(エマージェンシー・ナーシング Vol.12 (7): 631-5, 1999)
私がこの原稿を書いている今、世間では「団子3兄弟」が大ヒットしている。そも そも幼児番組中の歌で、新春の頃より私も子供と一緒にテレビを見ながら歌っていた がこんなにはやるとは予想もしなかった。小児喘息で我々の救命センターでもおなじ みの今年小学生になったT君。昨晩も遅くに発作を起こし母親に連れられ来院した。 片手に点滴を入れられ、胸ではヒューヒュー音をさせながらも彼は我々が止めるのも 聞かず、どうしてもとこの歌を熱唱してくれたほどだ。この歌では串に刺さった団子 を3人兄弟に擬人化し喧嘩もするが仲の良い様子を歌っている。歌詞もほほえましく 、どこかうらやましい気がする歌だ。
さて、現在の我が国は情報通信機器の発達により個人に対してもさまざまなメディ アを通じて膨大な量の情報が入ってくる。物流も然り、身の回りにはいろいろな「モ ノ」が溢れ返っている。一方人間の方はというと本格的な高齢社会を歩みだし、方や 出生数は急激に減少しており、史上最低の水準としていわゆる1.57ショック(合 計特殊出生率)を記録した1989年以降、基本的に低下し続け?少子化も一層深刻 な問題となっている。そして1996年の平均世帯人員は2.85人??となり、核家 族化も全国的に広がっている。その家族の絆さえも薄れ、また地域社会でも人間関係 の希薄さが進行し孤独な人間が増えていると言われている。今や「だんご3兄弟」の ような大勢(?)の兄弟がにぎやかに生活している家庭は珍しい存在になっている。 この歌がヒットした背景には、現代日本人のあこがれ的思いがあるのかもしれない。
われわれ救急医療に携わる者はこういった社会情勢を無視して活動することはでき ない。むしろ積極的に社会の流れをアセスメントし、救急看護へと生かしていく必要 がある。乳幼児を取りまく環境も時代、社会情勢とともに変化している。かつて乳幼 児(子供)は多くの人の間で成長してきた。家庭では両親はもとより祖父母、多くの 兄弟、時には親類も同居していたり、隣近所を含めた町内全体の人々も多くのかかわ りを持っていた。しかし昨今では先にも書いたが、家族人員も減り、近所付き合いも 希薄化し1人の子供にかかわる人の数が減っている。その反面、少産少死により、親 がたった一人の我が子にかける期待はますます高まっている。これらのことを十分理 解することが乳幼児看護の第一歩である。
我々の救命救急センターは本来2,3次救急病院であるが、地域的な影響もあり実 際1次も受け入れている。来院する乳幼児救急患児を見ても、CPAから膝を擦りむ いたというようなものまで様々である。ここで取り上げるのは本来病院での専門的な 治療を必要としないような疾病やけがで来院してしまう患児である。一般の方にどこ から病院での治療が必要かという判断は非常に難しいと思うが、少なくとも擦り傷で 夜にあわてて救急病院に駆け込む必要がないであろう程度のものである。しかし現実 には多くの患児(と言うよりはむしろ親)が、なぜこの程度のことで来院してしまう のか、なぜ救急車を要請してしまうのかと思うようなケースも少なくない。今や24時 間営業の「コンビニ」は町中どこにでもある。仮に真夜中にアイスが食べたいと思っ ても容易に実現できる。今日日「我慢」はさほど必要ない。医療も夜間・救急医療が 整備され24時間いつでも受診可能な状態になり一見病院もコンビニ化しつつある印 象がある。医療を必要とする時にいつでも受けられるというのはとてもすばらしい事 である。どんな軽症例でも医療者が観るということは患者にとって悪いことではない 。むしろ素人判断で重傷例を見逃すよりもずっと良いことかもしれない。たとえ軽微 なケースで来院された方に対してでも、我々医療者はそれに見合う最高の技術と知識 で医療を提供する事は当然の義務である。ところがそれによって本当に多くの人手と 時間を必要とする患者の治療の弊害となっているとしたら大問題である。実際に我々 が軽傷者に割く時間は少なくなく、看護者の業務量も比例し増える。昔ならお母さん が赤チンを塗ってくれた程度の傷でも救急車を要請してしまうような現状を見ている ととても複雑な気持ちになるのだ。やはりコンビニと救急医療は本質的に違うもので あると思うのだが。
