わが国における災害医療システムの必要性
−米国の現況を踏まえて−

鳥取大学医学部付属病院麻酔科    和藤幸弘
ピッツバ−グ大学麻酔科 エルネスト・プレット

日本医事新報 3716、1995-7-15、pp.98-100


目次

はじめに
米国の災害医療システム
米国における現状の問題点
わが国における現行の災害医療システムと考察
災害時の医療に必要な機能
DMAT
専門家派遣制度
自衛隊の活用
病院における災害対策と求められる機能
結語
注釈
参考文献


はじめに

 兵庫県南部震災においては5,000名を越える死者が報告され、わが国の戦後災害史上、1959年の伊勢湾台風における死者4,600名を上回った。この兵庫県南部地震では神戸市の中心部、周辺都市の人口密集地が壊滅的打撃を受け、都市型大災害に惹起される数多くの問題点が提起された。

 周知のごとくわが国は太平洋火山帯に位置し、世界でも有数の地震多発国である。1993年の北海道南西沖地震でも200名以上の死者を出し、また、小規模の集団災害は、列車事故、高速道路での多重衝突、ビル火災なども発生している。自然災害、人為的災害ともに、これまでの犠牲を無駄にしないよう十分な対策が検討されなければならない。

 東海大地震や首都圏での大地震が懸念され、静岡県や東京都をはじめとして、独自に災害対策を推進している地域もあるが、現在の災害医療管理に関する法律(表1)は古い。また、その間のわが国の社会的経済的発展は大きく、現状に沿わない部分も多い。

災害における傷病者にも速やかな応急処置、病院への収容、治療を行い、一人でも多くの生命を救うことと後遺症をできる限り軽減することは医療従事者の社会的義務である。

 最近、米国のFEMA(連邦緊急事態管理局:Federal Emergency Management Agency)のような組織をわが国にもとの意見もあるが、米国の災害医療システムの現状とその問題点を紹介し、わが国における災害医療システムの再検討を提案するものである。


米国の災害医療システム

 世界的に汎用されているWHOの定義によれば、『災害とは、地域の救急医療が圧倒される数の傷病者が発生した事象』をいう1)

 1980年、セントヘレン火山の爆発による被害を憂慮し、1981年、レ−ガン大統領はNDMS(国家災害医療システム:National Disaster Medical System)の確立を提唱した。これを受けて、発足したPrincipal Working Group on Health of Federal Emergency Mobilization Preparedness Board(連邦緊急事態管理予備委員会)は大災害における連邦規模の医療管理システムを創設することを提案した。その結果、公衆衛生局(Department of Health and Human Services)、VA(Veterans Administration)、FEMA、国防省(DoD:Department of Defence)、 民間団体(private sector)が協力し、1984年に国家災害医療システムが確立された2)

 このシステムの目的は以下のごとくである。

1. DMAT(災害救援医療チ−ム:Disaster Medical Assistance Team)および医療資材を被災地域に供給する。

2. 被災地域で必要な医療を受けられない傷病者を米国国内の他の地域に搬送する。

3. 国内ネットワ−クで10万床の病床を供出する。

 災害医療システムのポイントは1)迅速な医療の対応、2)傷病者の病院への収容、そして3)病院での治療である。DMATはATLS(二次外傷救命処置:Advanced Trauma Life Support)レベルの応急処置、トリア−ジなどの機能を有し、各DMATは医師、看護婦、EMT(一次救命処置レベルの救急隊員:Emergency Medical Technician、日本の救急隊に相当する処置資格)、調整員など計30名からなる。また、15名からなるDMAT3チ−ムと15名の伝達、補助要員の計105名で、CSU(現場チ−ム:Clearing and Staging Unit)を形成する。さらに、このCSUは重症病床(CCU:Critical Care Unit)60床を含む計240床の野外診療所を稼働させる。DMATは全米で計150(50CSUs)ユニットが提唱されている。そのほか、人員約215名で稼働させ、一日に36から40の手術を行う野外手術ユニット(MobileSurgical Unit)が全米で計15個設けられる。DMATは、地域または施設ごとに組織し政府に認定を受けるシステムである。

 負傷者の搬送は空軍の協力のもとに、行われ、C-9ナイチンゲ−ル(搬送能力:担架40)、C-130貨物機(担架40)、C-141(担架32、歩行可能患者70)などの機種が使用される。C-9には1機につき看護婦2名とEMT3名が搭乗する。

 その他の重要なシステムとして、米国では医師や看護婦などの医療従事者は緊急時には所属する病院以外の医療機関でも抵抗なく診療を行うことができる。

 また、ボランティアやNGO(非政府団体:Non-Governmental Organization)も重要な役割を果たす。米国ではボランディアとしての奉仕歴が進学、就職などでも評価の対象となり、災害時以外の日常の医療現場でも活動している。

