災害医学・抄読会(10/04/96)

災害医学総論:災害とは、災害の分類

青野允、事例から学ぶ災害医療、南江堂、東京、1995, pp 1-5
(担当:井上)


A. 災害とは

 災害とは、人と環境との生態学的な関係の広範の破壊の結果、「被災地域の対応能力をはるかに越えた生態系の破壊(ecological disruption execeeding adjustment capacity of affected community)が起きること。」 と定義されている。

 すなわち、この地球上に人類が存在していなければ、台風も地震も単なる気象や地殻の変動という自然現象であって災害ではない。災害をもたらすものは自然現象の物理的な大きさではなく、被災地域が備えている対処能力との相対的関係である。

B. 災害の分類

 災害は自然災害と人為災害とに大別される。

^自然災害(natural disaster)

 この中には、地震、台風、火山噴火、雷、豪雨、津波、高潮、地滑り、雪崩などがある。これらは突発型あるいは急性型に分類され、災害自体は短期間に終息するものが大部分である。これに対して、長雨、長期の低温・高温などによる干ばつなどは、徐々に被害が発生する慢性型で、時には数年に及ぶものもみられる。

_人為災害(man-made disaster)

 この中には大火災をはじめとし、航空機、列車、大型バスなどの多発衝突事故などの交通災害、ゴムや化学薬品工場爆発、原子力事故などは放射能による大気汚染が発生し、国境を越えた広域災害となりうる。最も忌まわしい人為災害として戦争があげられる。これによる直接的な物的・人的被害のほかに大量の難民や疫病、飢餓を生じる。

`複合災害(complex disaster)

 自然災害と人為災害の種々の組み合わせのものが生じる。地震による災害は非常に多く、同時に数カ所に発生する。ダムが決壊すると下流に大洪水が発生する。

aその他

 一次災害、二次災害などと言う分類があるが、文字どおり、最初に生じたのが一次災害で、これによって引き起こされた災害を二次災害と呼ぶ。

C. 災害発生の状況

 産業革命のころから、人口は爆発的に増加した。そしてこれは当然のことながらエネルギー消費の増加を引き起こしている。この間、人類はあらゆる手段で地球を破壊し続け、国連などの予測によると、21世紀はじめまでに、地球上の全生物の4種に1種が絶滅するという。しかし、人類だけは逆に増加し続けて、現在では約57億にも達している。

 1987年の第42回国連総会では、1990年からの10年間を「国際防災の10年(International Decade for Natural Disaster Reduction;IDNDR)」とする決議を採択し、世界各国が国際間協調行動を通じ全世界、特に発展途上国における自然災害による人命や財産などの損失および社会的・経済的混乱などの被害を軽減する取り組みを開始することを宣言した。この背景には、過去20年間に自然災害による死傷者が300万人、被災者が8億人を超え、かつ世界的に災害がさらに増加の傾向にあるという認識があったからである。

 1968〜1992年までの25年間における地域別の自然災害と人為災害による1年間の平均被災者数をみると、共にアジアにおける発生頻度がかなり高いことが分かる。また、災害被災者数は、その年によって変動が激しいが、全体として確実に増加していることが分かる。


C. 災害発生の状況、日本における災害状況

青野允、事例から学ぶ災害医療、南江堂、東京、1995, pp 5-11
(担当:佐藤)


1、災害を受けやすい国土

我が国には気象的、地形・地質的特徴から自然災害が発生しやす い。

@ 気象的特徴
ア) 前線活動による大雨…大陸と太平洋からの気団の影響を受ける。
イ) 台風…北太平洋西部で発生し毎年数個来襲。
ウ) 積雪…シベリアからの強い寒気団が原因。

A地形・地質的特徴
ア)洪水・土砂…平地が少なく、河川が急峻で流路が短い ため
イ)地震…環太平洋地震帯に属し、太平洋岸沖、日本海側を震源とする地震が多い。活火山による地震も少なくない。 複雑な海岸線が多く、地震が起こると津波が発生しやすい。

2.都市化と災害

近年における都市化の進展が災害の発生や被害の増幅に拍車をか けている。

@ ◯住居…都市部への人口集中により急傾斜地、低地、旧水面、 水田などへの居住地域が災害の危険性の高い地域まで 拡大している。

A ◯生活の変化…ライフライン、コンピューター、情報通信シス テムに依存する現代の生活は新しい都市災害を 発生させ被害を甚大化する。

B ◯東京圏の一極集中…行政や経済活動などの中心である東京の 災害対策の脆弱性が懸念されており、い ったん災害が発生すると全国的な国民生 活に影響を及ぼす。

3. 自然災害の状況

@ 自然災害による死者・行方不明者

昭和20年代〜昭和30年代前半
戦争による国土の荒廃と相次ぐ大型台風や大規模地震な どにより甚大な被害を受けた。昭和34年の伊勢湾台風 による被害までこの状態が続く。

