災害医療におけるネットワーク


日本医科大学救急医学教授
日本医科大学附属千葉北総病院院長  山本 保博
(チーム医療 第794回セミナー、1/27-28/96)

はじめに

 平成7年1月17日早朝に発生した阪神・淡路大震災は5,5OO名の尊い命と35,000名にものぼる負傷者を出し、戦後最大の大災害となった。この大震災を契機として我が国では、大災害における災害医療のあり方についての再検討が活発に行われるようになってき た。数多くの尊い命を無駄にしないためにも、より良い災害医療システムの構築が急務と考えている。今回の災害では、第一義的な調整・指令を行うべき県庁、市役所が被害を受け、通信の混乱が加わり、それぞれの病院の被災の状況、負傷者の受入れ状況等を把握することができなかった。このため、量的、質的に対処できない負傷者をどこの病院に運んだらよいのかなど様々な混乱をきたした。また、ほとんどの施設が非常用として通常の電話回線を考えていたことも情報の把握ができなかった一つの要因であった。被災地の医療情報は、災害医療チームの派遣や被災地の医療を確保するため早期に必要となる。この医療情報を収集するための手段を確保するため、災害時における公衆回線の優先使用、また、携帯電話、インターネットなどのパソコン通信、防災無線等のフェイルーセイフ機能を持った情報伝達手段の確保が必要である。また情報は、2次医療圏をひとつの地域として、医師会、病院や保健所などが情報を共有化できるシステム作りも必要になる。インターネットなどのコンピューターネットワークも一つの解決策であろう。大災害時の初動においては1分遅れると死者一人が増え、1分早ければ一人多く助かると言われており、災害現場での救急医療や広域搬送システムも重要である。


1.自然災害のサイクルと傷病者の疾病構造

 災害はどれも独立したもののように捉えられているが、重要な類似点がある。それを理解すれば、災害医療活動は限られた人的物的資源のなかで最大限の効果を上げることができる。また、過去の大災害の疫学的考察により、自然災害のサイクルを推測し、各時相ごとに適切で正確な援助を行うことが重要である。(図)

 自然災害においては、たとえ先頃の阪神・淡路大震災のような大災害でも、被災者の間に広範なパニックを生じさせることは少ないと言われている。災害に襲われた被災者は 茫然自失、無感動、無表情となるのが普通であるためである。複数の調査結果が被災者の 25%にこの災害症候群が出現したことを報告している。災害発生後、分の単位では自分 自身の救命を考え、それから家族の救出救助に専念することになる。一方では、災害発生 直後より地域内での自発的な救助活動が開始される。これには災害の状況を把握したうえ での方向づけが必要であるが、事態を正確に把握した情報が少ないために時には成果が少 ないことがある。しかし、この努力は二次災害の原因ともなる流言飛語を否定するために も不可欠な裏付けとなる。

 傷病者の疾病は災害の種類、規模によりあらゆるものが発生する可能性がある。ここで は災害被災者に関連した感染症および疾病を掲げてみる。(表)

 以上の如き災害サイクルや災害医療では忘れやすい被災民の諸問題も、適切な情報ネッ トワークと支援システムが重要である。


2.災害医療情報システムの構築

 ここで厚生省における阪神・淡路大震災を契機とした、災害医療体制のあり方に関する 研究会が提出した緊急提言の中から、情報ネットワークに関するところを転載させて頂く。

 『災害時に迅速かつ的確に救援・救助を行うためには、まず情報を迅速かつ正確に把握 することが最も重要である。そのためには、市町村−都道府県−厚生省、災害医療拠点と なる国立病院−地方医務局−厚生省、各省庁間、非政府機関による情報収集体制の確保に 加え、概ね二次医療圏単位の情報収集システムの整備が重要であり、医療機関、医師会、 災害医療拠点病院、保健所、消防本部、市町村等間の二次医療圏単位の情報ネットワーク の確立を中心とし、都道府県間の広域情報ネットワークの確立が重要である。また、その 際、被災者・住民への医療情報の提供方法の検討が必要である。

 さらに、災害時における公衆回線の上述のネットワークでの優先使用、また、携帯電話、 パソコン通信、防災無線、衛生通信等複数のフェイル・セイフ機構を持った情報伝達手段 の確保が必要である。

 なお、人工透析患者等一部の慢性疾患のような特定な医療が必要な疾患・患者に係る情 報の問題についても今後検討していく必要がある。


3.欧米における大災害時の情報ネットワーク

 欧米でさえ、大災害時の充実した通信網の確保は容易ではない。1994年1月17日の Northridge地震政府調査団報告によると、病院・救急隊間、あるいは病院相互間の通信に支障が発生し、必ずしも円滑な関係者の連携の下に、災害医療が提供されたわけではないとしている。ロサンゼルス消防署は、地震発生に伴い通常の通信手段に支障が生じた場合は、地震時非常配備体制(Earthquake Emergency Mode)として、全車両を一体として隊を編成し、火災の発生状況を始めとする状況の把握や、特に電気、ガス、道路、病院、学校などの施設の被害状況を調査することとなっており、今回はすべての消防署でその体制がとられた。ロサンゼルスにおいて病院に関係する通信手段としては、公衆回線電話(優先および携帯)および専用無線が挙げられる。通常は優先の電話を用いた通信を行っているが、地震発生後は使用不可能となった。その原因として、システムの故障、通信能力を上回る通信量があったなどが挙げられる。そのような場合は、状況把握の際などには調査隊を派遣するか、消防隊長に与えられた携帯電話が連絡の手段となった。 Northridgeの地震発生地域は、地形的に複雑で起伏が大きいため、消防本部消防隊と現地の病院の間については、その通信手段に無線を利用していることが災いし、ほとんど使用不能となり、ボランティアの協力によるアマチュア無線が活用された。これら通信機器の電源は非常用電源に接続されていることが非常にに重要であることは論を待たないが、多くの病院ではそれらの対応が取られていなかった。


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