬送された。地元赤十字も、素手や軽装備の簡単な救助(Light Rescue:鉄の棒、つるはし、シヤベルなどを使用した簡単な救助法)を行なったが、大多数の救助は被災した生存者自身によって行なわれた。

 被災地唯一の病院であるトニ−フアシオ病院(300床)は、病院の建物自体が被害を受けたために、被災前からの入院患者125人を駐車場に設営した仮設収容所に避難させ、さらに被災から45分後には、野外で負傷者の受け入れ体制を整えた。

 首都サンホセのコスタリカ政府は、救援チ−ム派遣と重症の負傷者搬送のために孤立したリモン地方に『air bridge』を架けることを決断したが、コスタリカは軍隊を持たず、また民間機を確保することも困難を極めた。政府の最初の救援チ−ムは、22日深夜、民間機で自動車のヘツドライトを並べてガイドにして空港に着陸し、その場で負傷者の治療を開始した。その後、重症の負傷者の搬送手段が確立されたのは被災から約24時間後であった。

 23日朝、ニカラグアの救援医療チ−ムが、空軍機(ソビエト製アントノフ小型輸送機)で到着したのを初めとして、アメリカ合衆国国際災害救援チ−ム(OFDA)、パナマに駐屯する合衆国南方指令部(USSOUTHCOM)、国連中央アメリカ事務局からの救援チ−ムが、48時間以内に活動を開始した。また、イギリスとスイスから救助犬が派遣されたが、能力を発揮できなかった。

 緊急手術が必要な負傷者をすべてサンホセへ搬送し終えたのは被災2日後であった。軽症負傷者の搬送は4日後まで続いた。


【方法】

 1991年6月19日から、29日まで、ピツツバ−グ大学災害医学研究グル−プ、メリ−ランド救急医療研究所、コスタリカ救急医療委員会からなる合同調査団は、1991年4月22日、コスタリカ、リモン地方が被災した地震の救急医療、被災状況などに関する詳細な調査を行なった。そのなかで、調査団はコスタリカ救急医療委員会より、死亡者の氏名および死亡した場所を記載したリスト、さらに、剖検例11例の報告も供与された。調査団はこれらの記載事項をもとに、被災後24時間以内に死亡した犠牲者を現場で目撃した生存者、救助に関与した人、医療従事者などを対象に Structured Interview Study3),4)注1)を行い、個々の死亡例や重症負傷者のできる限り詳しい被災、受傷時の状況、施された応急処置、生存時の状態などに関する情報を収集した。犠牲者を追跡する情報収集に際しては、氏名をIDとした。また、今回は、搬送された医療機関における診療録、剖検所見をもとに以下の条件を満たすものを遷延死とした。

 1)被災現場において救助隊が、犠牲者が救出時に生存していた証拠(話すことができた、動いていた、呼吸していた、脈を触知したなど)を確認した場合。

 2)医療機関へ搬送後に死亡したことを医療従事者が確認した場合。

1)または2)の条件を満たし、被災から24時間以内に死亡したもの。


【結果】

 調査団はの被災者(34%)、医療従事者(23%)、市の職員(17%)、赤十字要員(10%)、警察官と消防士(4%)、その他救助や救援にかかわった人々(12%)を対象に83の一般形式インタビユ− (Principal Interview:PI)を行なった。また、個別の死者に関する71のインタビユ−(Victim Specific Questionnaire)を行ない、さらに医療機関の診療録、剖検結果から9例(17%)を遷延死とした(表2)。全死者のうち11例に剖検が行われ、遷延死とした9例中4例が剖検例であった。剖検例中に1例、さらに他に1例の計2例が急性心筋梗塞による死亡であった。

 ポ−トリモン市のトニ−フアシオ病院では、被災直後に負傷者数百人の治療が行なわれたが、診療内容は記録されなかった。


【考察】

 大規模な災害において、犠牲者の詳しい検死や剖検による正確な死因の同定は通常行われず、遷延死の数を推定することは困難である。しかし、大災害における遷延死例を救命することや、脊椎損傷の後遺症軽減や四肢の温存を計り、人的被害を最小限にくい止めることは災害医学の大きな目的である。この目的を達成するために以下の4つの研究過程を設定した。

  1. 遷延死の存在の証明。

  2. 死因および負傷の機序の同定。

  3. 遷延死例に救命の余地があるかどうかの評価。

  4. 救命に有効な手段はなにか。市民によるLSFA(Life Sporting First Aid、一次救命処置)か、救助隊による二次救命処置か、あるいは素早い救援チ−ムの派遣により多くの遷延死を救命する可能性があるか、さらに第一に災害管理に熟達したコ−ディネ−タ−を派遣することかなどを検討する。

 この報告は、初めの過程である遷延死の存在の証明を目的にしたが、今後、この過程で検討を進め、最終的に効果的、効率的な対策と対応が考案されるべきである。

 今回のコスタリカ地震は全体の死者の数が少なかったこと、法律により積極的に剖検が行なわれたことから、犠牲者の詳細な検討が可能であった。レトロスペクテイブに、大災害の状況下での遷延死の症例に救命の可能性が存在したかどうかを判断することは困難である。しかし、通常の医療レベルで考えると、今回のコスタリカ地震における遷延死症例のなかでは、急性心筋梗塞の2症例には救命の可能性が存在した。