昭和30年代以降
伊勢湾台風を機に防災体制が整備され、国民の防災意識 の高揚、災害情報伝達手段の発達普及により災害の死者 行方不明者は減少した。しかし、北海道南西沖地震(平 成5年)、阪神大震災(平成7年)によってここ数年、 災害による死者・行方不明者は飛躍的に増加した。

A自然災害による施設関係等被害状況
被害額の国民総生産に対する比率は昭和40年まで1.0% を超えていたが昭和40年以降、国民総生産の大幅な増加に 伴い0.2〜0.8%に推移していた。しかし、平成4年度 を境に平成5年から再び増加を示す。このことから災害脆弱 性が高まってきた地域が増加しつつあると思われる。

4. 人為災害の状況

@ 火災の概況
ここ10年間火災件数はおおむね減少しているが損害額はや や増加している。

A 石油コンビナート災害
平成5年では50件と意外に多い。消火活動が困難で大規模 化の可能性が高く、大規模な防災訓練を行うための体制の整 備についての検討が進められている段階でいる。

B 林野災害
広い焼損面積に対応するため「大規模特殊災害時における広 域航空消防応援実施要綱」(昭和61年)に基づき、消防防 災ヘリコプターの応援出動及び空中消化が行われるようにな り、ここ10年間の死者の報告はない。

C ガス災害

D 航空機災害
いったん発生すると大惨事に発展する可能性があり、初期救 援活動が極めて困難である。航空機事故のほぼ4割は離着陸 時に発生しており、空港及びその周辺における消火救援体制 の確立が重要であるが、空港の消防力が充分とは言えない。

E 鉄道事故
列車事故は国内のいずれの場所ででも発生する可能性のある 事故でありこれまでほとんど対策が後手に回っている。


D. 災害に対する経時的対応策

青野允、事例から学ぶ災害医療、南江堂、東京、1995, pp 11-13
(担当:西尾)


 自然災害に備えるためには、あらかじめ災害の特徴を良く理解しておく必要がある。下表は種々災害に対して早期被害の特徴をまとめたものであるが、例えば、死者が多いのは地震と津波、突発性の洪水(鉄砲水)であり、外傷患者が多数発生するのは地震である。このほか人為災害では工場爆発、交通事故やこれらを、二次災害として考えられる自然災害などが考えられる。さらに、人為災害では被災者の種類は大体の予測が可能である。しかし、それらの総数に関しては予測は困難な場合が大部分である。

 自然災害が広域に及んだり長期にわたると、伝染性疾患、食糧不足や人口移動などが生じて、また新たな事態の発生が予想される。したがって、予め災害の時相に応じた対策の準備が必要とされる。

1、災害間期(静止期)

 この時期においては災害予防策を講じ、発生時の被害を最小限に止める努力を行う。実行可能な法律の整備を行うのはもちろんである。

2、 災害前期(緊張期)

 現時点では難しいが、地震では予知、台風、大雨の予報などを行う時期に相当する。避難時期、場所、救援物資(種類、量など)に関する情報伝達が必要とされる。

3、 災害発生期(インパクト期)

 先に述べた、予想される早期の被災者に対する捜索、救助と、それに続くトリアージ、搬送、確定治療を行う時期、ただし、被災者同士の互助、ついで外部からの援助を得る。

4、 復興期

 被災者の安定した自立生活のための支援、ライフラインの復旧を初めとするあらゆる復興活動、被災住民の保健衛生問題の解決、治安の維持が課題となる。

 以上のように、災害は種類と時期によって保健医療のニーズの特徴と変化をもたらすものである。しかも近年では、非常に複雑な複合災害が発生する確率が増加しつつある。従って、これに対応する医療分野の対策は非常な困難を伴うものである。


E.災害対策に関する法律

青野允、事例から学ぶ災害医療、南江堂、東京、1995, pp 13-17
(担当:真柴)

<歴史>

1875年(明治8年)  窮民一時救助法
1880年(明治13年)  太政官布告3―救済法の成立
1896年(明治29年)  河川法 ―国土保全
1897年(明治30年)  砂防法
1899年(明治32年)  災害準備金特別会計法―公共災害復旧に対する国庫補助制度
・ 罹災者基金法―救済制度の強化
1900年(明治33年)  水難救護法
 ※明治時代の法には、救助の実体的規定のない場合がある。
1947年(明治22年)  災害救助法
1962年(明治37年)  災害対策基本法
1978年(明治53年)  大規模地震対策特別措置法
 ※地方公共団体の集団救急事故発生時における救護対策等は、実際的には、災害救助法、災害対策基本法、およびこれらの二法に基づく消防組織法、救急業務実施基準に基づく。(表)

