乳幼児救急と医療ヘリコプター

民間航空会社勤務 安部哲夫

(エマージェンシー・ナーシング Vol.12 (7): 656-7, 1999)


 フライトナース。この言葉を初めて知ったのは、航空留学のため滞在していたアメ リ カのフライトスクールであった。救急搬送用のヘリやジェット機に搭乗し医療活動を 行 う看護スタッフの名称であり、日本では聞き慣れない名前だが、諸外国では医療従事 者の 中でも非常に人気の高い職種でもある。豊富な臨床経験と高度な技術が要求され、ア メリカではドクターが同乗せずフライトナース、もしくはパラメディックだけで搬送 するケースも多い。

 欧米先進国の救急医療現場で救命のために大きな役割を果たしている“道具” がこの「救急ヘリコプター」である。日本でも消防機関や自衛隊等が離島などを対象 にヘ リ搬送を実施しているが実はこれとは全くの別物の道具なのだ。全米人気ドラマ「E R」 にも登場するあのヘリこそが本当の救急ヘリコプターなのである。病院を基地として 救急 医やフライトナースを乗せ緊急発進し、交通事故現場等に着陸、処置を実施しながら 病院 に搬送する。自分が滞在していたスクールにはこの救急ヘリユニットがあり、日に何 回も 緊急発進するその姿を見て大きなカルチャーショック受けたことを今でも鮮明に覚え てい る。

 ドイツでは全ドイツ自動車連盟、「ADAC」が(日本のJAFのような組織)国 内 に30機のヘリを配備して1970年から救急搬送を実施しているが、それまでは年 間2 万人を数えていた交通事故死者が最近は6000人程度まで減少しプレホスピタルケ アの 道具として中心的な役割を果たしているのだ。

 救急ヘリ存在の有無が後の救命率、社会復 帰率の数を大きく左右する事はすでに各国で研究・立証され、日常的な救急システム として活躍している。またこれらの航空機は交通事故や労災のような突発的な事故以 外にも医療帰省や病院間搬送、特に乳幼児を専門機関に転院させる際に使用するケー スが世界的にも多いのである。

 昨年プライベートで訪れたスイス、チューリッヒにあ る大学病院屋上には乳幼児専門の航空搬送チームがヘリと共に24時間体制で待機し ており、機内にはビギーパック等の各種医療機器が装備され出動指令から遅くとも5 分以内には離陸するシステムになっていた。我が国においても少子化やそれに伴う専 門医不足のため、乳幼児の救急対応ができない地方医療機関の増加等、今後さらに 数々の諸問題が噴出するであろう。現在でも大都市圏を除いた各地方都市の基幹小児 病院にはかなりの遠隔地から長時間救急車で転送される事例が増えているのである。

 このような医療の地域的格差を是正させる道具としても救急ヘリは大きな役目を果 た すことができるのである。この日本にも遅ればせながらやっと厚生省主導による「ド ク ターヘリ試行事業」がこの10月から全国2ヶ所の救命センターで実施される。ヘリ の運 航は民間航空会社が担当し、救命センター所属のドクター、ナースが搭乗する予定で あ る。ヘリや医療ジェット機はあくまでも道具でしかない。この道具を100%生かす ため にも関係医療機関、運航会社、消防機関等が「救命」というただ一つの目標に向かっ て 密接に連携し数々の障害を乗り越えて行かなければならない。

 “LIFE FLIGHT”=命を守る翼がこの日本の空に羽ばたく日も近い。


■乳幼児突然死撲滅キャンペーン・ホームページ/ □資料集