 今回は、飛行機を使用した大規模な負傷者搬送体制が確立する以前に地元の診療所で死亡したものから遷延死例をサンプリングした。そのため、比較的軽症であるにもかかわらず、治療の開始が遅れたために明かに死亡したと思われる症例を見いだすことはできなかった。しかし、本来、遷延死とは、被災直後には生存したが、その後死亡した症例すべてを意味する。

 1980年イタリア地震においては、約7,000人の死者のうち約25%〜50%が遷延死であったと、推測され報告された2)。今回のコスタリカ地震においては少なくとも全死者の17%の遷延死が科学的に証明できた。

 1988年アルメニア地震の調査においても、全負傷者の約60%の救助と一次救命処置は、幸いにも負傷しなかったか、ごく軽症の被災した市民によって行われた3)。市民にLSFAや簡単な救助法を教育することは、大災害における負傷者の救命に大きな役割を果たす可能性がある。また、我が国や発展途上国においても、市民への教育は他の災害準備に比べて最も費用がかからない。さらに我が国において救急救命士制度や救急第二課程が、さらに発展して、救急隊が現場で二次救命処置を行えるようになることは、大災害対策においても重要である。

 我が国において、国内の災害に対する6時間以内の救援チ−ム派遣、重症患者の24時間以内医療機関収容を行うレスポンスは、訓練された救援チ−ムが予め組織され、移動手段と要請経路が確立されていれば、可能な場合も多いと考えられる5),6)。また、予め、組織され、国内における移動手段や資機材を有し、指揮系統が確立されている自衛隊も、本来、組織された目的は異なるが、大災害における救助、医療、搬送の救援チ−ムとしては大きな潜在能力をもつと思われる。大災害現場においては制服のもつ威力も大きい。

 それぞれの地方における災害時の最高責任者が、最新の災害管理に卓越するとは考えられない。そこで、管理全体について最高責任者の方針決定、決断を援助するコ−デイネ−タ−の派遣も有効な手段となりうる。

今回報告したコスタリカ地震においても9例の遷延死例で、2例が急性心筋梗塞を死因とされた。地震時に心筋梗塞の発症が増加するという報告は、1981年ギリシア、アテネ地震7),8),9)、1988年アルメニア地震10)における疫学的調査でなされている。災害時の医療従事者は心筋梗塞が多発する可能性を銘記して備えるべきである。

 大災害時に犠牲者の剖検や詳しい検死により死因を同定することは困難である。しかし、起こりうる次の災害に備えるために、犠牲者の死因や負傷の機序を明らかにすることは重要である。さらに、遷延死の詳細な情報から救命の可能性を見いだし、いかにして効果的な救援を行なうか、全体の人的被害を最小限にくい止める方策を講じるのが災害医学の目的である。


【結語】

 1991年のコスタリカ地震における調査の中から遷延死症例を提示し、その存在を明らかにした。遷延死の救命は大災害医学の重要な目的である。

(注1) structured interview study: 予め項目を設定し、訓練された質問者が直接質問を行う型の情報収集法。

 なお、本論文の一部は第2回アジア太平洋災害医学会議(1992年9月10日、千葉)にて発表した。


【参考文献】

1) Safar P, et al.:Anecdotes on resuscitation potentials following the earthquake of 1970 in Peru. Prehosp and Disaster Med. 3(1):124, 1987

2) Safar P, et al.:Anecdotes on resuscitaion potential following the earthquake of 1980 in Italy. Proceeding of Forth World Congress on Emergency and Disaster Medicine, June 1985, Brington

3) Klain M, et al.:Disaster Reanimatology Potentials: A Structured Interview Study in Armenia. Methodology and Preliminary Results. Prehosp and Disaster Med. 4(2):135- 154:1991

4) Ricci EM, et al.: Disaster Reanimatology Potentials: A Structured Interview Study in Armenia. Prehosp and Disaster Med. 6(2):159-166:1991

5) Watoh Y, et al.: A Plan for Improved Disaster Preparedness in Japan - National Disaster Medical Assistance Teams and Public Education. 2nd APCDM Abstract:33, 1992

6) Pretto EA, et al.: National Medical Response to Mass Disasters in the United Status - Are We Prepared? JAMA 266(9):1259-1262

7) Katsouyanni K, et al.: Earthquake-Related Stress and Cardiac Mortality. Int J of Epidemiology. 15(3):326-330: 1986

8) Trichopoulos D, et al.:Psychological Stress and Fatal Heart Attack: The Athens(1981) Earthquake Natural Experiment.Lancet. 26:441-443,1983

9) Trevisan M, et al.:Short-Term Effect of Natural Disasters on Coronary Heart Disease Risk Factors. Arteriosclerosis 6(5):491-494,1986

10) Noji EK, et al.:The 1988 Earthquake in Soviet Armenia:A Case Study. Ann of Emerg Med. 19(8):891-897,1990


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