明らかに救急車、緊急受診が不要と思われる軽傷乳幼児救急患児の場合、患児より も親への対応が重要となってくる。このことを親が一種の危機的状態に陥ったことに よる不適応行動と考えることができる。これを現代日本の家族・社会背景をふまえな がらMccubbin,H.Iの家族適応の二重ABCXモデル???を用いて考えてみたい。二重ABCX モデルの詳しい内容に関しては引用文献を参照していただくこととし、図1を御参照 いただきたい。重要なのはストレス源=危機ではないということである。つまり、親 は自分の子供に何らかの障害(ストレス源)が生じた場合、すぐさま危機的状況に陥 るのではなく、知識や経験などの既存資源(b)とストレス源の認知が相互に作用し た結果起こるということである。例えば子供が転んで膝を擦りむいたとする。親自身 が消毒法や包帯法の知識や経験があれば(既存の資源)危機に陥らなくてすむ。例え 危機的状況になったとしても、後危機段階では様々な因子によって良好に適応するこ とが可能であることを表している。過去においては既存資源(b)や新規資源(B) として、自分自身の育児体験や育児経験者(祖父母等)、配偶者や隣人、友人などの 援助が比較的容易に受けられたために不適応行動を起こさずにすんだとは考えられな いだろうか。もっとも、昔は今のように医療機関が充実していなかったという因子は ある。しかし、それ故なおさらこの辺のサポートや知恵は発達していたと思われる。 現代においてのウィークポイントはまさにこのb、Bであると私は思う。ソーシャル サポートも弱く、一見知識は多くあるようだがマスメディアから一方的に送り出され る十分吟味されていない情報や、受け取り側が消化できない情報が親の危機的状態に 拍車をかけている。擦り傷で夜に救急車という行動はこのあたりに原因があると考え られる。
これらより、親に対してどのように対応していったら良いのだろうか。それにはま ず我々看護者は子を持つ親の気持ちを理解しようと努力する事が重要だ。たとえ軽症 であっても親の不安が小さいとは限らない。患児を看護すると同時に危機に陥った親 の不安も解きほぐす看護が必要になる。さらに子供に異変が起こった時に親として適 切な行動が出来るように、また予防のための知識と技術を提供する役割が救急看護者 にはあると思う。また親が判断に迷った場合、ソーシャルサポートが弱くなっている 現代では看護者は良き助言者・相談者としての役割もますます今後期待されるのでは ないだろうか。我々救急看護者は病院内で多くの患者看護を通し培った技術や知識が ある。それをもっと社会に還元させる事が必要だ。救急看護者は院内で傷病人だけを 対象とするのではなく、今以上に地域社会に飛び出し一般の人々に対して健康の保持 増進、緊急時の対応法等を、看護の視点でPRする事が今後重要な課題であると考え ている。
はじめにも書いたが、夜間に我々の施設を訪れる乳幼児で比較的軽症と思われる症 例は少なくなく、発熱、咳そう、消化器症状(嘔吐、、腹痛、下痢)誤飲、異物混入 などが多い。このような症例の多くは緊急性がないことが多く、日頃親に適切な保健 指導を行えば夜間の来院も減少すると考えられる。また、昼間医療機関を受診後も子 供の症状が改善しないと夜間来られる方がいる。医学的に見ればそうすぐには改善す るはずがないことは容易に解るが、そのことに対する説明が不十分なために親のスト レスは増し、不安が募り動揺し、さらに親の動揺を見て子供が不安になると言った悪 循環が成立する事である。このような親に対し、我々が行っている保健指導の事例を 上げてみる。
「3日前からぐずっていて鼻汁が出始め、咳をしています。体温は38度台で高く、
せき込むと吐いてしまいます。近くの小児科に行って感冒と言われ、薬を頂いたので
すが、いっこうに良くならず、心配で来ました。」子供は毛布にぐるぐる巻にされ、
おでこに冷却シートを貼って来院する。よくありがちな話である。この場合親の心配
は子供の症状である 1)発熱、2)咳そう、3)消化器症状がストレス源である。これらの不安
を緩和、解決させる事が必要になる。この場合表1に上げるようなことを看護者は考
え、さらに対象にもっとも必要な伝えるべき項目を選び出す。そしてそれを相手の理
解できる言葉で、即実行可能な具体的な話を伝えなくてはいけない。このように受診
する親に対し、適切に保健指導を行っていくことにより親のストレス源は軽減される
であろうし、次回同様な事態が生じたときにも適切に対処できるであろう。
2)咳そう
3)消化器症状
1)厚生大臣 小泉純一郎:ご意見募集少子化問題 厚生省ホームページ 平成9年1月
1)発熱
発熱がもたらす悪影響
観察の必要性
解熱剤について
環境の調整
脱水と水分補給
付随症状の有無(喘鳴、クループ)
咳のよくぜる時刻
咳を伴う流行疾患(マイコプラズマ肺炎、百日咳)
食事(刺激物をさけるなど)について
室内の換気と加湿
嘔吐に気をつける
嘔吐時の体位
誤飲をさせない
腹痛では部位と程度
腹部の柔らかさ
食事と便秘
下痢の意味と薬の使用について
食事と水分補給について
文献
2)厚生統計協会:厚生の指標「国民衛生の動向」臨時増刊44(9)1997年 ,P
41 表6
3)石原邦雄編著:家族生活とストレス,垣内出版 1989年,P31
4)鈴木和子、渡辺祐子:家族看護学日本看護協会出版,p46−59