 NDMSは災害の規模が大きく、州レベルの管理を越えて連邦政府が介入する場合のシステムである。地方レベルの対応はまた別で、1994年ノ−スリッジ地震では、救助、医療などは州レベルで処理され、FEMAはおもに資金、物資などを援助した。

 具体例を想定すると、米国東部ペンシルバニア州のピッツバ−グ市で災害が発生したとする。ピッツバ−グ市では市役所で消防、救急、警察、建築物安全管理などを管轄する部署である市公安局(Public Safety)に対策本部が設置され、市公安局の所長が、Incident Commander、即ち、災害管理を統轄する地域の最高責任者となる。災害の規模が市の管理の許容範囲を越えた場合、つぎにペンシルバニア州のレベルで災害を統轄するPEMA(ペンシルバニア緊急事態管理局:Pennsylvania Emergency Manegement Agency)に救援が要請される。そして、さらに災害の規模が州を越えた場合、次の責任機関であるResionV管理局(ペンシルバニア州、ニュ−ジャ−ジ−州、ニュ−ヨ−ク州を管轄する)、次にFEMAへと最高責任が移行する。


米国における現状の問題点

 1970年代に提唱されたパラメディック制度を中心とするダイアル911のEMS(日常の救急医療制度:Emergency Medical Services)システムは全米で展開される様相をみせた。しかし、不況により米国は経済的バックグラウンドを失って、結果的に挫折し、全米で統一して展開するには至らなかった。EMSシステムに引き続いて、1980年代に提唱されたNDNSにおけるDMATは米国内でもその地域や州レベルで管理できない規模の災害、例えば1989年のハリケ−ンHugo、Loma Prieta地震などで実際に活動したが、以下のごとく種々の問題点も指摘されている3),4)

1. DMATは70以上のチ−ムが認定されているが、DMAT、CSUのサイズが大きすぎて緊急に対応できないこと。CSUとなると100名以上であり、軍隊であってもこれだけの人員を召集して手術を開始するには48時間から72時間を要する。

2. DMATの人員が地域をベ−スに編成される場合(いわゆる寄せ集め)、同じ施設で日常的に診療を行っているチ−ムのようなスム−ズな診療ができない。

3. 現在10万3000床が約束されてはいるが、全米の病院がNDMS以前に独自に盛り込んだ防災計画に基づいて、速やかに患者収容計画を実施しきれるか疑問である。

4. 複数の省庁が集まってNDMSを施行するため、命令系統、責任の所在が明確でない。

 米国の医療の現状を考慮すると、被災から24時間のゴ−ルデンタイム#2)に成果をあげることは期待できない。改善案としては、チ−ム自体を小さくするとともに施設ごとに編成することが望ましい。同時に、被災したが、身体が無事であった市民によるLSFA(一次救命処置:Life supporting First Aid)やLight Rescue#3)が、直ちに行われるように啓蒙する必要がある3)


わが国における現行の災害医療システムと考察

 大災害後に法律が制定される傾向が強い。わが国における災害時の医療管理は、南海大地震後の1947年に制定された『災害の応急救護』に関する災害救助法と伊勢湾台風後の1961年に『国の災害対策に関する総括的法律』として制定された災害対策基本法に基づく(図1)。災害救助法では『災害に際して、国が地方公共団体、日本赤十字社その他の団体および国民の協力の下に、応急的に必要な救助を行い、災害にかかった者の保護と社会の秩序の保全を図る』ことを目的とし、『日本赤十字社に対してはその使命にかんがみ、救助に協力しなければならない』とされている。また、厚生大臣と日本赤十字社長の間に『災害に関する協定』が締結され、『医療、助産および死体の処理』を都道府県知事が日本赤十字社に委託することができる任務としている。これには災害時の医療を地方医師会と日本赤十字社に全面的に依存し、全国100カ所以上の公立病院を中心に設置された救命救急センタ−、大学病院、自衛隊などの義務や責任は含まれていない。現在も地方医師会は地域の防災計画の作成義務を負い防災活動を行っているが、それらは小数の医師で病院、診療所や医院を運営するいわゆる開業医主体の団体である。災害時には、まず医師会が活動を開始して、医師会の災害対策本部から地元の大学病院や、救命救急センタ−などの大きな病院に医師や看護婦の派遣、患者収容を要請する形をとる地域が多い。また、日本赤十字社は赤十字の人道的理念に基づき、これまで災害現場をはじめとするフィ−ルドで救護活動にもっとも大きな役割を果たしてきた。しかし、これらの法律が定められた当時と現在とでは、地域における医療の形態は大きく異なっている。当時、わが国の医療の実践は診療所規模の医院が主流で、日本赤十字病院は全国規模で展開する最大の大病院組織であった。現在では、日本赤十字社の病院以外に、80以上の大学病院や100カ所以上の救命救急センタ−も設置されている。日本赤十字社はあくまでNGOであり、独自の指揮系統を有し、独自の活動を行う。国家の災害対策システムに全面的に依存するかたちで組み込むべきではない。地方医師会においても、災害時には個人の病院や診療所の機能を全面的に閉鎖し、組織分担された診療活動を行わなければならない。過去には医師会に集団災害への出動要請がなされたが、休日で連絡が不通という事例もあった。


