災害医学・抄読会 2002/09/06

第8章 スウィア・プロジェクト―全ての援助機関に関わる課題

(世界災害報告 1999年版、p.115-130)


スフィアプロジェクトとは?

 人道憲章と災害援助に関する最低基準の策定プロジェクト。被災者の生命と尊厳をシステムと して保護できなかった状態を改善することを最重要な目標としている。これにより各援助機関 は共同で活動の質を高め、法的な人道責任について各国政府に主張できるようになる。水と衛 生、栄養、食料援助、避難所とその場所の選定、保健医療の主要5分野において、人道原則と 基本的人権に基づいて合意された最低基準を制定している。

スフィアプロジェクトはなぜ必要か?

 経験の乏しいNGOなどが低レベルの奉仕とケアを行うことがあり、人道援助を受ける各国政 府は多くのNGOがそれぞれ独自の活動をするのに対し不満を持つようになっている。また、人 道援助に対する資金搬出は減少をしているのだが、それは多額の人道支出は必ずしも総合的な 外交政策の目的と一致しないとする各国政府が思惑したからである。援助予算の減少、低い活動 実績とが合間って、より迅速に援助を行うにあたっては、透明性と説明責任が一段と強く求め られるようになった。

 そして、ドナーの意向に左右されず、受益者の人権のために活動の最低基準を設定すること が重要であるという観念が芽生え始めた。つまり、世界的に適用可能で、なおかつ国際的に合 意された基準が援助と責任能力のレベルを引き続き向上させていくために不可欠であると思わ れた。

問題点

  1. どの最低基準も実際に効果的に達成される前に、3つの重要な前提条件(アクセス・安 全・資源)が必要となるが現実的にこの3つの条件が揃うことはほとんどない。むしろ、政治 的要因および援助量の世界的減少のため最低基準達成が困難になっているのが現状である。し かし、人道原則・責任目的の達成に失敗したからといって、失敗は覆い隠してはいけない。 1994年ルワンダでも医療水準に達することに失敗したかもしれないが、住民大量虐殺にたいす る国際的な最低な保護の必要性を世論に提供することにおいては役割を果たすことができた。

  2. また、最低基準はあらゆる場面において、また正当かつ特定の予想範囲の概況に適応でき るというのは矛盾しているのではないか。なぜなら、このような概念は文化的背景により大き く違うからである。(例;マラリアのある地区とない地区での蚊帳)

  3. 難民の多くは人権に基づいた最低基準の作成は良い考えだと思っているが、彼らが一番関 心を持っていることは、このような権利を実現するためにどのような体制が作られるのかとい うことであるが、作成プロセスにおいては人道援助をうける人々の意見を取り入れる機会がな かった。

  4. 最小限の基準が人々に知られ、使われることを保証すること。そして同時にもう一つは、 すべての支援者にたいする説明責任の方法を考えることである。この問題に対しては、プロ ジェクトのフェーズIIへの提案がなされている。


クラッシュ症候群

月岡一馬、石原 晋・編著:実践外傷治療学、永井書店、東京、p.255-259


〔定義〕

 四肢が持続的な圧によって圧迫された結果生じる局所的な骨格筋の損傷をcrush injury と 呼び、さらにそれに起因してショックや腎不全などの全身症状を呈するようになったものを挫 滅症候群(Crush Syndrome)と呼ぶ。

 注意・・・虚血四肢の再還流障害や、compartment syndromeとの違い Crush injury においては、動脈閉塞による虚血と異なり、受傷部以遠でも、動脈血行は保た れているため動脈閉塞による虚血とは異なる。
 またcompartment syndrome は 解剖学的なcompartment内の圧が上昇して初めて筋組織が障害 され最終的に筋壊死に陥る。しかし、crush injuryではまず筋組織そのものが障害を受けそ のため筋細胞が制御できなくなり浮腫をきたし、結果として周囲の圧を上昇させる。

〔受傷機転〕

 重量物の下敷きになって、長時間その圧迫物が取り除かれない条件下で発生する。

〔臨床症状〕

 救出現場では本症に起因するショック、意識障害はなく、救出直後にも骨折や出血がない限り 腫脹はあまり目立たない。所見としては受傷部の発赤や水疱形成である。救出後において次第 に被圧迫部が腫脹してくるにもかかわらず、腫脹部以遠の血行が保たれているため、一見、重 症感が、見られないのが特徴的である。また、神経(知覚、運動ともに)麻痺も所見の一つで ある。最も重要で特徴的なことは救出直後に高カリウム血症のため心停止をきたす可能性の存 在である。尿所見において、脱水とミオグロビンのため、濃褐色〜ピンク色の着色尿をきたす ことも本症の特徴ではあるが、典型的な色調は常に見られるとは限らない。

