わが国におけるトリア−ジの問題点

金沢医科大学麻酔科 和藤幸弘

(エマージェンシー・ナーシング 11: 119-23, 1998)


 目 次

 緒言
 ◆トリア−ジタグの意味
 ◆問題点
 ◆まとめ
 【参考文献】


 1995年の阪神大震災において発生した様々な事態はわが国の各方面から重大に受け止められた。厚生省は専門家委員会を組織し、標準トリア−ジタグの検討を行った。そして、1996年3月、厚生省より標準規格のトリア−ジタグが発表された。さらに、自治省消防庁もこれを採用し、両省庁より医療機関や全国の消防本部に通達された。今後、全国的にこのトリア−ジタグが普及し、わが国における災害時の医療管理が向上することが期待される。厚生省の反応、災害時の医療管理の一方策としてのトリア−ジタグの全国標準化は先進諸国にも例がなく大いに評価に値する。しかし、わが国の現状で、大災害の現場や医療機関において、救急隊や医師・看護婦がこれを活用するには、今後、提起されると思われる問題点や次の災害までに解決しておくべき課題が多く存在する。


◆トリア−ジタグの意味

□ カラ−カテゴリ−の定義

わが国で使用することになった4カテゴリ−のトリア−ジ方式では一般的に表1のようにカラ−カテゴリ−が定義される1)

 黄、緑カテゴリ−の分類は状況変化に伴ってあまり変わらないが、黒、赤のカテゴリ−は傷病者の増加や救援その他の状況で微妙に変化する。

□トリア−ジタグの役割

 トリア−ジタグは表2のごとく患者情報の集積であり、その後の搬送や治療、事務的処理に重要な役割を果たす。

□トリア−ジに影響を及ぼす因子

 トリア−ジは表3のごとく様々な要因からの総合的判断で行う。しかし、トリア−ジを開始する時点で、全ての情報がそろっていることは少なく、また、搬送手段、医療資材、スタッフなどの状況や、傷病者の状態も変化する。従って、トリア−ジ実施者は、トリア−ジに専念し、時間の限り、繰り返し回診して搬送や治療の優先順位を決めるのが原則である。即ち、一度決定されたトリア−ジカテゴリ−が状況や症状の変化によって、変更されることもある。

 著者らは4カテゴリ−式トリア−ジの問題点を検討するためにトリア−ジのシュミレ−ションドリルを作成し、5カテゴリ−式のトリア−ジと比較した2)。5カテゴリ−式は4カテゴリ−式に灰色カテゴリ−を加えたもので、赤、黄、緑の意味は同じであるが、死亡を黒、その状況では回復の余地がないと思われるものを灰とするものである。その結果、トリア−ジの課程では選別を迷うことが少ない、2度めの回診から黒を除外できるため繰り返し回診しやすいことなどから、とくに訓練を受けていない医師には5カテゴリ−式が使用しやすいが、最終的な死亡率には差がないと考えられた。


◆問題点

 わが国の現状で4カテゴリ−式のトリア−ジを行うにあたって次のような問題点が列挙される。

1.医療従事者および救急隊へのトリア−ジの概念、方法の普及

 トリア−ジの概念自体は日常の医療の中にも存在するし、たとえ方法そのものを知らなくても、災害の状況におかれて、冷静に判断すればその方法自体には到達する。自治省の通達以前にトリア−ジタグに類するものを非公式に使用していた救急隊もある。第二次世界大戦の空襲の際に日本国内でも赤札が使用されていた。阪神大震災でも実際に同様のことが行われている。しかし、日常なら救命できたり、全力を尽くした治療を行う傷病にも治療を諦めなければならないことや、方法に確信が持てないことなどから、トリア−ジを行った者に精神的な外傷(PTSD:Post Traumatic Stress Disorder)を残した。

2.トリア−ジ実施者の養成

本邦において、トリア−ジタグが有効に使用された報告はない3)。医療従事者や救急隊にこの方法を訓練し、災害の発生頻度から考えても、多数のトア−ジ実施者を養成する必要がある。また、この種の訓練は反復して行うことが大切である。

3.救急隊による黒タグ使用の問題

 現在、わが国の救急救命士を含む救急隊は、明かな死亡の場合に限り、それを死亡とし搬送しなくてもよいとされている。しかし、生命兆候のあるものに黒タグをつけて、赤タグを優先して搬送する権限は法律に銘記されていない。また、日常は時間を経た心停止患者もしばしば病院に搬送しているのが現状である。頻度を考えれば、実際には救急隊が First Responder(注1)となることが多く、さらに現場では、搬送のトリア−ジと応急処置のトリア−ジを行わなければならない。その上、搬送と応急処置の優先順位はしばしば交錯する。たとえば、気道確保さえすれば、時間の余裕ができる症例などである。災害時など、医師が現場に不在のときには看護婦や救急隊が死亡を確認したり、搬送、応急処置の優先順位を決定する権限を法律で擁護することは必須である。