災害時の医療に必要な機能

1、情報伝達・指揮系統の確立と整備5)

 災害対策本部は通常被災地に設置されるが、国家レベルの災害になった場合、被災地と政府の両方に設置されるのが望ましい。また、24時間対応可能な部署に設置されなければならない。情報は一カ所に集められ、一人の最高責任者が指揮するのが鉄則である。また、情報伝達経路とその逆の指揮系統は常に整備され、周知のこととされなければならない。(図2)

2、支援体制−人材・物資の備蓄と調達、搬送手段

 現在、国内の災害を救援することを目的として予め編成された医療チ−ムはない。


DMAT

 DMATは現場で医療活動を展開することを目的とする。

 DMATに必要な機能と人員の一例

1. トリア−ジ

医師1、看護婦1、(救急救命士1)

トリア−ジチ−ムは原則として処置などには加わらず、繰り返し回診を行う。状態が変化する重症者が少ない場合、搬送状況などが安定している場合には処置に加わる。

2. 応急処置

1トリア−ジチ−ムに対して3チ−ム

 医師と看護婦1名づつ。救急救命士と救急2課程終了者1名づつ。

トリア−ジを行うチ−ムと応急処置を行うチ−ムは別々にする

 医療チ−ムは同じ病院の人員で構成されることが望ましく、あるいは編成したチ−ムで定期的に訓練をおこなうことが必要である。DMATは近隣の医科大学や、救命救急センタ−からチ−ムで派遣されるべきである。DMATは基準を設け、米国のように政府が認定し、標準的な資材を提供する形が望ましい。また、そのための人材養成は急務である。

 医療は医療機関が自立して行えるものではなく、関連する機能として以下のものが重要である。

1. 捜索と救助(Search & Rescue)

 初めに現場で活動を展開するのは、Light Rescue#3)であり、Heavy Rescueが必要となるのは、12時間後から24時間後であることが多い6)。特に木造家屋の倒壊には多人数でのLight Rescueが有効である。

2. 負傷者搬送

 負傷者搬送は陸路が被害を受けた場合には、全面的に夜間でも飛行できる自衛隊のヘリコプタ−を活用すべきである。また、救急あるいは防災ヘリコプタ−を擁する地方自治体などもあるが、ヘリコプタ−の場合、整備に要する時間などを考慮すると、複数を所有しない限り有事に出動できないことが多い。また、通常は出動する機会が少なく、あまり経済的効率はよくない。

 救急車は近隣の地域から支援されるべきである。災害時には道路が通常より狭くなり、高規格車である必要はない。

3. 連絡、調整

 一般加入電話、FAX回線は使用不能となる可能性が高い。医療機関を含めた公的機関にはホットラインが必要である。

米国の長距離電話会社AT&Tは災害時には、被災地からの電話と他の地域から被災地への電話の割合を調整することが知られている。日本のNTTも1993年釧路地震、1995年兵庫県南部地震において同様の調整を行ったと思われる#4)

4. 保安(Scene Control)

 交通渋滞のために救助工作車や救急車などの通行に支障をきたす場合が多い。また、軽症患者が医療機関や救急車に殺到する場合もある。被災地での救助活動、医療の展開、傷病者搬送を円滑に行うためには直ちに近隣の警察官が外からの交通の遮断や、被災地の交通整理を行うとともに医療機関の警備を最も早期に行う必要がある。

5. 緊急用デ−タベ−スシステム

 どの医療機関が被害を受けたか、また、どの病院にどれだけの患者を搬送・収容することができるか、さらにどれだけの医療資材が使用可能か。搬送ル−トはどこが使えるかなど、病院間の情報ネットワ−クとデ−タベ−スシステムにより情報収集可能である7)

 米国はわが国とは比較にならない広大な国土を有し、また、米国の災害医療システム自体前述したように問題点も多い。米国のシステムを参考にして、わが国独自の近代的な災害医療システムを確立する必要がある。わが国で、被災地を支援する場合、入院や手術が必要な傷病者は可能な限り、平常の診療ができる地域の医療施設に分散することを方針とするべきである。被災地に派遣され、医療を展開するDMATはあくまで搬送順位決定のためのトリア−ジや、搬送を前提とした応急処置を行うことを目的とする。