表.救急救護計画に関する根拠法など

区分根拠法等策定主体計画等が対象とする事象
都道府県地域防災計画災害対策基本法都道府県防災会議暴風、豪雨、洪水、高潮、地震、津波、噴火その他の異常な自然現象または大規模な火事もしくは爆発その他、その及ぼす被害の程度において、これらに類する放射性物質の大量の放出、多数の者の遭難を伴う船舶の沈没その他の大規模な事故
市町村地域防災計画災害対策基本法市町村防災会議(市町村長)同上
災害救助の基準災害救助法都道府県知事政令で定める程度の災害
市町村消防計画(主として救急救助計画)(消防組織法)市町村平常時および非常災害時の消防活動全般
救急業務計画救急業務実施基準消防長特異な救急事故(救急隊1隊のみで処理できない災害に起因するもの)
   

災害対策基本法

 1959年(昭和34年)の伊勢湾台風が契機となり成立。国土と国民の生命、身体、および財産を災害から保護するために、統合的かつ計画的な防災行動の整備および推進をはかることを目的とする。

内容

災害救助法

 1946年(昭和21年)の南海大地震が契機となり成立。
被災者保護と社会秩序の保全を目的とする。

 災害規模等からみて、国が責任をもってあたる必要があると判断された場合に施行され、被災市町村の人口に応じ、ある程度以上の被害が生じたときに救助が実施される。

 内容

・収容施設の供与       ・被災者の救出
・食糧、飲料水の供与     ・住宅の応急修理
・生活必需品の供与または貸与 ・生業に必要な物品
・医療            ・資金の供与または貸与
・助産   (都道府県知事→)・自衛隊に対する出動要請

大規模災害特別措置法

「大規模地震の災害から国民の生命、身体および財産を保護するため、地震防災対策地域の指定、地震観測体制の整備、その他地震防災のための必要な措置を定めることによって地震防災対策の強化をはかり、社会の秩序の維持と公共の福祉に資する」ことを目的とする。

 (とくに“東海地震”について)

a.強化地域の指定
  震度6以上を想定される170の市町村の指定
b.地震防災計画
  • 地震防災強化計画:災害対策基本法に基づき、警戒宣言発令時の具体的措置などを定めている。
  • 地震防災応急計画:不特定多数の者の出入りする施設、危険物の取り扱い施設などに対し、応急計画を作成して都道府県知事への提出を規定。

c.警戒宣言
 地震予知判定会議の開催→気象庁長官に報告→内閣総理大臣に報告→      閣議→“警戒宣言”発令


災害看護 I. 災害看護とは

高橋章子、エマージェンシー・ナーシング 新春増刊194-196、1996
(担当:山内)

1. 定義

 自然災害・人的災害及び混合型災害を含めた集団災害への系統的看 護の総称である。(但し通常、内乱など紛争に関連するものは除く)

2. 日本の現実

 我が国では先進国に比べ、その構築の遅れが目立つ。 その原因として、看護活動を施設内に制限するという伝統的な外枠の 存在が挙げられ、これは我が国の医療社会全体の災害医療に対する認 識の薄さを浮き彫りにしている。

3. 日本での災害看護活動

・ 日本赤十字社…国の内外で活動を展開
・ 自衛隊…医療よりは救助と支援が主体
・ JMTDR(Japan Medical Team for Disaster Relief)
  …主に国外の災害に出動

4. 災害看護の特色

1)個人から集団へ

 救急看護がシステムの整った環境の中で個人を対象にしたマン ツーマンの看護であるのに対し、災害看護は多数の負傷者並びに 地域全体を対象とし活動している。

→点ではなく線or面の活動

2)活動拠点

 被災地に活動拠点を置き、不備な環境で活動しなければならない。

3)医療ニーズと提供できる医療の不均衡

 災害初期には負傷者に比し医療従事者が絶対的に不足するとと もに適切な医薬品の供給も不足する。

4) システムの混乱

 交通・情報網の混乱による通常の救急システムの破綻による

・ 患者の搬入・転送の遅れ→病状の悪化
・ 救護所に患者が停滞→新たな患者の収容が困難

5) 医療ニーズと生活ニーズの充足

 衣食住の条件の改善で医療ニーズが解決する場合もある。
→被災者を生活全体から把握し、支援することも必要!

5. 過去の災害から学ぶ日本の災害活動の問題点

1)行政が主体で病院はその要請による受け身の参加(単なる動員体 制)であることから情報伝達が適切に伝わりにくく、最高責任の判 断によっては初動が著しく遅れることがある。

2)結果の記録・報告して、ほかの参考に供することが少なかったた め、災害看護は原則として体系化されず、また過去の教訓を次に生かされることが少なかった。


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