4.市民の啓蒙

 まだ生命兆候のある家族や知人に黒タグがつけられ、赤タグの他の患者が優先されて搬送されたり、治療された場合に周りの者が抵抗する。また、現場での初回トリア−ジの正確さは約70%4)といわれており、30%のタグカラ−が変更されるとは予測の範囲としなければならない。市民が行われたトリア−ジを受容し、協力することは重要で、災害時の医療を充分啓蒙しなければならない。

5.トリア−ジ実施者の権限擁護

 現場や病院などで行われたトリア−ジには関係者や患者を含むすべてのものが従わなければスム−ズな医療は行えない。トリア−ジという方法の災害という状況での正当性を明らかにし、トリア−ジ自体の効力を法律的にサポ−トしなければならない。

6.トリア−ジ実施者の精神医学的救済

 わが国では、国民健康保険の恩恵で、回復の見込みがかなり少ない患者にも大がかりな治療が行われることも多い。そこで、日常なら行うはずの患者の治療を断念しなければならない決断をするトリア−ジ実施者は精神的葛藤に陥り、精神的外傷(PTSD)を負うこともしばしばある。これらをPTSDから救済するためのCISD(注2)などのプログラムを確立することも重要である。

7.記入・使用上の問題点の解決

 トリア−ジ・タグは前述のごとく重要な役割を担い、多くの情報が盛り込まれる。実際に使用してみると、記載すべき項目があまりにも多く、記入が煩雑で時間を要することが分かる。しかし、ここにもトリア−ジの概念で記入の優先順位を決めておく必要がある。

〈優先順位〉

@タグカラ−、診断、症状など
A応急処置の指示
Bトリア−ジの場所、実施者名
C搬送先の指定(実施者が指定する場合)
D通し番号
EID(Identification)、氏名、電話番号など
F住所
G搬送手段
Hその他

 すべて重要であるが、このうち@〜Cはどんな場合にも必須である。

 実践では、トリア−ジの実施者のほかに複数の事務を担当するものが記録するのが理想的であるが、軽症の負傷者に自分で住所を書かせたり、必須項目以外はまわりにいるボランティアや被災者に担当させてもよい。

そのほかトリア−ジ・タグをつける部位なども決まっていない。腕や首につけるのが一般的であるが、日本の標準タグは腕または足への装着を考えて作られたと思われる。

 今後、種々の訓練で標準タグを使用して、問題点を解決し、タグの使用に慣れておく必要がある。

 現在、世界的には、3カテゴリ−式(黒、赤、黄)、4カテゴリ−式(黒、赤、黄、緑)、5カテゴリ−式(黒、灰、赤、黄、緑)、その他種々のトリア−ジタグが使用されているが、そのうち4カテゴリ−式がもっとも汎用されていると思われる。著者らの実験の結果でも充分な訓練を受けたトリア−ジ実施者を養成し、法律の整備や市民の理解などその他の充分なバックアップ体制が整えば、4カテゴリ−式トリア−ジが有効であると考えられる。また、政府で統一したトリア−ジタグを確立したこれまでの努力は高く評価すべきである。さらにトリア−ジタグが効果を発揮するようにその環境を整備する努力が継続される必要がある。


◆まとめ

 本邦で標準トリア−ジタグを有効に活用するためには、ク−ルに4カテゴリ−式を使えるように、@トリア−ジ実施者を養成すること、A医療従事者全体を教育すること、B災害時の医療を市民に啓蒙すること、Cトリア−ジの権限を養護すること、について述べた。とくに実際には、現場で救急隊がトリア−ジを行う機会が多いと考えられ、重症度を分類し、搬送や応急処置の優先順位を決定するというトリア−ジの管理方法自体の法律的バックアップが必要であると考える。

 標準トリア−ジタグを実際に使用しなければならない状況を迎える前に、トリア−ジの環境を整備しなければならない。


注1、First Responder:最初の通報によって現場に到着する者。

注2、CISD:critical incident stress debriefing

救助や医療に携わった者が、精神的に危機的状態に陥った場合、これに精神科医や心理学者がカウンセリングなどの精神的ケアを行うこと


【参考文献】

1) 和藤幸弘:
災害時の医療とトリア−ジの概念. SELECTED ARTICLES PP.1393-1398, Medic Media Inc. Tokyo, 1997

2) Watoh Y. et al: important role of the gray categoly in triage methods. Prehosp & Disaster Med 投稿中

3) 鵜飼卓:トリアージと選別搬送. 事例から学ぶ災害医療 P.153 南光堂, 1995

4) Burkle FM: Disaster Medicine. MEDICAL EXAMINATION PUBLISHING CO., INC. New York, 1981


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