〔病態〕

圧迫による骨格筋の物理的損傷 + 圧迫除去によっての血液再還流

⇒ 局所の浮腫の助長 + 筋崩壊物質の血流への放出

⇒ 高カリウム血症による心停止・ 受傷部浮腫における全身の脱水・ミオグロビンによる腎 障害

〔重症度分類〕

Crush Injury ≒ 局所の重症度

Crush Syndrome ≒ 全身としての重症度  で評価する。

局所の重症度

全身の重症度

〔治療〕

 全身的には高カリウム血症の有無の判断と、高カリウム血症があれば緊急血液透析が急務であ る。血液透析の方法は循環動態が安定していれば血液透析を、不安定で血液透析の導入が困難 な場合は持続血液浄化法を用いる。筋の挫滅量に重症度は規定されるので、血液浄化必要期間 は来院時のCK、Mb、ASTと相関する。(Cr、BUNとは全く関係がなし)。ついで脱水の補正と 腎機能の評価を行う。

 局所に対しては骨折や血管損傷の有無の精査と、神経麻痺の原因が本症によるものかの判断、 輸液に伴う局所の浮腫の進展に注意する。評価に関しては、輸液によるcrush部の腫脹増大 や、、本症による腎機能の悪化に起因する溢水などを見逃してはならない。

 以上より大量輸液と強制利尿による、循環不全や高カリウム血症対策が治療戦略の基本である といえる。また、本症では筋組織が極度に圧挫されているため、ここに筋膜切開を加えること は、感染を助長したり、水分管理を困難にするため、減張切開は必要でない。

〔診療所では・・・〕

 救出後に被圧迫部が腫脹するが、その腫脹からはまず骨折が疑われ集団災害時などにおいて は、緊急処置群から除外されてしまいがちである。しかし、本症は単なる骨折とは根本的に病 態が異なり、対処によっては不幸な転帰を取ることも少なくない。 したがって、受傷状況から本症の存在をまず念頭に入れておくことが、重要である。また、搬 入直後における、高カリウム血症の有無の判断も適切に行わなければならない、高カリウム血 症を認めた場合には、その対処をしつつ高次への転送を算段するべきである。


バイオテロリズムとしての炭疸

(吉田 聡 他、治療 84: 1355-1362, 2002)



化学物質による災害管理 Introduction

島崎修次・総監修、化学物質による災害管理、メヂカルレビュー社、大阪、2001、p.1-9


1.化学災害に対する準備

 化学物質、放射線物質の使用は工業、農業、医学の分野で増加しているだけではなく、時にはテ ロ兵器としても使用される。そのため、いかなる病院といえども、汚染を含めた災害に対応す る方策を持っておいたほうがよい。

 病院におけるこれらの主要な災害に対する計画は、いかなる突発災害にも対応できるように柔 軟性をもっているべきである。柔軟性のない計画は、時間の浪費などを起こし、結果としてそ の病院は汚染されてしまう。

2.化学災害とは何か

 化学物質に曝露する災害の多くは次のような場合に起こる。
1)爆発、2)火災、3)漏出、4)流出、5)製品や水の汚染

 化学災害は健康面、環境面の両方で影響を考える。

3.英国環境健康行動計画(National Environmental Health Action Plan)

 英国におけるこの計画(NEHAP)は1994年ヘルシンキで開催された「環境と健康に対する第2回欧 州会議」での誓約に応じて立てられた。

4.中毒学

 中毒学は毒の科学である。内因性もしくは外因性の様々な要素が化学物質の有害作用を規定 し、修飾する。また、中毒学では化学物質の生物学的効果を研究し、健康に及ぼす危険性を判 断しなければならない。

5.放射線障害


現場トリアージの実際

甲斐達朗、山本保博ほか監修、荘道社、東京、1999、p.58-64


 トリアージとは、限られた人的・物的資源の状況下で、最大多数の傷病者に最善の医療を施す ために、傷病者の緊急度と重傷度により治療優先度を決めることである。傷病者の数が多いほ ど短時間の内に判定することが重要であり、それにはトリアージ・タッグを用いて傷病者の識 別を行うことが望ましい。

優先度分類色別 区分疾病状況診断
第一順位緊急治療I生命・四肢の危機的状況で直ちに処置の必要なもの気道閉塞、呼吸困難、重症熱傷、心外傷、大出血、止血困難、開放性胸部外 傷、ショック
第二順位準緊急治療II2〜3時間処置を遅らせても悪化しない程度のもの熱傷、多発または大骨折、脊髄損傷、合併症のない頭部外傷
第三順位軽症III軽度外傷、通院加療が可能程度のもの小骨折、外傷、小範囲熱傷で気道熱傷を含まないもの、精神症状を呈するもの
第四順位死亡0生命兆候のないもの死亡または明らかに生存の可能性のないもの