専門家派遣制度

 わが国で種々の決断を下す最高責任者となりうる都道府県知事や総理大臣、国土庁長官が、災害の管理に精通しているとは限らない。災害時等における専門家派遣制度はわが国にも存在し、効果的な方法であると考える。しかし、現在のところ様々な分野の専門家は被災後の調査や、防災対策などの会議に召集されるのみで、被災直後の管理に直接参入することはない。被災後24から48時間までに体勢が決ってしまう救助や医療においては、的確な情報のもとに起こりうる事態を予測できる専門家が対策本部とホットラインで交信し、助言するのが効果的である。


自衛隊の活用

 医療を軍隊に依存するほど、未熟な国であると世界的にいわれてきた。しかし、ソビエト連邦が崩壊し冷戦が終結し、西ヨ−ロッパを初めとする各国で軍隊のあり方が再検討されている。わが国でもPKO法により自衛隊が難民救済などに派遣されている。

 自衛隊は都道府県知事の要請により出動し、1993年の北海道南西沖地震において、初めて自衛隊の医療チ−ムが要請され活躍した。また、発災から18分後という極めて早期の要請であった。その結果、この災害の規模においては24時間以内に患者搬送が完了した。現在、大規模な災害に対応できる患者搬送に有効な資機材、人員が組織されているのは、自衛隊以外には存在しない。


病院における災害対策と求められる機能

 地震の場合、病院自体が倒壊する可能性は低いが、現代の医療は電気、水道などのライフラインに全面的に依存しており、それらの途絶によって機能できなくなる。さらには被災地の病院は通常以上の診療機能が要求される。しかし、医療能力が低下するのは地震の場合、半径10〜20km程度である。わが国の場合、被災地近隣の医療機関では通常の診療が行えることが多い。近隣の基幹病院を窓口としてその他の地域に治療が必要な患者を分散して収容することが望ましい。また、24時間以内に救命手術などを開始できると災害の予後は大きく異なる8)

病院では予め、被災地での基幹病院となった場合、または近隣の地域が被災した場合の患者収容計画を立てる。まや、職員非常召集のための電話連絡網の整備、あるレベルの災害が報道された場合に自発的に出勤するなどのマニュアルを作成して職員に徹底させる必要がある9)


結語

 この度の兵庫県南部地震においては予想を大きく越えた死傷者を出した。その予想とは経済先進国であること、国民の生活水準や教育水準、科学技術、乳児死亡率によって評価される医療水準などに基づくものである。しかしながら、救急医療や災害時の医療体勢においては、欧米の医療先進国に遅れをとっていることを自覚し、独自の災害医療システムを構築することが急務である。


【注釈】

#1)わが国における集団災害とよばれる ものは、一般的な災害の分類・定義2) におけるMCI(Multi-Casualties Incident)に相当し、地域の救急医療 で対応可能なものであるので、災害の 定義にはあてはまらない。

#2)『golden 24 hours』地震の場合、 24時間以内に救助し終えて、緊急手 術などの治療を開始しはじめることを 目標にする8)

#3)Heavy Rescueはクレ−ンなどを使っ た大がかりな救助、Light Rescueはシ ャベル、鉄や木の棒を使った簡単な救助。

#4)公衆電話は緊急用の意味があるため に災害時にも法律による規制対象外と なる。


【参考文献】

(1) Safar P. Resuscitaion Potential s in Mass Disasters. Prehosp Disaster Med, 12;34-47, 1986

(2) Clark W.D.et al. The National (United States) Disaster Medical System: A survey and analysis. Prehosp Disaster Med, 6;35-40, 1991

(3)Pretto E.A., Safar P. National Medical Response to Mass Disasters in the United States - Are We Prepared? JAMA, 266(9);1259-1262, 1991

(4) Roth P.B. Status of a National Disaster Medical Response. Prehosp Disaster Med, JAMA, 266(9); 1266, 1991

(5) Watoh Y.,Pretto E.A., A Plan For Improved Disaster Preparedness in Japan - National Disaster Medical System and Public Education, 2nd APCDM abstracts:33, 1992

(6) 和藤幸弘 エルジンジャン地震の被災状況と医療管理に関する報告。日本医事新報 3623;48-51,1993

(7) Comfort L.K.et al., Designing Emergency Information System: The Pittsburgh Experience. Advances in Telecommunications Management 3:13-33, 1990

(8) Noji E.K.,et al., The 1988 Earthquake in Soviet Armenia: A Case Study. Ann Emerg Med, 19:891- 897, 1990

(9) Ricci E., Pretto E., Assessment of Prehospital and Hospital Response in Disaster. Critical Care Clinics, 7;471-484, 1991


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