現場におけるトリアージ

 従来の災害現場でのトリアージの目的は、第一に傷病者の治療のための緊急性のみを考え、そ の治療の結果である傷病者の生存の可能性は二次的に考えられていた.しかし、医療資源と傷 病者数に著しく差がある場合、二次的に考えられていた傷病者の生存の可能性を考慮するとい うことは、非常に重要なことである。そこで、新しい現場トリアージは、利用できる医療施設 を考慮すると同時に、緊急性と生存の可能性を同等に考慮する必要がある。

 そのためには、災害現場において現場救護所を設置する。そこで、3つのTで表されるTriage, Treatment,Transportationを行うため、1.現場トリアージ、2.医療トリアージ、3.搬送トリ アージの三種に分けてトリアージを行う必要がある。

  1. 現場トリアージ

    現場トリアージとは、救出現場または救出選別場で行うトリアージである。トリアージの経験 のない者であっても緊急(赤、黄)と非緊急(緑、黒)の二種に分類するのは、さほど困難で はないとの調査結果もあることより、この場で行うトリアージは、救急隊員や消防隊員あるい はボランティアなどにより、緊急および非緊急の二種の識別を行う。

    識別の方法は、呼吸の有無・呼吸数・頭骨動脈の脈拍の触知の有無・意識状態により行う。

  2. 医療トリアージ

    医療トリアージでは、現場救護所の入り口(トリアージポスト)で、医師あるいは医療従事者 により緊急治療群・準緊急治療群・保留群・死亡群の4種類に識別し、トリアージタッグをつ ける。

    (1)現場トリアージが行われていない場合

     入り口を一ヶ所とし色識別ラベルに見合った治療区域に収容する。トリアージを行う者は、 最も経験豊かな医師(特に救急医・麻酔医・外科医)が一人で行い、その間は治療は行わな い。また、混乱を避けるために、トリアージポストには同時に2人以上の傷病者を入れないよ うにする。

    (2)現場トリアージが行われている場合

     入り口を2ヶ所とし緊急・非緊急を分けてトリアージを行う。緊急傷病者をトリアージする 者は、経験豊かな医師が行うが、非緊急傷病者のトリアージは、医師が行う必要はなく経験豊 かな看護師・救急救命士が行う。

  3. 搬送トリアージ

    このトリアージの目的は、適切で受け入れ準備の整った医療機関への傷病者の搬送優先順位を 決め、傷病者の搬送をコントロールすることである。そうすることで、無秩序に傷病者が医療 機関へ集中することを避けることができ、医療機関の機能を十分にいかすことができる。

    (1)緊急治療群

     可能な限り早く救急救命センターを含む三次救急医療施設へ、可能ならば救急救命士が同乗 する救急車で搬送するのが望ましい。

    (2)準緊急治療群

     全ての緊急治療群の搬送が終了した後、二次医療施設へ、場合によっては三次医療施設へ救 急隊員が同乗する救急車で搬送する。

    (3)保留群

     全ての現場での医療活動が終了してから、救急告知医療機関、診療所などに搬送する。ただ し、混乱を避けるため上記の傷病者を搬送した医療機関と重複しないようにする必要がある。

    (4)死亡群

     遺体安置所に搬送し、検案を受ける。


災害時の治療の原則

新藤正輝、山本保博ほか・監修:災害医学、南山堂、東京、2002、pp.171-176


災害医療とは

 災害医療とは…突発的に集団発生する事故に際して、多数の受傷者を対象とし、事故現場にお いて医療救護斑により、受傷者の選別・安定化・後方医療機関への搬送準備を行うとともに、輸 送された受傷者の後方医療機関における治療及び収容に至る一連の医療。(災害救助法)

1.災害現場における治療の目的と原則

2.医療活動の場所

 図3 災害時の医療活動場所

A:災害発生時、自力で脱出した被災者・損傷を免れた被災者や救急隊員によって救出さ れた負傷者が集められる安全な場所

B・C:災害現場に近接した安全な場所に設置された救護所。医療施設への迅速な搬送が 困難な場合、ここでトリアージに引き続いた医療が行われる。

D:亜急性期以降、医師や看護婦が駐在して開かれる救護所

※SRM(Search and Rescue Medical Team)
 検索救助医療チーム。閉じ込められた負傷者に対して災害現場の渦中で医療を行 う、医師を含む特殊な訓練を受けたチーム。

3.治療の実際


災害医学と関連領域

和藤幸弘、山本保博ほか・監修:災害医学、南山堂、東京、2002、pp.7-16


 災害時においては医療は独立したものではなく、多くのものに支えられて成立している。多数 の分野がリンクして医療は成立し、さらに影響される。すべての関連領域で一致する目的は災 害による死者軽減、負傷の軽減、後遺症の軽減である(図1)。

a. 災害の人的被害に対する多方面からのアプローチ

 ある地震の死者が6000人であったと仮想する。地震による死亡を分類すると、まず、地震直後 主に外傷によって、建物の崩壊とほぼ同時に死亡する"即死"と、即死以外の死亡である"遷延 死"、さらに、地震後の衛生状況悪化その他の要因による"その他の死亡"が考えられる。ま た、遷延死には日常の救助や医療であれば救命できた可能性の大きい死亡(preventable death)、平常時に発生しても防止できないであろう死亡(unpreventable death)の存在が考 えられる。このうち医療が直接関与できる死亡は遷延死のうちの"preventable death"と"その 他の死亡"である(図2)。


 従来の災害医学のアプローチでは、1)遷延死の存在を科学的に証明すること、2)preventable deathを同定して死亡に至る機序を解明すること、3)preventable deathの救命を目指して対策 が検討された。

 一方、視点を変えて、死亡の過半数を超える即死をターゲットとし、それを防止する努力もま た有力なアプローチと考えられる。建築工学の分野では建物の強度や構造などに関する研究が 行われてきた。しかし、これには莫大な経済的投資を必要とする。

 次の発想として、建物倒壊パターンと死亡率の関係解析がある。実際の地震において、全壊と された建物区分を建築構造学的見地から分類して、それぞれの死亡率を調査した結果、従来の 建物倒壊区分で大きく全壊とされるものの中にも、生存空間が確保されて、死者発生が少ない 倒壊パターンが存在することを見出した。現在、生存空間を残す倒壊パターンはほぼ決定さ れ、その倒壊パターンを導く建築方法、既存の建物の改造法についてのコンピュータによるシ ミュレーションで検討が行われている。

 地震によって閉じ込められた人間が救助を待つ間にどれだけ生きていられるかについての試算 がある。窒息、頭・胸部、腹部、四肢の損傷、負傷無しの死因モード別にモード別余命特性関 数を求める。これに、阪神淡路大震災の神戸市内で 1)家族・隣人、2)消防、3)自衛隊によって 実際に行われたSAR(search and rescue)の資料を重ねると、図3が得られる。この震後余命 特性の試算は被害予測、救援・救助活動における死者低減戦略、さらに管理の評価への応用が 期待される。

b. データベースに基づく情報ネットワークシステム

 IISIS Project (interactive, intelligent, spatial information system Project)

本システムの主な目的は正確な情報を災害管理者に提供し、決断の助けとするものである。 具体的には事前に詳細なデータベースを作成しておき、そこに被災時の情報(1.災害の種類、 2.規模など)を入力する。データベースは 1.地理、2.人口(時間帯/季節別)、3.資源(ライフ ライン、医療資材などの備蓄状況と供給)、4.資源/道路などの壊れやすさなどできるだけ詳 細なものを作成する。システムの最大の特徴は、オンラインコンピュータの「blackboard system」(複数の端末から書き込む)を採用して、動的局面に対応していることである。今 後、この種のデータベースを基礎とした地域ごとのネットワークシステムは管理や救援に必須 となる。

c. 人的被害予測

 災害の疫学として倒壊家屋数と死者数の相関を代表とする研究は数多くなされてきた。しか し、死者発生には建物倒壊のほかにも雑多な要因が関与しており、そこから発生する誤差を解 消する必要がある。

 予測式の研究は倒壊家屋数と人的被害(死者発生)の相関関係に立脚し、さらにその他の要因分 析を加えて回帰式を求め、次に実際の地震被害に適用して検証するという手法が主流である。 負傷者発生予測式は負傷の重傷度を視野に入れたものである。重傷度の基準に入院の要否を使 用しており、妥当性、汎用性の点で高く評価できる。

 今後、わが国各地域における可能な限り詳細なデータベースの開発とさらに精度の高い被害予 測式の確立が求められる。

d. 防災システム評価に関する研究

 防災は、災害の被害による損失、社会的経済的余裕、被害に対する脅威などによって総合的に 認識される。これまでわが国での医学では客観化が行われなかった人的被害の経済的換算、社 会における他の部分の充足度、脅威の精神的負担、優先度などを数量化によって統合した客観 的評価方法を開発しなければならない。


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